別れと始まり
女主人公 騎士 お姫様 旅立ち 片想いとみせかけて… プライド ハッピーエンド?
二人が並ぶと美しい。見るからに清廉な騎士と妖精のような愛らしさを持つ巫女姫。
一人一人が美しいのに、二人が揃うとそこには人智を越えた神々しさが生まれる。触れることも声をかけることも叶わない祝福された二人だけの世界。
この世界は不公平に満ちていると、私の短くはない人生で嫌と言うほど思い知っていた。いつもならば不公平を神に嘆くのに、この二人を見る限りではむしろ私のような汚れた人間の方が場違いなのだと気後れする。
騎士様の名前はディアス。巫女姫の名前はルリアナ。そして私の名前はラーナと言い、私たちは旅の仲間だ。後二人、夫婦の仲間がいて、名前はグルーシとハレナと言う。
実はグルーシは聖剣に選ばれた勇者で、ハレナは高名な女魔術師だ。
私たちはもう一年以上世界中を旅していた。目的はただひとつ、世界を覆い尽くさんとする闇を祓うために。
闇を祓うことはとても簡単なのだが、その周辺には強い魔物がたくさん生まれるため、大変やっかいなのだ。またあまり長期間放っておくと魔物の大群波を引き起こす引き金にもなる。なのでおよそ15年に一度の周期で、聖剣を携えた勇者が闇祓いに向かうようになっていた。
今回選ばれたのがグルーシでその旅の仲間に選ばれたのが交友のあったディアスとルリアナだ。ハレナは元からグルーシの妻なので問題はない。
そんな中で私だけが、なんというか、浮いていた。私はしがない冒険者だ。魔法剣士という少し珍しい戦い方をするけれど、このメンバーの中にいて開き直れるほどの実力はない。
それなのになぜ私がここにいるのか。
それは私がディアスとルリアナの幼馴染みだからだ。
ルリアナは私とディアスより4歳年下で、小さい頃から私たちの後を付いて回っていた。
初めて会ったのは私とディアスが10歳でルリアナが6歳の時か。
その当時私はディアスが大好きで大好きで、並み居るライバルたちを蹴散らしてはディアスの隣をいつも陣取っていた。
かっこよくて頭も良く、誰よりも将来を嘱望されていた彼の側に居るための努力を惜しまなかった。勉強も美容も人間関係も、全てが彼に相応しくあるように一日中努力していたのだ。
けれどもその日々の努力がなんの意味も持たないものだと、ルリアナの存在で思い知らされた。
領主様の末姫で誰からも愛される天然の美貌と、育った環境からくる教養、何をせずとも愛される人間特有の柔らかさと余裕で、あっという間に彼女はディアスの隣をかっさらってしまった。
しかもディアスは父親の跡を継ぎ、騎士志望だったため、領主様自らルリアナのお目付け役を申し付けたのだ。
一介の町娘である私なんかが勝てるわけないじゃない。
どうやったって、本物のお姫様に勝てるわけがない。どんなに肌を磨いても髪を鋤いても日々体に入れるものからして違うしかけられるお金も違う。ましてや持って産まれた素材はどんなに頑張っても変えられない。
見事な金髪に青い目のディアスと、淡い金髪に翡翠色の瞳のルリアナは一対のように完璧で、赤い髪と澱んだような灰緑の目の私とは比べられるはずもなかった。
どんどんと遠ざかっていく二人の背中を涙を堪えながら見ていたけれど、それでも諦めきれずにいたのは、我ながら呆れるしかない。
――たとえ女性として隣に並べなくても、友としてでも側に居たい。
諦めきれない想いは飲んだ涙の分だけ卑屈さへと変化した。
それから私は剣を習い、魔法の素養もあると魔術も習った。けれども剣も魔術も平均よりは優れているといった程度で、どちらか一本に絞れるほどの才能もなく、仕方なく私は魔法剣士としての生き方を確立させた。
これで少なくとも戦うディアスの一番近くには居られる――そう信じていた頃もありました。
まさかルリアナが、精霊の巫女としての才能を開花させるなんて、思いもしていなかったのだ。
……気がつけば、騎士となったディアスの側には巫女姫がいた。私は平民でしかないので戦う術を身に付けたけれども、とれる道は兵士か冒険者しかなかった。
どこかへお嫁に行こう、そう納得してお見合いをしたけれど、その頃には私はボロボロになっていた。荒れた髪に日に焼けた肌、固い手に傷だらけの体。荒事に従事していたせいか生理も不順で、鏡を覗けばそこにはとうてい10代の少女には見えない、男のような女がいた。
私は泣いた。どんなに辛くても悔しくても寂しくても泣かなかったのに、鏡の中の自分を見た瞬間、堰をきったように涙が溢れて止まらなかった。
――もう、いい。
わんわん大声で泣きながら思った。もう、いい。と。
――もうこれ以上は頑張れない。もう、充分頑張ったでしょ、もう、私は私らしく生きたい。
