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不死の呪いと、僕の日常について 5

 秋の夜が更けるのは思った以上に早い。毎年のことながら、ほんの一月前まではまだまだ明るかった時間にさえ夜空にぽっかりと月が上っていることのギャップには、本当に驚かされる。しかし、四季の移り変わりに心を動かされるほど、僕の精神は通常ではなかった。


 逢瀬川と別れてから今に至るまで、僕は全く言葉を発しなかった。富田先輩から唐突に告げられた事実によって受けたショックがあまりにも大きく、頭の整理がまるで出来なかった。ただ、夕暮れ前に聞いた犬神憑きの話だけが、僕の頭の中をぐるぐると駆け巡って、忘れることも他のことを考えることも出来やしなかった。


「ただいま」


 家にたどり着いたところで、僕はようやく、たった一言だけつぶやいた。日ごろから家に着いたときに発するルーチンだからだろうか。それとも安心できる場所に来たおかげで、考え込んでいた僕の脳みそがリラックスできたのだろうか。そのどちらだとしても、僕の挨拶に返事はなかった。

 部屋に戻って学ランを脱ぐ。ぐっしょりと濡れていた首や背中にひんやりとした風が吹いて、汗だくになっていたことに気が付く。なんだかとても喉が渇いている。すぐさま階段を下りて、洗面台へと向かい蛇口をひねる。

 蛇口の下で口を開けて待っていたものの、どれだけ経っても水は出なかった。たまらず蛇口を全開にするもまったく無反応で、そこで僕はハッと気が付いた。もうずいぶん前から、水道は止められていたのだ。

 仕方なく外へ出て、井戸の水をくみ上げて頭からかぶった。もやもやとしていた頭が、少しずつクリアになっていく。それどころか、今まで膜がかかったように僕の意識の外側にあった部分が、ゆっくりと本来の姿を取り戻していく。


 僕は慌てて、家の中へと駆け込んだ。


 一階には、祖父の寝室がある。玄関からすぐ左の部屋がそのはずだ。戸を開けたらその先にはテレビがあって、いつも学校から帰ったあとは祖父と二人で水戸黄門を見ていたのだ。

 僕は乱暴に戸を開けた。中には、がらんとした畳張りの空間があるだけだった。開け放された押入れも空っぽで、その部屋自体にまったく生活感がなかった。まるで、誰も住んでなどいないかのように。

 ゆっくりと足を踏み入れた僕は、きょろきょろと部屋の中を確認する。本当に何もない。衣類の一つさえない。もちろん、あるはずだと信じていたテレビなど影も形もありはしない。


 ふいに体が沈むような感触がして、僕は小さく悲鳴を上げた。見ると、畳の一部がぐずぐずに腐っていて、強く踏めば足がめり込むようになっている。


 そうだ、思い出した。これは、寝たきりだった祖父が死んだときに誰も気が付かなかったせいで、遺体がすっかり腐っていて、畳まで染み込んだ汚水のせいでこんな風にぶよぶよになってしまったのだ。市の手配でやって来たクリーニング業者が片付けてくれなかったせいで、このまま放置されていたのだ。


 いや、何を考えているんだ。祖父はついこの間まで生きていたじゃないか。だって、一緒にテレビドラマを見たりラジオ体操をしたりしていた記憶がある。どれも、僕の大切なルーチンワークだったはずだ。


 僕はかぶりを振って、今度は両親の寝室へと向かった。いつもは仕事で家を空けがちだった両親だけれど、僕のために毎日食事を用意してくれていたはずだ。この時間なら、もう仕事は終わっているだろうから、今はきっと二人静かに眠っているに違いない。

 僕はさっき下りてきた階段を駆け上がった。途中足を踏み外してしたたかに顔を打ったせいで鼻血が出始めたが、そんなことを気にしている場合ではない。腕でぬぐって、再び僕は走り始める。


 両親の部屋の前まで来て、僕は荒くなった呼吸を整えてドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開いた。


 大丈夫だ。両親は寝ている。そうでなければ、二人でゆっくりと今度の週末に何をするかでも話しているはずだ。たぶん、結婚記念日とか、そういう行事があった気がする。


 ドアが完全に開いた。


 僕は呆然と立ちすくんだ。


 部屋には、月明りに照らされた両親の影があった。布団は敷かれたままで、その上には二つ、倒されたままの椅子が両親の代わりに横たわっている。その時、開いたままの窓から夜風が吹いてカーテンがたなびき、一瞬部屋全体を明るく照らした。そうして僕は、天井から吊られた両親の死体に対面したのだ。


 僕は足から崩れ落ちた。目の前の現実を受け止めるには、そのショックがあまりに大きすぎたのだ。信じられないことがあると、本当に人間は立ってさえいられないのだなと妙に冷静に思った。

 僕はゆっくりと立ち上がって、ふらつく足で今度は台所へと向かった。食欲はない。しかし、両親の様子を見る限り、一日やそこらの状態ではない。ずいぶん昔に死んでいたのだとしたら、僕は今まで何を食べていたのだろうと単純に気になったのだ。


 台所について、電灯のひもを引っ張った。もちろん、電気は付かなかった。仕方なく僕は近くのカーテンを開けた。


 台所はとても足を踏み入れられる状態ではなかった。犬や猫、それから鳥のようなものの毛皮と血が散乱していた。床にはさらに何十もの動物の死体があふれかえって、それを餌にするネズミや虫がひしめいて、その光景はまさに地獄だった。


 僕はたまらず嘔吐してうずくまった。僕は今まで、そして一体いつから、何を食べて生きていたのだろう。

 唐突に現れた僕の存在に気が付いた動物たちが、一目散に逃げていく。その中で、僕だけがぽつんと座り込んでいた。いや、むしろ僕こそが死体を食らう動物たちと同類なのかもしれない。なぜなら、僕は犬神憑きの「久地ヶ先」一族の人間なのだから。


 走馬燈のように、色々な人たちが頭の中に浮かんでは消えていく。


 逢瀬川まなみは、僕が「憑かれている」のだと教えた。


 三角章子は、僕を救うためにより悲惨な事件を呼ぼうとしたのだと言った。


 鈴音遥は、妄想の世界を作り上げていた自身と僕を似ていると表現した。


 富田行穂先輩は、殺しきれない呪いを消滅させる研究をしていた。


 そして小柳ここみは、自分よりも不幸な相手を見ていると前向きに生きられるのだと言った。


 なんてこった。何から何まで全部、僕のことだったんじゃないか。


 あまりの事実に、とうとう笑いさえこみ上げてきた僕は、かすれるような声を上げた。もう夜中だったが、気にする必要はない。どうせ、この家には僕以外住んでいないのだから。


 静まり帰った秋の夜に、僕の声だけがいつまでも響き渡っていた。


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