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狭間の恋

悲恋 運命の恋人 切ない 輪廻転生 女主人公 アンハッピー


 運命の恋――何度生まれ変わってもどこに生まれ変わっても必ず結ばれる二人。“魂の伴侶”と呼ぶ人もいる。


 さぞかし幸せだろうな、と思う。記憶があろうとなかろうと運命が二人を結び付けるのだ。


 時を越えて結ばれる想いは“永遠”と同義で、実際に私は彼らを見つめてきた。


 何回死んで何回生まれ変わったか、もう数える気がしない時の流れの中で色々な形でその二人と関わってきた。


 時に誰よりも近く誰よりも遠くから。


 お互いだけを強く見つめ合うあの人はいつも気付かない。私があの人を見つめる目に同じような熱があることに。


 ――神様。これはなんの罰なのでしょうか。私はどんな罪を犯し毎回結ばれないとわかりきった恋に身を焦がさねばならないのでしょうか。しかも毎回、嫌がらせのように私とあの人とを必ず異性として誕生させて。叶いもしない夢を見させて醜い嫉妬に心を削って。それでもまだ、私は想いを棄てきれずにいる。


 そして今回もまた、私は見ている。貴方は下位貴族で私の幼馴染みで婚約者、彼女はこの国のお姫様で身分の釣り合った婚約者がいる。


 結ばれるはずのない運命の恋人達。醜い私の心は歓びに震えている。


 たとえ貴方が私を愛さなくても。やはり彼女しか愛せないのだとしても、貴方が触れることができるのは私だけなのだ。


 その事実に暗い歓びを覚えている。




「――君を愛そうと、努力した。いや、君のことは確かに愛しているんだ。大切な幼馴染みだ。だが、俺の心には消そうとしても消せない面影があるんだ」


 ええ、知っている。


「あの人のことを想うと生きていると実感する。誰かを想う歓びに魂が震えるんだ」


 ええ、ええ、知っているわ。


「あの方の笑顔のためならば俺はこの命を捨てることさえ厭わない。俺の全てはあの人と共にあるんだ。――だから、君と結婚したとしても、俺はきっと君を傷付けて悲しませるだけだろう」


「ええ、そうですね。知っていますわ」


 そう、何百年も前から――。貴方が私を愛することはない。そのことは嫌というほど知っている。


 愛されないとしても、妻となれるのならそれだけでも無上の喜びだと、貴方は気付きもしない。


 いつの時も、私の気持ちになど興味もないのだから。


「――それでも結婚はしていただきます。貴方は種無し、というわけではないのでしょう? 殿方ならば愛していなくても出来るはず。恋愛感情がなければ出来ないなどという綺麗事は結構。貴族としての努めさえ果たしていただければあとは貴方の自由です。――既婚者であれば、姫様の護衛騎士にもなれるはずでは?」


 婚約者の息を呑む気配に冷たい笑みが浮かぶ。


「君は――」


「もう一度言います。私のことなど愛さなくてもいい。むしろ貴族同士の婚姻に愛など不要。ただ、子作りにさえ協力してくれたら、貴方がどこで何をしようがけして口出しはしません」


 姫様とその婚約者の関係もとても冷えきったものだと聞いた。ならば、多少のことにさえ目を瞑れば時がくれば恋人になれるはずだ。


 既婚者同士であれば、貴族社会は愛人関係を公認しているのだから。




 それから1年後に私達は夫婦となった。


 皮肉なものだと思う。神前で偽りの愛を誓い合っていると、神様も知っているはずだ。

 ……いっそこの瞬間にでも神罰が下らないかしら。


 純白の花嫁衣装に身を包み見上げた新郎の表情は幸せとはほど遠い。あまりの顔色の悪さに笑ってしまう。


「ルーリア、君は何を考えている?」


「……何も? ただ、私にとって一生に一度の晴れ舞台なのですから、笑っていただければな、とは思っていますが」


「……すまない」


 それは何に対しての謝罪なのか。わからないままに私達は唇を合わせた。



 長い輪廻転生の中で、何度か彼と肌を重ねたことはあった。向こうにとっては望まない行為ではあったけれど。

 