心の底から沸き上がってくる欲望に身を任せることに決めた。
あの二人から離れて自分の人生を生きる――そう決めたのに。
……なんで厄介な縁というのはなかなか切れないもんなんだろう。
もとより私のような拗れた感情のないディアスとルリアナは、以前と変わらずに慕ってくれた。ディアスは親友と呼びルリアナはお姉様と。冒険者として働きだした私をよく指名依頼するようになったのだ。
これはこれで、無駄に高いプライドが傷付いた。
指名依頼は本来承諾ありきの依頼になる。よほどの理由がない限りは受けるのが普通だ。しかも相手は身分は格上の貴族だ。
私は断ることに抵抗はなくてもギルドにしてみればたまったもんじゃなかっただろう。ギルド側も私に強制することもできない分、かなりやきもきしているのが見ていてわかった。そうなると、今度は断りづらくなり大人の対応として受けざるをえなくなる。
そんなある日、ルリアナの指名依頼が入った。内容はとてもくだらないもので、遠乗りに出掛けるのでその警護をしてほしいというものだった。
彼女の依頼はいつもそうだ。くだらなくて冒険者に依頼するようなものでもないのに、わざわざ私に頼んでくる。指名依頼になると報酬が上がる分、依頼料は二倍近くになるはずだ。それなのになぜ指名依頼するのか。疑問に思って訊ねてみると、愛らしい笑顔でこう答えたのだ。
「だって、指名依頼にしたらラーナにたくさんお金が入るのでしょう?」
無邪気な笑顔で言われて、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
お金を恵んでもらっていたのだ、私は。なんだかんだ言って、未だに甘えてくるルリアナを可愛く思っていた自分があまりに愚かで腹立たしかった。
――旅に出よう。
元々冒険者になりたくてなったわけではない。だから旅に出るつもりは欠片もなくて、地元を離れるつもりももちろんなかった。
だけどここにいたら私の人生駄目になると思ったのだ。ずっと幼馴染み二人の引き立て役として生きていくなんて冗談じゃない。私だって、輝きたい。初恋は実らなかったけれど、自分の人生を諦めるつもりは全くなかった。
幸いなことに毎回指名依頼してくれていたおかげで、かなりの貯金があった。旅に出ても一年はのんびりできる金額だ。
皮肉なことだな、とは思うけれど遠慮するつもりはない。
決めたら即行動を起こすのが私だ。
初めに両親にしばらく旅に出ると告げたら、二人は少し哀れむように微笑んだけれども反対はしなかった。
……親の気持ちとしても、いろいろ思うことはあったんだろうな。それでもずっと見守り支えていてくれた。
人間として一回りも二回りも大きく成長して帰ってこれたなら、今度こそちゃんと親孝行しよう。私はそう心に決めた。
それからギルドにも話を通し、指名依頼も断るようにお願いした。
旅立ちの日を5日後と決めて準備や挨拶回りに費やした。私の中に未練はなく、清々しいまでの未来への期待で胸が弾んでいた。
旅立ちの日は朝から雨だった。
両親には「延期したら?」とはごねられたけれど、こういった決意を先延ばしするのは嫌だと断った。
朝食を食べ、取り敢えず一年後に一度帰ると約束し、私か家を出ようとした時、いきなり扉を破ろうとせんばかりのノック音が響いた。
――この時、両親がごねずに素直に送り出していてくれてたら、私は今は一人で違う国に居たと思う。
もしくはもう一日早く旅立っていたら。
そうは言っても私が悪いのはわかりきっている。あの朝、ディアスが頭を下げてまで頼み込んできた依頼を断れなかったのだから。
今私のある状況全てが自分の選択の結果なのだ。
「本当にここでお別れなの?」
ハレナの言葉に迷うことなく頷いた。
もう勇者の旅に付き合って1年だ。あの日、一人で旅立っていたとしても1年経てば帰ろうと決めていた。
それは闇祓いの旅でも変わらない。そもそも、ディアスとはそういう契約を交わしている。
私の決意が固いとわかると、ハレナはそっと溜め息を吐いた。
「なんでこんなに拗れてるのかしらねぇ」
曖昧な微笑みを返す。
そんな私を見て、ハレナは意味深な流し目を寄越した。
「本当はわかっているのでしょう? ディアスの本心」
直接答えずに静かに目線を下げた。
脳裏にあるのはずっと側にいた幼馴染みの姿。追いかける私をいつだって微笑みながら待ってくれていた。
かっこよくて、優しくて、強くて、誰よりも誠実な男だった。だからこそ、私はあの人の一番になりたかった。誰もが認める、彼にふさわしい女になりたかった。
――結局は無理だったけれど。
「私は我が儘な女なんです」
私の独白にハレナは無言で付き合ってくれた。既婚女性の余裕だろうか?
