第三話「翼とか名誉ならばいらないけどお金が欲しい」
トールの融合者である真中雷哉は横断歩道の前で信号の色が変わるのをじっと待っていた。まだ朝早いので車の通りは無いが、雷哉はただただじっと待っていた。
こういう時、車が通っていなければ、横断歩道を渡る人もいるだろう。だが、寺で生まれ寺で育てられた雷哉は和尚である父に厳しく躾けられた。そして雷哉は規律を守り思いやりを持つ優しい少年へと成長した。
しかし彼にもコンプレックスがあった。それは「寺生まれ」と「手足が痺れやすいこと」と「癖毛」である。この三つのコンプレックスのせいで、雷哉は中学生の頃からいじめを受けるようになった。
まずは「寺生まれ」なのに「癖毛」で髪の毛が多いように見えるせいでいじめられた。「は〜げ〜ろ!は〜げ〜ろ!」と集団に囲まれ連呼された時は大泣きしたほどだ。
そして「寺生まれ」なのに「手足が痺れやすいこと」を知られていじめられた。学年集会の時に足が痺れ立てなかった雷哉は、「寺生まれの癖に」と陰口を言われるようになった。
そして高校生になった雷哉は……その全てのコンプレックスのせいでいじめられていた……トールの融合者となった、昨日までは。
集団暴行に遭っていた雷哉を見つけたトールは雷哉と融合し、彼ら全員を能力で追っ払った。つまり雷哉は、本人の意思に関係なく融合者になったのである。
しかし雷哉はトールを恨んではいない。むしろ感謝しており、トールの目的である「悪神ロキの捕獲」に協力することに決めた。そのために同じ目的を持つ融合者を探すことに決めた……のだが……。
「ねえ、トールさん」
雷哉が小声でトールを呼んだ。
ーートールでいいって昨日から言っているだろ?
「じゃあトール、融合者を探すって事だけど、どうやって見分けるの?」
ーー融合者はお前と同じく、能力を持ち、身体機能も上昇している。あと治癒能力もな。だから例えば何かにぶつかって吹っ飛んだのに無傷……とかな。
「……そんな人そうそういないよ……」
雷哉はそうぼやいた。しかし……フラグは既に建築されたのだ。
ーー雷哉!上見ろ!
「ん?」
人が飛んでいた。いや、正確には吹っ飛んでいた。
ーー雷哉!転移だ!一般人に見つかる前に!
トールの言う通り、雷哉は昨日トールから教わった言葉を叫んでいた。
「ゴッド・フィールド展開!」
◇
風斗は自分の放った技能「風神の突風」であの大空に翼を広げず吹っ飛んでいた。もう空気抵抗にも抗わず、身を任せていたのだが、突然景色が変わった。景色といっても青空だけなのだが、雲が増えていた。そして突然頭が何かに掴まれたと思ったら……地面に仰向けの状態で叩きつけられた。
「……すみません、大丈夫ですか?ってあれ、同じ制服……」
この声には聞き覚えがあった。というかよく聞いていた。起き上がると見覚えのある顔があった。右腕は伸ばしていて、左手で二の腕を掴んでいる。この仕草も何回か見た。驚いた時にしていた。顔はまだ確認していなかったようで、驚きを浮かべている。
「何するんだ、雷哉」
「風斗……融合者なの……?」
「え、お前も……?」
ーーこいつは融合者だ、戦闘準備!
「いや、俺の友達だよ」
ーーいたのか。
「うるせえ!」
「えっと、風斗?」
「どうした?」
「いま、トールと相談したんだけど……」
雷哉は言い澱みながら俯いた。
「おい?」
「……力比べをしたいって。話はそれからだって」
「……はい?」
「風斗、いくよ……雷神の雷〈射撃〉!」
何か言う暇も無いまま、風斗は光に包まれていった。
用語解説④〜ゴッド・フィールド
ゴッド・フィールドとは、現実世界とは別次元の、北欧神話の世界の事。詳しくは次回解説されると思うが、北欧神話の世界と現実世界は地形のみがリンクしており、現実世界に戻ると元いた場所ではなくリンクした位置に転移する。展開を意味する言葉を唱えると半径10メートルにいる融合者を移動させる。脱出するには、展開者が決めたルールに従い(正当なものに限る)展開者を世界内で勝負に勝たなければいけない(融合者は治癒能力に優れているので死にかけても神力が残っていれば回復できる)。
展開の言葉は融合者によって違い、ゴッド・フィールド、神の領域などとも呼ばれる。
転移する際周りの人の記憶を改変するため、「ご都合主義フィールド」と呼ぶものもいる。