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ツイッター殺人事件 5

 時刻は午後九時を回ろうというころ、僕はいまだ三角章子を見つけることが出来ずに、町のあちこちを走り回っていた。三角屋は定休日で店のシャッターは閉まっていたものの、三角の部屋の明かりがついていないことからまだ家には帰っていないらしい。三角の行きそうなところはもう全部確認したうえ、もう三角の家には三度も来ているというのに、三角はまだ帰らない。

「ねえ、もう遅いし、また明日にしましょう」

 振り向くと、逢瀬川がやる気なさそうにあくびをしていた。

 確かに、三角に危険が迫っているという証拠はない。しかし、僕はなぜか、今日がその日であるという予感がしていた。

「あちこち走って、さすがの私ももう疲れてしまったわ」逢瀬川は物陰に腰を下ろして、雑草をむしっている。「観察力のない久地ヶ先くんがいくら探したところで、三角さんは見つからないわよ。そろそろ私の言うことを聞いてくれてもいいころ合いじゃあないかしら。それに私みたいなか弱い女子高生が一人で夜道を歩いて帰ったら、それこそストーカー殺人に合いかねないわ。ここは男らしく私を家まで送るべきじゃないの」

「うるさい!今、必死になって考えてるんだ。後にしてくれ」

「つれないわね」逢瀬川は僕の気を知ってか知らずか、いつもの薄ら笑いを浮かべていた。「ねえ、久地ヶ先くん。キスしよっか。さっきの映画館じゃあ、久地ヶ先くん、全然何もしてくれなかったんですもの。私、久地ヶ先くんと唇を合わせるのが好きなのよ」

 僕は激昂して、勢いよく頭に血が上るのを感じた。

 なんて自分勝手な女なんだろう、逢瀬川まなみ。こっちは今、本当に真剣に友人を探しているというのに。

 僕はいよいよ逢瀬川を無視して、近くに置き去りにされた自転車の中から鍵のかかっていないものを拝借した。これなら、もっと早く三角を見つけることが出来る。


 僕は自転車を立ちこぎにして、町から離れた河原を目指した。僕に思い当たる、三角の行きそうな最後の場所だ。オカ研にいたころ、三角は河原で写真を撮るのが好きだった。そこに三角がいてくれなければ万事休すだ。

 町明かりと喧騒から離れていくにつれ、自転車のさび付いた音が大きくなっていった。ペダルを回すごとに、ギコギコと今にも壊れそうな音が響き渡る。この分では、どうやら前の持ち主は乗り捨てたらしい。僕もそれにならい、自転車から飛び降りるようにして、そのまま土手を駆け降りた。


「三角!いるか、いるなら出てこい」


 僕は出る限り大きな声を出して、三角を呼ぶ。夜中の一級河川沿いには人の姿はなく、やたらと強くふく風と水の音だけがむなしく響いている。ここで一人の人間を見つけるのは至難のわざだ。しかし、あきらめるわけにはいかない。こうしているうちにも、三角は殺人鬼もどきに狙われているのだ。僕はだだっぴろい暗闇の中を走れるだけ走った。


 もう息も切れてきたころ、ふと顔を上げると、目の前を左右に広がる橋の上に人影が見えた。月明りに照らされてゆらゆらと、まるで死に場所を探しているように見える。僕はどきりと心臓が高鳴るのを感じて、すぐさま橋へと上った。

 橋の上では、いくつかの街灯が今にも消えそうに点滅していて、その中でも一番暗いところに三角が立っていた。学生服のまま、まるで風にゆれる柳かあるいはろうそくのように、ぽつんと立ちすくんでいた。

「三角」僕は駆け寄って、三角の腕をつかんだ。「大丈夫か」

 三角はガタガタと震えながら、じっと川のほうを見下ろしていた。夏とはいえ冷えたのだろうと思って僕が上着をかけると、三角は顔をふるふると振って真下を指さした。


 橋から身を乗り上げるようにして覗いて、僕はハッとした。


 暗がりの中で、わらわらとうごめく人だかりが見える。全員が頭巾のような三角形のマスクをかぶり、各々持ち合わせた武器を手にして集まっている。その輪の中心の、川の中にまるで水草のように漂っている人影を見て、僕は戦慄した。

