表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/24

ツイッター殺人事件 1

 僕こと久地ヶ先優太朗が住むのは、都会からは遠く離れた田舎町だ。四方を山に囲まれていて、交通網もあまり発達していない。そのおかげで緑が多く、四季折々の美しさを骨の髄まで堪能することが出来る。

 一方で、人口は毎年減少していて、特に若年層の流出が深刻らしい。その理由はよくわからないが、娯楽が足りないことが一番の原因だと僕は思う。市街地に出ても歩いているのはおじいさん、おばあさんばかりで若者はいないし、多くの店は夕方には閉まる。車がなければ買い物に行くのも一苦労だし、まともな仕事がなければその車さえ買うことが出来ない。進学や就職を期に上京した若者は、盆と正月以外は地元に戻らないそうだ。

 それでも楽しもうと思えば、やり方はいくらでもあるのだ。今や山奥だって光回線のインターネットが引けるし、テレビはほとんどのキー局が映る。地元をこよなく愛する僕のような人間には、見知った道をサイクリングするだけでも結構面白い。遊ぶ場所が少ないとはいえ、時々は新しいレストランやリサイクルショップが出来たりするし、町おこしの運動でスタンプラリーが開催されたりもする。そういう小さな発見やイベントに興じてみるのも、意外と面白いものだ。


 二学期が始まってからもう一月が過ぎようとするころ、この町はまだまだ残暑が厳しく、多くの高校三年生は図書館や喫茶店にこもって勉強をしていた。学校のクーラーは効きがあまりよくないし、在校生や就職希望の生徒が騒いでいるせいで勉強に集中出来ないからだ。しかし店側としては一杯のコーヒーで長時間居座る高校生が大量に湧くのは迷惑のようで、お店によっては勉強禁止の看板を出しているところさえある。


 僕はというと、今日は部活動見学に来ていた。高校三年にもなって、しかも二学期という奇妙な時期にやってきたのは理由がある。単純に誘われたからだ。もちろん、新入生のように勧誘されたわけではなく、見学を希望する生徒に同伴を頼まれたのだ。


 逢瀬川まなみ。二学期の始めにやってきた異色の転校生だ。当初はいろいろあったものの、この一か月を経て僕と逢瀬川は、少なくとも一緒に部活動見学に行く程度には仲の良い関係になっていた。彼女と一緒に放課後を過ごすのは、今や僕のルーチンの中でも大きなウェイトを占めるものだ。

 見学に来た新聞部は、文化部の中では吹奏楽部に次いで活発な部活だ。彼らが週に一回発行している壁新聞は、生徒どころか教師の間でも人気が高い。いつだったか、彼らの出したエッセイが県内のコンクールで優勝したこともある。そのせいか、部室内では部員たちがせわしなく駆け回っていた。部室内は所狭しと写真や公募のビラが貼られていて、部室の真ん中に置かれた作業台には、何か資料を挟んだままの大きな裁断機があった。


 部室に通されてからややしばらくして、部長の三角章子がやってきた。三年生の引退を機に部長になったばかりの二年生で、彼女の文章はその業界で定評があるらしい。彼女もやはり忙しいのか、分厚い眼鏡の向こうにはクマが出来ている。

「なんで久地ヶ先先輩がここに」三角は、疲れ目で目付きの悪くなったところをさらに鋭くして、にらみ付けるように僕のほうを見た。「何の用です」

「よう、三角。久しぶりだな。こないだ来たときに伝えておいたはずだけど、聞いてないか?」

「私が聞いたのは、逢瀬川という先輩が、部活動見学の際に部長である私に個人的な質問があるということだけです」

 三角は、今度は逢瀬川のほうへ訝しむような視線を向けた。初めて会うであろう逢瀬川に得体のしれないものを感じているのか、僕に対してよりもさらに強く警戒しているらしい。一方の逢瀬川は、そんな彼女の態度などまるで気にしていないというふうに出されたお茶を飲んでいる。

「すいませんけど、新聞部は秋の学生新聞コンテストがあるので今猛烈に忙しいんです。要件を手短に話してください」

「それはお忙しいところに失礼したわ」逢瀬川はゆっくりと湯呑を置いた。「私が逢瀬川よ。実は三角さん、新聞部部長のあなたがこの町のあらゆる情報に精通していると聞いて、折り入って頼みがあって来たのよ。私は越してきたばかりで地理や歴史に疎いし、唯一の友達である久地ヶ先くんもそういうのに疎いから。もちろん、あなたがオカルト研究会会員だっていうことが、一番の理由だけど」

 言うが早いが、三角の顔は見る見るうちに真っ青になり、それから僕のことをさっきよりも一層強くにらみ付けた。あまりの剣幕に、僕は椅子から転げ落ちそうになる。まるで、ちょっかいを出しすぎて、眠っていた猛獣を起こしてしまったような気分だった。