「私、一番じゃないと嫌なんです」
誰もが認める美女だったら。もしくはあの子のように精霊に選ばれた特別な一人だったら。
きっと私は素直に彼の胸に飛び込んで行けたと思う。
けれど現実は違った。どんなに必死に追いかけても努力しても一番になるどころか隣にも並べず、結局は遠ざかる二人の背中を呆然と眺めているしかできなかった。
「この先もどんなに努力しても、私はルリアナには勝てない。それに騎士であるディアスにとって、誰よりも大切な存在がルリアナでしょ? 忠誠と敬愛を捧げる主なんですから」
自分でも愚かだと思う。
私は同列一位ではなく圧倒的一位になりたいのだ。まるで親の愛情を独り占めしたがる幼児のように。
「それでもディアスは貴女のことをちゃんと愛してるわよ? 貴女をずっと待っているのに」
ハレナは友人としてディアスを見てきたからこそ、僅かに責めるような口調になるのだろう。
ぐっ、と下唇を噛み締めた。
自分のプライドが恨めしい。このプライドの高さで今まで頑張って来れたけれども、どうしても妥協が出来なくて周りを、そして自分を傷付けてしまう。
私だって本当はわかっていた。
あの人の目がいつも痛ましそうに私を見ていたことを。それがより私の心を傷付けた。
同情ではなく、まるでお姫様のように愛してほしかった。
本当に、馬鹿な女。
「ディアスにはルリアナも居ますし、それに貴女もグルーシも居ますから。――彼をよろしくお願いします」
もうこれ以上なにも話したくはなかった。自分の愚かさは自分が一番よくわかっているから。これ以上言葉を尽くしても理解されないだろうとわかっていた。
「そう、わかったわ。ただこれだけはお願いしたいの。最後にちゃんとディアスと話し合って? 痴情の縺れの尻拭いはしたくないのよ」
肩を竦めるように言われて私は仕方なく頷いた。
雲ひとつない青空と緑の大地を見ていると、過去の埋もれていた記憶が不意に顔を出すことがある。
『ねぇ、見て、ディアス。花冠を作ったの! あなたにあげるわ!』
無邪気な小さい私が、色とりどりのお花を編み込んだ花冠を差し出すと、少年のディアスはにっこりと笑ってその花冠を私の頭に乗せた。
『ラーナの方がよく似合うよ。まるで僕だけのお姫様みたいだ』
光の中に溶け込むように微笑むディアスは、私にとってまさしく王子様だった。
いつだって物語の中では王子様の隣にお姫様がいる。
「――お姫様には、なれなかったね」
過去の中で幸せそうに笑う私にそっと呟いた。ごめんね、と――。
「ラーナ」
現実に引き戻す声に振り向くと、見慣れた幼馴染みの姿があった。あの頃よりも大きく男らしくなった姿に、流れた月日を沁々と感じる。
どの時代を振り返っても、彼が居た。
「ごめんね、こんな所に呼び出したりして。――ルリアナは?」
「荷物を纏めてもらっている。それよりも、やはり街に帰るのか?」
「うん。元々そういう約束でしょ?」
「確かにそうだが。街に帰ってどうする? ――また、旅に出るのか」
最後は問うというより独り言のようだった。
ディアスは青い目を空に向けた。その横顔に胸が締め付けられる。
彼が好きだった。
本当に本当に、好きだった。
「――今までありがとうね。また、何処かで会ったら一緒に飲もう」
明るく言い放つとディアスの目が少しだけ険しくなった。そのまま私をまっすぐに見据える。
耐えきれなくなって俯いたのは私の方だった。
「――こんな結末にするために俺は待っていたんじゃない」
その声に籠る怒りとも焦りともつかない感情に心が震える。
何も言わずにいると、彼の腕の中に引き込まれた。こんな時だというのに、ホッとすると同時に胸を締め付ける匂いに息が苦しくなる。
「ラーナ」
吐息と共に名前を呼ばれて幸せなのに苦しい。
堪らずに私は顔を両手で覆った。
どうして、好きなのに。好きなのにどうして。どうして素直に貴方に寄りかかれないのだろう。甘えられないのだろうか。