「逢瀬川さんが」三角が口を開いた。「私の身代わりになって、あいつらに。私はここに隠れて」

 河原にいたものの正体は、逢瀬川まなみだった。いったいいつの間に、先回りをして来たのだろう。僕よりも早く三角を探し出し、三角が連中につかまるよりも早く自分が捕まって見せるとは。人間離れした芸当だ。しかし、眼前のぼろくずのようになった逢瀬川からは、逆に年相応の女子高生らしさが感じられる。それが例え死体であってもだ。


 僕たちが見ているうちにも、ぞろぞろと佐藤直人信者たちが集まってくる。手に手に凶器を持ち、三角マスクをかぶっている様子は闇ミサと呼ぶにふさわしい。そうして教徒たちは順々に、まるで敬虔な信者が神父から日曜のパンをもらうようにおごそかに、逢瀬川に向けて凶器を振り下ろしていく。一振りごとにしぶきをあげ、月明りに照らされた逢瀬川の死体は彼女の周囲の水もろとも真っ赤に染まった。


 突然、ぐおん、と車が急発進したような音が響き渡り、一人の教徒がチェーンソーで逢瀬川の体を切断した。おびただしい量の血が飛び散り、今や教徒たちのマスクは最初から赤色だったのではないかと思うほどだ。そうして最後に首を切り落とした。今までで一番大きな血しぶきが上がり、辺り一帯が血の海になる。今夜の〆だったらしく、教徒たちがパチパチと拍手を始める。それから逢瀬川の首に長い槍を指し、彼らの頭上へと高く掲げた。暗がりに白く浮かび上がる逢瀬川の顔は、血に濡れながらもいつもの微笑を浮かべている。

 空中でくるくると回転させられる逢瀬川の頭が僕らのほうを向いたところで、三角が「ひっ」と鋭く悲鳴を上げた。僕は慌てて三角を抱き寄せてその場に伏せる。しかし時すでに遅し、教徒たちは無言で、じっとこちらを見つめている。


「三角、逃げるぞ!」


 僕は三角の手を取って駆け出した。自転車を取りに戻る時間はないし、町へ向かう最終バスの時間はとっくに過ぎている。どこかに身を隠す他にない。幸い、この辺の地理には詳しいから、茂みや廃屋の場所なら知っている。

 背後から、パシャパシャとシャッターを切る音が鳴る。顔を覚えられたのだ。やつらの仲間がどれだけいるか知らないが、ツイッターを使うぐらいだ、こんな郊外にいる間は安全だろう。夜の間さえなんとかしのげれば、とりあえず殺される危険はない。

 僕は三角を連れて、橋から近くの山道に入った。この道はかなり入り組んでいる上に、地元の人間でもめったに近寄らない。そこを登り切れば、小学校の時にお世話になった直行兄さんが住む家がある。そこでかくまってもらおう。


 山道は想像以上に荒れ放題だった。僕が子供のころは野山で遊ぶことも多かったが、おそらく今の子供たちは入ることさえ禁止されているのだろう。竹藪が、まるで僕たちの侵入を拒むように四方八方から道をふさいでいる。僕は震える三角の手をひしとつかみながら、真っ暗な山の中を分け入っていく。

 しばらくもしないうちに、後ろから山へと入る連中の足音が聞こえた。追ってきているのだ。馬のように響く足音から考えると、すぐに僕たちに追いつく。

「伏せろ」

 僕は恐怖にものも言わぬ三角を連れて道脇のやぶに入り、姿勢を低くして奴らが来るのを待った。すぐに佐藤直人教徒の行列がぞろぞろとやって来た。教徒たちは立ち止まって、辺りを探しているらしい。僕たちの足音が突然消えたことで不審に思っているのだろうか。僕たちは震えながら声を殺して、奴らが過ぎ去るのを待つ。

