ツイッター殺人事件 2
終業時刻を過ぎて校内がしんと静まり返ったころ、僕たちは新聞部の一年生に連れられて再び部室へと戻って来た。三角章子の姿はおろか、すでに巡回担当の先生も帰宅していて、すんなりと校舎に侵入することが出来た。田舎の学校のセキュリティは僕の思ったよりあまいらしい。
一年生はしばらく部室の中をガサガサと探してから、どうぞ、と数冊のノートを手渡した。表にはツイッター連続殺人事件ファイルと書かれていて、ノート毎にナンバリングされている。パラパラとめくると、取材の結果や事実関係がページ中にぎっしりと書かれていて、作者の気の入り様がうかがえる。
「三角先輩のものです」一年生は神妙な様子で言った。「今年度に入ってからずっとその事件について調査しているみたいです。もちろん先生たちだけじゃなく、あたしたちにも内緒で。どこで調べているのかはわからないんですけど、だんだんやつれていく部長を見ていると心配で、誰に話すことも出来なくて」
一年生は目に涙を浮かべている。今まで頼れる相手もおらず、心労が溜まっていたんだろう。僕はもらえるだけの資料を抱えながらお礼を言って、彼女と別れた。彼女は深くお辞儀をしてから、逃げるように家へと帰って行った。
僕と逢瀬川はそのまま駅前へ向かって、喫茶店で改めて資料をめくった。読み進めるうちに、どれだけ凄惨な事件であったかがわかる。
ツイッター連続殺人事件は、二年前に東京で起こった連続殺人事件だ。被害者の共通点として、全員女性であり、ツイッターの人気上位ユーザーで何千ものフォロワーがいた。一部のファンからは熱狂的なアプローチを受けていたらしい。
犯人の名前は佐藤直人。ツイッター上でナオトザリッパーを名乗り、被害者たちがアップロードした写真から住所を特定、執拗なストーカー行為の末、強姦殺人を犯した。被害者たちの死体はどれも刃物でめった刺しにされたうえ、首が切り取られていたという。佐藤は切り取った首を、被害者の玄関先や公園など人目につくところに置き去りにするという愉快犯でもあり、最終的に多すぎた自己主張のせいで足が付き御用になったそうだ。裁判の結果は、陪審員の満場一致で死刑。今でも死刑囚として服役中で、自分の殺される順番を待っている。
読み終わって、僕はふうっと深くため息をついた。血みどろの殺害方法や、それに尾びれが付いた噂話の一つ一つにすっかり引き込まれて思わず一気読みしてしまった。
でも、これだけではあの一年生が、何をそんなに心配していたのか分からない。単純に猟奇的な事件にのめりこんでいる三角を、一歩引きながらまともな生活に戻ってほしいと考えているのだろうか。
「そっちはどうだ、逢瀬川。なんか、それらしい手がかりはあったか」
別な資料の山を読んでいる逢瀬川に声をかけた。逢瀬川はパラパラと、雑誌でも流し読みするようにめくっていく。いつもの微笑をたたえながら、さして内容には興味がない様子でだ。
「そうね、よくわからないわ」逢瀬川はパタンと雑誌を閉じて、別のスクラップに手を伸ばす。「いくつかの資料には付箋が貼ってあったけれど、それは東京じゃなくこの町の事件についてだったわ。どうやら連続殺人事件の模倣犯がいるみたいね。それもまだ捕まっていない。三角さんは事件の参考に、元ネタである東京の事件を調べていたんじゃないかしら」
「なるほど。それなら三角が危ない橋を渡ろうとしているのを止めたいっていう、あの後輩の気持ちはわかるな。三角はあれで人望もあるって話だし」
それにしても、なぜ三角が殺人事件を追っているのだろう。自分でも言っていたように、基本的に三角が書くのは学校新聞の記事に限る。健全で品行方正な話題でなければ、コンテストに提出することはおろか、壁新聞にだって許可されないはずだ。その先に得られるものがないというのに、それでもなお三角がワイドショーのネタを調べ続ける理由が僕にはまるで分らない。
「いずれにしても、これだけでは私たちに必要なものかどうかわからないわ。二手に別れてもう少し調べましょう。久地ヶ先くんはもう一度三角さんを訪ねてちょうだい。わたしは別をあたるわ」
「ちょっと待ってくれ」僕は帰り支度をする逢瀬川を呼び止めた。「なんで僕が三角のところへ行くんだ。ご覧いただいた通り、僕は三角に完全に嫌われてるんだぞ。お前が行ったほうが、うまいこと話が聞ける」
「だって、あなたお友達なんでしょう」
逢瀬川は薄く笑うと、そのまま店を出て行った。
自動ドアが音を立てながら閉まるのを呆然と見ながら、僕はあきらめて言う通りにするしかないと思った。