私はクラスで一番背が高い
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日曜の朝は静かだ。
きっとみんな寝坊してベッドでまどろんでいる。
歩美は枕元の スマートフォンを掴み、時間を見ると七時過ぎ 。
まだ寝るか、起きるか。
まぶたが迷っている。
扉が開く音が静かな廊下に響く。
お母さんが起きている。
まぶたは起きることを選んだ。
キッチンに行くと、母はきちんとパジャマから着替え、コーヒーをいれていた。
お湯を電気ケトルで沸かしマグカップに注ぐ。
「おはようお母さん 」
コーヒーの香りが部屋にひろがる。
「おはよう、今日は早いね。何か用事でもあったの? 」
母はコーヒー好きだがいつもインスタントコーヒーである。
以前母にコーヒー豆挽いたり、いろいろしないのと聞いたら、これが一番簡単で美味しいと笑った。
「特に用事はないよ。お母さんは? 」
「来週友里恵の誕生日だから買い物かな 」
「友里恵さんいくつになるの? 」
「28。アラサーをごまかせない歳だって騒いでたよ 」
歩美は冷蔵庫から牛乳を取りだし、コップに注ぎインスタントコーヒーを入れる。
簡単カフェオレの出来上がりだ。
「なんだもっと上だと思ってた 」
友里恵はいつもキッチリメイクをし、落ち着いた服装が多い。
母より年上と思っていた。
母は新聞に目を通しながら言う。
「中学生から見たらその辺りの年齢はみんな同じに見えるかな 」
歩美は自作のカフェオレを一気に飲み干すと、覚醒半ばの頭が冴える。
もう一度カフェオレを作り飲み干すと、母から呆れた声がした。
「そんなに飲んでどれだけ背伸ばすつもり?ごはんにするから着替えておいで 」
歩美はハーイと返事をして自室に戻った。
着替えてキッチンに戻るとベーコンを焼くいい匂いがただよっていた。
「やった厚切りベーコン。買っておいたの焼いてくれたんだ 」
「目玉焼きにはベーコンでしょう 」
「パンないよ 」
「何言ってんの、ゴハンだよ。目玉焼きにはゴハンとベーコン 」
8枚切りの食パンカリカリにトーストして、目玉焼きベーコンケチャップでサンドイッチにしたかった。
ベーコンの脂と熱の入ったとろける黄身が合わさって美味しいのに。
「おかず運んで、ゴハンよそって 」
白米に味噌汁、目玉焼きにベーコン、ひじきの煮物、漬物少々。
和が強いメニューだ。
「スープとかないの?」
「お母さんは味噌汁がいいし、一人の時やりなさい 」
炊飯器を開けると炊きたての米の匂いが湯気とともにあふれ出し、見れば艶のある米粒が立っている。
「お母さん、ゴハン朝セットして炊いたの?」
母は後片付けをしながらニヤリと笑った。
「ちょっと早く目が覚めたからね。これでもパンがいい?」
炊きたての米をほぐすとゴハンの甘い香りが歩美の脳を刺激した。
この香りに対する反応はきっと遺伝子に組み込まれている。
「お米万歳 」
「じゃあ食べようか 」
二人で食卓につく。
歩美は母に聞いた。
「お母さん。友里恵さんに何あげるの?」
「んー、まだ子供もいないし友里恵のアクセサリー系かな。」
友里恵さんは28歳で子供がいないし、バリバリ働いている。
「お母さん。他の人の誕生日には何あげてるの?」
「みんなバラバラだね。美智子は本が好きだし、晴菜は服、文さんは旅行に行くし、はっちゃんはゴルフ用品だしね 」
歩美はゴハンを口に入れた。
本当に聞きたいことが出てこない。
漬物も一緒に入れる。
「買い物二人でいこうか?」
母が目玉焼きとベーコンをゴハンにのせ、醤油をかける。
歩美はゆっくりゴハンを飲み込み、唇を少しなめた。
「お母さん、は、進路、どうやって、決めた 」
疑問はへたくそな英訳文のようになった。
「なんだったかな、まあ声かけられて、いいよ、て返事しただけだからな」
母はご飯の上の黄身を潰した。
歩美はご飯をまた一口食べる。甘い、アミラーゼが仕事しなくても甘い。
「ほらじいさんも同業者だったから、仕事内容わかったし」
歩美はなくなった祖父を思い出す。笑った顔が母そっくりだった。
「お母さんはおじいちゃんの子どもだっけ?」
「そうあと洋子姉さん。昔の人はすごいよね、二人も子どもつくってさ。私は歩美一人で精一杯だな」
母は歩美を16で産んでいる。15歳、今の歩美の年齢で妊娠したことになる。
歩美はクラスで一番背が高い。だから担任は心配してして声かけてくれた。体は大丈夫かと。
母を見る。
歩美より背が高く180センチを軽く超える。
短く揃えた黒髪。
喉仏。
「名前は誰が決めたの?」
「じいさんだよ。洋子姉さんは洋一に、春香は字を変えて遥に」
歩美は味噌汁をすする。赤味噌の塩気が舌を抜ける。
母は私を産んでから男性になった。
そして奥さんが5人いる。
子どももいる。
「私だったら歩美から歩かな」
歩美の体は二次性徴とともに変化が少しづつ始まった。
男性になるために。
「歩美、エッチは気持ちいいぞー」
母がにやけた顔で言う。
女子中学生に三十路男が言うことでない。
「お父さんきもい」
母は歩美にお父さんと呼ばれ必死に謝っていた。
ホンソメワケベラ