 大きな音を立てて、いくつもの竹が一気に倒れた。教徒たちが木を切り落とし始めたのだ。同時に「ぎゃっ」っと悲鳴が上がり、僕は身をすくませた。三角のほうを見やる。三角は激しく首を振る。どうやら連中のうちの一人が声をあげたらしい。そのまましばらく隠れていると教徒たちは立ち去り、連中がいなくなったのを確認して僕はようやく安堵してその場から離れた。


 教徒たちが去ってから、僕たちは足早に山を登った。山を下りれば、まだ連中がうろうろと僕たちを探しているかもしれない。夜が明けるまでは下手に動かないのが賢明だ。

 夜の山は驚くほど静かだった。カエルの鳴き声はおろか、虫の音すらしない。明かりがないから、寄ってくる虫も少ないのだろうか。僕たちが足を進めるたびに響く砂利の音だけが、やたらと大きく聞こえた。

「なあ」沈黙に耐えきれず、僕から三角に話かけた。あるいは、ここまでの事態を招いた張本人である三角に、少し文句を言いたかったのかもしれない。「どうして逢瀬川が殺されたときに悲鳴を上げたんだ?いや、それは自然なことなんだけれど、タイミングが少しずれていたような気がして。どうせなら、チェーンソーを振り回していたところだったら、爆音に紛れて連中も聞き取れなかったろうに」

 三角は黙りこくったままだ。さすがに罪悪感を覚えて、僕も口をつぐんだ。再びあたりを静寂が包む。僕らは物も言わぬまま、目的地へと足を急がせた。


 思ったよりも早く、僕たちは目的地である民家にたどり着いた。僕が子供のころに、よく遊んでもらったお兄さんの家だ。就職で一度地元を離れたものの、病気をして戻ってきて今は自宅で療養中だと聞いている。ずいぶんと長いこと会っていないけれど、おじさん、おばさんとも顔見知りだし、頼めば一晩ぐらいかくまってくれるだろう。

 チャイムを鳴らしてから少し間をおいて、寝間着姿のおばさんがドアを開けた。昔に比べて少しやせたように見える。僕が事情を説明すると少し驚いたような顔をして、しかしすぐに中へと案内してくれた。

「直行はちょっと出かけてるの。悪いけど、このまま待っていてもらえるかしら」

 僕が軽くお辞儀をするとおばさんはそのまま部屋を去って、直行お兄さんの部屋には三角と僕だけが残った。殺人集団に追われていたのが一転、二人きりの部屋は不自然なほど静かだった。不安を取り去りたかったのか、僕は堰を切ったように三角を質問攻めにした。

 どうして三角が佐藤直人教徒たちに狙われているのか?

 三角は連中のことをどこまで知っているのか?

 なぜ三角が連中のことを調べているのか?

 三角は静々と答えてくれた。僕らの思った通り、三角は自分がおとりになることで佐藤直人教徒のことを調べようとしていた。過去の新聞記事や何かは一通り調べ終わっていて、どれだけ危険な連中を相手にしているかも知っている。それでもなお、連中を調べようとしている理由は「久地ヶ先先輩を助けるためです」と言った。

「久地ヶ先先輩は」三角はやっとやっとという風に口を開く。「オカルト研究会で去年起こったことを覚えてるでしょう?忘れられるはずがないと思います。決して久地ヶ先先輩だけのせいだとは言いませんが、先輩が事件の中心にいたことはどうしようもない事実なんです。だから、もっと大きい事件が起これば……」

「僕のほうの事件が、みんなの記憶から消えると思ったのか?」

 三角は黙ったままうなずいた。

 正直、それには僕も納得がいった。去年の僕はトラブルメーカーだったと思う。三角は、根はやさしい奴だから、それに対して何らかの行動を起こすのはうなずける。しかし、だからと言って三角が殺されるような危険を冒すのはあまりに度が過ぎている。

「それにしても、どうやって教徒たちのターゲットになったんだ?僕が見たところ、連中が殺す相手は完全にランダムだ。一部のフォロワーは嫌いな奴の名前を挙げて殺人のリクエストをしていたけれど、たいていは無視されていた。潜入捜査のためにわざと被害者になったのだとしても、自分が選ばれるまで待っているんじゃあ不確定過ぎるだろ。いつ殺されるのかわかりゃしない」