「元、会員です。研究会はとっくに解散しましたし、そもそも私はそういう非科学的なものが大嫌いなんです。研究会に参加していたことは、私にとって最大の黒歴史です」

「それでも、メンバーだったことは事実でしょう、三角章子さん。あなたに頼みたいことというのは、だから、そういう怪談とか超常現象みたいなオカルトな噂があれば、私たちに教えてほしいってことなの。ほら、学生っていつの時代でもそういう他愛無い話が好きじゃない?本当のところを言うと、実は私たちも秋のコンテストに参加しようと思っているのだけど、残念ながらネタがないのよ。あなたのところになら、そういう情報もたくさん回ってくると思って」

 よくもまあ口から出まかせが言えるものだ、と僕は感心した。この部室に入るまでまったく考えなしだったというのに、逢瀬川は平然とした様子で理路整然と話し続けている。

 対して、三角は静かに、しかし強い拒絶をはらんだ口調で言った。

「そういう理由なら、残念ながらうちではお手伝い出来ません。そもそも現代の若者はそんなにオカルト話に興味を持っていません。アナログ時代には頻繁に見られた心霊写真やUFOは、デジカメの登場であっという間になくなりました。おどろおどろしい怪談や占いや降霊術は、インターネットでつながった何万という人間が検証して結果を共有することで、簡単に種がわかるようになりました。もうオカルトなんてものは、旧時代の遺物にすぎないんです。この新聞部でも、そういった事実に基づかない与太話は極力排除するようにしています」

 三角がピッと伸ばした指を向こうの壁のほうへと向けた。そこには新聞部が今までに発行してきたバックナンバーがずらりと張られていた。街の美化ボランティア、校庭の緑化、全国模試の出題形式変更と、見出しだけでも健全で高校生向けの内容であることがわかる。幽霊話どころか、ワイドショー的な話題すら完璧に排除されている。四コマ漫画でさえ、次の中間テストをネタにしている。

「言いたいことはわかったけど、私たちがほしいのはもっとB級の話題なのよ。誰もがじゃじゃ馬になって耳をそば立てるような」新聞を横目でちらりとだけ見てから、やはり余裕の薄ら笑いを浮かべて逢瀬川は言った。「週刊誌や何かで取り上げられるような陳腐で下品なゴシップがほしいのよ。残酷で、情欲的で、読者が目を通さずにはいられないようなインパクトが必要なの。私たちには文才があるわけじゃないから。もちろん、色恋沙汰でも大歓迎よ。教師と生徒の禁じられた関係、なんて煽情的じゃあないかしら」

 言うが早いが、逢瀬川はぐいと僕の体を自分のほうへ引っ張ってキスをした。あまりに唐突なことで、三角はおろか当事者の僕でさえ驚いて目を白黒させた。どれぐらい時間がたったかもわからなかったが、ようやく逢瀬川が唇を離すと、二人の口の間によだれの糸が引いた。

「ずいぶんと仲がよろしいようで」三角は怒りからか恥ずかしさからか、とにかく顔を真っ赤にさせて鬼のような形相で言った。「いずれにせよ、この新聞部には先輩たちの求めるものは何一つありませんから、もうお引き取りください。久地ヶ先先輩、もう二度と来ないでくださいね!」

 三角は物凄い剣幕でまくしたてると、そのまま僕と逢瀬川を部室から追い出した。弁解しようとした僕の鼻の先でドアが勢いよく閉まり、大きな音を立てて鍵がかけられた。

「ちょっとからかい過ぎたかしら」

 舌を出す逢瀬川に、僕はため息で返事をする。自分だけなら、逢瀬川の突拍子もない行動にも慣れたつもりだったが、第三者が関わると途端に彼女がどれだけ風変りであるかを再認識してしまう。ひょっとしたら、知らぬ間に僕も変人になりつつあるのかもしれない。

「それにしても、当てが外れたな。三角は僕の知っている限り、最もこの街に詳しい人間だったのに」

「当たりよ」逢瀬川が薄ら笑いを浮かべていう。「彼女、つかれていたもの」

「そりゃ、部活の何やらで忙しいって言ってたしな。学業もあるだろうし並行しての活動は疲れるだろ」

「まったく、久地ヶ先くんは物を覚えるのが苦手のようね。三角章子は憑かれているのよ、霊的なものに。久地ヶ先くんと同じようにね」

 僕はどきりとして、逢瀬川を殺した夜のことを思い出した。静まり返った夏の夜の下、無数の逢瀬川が血みどろになってあちこちに倒れている光景が浮かんでくる。あの時も、逢瀬川は僕が憑かれていると言っていた。もしも、三角も何か霊的なものに取りつかれているとしたら。

 背筋がぞっとして、それから僕はよし、と声を上げた。

「もう少し調べる必要があるな。三角は大事な後輩だ。何かあってからじゃあ遅い」

「もちろん、私たちの計画のためにもね」逢瀬川が不敵な表情で付け加える。「それに、調べるならおあつらえ向きの相手がいるみたいだし」

 逢瀬川が顎でしゃくったほうを見ると、新聞部の一年生がもじもじと居心地悪そうにこちらの様子をうかがっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