ツイッター殺人事件 4
十三日の金曜日。近所の映画館で開かれた納涼ホラー映画祭りで、僕は逢瀬川と一緒に映画を見ていた。見たのはもちろん、ジェイソンシリーズのリバイバルだ。大昔の映画らしい、大げさな悲鳴と惨殺シーンはいかにも作り物といった感じだったが、意外に楽しめた。普段は何もかもを斜に構えたような逢瀬川もホラー映画は好きらしく、横に並んでいてもぞくぞくと興奮しているのが分かった。
「ああ、面白かった」映画館の暗闇から出て、逢瀬川が伸びをしながら本当に嬉しそうにいう。「特に裸のヒロインが首をはねられるシーンと、ヤリチンがチェーンソーでバラバラにされるシーンは爽快だったわね。やっぱり、序盤で幸福を味わったものほど残酷な死を迎えてこそのスプラッターだわ」
「そうかい。僕としては、『学校の怪談』ぐらいでお茶を濁してほしかったもんだが」
僕は血みどろのホラー映画は苦手なのだ。特に、ツイッター連続殺人事件を追っている今は、映画内の殺人が妙にリアルに見えて、身震いさえするほどだった。ヒロインの斬首シーンでは、思わず自分の首をガードしてしまったぐらいだ。
「それで、そっちの調べはどうだったんだよ。例のツイッター事件」
僕はちょっと嫌味を込めて尋ねた。実は僕のほうの報告はすでに終えていたのだが、逢瀬川は僕の話をろくに聞きもせずに映画に誘ってきたのだ。話をしているときの、人を小馬鹿にしたような表情の憎らしさたるや。
「そうね、色々わかったわよ。久地ヶ先くんの話とまとめると面白いぐらい合点がいって、思わず顔がにやけそうだったわ」
ここじゃなんだからと逢瀬川が向かったのは、新聞部の部室だった。例の一年生からあらかじめ鍵を借りてきたらしく、逢瀬川は得意げに戸を開けた。僕は少しイラッとしつつ、あとに続いて室内に入った。
「まず、久地ヶ先くんが三角さんから聞いてきた通り、ツイッター事件の加害者は人間よ。そこに霊的なものはないわ。お手柄ね、久地ヶ先くん」逢瀬川が新聞部のパソコンを勝手に操作しながら、心にもない様子で僕をほめた。「けれど、私が見つけてきたのはさらにそこから先なの」
逢瀬川が振り向きながら、パソコンのモニターを僕のほうへと向けた。何の変哲もない、ツイッターのページに見える。いくつかのアカウントが「キター」「乙です」などとつぶやいていて、三角の部屋で見せられた佐藤直人教のホームページを思い出させる。
「久地ヶ先くんにはわかるかしら?おかしな共通点がいくつかあるんだけど」
別なページが画面に映る。やはりツイッターで、同じようなコメントが並んでいる。また別のページに切り替わる。今度も同じだ。最初にツイートした人物に対して、何人かが返事をしているだけに見える。共通点と言えばそれぐらいだ。元のツイート自体は、今日何を食べたとか、誰が好きだとか、待ち合わせの場所はどこだとか、そういう他愛もないものだった。
「普通のツイートじゃないのか。どれも大して意味がない、日常のあれこれをツイートしてて友達がそれに返事を送っているだけにしか見えないんだが」
「やっぱり久地ヶ先くんは駄目ね」逢瀬川がにやにやしながら、カーソルを一人のアカウントのところで止めた。「この名前を見て。『SA10』さんだって。こっちは『佐藤飯店』、『シュガー』、こっちには『ストレートマン』なんていうのもあるわ。さあ、ここまでで何か気づいたことは?」
「どの名前も『佐藤直人』つながりだって言いたいのか」僕はさすがにあきれて肩をすくませた。「くだらない。そんなのよくある名前だろ。全国に佐藤さんが何万人いると思ってるんだ。それにツイートの内容自体は、本当に無害なものだけだ」
「だから駄目だと言ったのよ。名前が隠語になってるってことは、本文も何かの暗号になっている可能性が高いと思わなくちゃ。でも、そうね。久地ヶ先くんがどうしても理解できないっていうなら、もっと直接的な、一番わかりやすい例を出してあげる」
逢瀬川がカタカタとパソコンを操作して、また別のページを開いた。また同じようなツイッターだろうと思っていた僕は少し驚いて、逢瀬川を押しのけるようにして画面へと近づいた。
「なんで」僕は誰にともなくつぶやいた。「なんで三角の名前が出てくるんだ?」