 三角は僕の質問には答えなかった。後ろめたい部分があるのかもしれないと思ったところで、三角は僕のほうへゆっくりと近づいて、それから僕にキスをした。

「え、なんで?」

 突然のことにパニックになりながら、僕は尋ねた。

 三角は目にいっぱい涙を浮かべていた。肩を震わせて、しゃっくりをあげながら、それでも三角は作り笑いをしてこちらに微笑みかけた。

「ターゲットになった人間は、どんなことがあっても必ず殺されてしまうんです。だから、私は今日死んでしまうんです」三角は必死に、嗚咽を漏らしながら告げる。「最後なんだから、いいじゃないですか。せめて、好きな人とキスぐらいさせてくれたって」


 ガラリ、と音がして戸が開き、僕と三角は驚いて振り返った。


 戸を開けたのはおばさんだった。うちに入れてくれた時の優しい表情とは打って変わって、冷たくて暗い顔をしていた。おばさんは僕を見るなりハアッと深くため息をついて、後ろに向けて軽く手招きをした。

 僕は驚愕した。おばさんの背後から、先ほどまいたはずの佐藤直人教徒たちがぞろぞろと現れたのだ。顔面蒼白になっている僕をよそに、六畳一間の部屋の中が真っ白いマスクの連中であふれかえっていく。

「まったく、外でやるっていうから安心していたのに。ここに来られたんじゃあ、せっかくの畳が台無しじゃない。替えたばかりなのよ」おばさんが、やれやれというふうにつぶやく。僕たちが殺されてしまうことなど、まるで意に介していない。「それに今夜は一人だって聞いていたのに、二人に増えてるじゃない。久地ヶ先の息子はともかく、女の子まで。問題になったらどうするつもりなの」


「その子は大丈夫だよ」


 マスクの男の一人が答えた。聞き覚えのある声だ。男はゆっくりとマスクを取る。おばさんをそのまま男性化したような中肉中背の男が現れる。間違いなく直行お兄さんだ。しかし、子供のころに遊んでもらった時とはまるで印象が違う。道ですれ違ってもわからないだろう。


「三角章子同志は、今回の生贄に立候補してくれたんだ」


 僕はハッとして三角のほうを見た。三角は声も出さず泣いている。大粒の涙を流しながら、取り返しのつかないことを後悔している様子から、僕はすべてを理解した。三角は佐藤直人教団の一員に成りすまして、自分で自分をターゲットにしたのだ。

「あら、そう。それならいいけど。下でお父さんが寝ているんだから、あまりうるさくならないようにしてね」

 眠たそうにあくびをしながら立ち去るおばさんを見送ると、教徒たちは再び凶器を取り出して、厳かに掲げた。羽虫のたかった電球の光が、浅黒い斧や槍の刃先を鈍く照らす。

「それでは司祭・佐藤直行の名において、今宵の生贄を佐藤直人様に捧げる」

 直行お兄さんが号令をかけると同時に、全員が三角に向けて凶器を構えた。立ちはだかる僕を、幾人もの教徒たちが羽交い絞めにして引き離す。大声で喚き散らす僕を、連中の一人が腹を殴って引きずるようにして部屋の隅に追いやる。うずくまることも許されない僕は、ぐったりしながら連中を見やった。

 三角も僕と同じようにうなだれて、しかし両手を連中に抱えられているので、まるでいつか洋画で見た罪人の処刑シーンのようだ。

 重たい凶器が勢いよく振り下ろされて、悲鳴が響き渡る。おびただしい量の血液が部屋中に飛び散り、僕は思わず目を背けた。三角が殺されたのだ。そして、第一の生贄に対する処理が終わったら、次は僕の番だ。