 実は夫婦だったこともあったのだ。けれどそのほとんどが嫉妬に狂った私が壊してしまった。


 ……そういえば、女として抱かれるのは初めてかもしれない。


 大概のことには動揺しない私でも、こればかりは緊張した。もしかしたら、最初で最後の睦み合いになるかもしれないのだ。この夜を(よすが)にまた長い時を巡る日々が続くのだろう。


 全ての準備を整えて夫が寝室に入ってきた。困惑の乗った表情が相変わらずでもう笑うことさえできない。


 嘘でもいいから、愛してるの一言でも言えないのだろうか。ベッドの中の睦事ですらあの方を裏切ると思っているのか。


 私を見る眼差しにやはり熱はない。何か囁こうと開かれた唇をそっと指で押さえた。驚く夫に私は首を振る。


「何も言わないで。私達が今からすることは『お仕事』です。それでも殿方は繊細でしょう? 出来ない可能性もあるので私に任せてください」


「君に任せる? 何を言っているんだ。君に何が出来ると――」


 私が淡く微笑むと夫――レイヴンが目を瞬いた。懐から小さな瓶を取りだすと一口口に含む。そしておもむろにレイヴンの服に手をかけた。


「待て、ルーリア! 何を飲んだ!?」

「媚薬です。なんでも処女でもこれを飲めば勝手に濡れてくるそうです」

「な――!! 君は馬鹿か!」

「ですが、貴方は姫様でないと起たないのでは? この媚薬を少量男根に塗りつければ、殿方の意思とは関係なく硬く――」


 最後まで言い切ることなく、私はベッドに押し倒されていた。驚き固まる私の上にはなぜか目を怒らせたレイヴンがいた。


「あまり、男をナメるなよ」


 初めてのキスは荒々しく私の理性を吹き飛ばしていった。




 今後何度生まれ変わろうと私はこの夜を忘れないだろう。そこにあったのがただの性欲処理の欲求だけだったとしても、求められる喜びと体を繋げた悦びは、痛みすらも歓喜の涙に変えるほどの幸せへと昇華した。




 それからすぐに私は身籠った。


 結婚して1年後には長男を産み、翌年には次男を産んだ。


 そして夫は長男出産後すぐに姫様の護衛騎士になり、その剣を捧げたらしい。らしい、と言うのは私は領地に引っ込んでいるから手紙でしか夫の近況をしる術がないからだ。


 夫は休みになる度に領地に帰って来た。次男が産まれてからは仕事を優先して体を休めてほしいと、領地に帰る回数を徐々に減らしてもらった。


 本当は私も逢いたかった。逢いたくて逢いたくて堪らなかった。けれど帰る度に誰か好みの新しい服や香水を付けている彼が憎らしくて堪らなかった。


 無駄な嫉妬に苦しむのなら、逢わずにいた方がいい。私はそうして夫から視線を反らしていった。



 私の今世での生活は今までの人生とは比べ物にならないほどとても幸せだ。愛する人との子供を産み育て、妻としての立場から夫の状況を知る権利を有している。


 領地に居れば、恋求め合う二人を目にして嫉妬に苦しむこともない。無駄な愛を求めて渇望することもない。“妻”と“母親”という立場は驚くほどの安定を私にもたらした。程よい距離感に私の心は満たされることはなくても穏やかだった。


 こんな一生が続くのだと信じていた。


 けれど結婚してから5年後。夫はあっさりと帰らぬ人となって、私のもとへと帰って来た――。



 それは領地内で盗賊団が住み着いたと報告が入ったのが発端だった。その討伐のために我が領の騎士達を率いて私が出ることになったのだ。本来ならば夫の役目だが、その為にわざわざ王都から夫を呼ぶ気にはならなくて、万が一のことを考えて遺書だけ送った。


