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ツイッター殺人事件 3

 三角章子の家は、商店街で定食屋を営んでいる。シャッターが閉まった店の多い商店街にしては人気の店で、昼はボリューミーなお弁当と定食、夜は居酒屋になっている。特に夜の時間は、仕事帰りの人たちが職種や年齢に関係なく集まっていて、いろいろな話が聞けるらしい。三角が情報通であるのも、ひょっとしたらそこからきているのかもしれない。


 逢瀬川と喫茶店で別れてから、僕はその足で三角の家へと向かった。普段はアポなしで誰かを訪ねることなどない僕だが、今回のことに関しては悠長に待っていられない。それに、三角にお願いしたところで二人きりで会ってくれるとは到底思えない。


 三角屋と書かれた看板の前で、僕は一度大きく深呼吸をしてから、そろそろと戸を開いた。店内はやはりサラリーマンでごった返していて、学生服姿の僕はとても場違いなように思えた。

「いらっしゃい。でもごめんなさい、今日はもう定食の時間は終わってるのよ」

 三角の母親らしい、小柄だが太目の女性が、人好きするような顔をして言った。がやがやとした時間にお金にもならない小僧の面倒を見るのは面倒だろうに、それでも三角の母親はニコニコと出迎えて、本当に申し訳なさそうに謝ってくれる。この応対があるからこそ、ここまで繁盛しているんだろうなと思う。

「いや、実は今日は三角章子さんに会いに来たんですが」

「あら、あなた章子の友達なの」三角の母親は少し驚いたようにして、それから嬉しそうに振り返った。「章子、お友達が来てるわよ」

 三角の母親が声を張り上げると、ややしばらくして奥の階段をドタドタと駆け降りる音がして、ジャージ姿の三角章子が姿を出した。「お母さん、うるさい!今忙しいって言ったでしょ」

 三角が姿を現すと、常連客たちがわあっと騒ぎ出した。普段は三角も店を手伝っていて、ちょっとした看板娘であると聞いている。台所で黙々と調理をしている父親も、心なしか嬉しそうだ。

「章子ちゃん、こっち注文いいかい」

「学校はどうだった。今度のコンクールも楽しみにしてるよ」

「しょこたん、こっちでお酌してくれない」

 三角は大勢のお客に愛想笑いをしてから、小声で母親に何か文句を言ったらしい。それから、母親が満面の笑みを浮かべて僕のほうを指さした。三角はそこでようやく僕がいることに気が付いたらしく、真っ青な顔になり、それからにらみ付けるようにして僕のほうに詰め寄ると、そのまま無言で僕の手を取って階段へと連れ込んだ。二階へとあがる途中、後ろから「章子ちゃん、彼氏かい」というはやし声が聞こえてきたが、三角は黙ったままだった。


 部屋に入ると、三角は無言で座布団を差し出した。僕は軽く会釈をしてそこに座り、なんとなく部屋を見渡した。以前に来たときは小物もインテリアも女の子らしい部屋だったが、今は新聞の切り抜きや写真が散乱してかなり散らかっている。

「なんだか、ずいぶん変わっちまったな、三角の部屋」居心地の悪い無言状態を打破するべく、僕は口を開く。「だいぶ部活忙しいみたいじゃんか。三角の活躍で新聞部の成績も絶好調だって聞くぜ。オカ研がなくなってから他のやつらより遅く入部したっていうのに、すごいよな」

「そんなことを言いに来たんですか」

 三角がぎろりと僕をにらみ付ける。今すぐに帰ってくれと言わんばかりだ。僕は雰囲気を察して、すぐに本題に入ることにした。


 ツイッター連続殺人事件の話を始めると、はじめ三角は驚いた顔をしていたものの、後輩からもらった資料を見せると合点したようで、そのまま大人しく僕の話を聞いてくれた。思った以上にすんなりと話せたので、僕は拍子抜けすると同時に、三角がただ聞き流しているだけではないかと不安にさえ思った。

「それについてはこの間お話ししたとおり、オカルトとは無関係ですよ」ようやく僕が話し終えたところで、三角がコーヒーをすすってから大きくため息をつき口を開いた。「確かに、ナオトザリッパーと呼ばれた伝説的な殺人鬼のフォロワーがこの町にいて、同じような事件を起こしているのは事実です。でも、何度もお伝えした通り、私が追っている事件は被害者も加害者も人間です。B級スプラッター映画みたいな話に聞こえるかもしれませんが、オカルトとか超常現象とか心霊写真とか、そういう現実離れしたものとは全然違います」