 万事休すだ。


 しばらく待っても、教徒たちに動きはなかった。おや、と思った僕は恐る恐る目を開ける。目の前には、変わらず吊り上げられた三角と、その様子を見ながら身動き一つしない佐藤直人教徒たちがたたずんでいる。僕は目を凝らして、何が起こっているのか確認し、そして驚愕のあまり言葉を失った。


 三角の口から、まるでびっくり箱のように、逢瀬川まなみが飛び出していた。器械体操をしているような姿に、教徒たちも三角もあっけに取られていた。三角に向かっていたすべての斬撃は逢瀬川まなみが一身に受け止めたおかげで、三角は無傷だ。

「あら、予定が外れたみたいね」血みどろの逢瀬川がへらへらと笑いながら口を開く。「久地ヶ先くんの口から出てくるはずだったのに。久地ヶ先くん、あなた浮気したわね」


 僕はハッとした。新聞部の部室で逢瀬川が僕にキスをしたとき、逢瀬川は僕の口の中に自分の分身か何かを仕込んだのだ。それが僕と三角がキスをしたせいで、僕から三角のほうへと移動してしまったのだ。

 逢瀬川は何事もなかったかのように、三角の口からずるりと抜け出して、全裸の肢体をその場にさらした。ようやく逢瀬川から解放された三角は、むせかえるようにして血液と唾液を吐きだしている。僕はさっと三角に駆け寄って、にらみ合う佐藤直人教徒と逢瀬川から引き離した。

「とっとと逃げるといいわ」逢瀬川が何でもないという風に言ってのける。「そこの窓から下りれば、下はクッションになってるから」

 逢瀬川が指さすほうの窓から顔を出すと、地上に大量の逢瀬川がひしめいてこちらを見つめていた。僕と目が合うと、一塊の逢瀬川がわらわらと群がって、二階近くの高さまでに至った。これなら、難なく飛び降りられそうだ。

 僕はすぐさま三角の手を引いて窓から身を乗り出した。飛び降りる直前、逢瀬川のほうを振り返ると、彼女は満面の笑みを浮かべながら教徒たちに惨殺されていた。その後ろから、事態を把握した教徒たちが半ばパニックになりながら階段を駆け下りていくのが見えた。さすがの殺人教団も、アメーバのように無限増殖する女に出くわすのは初めてだろう。

「一体、何なんですか!これは、何なんですか!」

 半狂乱の三角を無視して抱き寄せ、僕は逢瀬川の海にダイブした。無数の逢瀬川が僕たちを包み込むように受け止める。しかし、やはり人間二人分の重量には耐えきれなかったらしく、僕と三角を受け止めた瞬間に雪崩のように崩れ落ちた。真下からボキボキと嫌な音と感触がして顔を上げると、僕の目の前にいた逢瀬川が死んでいた。首はあらぬ方向を向いて、頭からは血が流れていた。ただ、表情だけは変わらずの微笑で、薄気味悪いと思う反面さすが逢瀬川だと感心した。


 背後からチェーンソーの音が響いた。玄関先どころか見渡す限りまで埋め尽くすほどの逢瀬川に対して、教徒たちも正攻法では通じないことを悟ったらしい。けれど、それでもなお逢瀬川に勝てないことを僕は知っている。

 落下の衝撃で気を失った三角を背負い、僕はその場を後にした。去り際、ついに逢瀬川軍も戦闘に入って、その場が大乱闘になっていたのを後目に。こうなっては、僕に出来ることなど何一つないのだ。


 最初に三角を見つけた橋までたどり着いたところで、僕は一呼吸ついた。

 逢瀬川の姿を見た三角は、いったいどう思うのだろう?危険だと思うだろうか、怖いと思うだろうか、それとも新たなスクープとして取材したいと思うのだろうか。

 考えてみて、それから僕は自分がにやけていることに気が付いた。それはひょっとしたら、僕の決して変わらないはずの日常が、逢瀬川を中心にして面白い方向にかき乱されているからかもしれない。


 なんておかしな話だろう。ついこの前まで、ルーチンを崩されることがあんなに苦痛だったのに。


 僕は空に浮かぶ月を眺めながら、帰って録画したドラマを見ることに決めた。


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