 私が死ねば領地は息子が継ぐことになる。けれど息子はまだ小さすぎるので中継ぎとして夫に跡を継いでほしいと。そして時期がくれば息子に領地を譲り、後は自由に生きてほしい。そう認めて手紙を送ったのだ。


 けれど私は生き残り、なぜか夫が領地へと帰る途中で落馬して命を散らした。


「……馬鹿な人」


 雨が世界を叩く中、あの人の眠る棺が館へと帰って来た。


 明日にはお忍びで姫様が弔問に訪れるという。


 子供達は不思議そうに夫の顔を見ている。彼らにとってこの男は父親という他人だ。きっと悲しみですら実感できていないだろう。


「奥様。こちらをどうぞ」


 家令の差し出した汚れた封書。私はぼんやりとそれを見ていた。


「差出人は旦那様です。おそらく3日ほど前に出されたものかと」

「私が見てもよいのかしら」

「奥様が見なくて誰が見るのですか」

「……そう、ね、そうだわ。ありがとう。下がりなさい」


 私の遺書擬きと入れ違いに出されたのだろう。そっと封を開けると手紙を開いた。


『親愛なる妻 ルーリアへ


 何から話せばよいのか。君と俺はずっとお互いを見ずに過ごしてきたように思う。俺は姫様への愛ゆえに、君は領地のために。だがここ1年、家族から離れて王都で過ごす中、自分が幸せなのかわからなくなった。何を勝手なことを、と君は罵るだろうか。それともいつものように興味などないと言わんばかりに無表情で見返すだけだろうか。ルーリア。俺はきっと一生姫様を忘れることはないだろう。だがそれと同時に家族を想うんだ。君が風邪をひいていないか、息子はどれだけ大きくなっただろうか、領地では春の花は咲いただろうか、と。ルーリア、君ときちんと話し合いたい。そして出来ることなら――』


 そこまで読んで私は手紙を折り畳んだ。そして蝋燭の火を手紙の端に着けると、手紙を暖炉の灰の上に放り投げた。


「……本当に、馬鹿な人。何を血迷ったの。なぜ運命の人から離れようとしたの」


 姫様と離れなければ生きていられたのかもしれないのに。


 何度も貴方の死を見てきたから、とりたてて悲しいとは思わない。いずれ私もそちらに逝き、そしてまた輪廻の輪に帰ることを私は知っている。


 肉体を失った貴方の魂は、今どこにいるのかしら。手紙を信じるのならこの家にいるの? それとも――。


 そう考えながらも私は欠片も信じていない。貴方はきっとあの人を選ぶのだ。私はそれを知っている。


 燃える手紙を見詰める私の心はとても穏やかだった。むしろ微笑んですらいた。


 ――今生では、もう貴方は私のものだ。いつだって、貴方は死んだ後でしか私のものにならない人。


 やっと、貴方を独占できるわ、レイヴン。


 私はゆっくりと冷たい夫の頬を撫でた。




 運命の恋人達――。なんて素敵な言葉だろうか。きっと多くの人がそんな相手を求めている。


 けれど、相手には違う運命が存在していたら? 一方通行な運命の恋は、どうしたら救われるのか。


 長い輪廻の果てにあってもまだ、私はその答えを見つけ出せずにいる。






少女小説でよくある『生まれ変わっても……』を読んで書きたくなりました。想い合う二人は幸せだろうけど、片想いをしている方は辛いよね、と。


内容の補足です。

夫は妻からの手紙を受け取り慌てて馬を走らせました。恋慕う相手ではないけれど、夫にとっては大切な家族です。この人生で育んだ愛情が確かにありました。なので妻の代わりに戦うために馬を走らせて……死んでしまいました。死んでいなければきっと、家族と共に暮らすことを望んだのではないでしょうか。


*最後の一行を書き換えました。2017.8/28

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