「うふふ、ようやく反応したわね。でも、そんなに慌てる必要があるかしら。久地ヶ先くんの考え通りなら、単に三角章子さんの名前が出てきただけに過ぎないはずよ」
逢瀬川の言う通りだ。ツイート自体は「三角章子たんカワユス」とだけ書かれた、なんの変哲もないものだ。しかし、ようやく僕はそのおかしさに気が付いた。彼らのツイートは一見普通なようで、すべて返答がちぐはぐなのだ。三角章子が可愛いという内容に対して、お疲れ様ですという返事は日本語的に成り立たない。ネット上の会話なんてそんなものだと言われてしまえばそれまでと、無視してしまいそうでもあるけれど。
「つまるところ、それは次のターゲットを指す犯行予告なのよ」答えを求めるように見つめていた僕に向かって、逢瀬川が甘ったるく優しい声で言う。「そこにいる佐藤なにがしさんたちは皆、佐藤直人のフォロワーで、こうやって仲間内で隠れ隠れ『この子を狙います』って宣言してるのよ。もちろん、こんな登録サイトのアカウントなんて作ろうと思えばいくらでも作れるけれど、これだけの犯行宣言が同時進行で起こっているあたり、佐藤直人もどきである人間は複数いると考えたほうが自然ね。だからこの町で起こっている殺人犯も、実は複数いるってわけ。これなら単独犯よりも犯行はスムーズだし、捜査の目も欺けるんじゃない」
そんな馬鹿な、と思ったけれど、それは口に出さなかった。
「でも、こんなの警察が簡単に見つけるだろ。いくら複数のアカウントが書き込んだところで、IPアドレスとかそういうのが残ってるんだ。片っ端からしょっ引いてしまえば、簡単に一網打尽になる」
「もちろん、やろうと思えば出来ないことはないし、実際このうちの何人かはすでにつかまってるのかもしれないわ。でもね、肝心なのは彼らの目的が佐藤直人崇拝であるということなのよ。彼らは特定の誰かを恨んでるわけでも、お金がほしいわけでもない。単に佐藤直人がやったようなストーカー殺人がしたいだけで、それがすべてなのよ。だから一人のターゲットにこだわったりしないし、他のメンバーが捕まったところで自分の犯行をストップするわけでもない。いうなれば、不特定多数による無差別殺人事件とでもいうところかしら。本当の意味で無数にいる犯罪者候補を、何の証拠もなく全員捕まえることなんてできやしないわよ」
逢瀬川は、どこからか出したペットボトルの紅茶を優雅に飲みながら、やはり得意げにしていた。一方で僕は彼女の推理に愕然として、三角章子が狙われていると知って気が気ではなかった。
「どうして三角がターゲットに入ってるんだ」
「さあ?それは私にもわからないわ。三角さんもこの事件を調べていたんだもの。何かしらの方法を見つけて、自らおとり捜査役を買って出たってところじゃないの」
「いや、それはもうどうでもいい。何とかして三角を助けなきゃならない。連中の犯行はいつ始まるんだ」
「いつかしらね。ストーカー殺人だもの。最初はストーキング行為から始まるんじゃない?そう考えれば、三角さんがやたらとお疲れだったのもうなずけるわ。誰かに四六時中監視されてたんじゃ、夜も眠れないでしょう」
視界の端に映る裁断機がじょぎりと音を立てて、三角の首を落とすイメージが僕の頭に浮かんだ。
「今すぐ行こう」僕は逢瀬川を突き飛ばす勢いで立ち上がった。「三角のところにだ。どうしたらいいかはわからないけど、僕と逢瀬川でガードすれば最悪の事態は防げるはずだ」
いきり立つ僕を後目に、逢瀬川はゆっくりとじらすようにペットボトルを置いた。まだ半分ほど残っている紅茶が、差し込んだ西日に照らされながらきらきら輝いている。
「久地ヶ先くん、あなた私たちの目的を忘れてるんじゃなくて?これはチャンスだと思うのだけれど」
逢瀬川の話を聞いていられる余裕などなく、僕は三角の家へと向かって全速力で駆け出した。逢瀬川なら、僕がどこにいようと難なくついてくるだろう。奴は超人だ。
走りながら、頭の中で逢瀬川の言葉が何度も繰り返し響いていた。
「久地ヶ先くん、これはチャンスなのよ」
そう、これはチャンスだ。と同時に、僕としてもそちらの方向に進んでほしいという願望がある。
なんせ、逢瀬川まなみは死にたがっているのだ。
ならば、死ぬのは三角でなく、逢瀬川であるべきだ。