「ラーナ、君を愛している。君もそうだと信じていたのに、どうして離れるんだ」
苛立ちの滲んだ声に打たれて、私は謝るしかできない。
「ごめん、なさい……」
「違う! 謝ってほしい訳じゃない! 違う、違うんだ、ラーナ……」
流れそうになる涙をぐっと堪える。
私に涙を流す資格がないことはよくわかっている。
私は結局、自分を曲げることが出来ずに彼を傷付けている。
けれど、どうしても我慢できないのだ。私以外の誰かを敬う彼を見るのが。私以外のお姫様の手を取り守るだろう彼を想像するだけで、心が千切れそうになる。
だから私は恋人になれても一番にはなれない。騎士であるディアスにとって一番は主であるルリアナなのだ。
そんな二人の姿を恋人として側で見続ける勇気は、私にはない。
「ディアス。いつも側に居てくれてありがとう。支えてくれてありがとう。足を引っ張ってごめんね? 傷付けてごめんなさい」
「ラーナ!」
「貴方の支えになれなくてごめんなさい、貴方よりもプライドを選んだ私を許してください」
「止めてくれ! ラーナ」
「待っていてくれたのに……結局乗り越えられなくて、ごめんなさい。どうか幸せになって」
体がギシギシ音を立てそうなほど抱き締められて、痛みにか細い声が漏れる。
どれくらいそうしていたのか、ふいにディアスの腕の力が抜けた。拘束がなくなり大きく息を吸う。
「――相変わらず、君は我が儘だ。僕のお姫様――」
「もう、お姫様にはなれないわ」
「いや、君はいつだって俺のお姫様だ。我が儘で意地っ張りで負けず嫌いで。それなのに誰よりも優しくて弱い、まるで磨きあげられた水晶のようだ」
彼の体が離れていく。それは自分が望んだことなのに心が寒かった。
ディアスの手が優しく私の手を握り、覆っていた顔を曝し出す。
「――泣いていないね」
寂しそうに微笑む彼にニヤリと笑ってみせた。
「私は泣かないわ」
本気で泣いたのは一度だけだ。今度泣くときは喜びの涙にすると決めている。
「そうか。わかった、ラーナ。もう引き留めるのは止めよう」
いつものキリッとした騎士らしい姿に、知らず笑みが溢れていた。この人は本当に騎士になるべくして産まれた人だと心から思う。
「ありがとう、ディアス。私の選択を認めてくれて、ありがとう」
「いや――今まで努力してくれてたんだろ? 今度はこっちの番だと言うことだ」
意味がわからなくて目を瞬いていると、ディアスは一瞬だけ身を屈めた。とんっ、と唇に当たった感触に頭の中が?だらけになる。
「また、会おう。ラーナ。今度会うその時は――」
強い風が千切れた青葉と共にディアスの言葉をさらっていった。
「え!? ディアス、なんて――」
突然激しくなった風に、その場で話を続けることは出来なくなった。
挨拶もそこそこに私は仲間の元から旅立った。旅立つ私を彼はずっと見送ってくれていた。私も最後まで手を振り続けた。
――それがキスだと気付いたのは、その夜にベッドの中で微睡んでいるときだった。
実はファーストキスだったこれが、ディアスでよかったと悶えるあたり、やっぱり彼が好きなんだなと実感してしまった。
それだころか、3回目4回目とまたディアスだったことはこの頃の私には知るよしもないことだった。
ネタバレあり、注意
実は主人公は名のある冒険者だったりします。魔法剣士として名を馳せ、いわゆる上級ランク者でしかも若くて美人。冒険者となる前から女性としての手入れを始めて、周りからは高嶺の花として見られています。
そんな主人公にベタ惚れのヒーロー。お姫様とは主従の繋がりと友情を感じていますが、むしろ可愛い妹みたいな感じです。この旅が終わったらルリアナはすぐに婚約者の元へ嫁ぐので、その際騎士の職は辞します。そして主人公を追いかけて旅に出ます。
ヒーロー視点で物語を作ったのなら、きっと主人公への批判が集中したかも……?
短編は難しいですね。巧くなりたいものです。