 そう言うと、三角は面倒くさそうに机からノートパソコンを引っ張って、少し操作した後で僕のほうへと見せた。何かのポータルサイトらしいページが開いていて、そこには佐藤直人教信者の会と書かれている。何百人もの人間が会員登録しているらしく、自己紹介や雑談のチャットが、僕たちが見ている間にも更新されていく。

「見てください。これだけの人間がこのいかれた宗教に入っているわけですが、所詮彼らは猟奇殺人者の犯人に中二病的なあこがれを抱いているだけです」

 三角がマウスをくるくると器用に使って画面をスクロールすると、登録者たちの顔写真やアバター、写真が流れていく。ホラー映画やアニメから引っ張って来た画像や、ゴスロリ風の写真ばかりだ。いくつかをクリックすると自殺未遂や空想的な夢日記のブログが出てきて、なるほど確かに中二病にかかった人たちらしい。

「これを見れば、久地ヶ先先輩でも彼らが何か特別な、とりわけオカルトみたいな話とは縁遠い人種であることはわかると思うんですが」

「いや、でもお前が追っているのはそんな連中じゃなく、実際に殺人を犯しているクレイジーなやつなんだろ。危険じゃあないか」

「話が噛み合いませんね。今の問題は危険かどうかではなく、オカルトと関係があるかどうかでしょう。そりゃあ、ひょっとしたら調査には危険が伴うかもしれませんが、それが久地ヶ先先輩に何の関係があるんですか。私が追っかけているのは、少なくとも心霊や超常現象とは全く異なるものなんだから、久地ヶ先先輩に提供できる情報はないと言っているんですよ」

「それはそうかもしれない」僕は渋々、三角の言うことを認めた。「でも、正直に言えば問題がオカルト的であるかないかは僕でなく、逢瀬川が決めることなんだ。だから僕は出来るだけ多くの情報を持ち帰って、あいつに報告しなきゃならない。その先で逢瀬川がどんな判断を下すかは僕にもわからない」

「じゃあ聞きますが、なぜ逢瀬川さんはオカルト話を探しているんですか」

 三角が僕の隠していた核心に触れた。新聞コンテストに応募するネタ探しをしているなんて作り話など、三角はまるで信じていないようだ。僕自身も、もちろん三角がそんな話を信じているとは思っていなかったけれど、ここまでずばりと聞いてくるとは予想していなかったのでひどく狼狽した。その様子を見て三角はとことん失望したらしく、肺の空気を全部出し切るような深いため息をついた。

 しかし、どれだけ落胆されても僕にはどうすることも出来ない。逢瀬川の正体を話したところで三角が信じるはずがないし、そもそも僕自身が逢瀬川のすべてについて半信半疑なのだ。三角を完全に説得できるわけがない。


「まあ、どうでもいいんですけど」黙りこくる僕にしびれを切らしたのか、三角のほうから再び口を開いた。「久地ヶ先先輩は災難に巻き込まれることが多いんですから、余計なことに首を突っ込まないほうが身のためですよ。オカ研の時を思い出してください。出来ることなら、あの逢瀬川って人とはもう付き合わないほうがいいと思いますよ。ただでさえ敵の多い人なんだからこれ以上のトラブルは、普通の人なら避けるのが当然です」

 そう言うと、三角は自分の机に戻って何やら作業を始めた。僕が声をかけても反応しないところを見ると、どうやらもう話すつもりはないらしい。仕方なく、僕は三角の部屋を出た。


 階段を下りて元の食堂に行くと、先ほどの騒がしさが嘘のように静まり返って、その場の全員がやって来た僕を見つめていた。客はおろか、三角の両親さえ、まるで幽霊にでも会ったかのように目をくぎ付けにしている。僕は誰にともなく軽く会釈をして、家路についた。


 家を出てすぐ、後ろから「塩をまけ」と喚く声が聞こえてきた。さっきまでは三角の彼氏扱いだったのに、ひどい言われようだ。僕は逢瀬川よろしく薄く笑って、それから黙って家へと帰った。


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