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不死の呪いと、僕の日常について 3

 翌日、僕と逢瀬川は富田先輩の家がある町へと足を運んだ。先輩の家は学校のある中心市街からローカル電車で四駅ほど離れている。久々に降りた無人駅で、切符を渡す駅員がいないことに僕は少し狼狽した。


 がらんとした駅前には人通りはおろか建物さえもなく、ただでさえ寂しい地方の景色がより一層深まって見える。唯一、近くで人待ちをしていたタクシーの運転手が、ちらりとこちらを見やって、それからがっかりしたようにタバコに火をつけた。

「ここからどれぐらいかかるの」

「すぐだよ、富田先輩の家は。というより、もう半分ついているんだ」

 僕はまっすぐ正面を指さした。さびれた小さな商店街の向こうに、一段と大きな平屋がある。それが富田先輩の家だ。江戸時代から続く地主の家系で、その家はちょっとした武家屋敷のような歴史を感じる。回りに建物がほとんどないことも相まって、ほんの二十メートルほどの商店街が富田家へと通じる玄関口のように見える。実際、ここに駅が出来たのは当時の権力者だった富田家が無理を言って作らせたからだと聞いたことがある。


 商店街へ足を踏み入れる。畳屋、米屋、酒屋、肉屋と、生活に必要なものを取り扱う店が並んでいるものの、店先に人の姿はない。夕方だから、もう閉店しているのだろうか。僕はまるで別の国に来たような居心地の悪さを感じながら、商店街を足早に通り過ぎた。


 富田家の前にやって来て、僕は深くため息をついた。駅前から見た姿よりもずっと大きい。家の周りをぐるりと塀が囲んでいて、さらにその周りには山まで続く広大な田畑が広がっている。そのすべてが富田家の所有物なのだ。元々知ってはいたものの、久しぶりに訪れると改めてスケールの違いに圧倒されてしまう。

「あれ、優太朗お兄ちゃん!」

 ふいに声が聞こえて振り返ると、何人かの子供たちがボール遊びをしていた。以前、何度か富田先輩の家にお邪魔したときに遊んでやったのを覚えているのだ。僕が手を振ると、ニコニコしながら駆け寄って来て、あっという間に僕と逢瀬川の回りには子供たちの人だかりが出来た。

「お兄ちゃん久しぶり!何しに来たの?」

「隣のお姉ちゃん誰―、彼女?」

「見て見て、リフティング二十回連続で出来たよ」

 僕が子供たちの質問攻めに困っていると、後ろから「ようやく来たね」と声がかかった。


「行穂姉ちゃん!」


 富田行穂先輩がそこに立っていた。道着姿で背中に大きな袋と竹刀を背負っているところを見ると、日課の稽古から帰って来たところらしい。大きく手を振る富田先輩のほうに子供たちが集まり、ああでもないこうでもないと話し始める。富田先輩はその一人一人に声をかけていく。

「ずいぶんな人気ね」唐突に逢瀬川が口を開いた。「かなり人を選ぶタイプだと思っていたんだけど」

「近所の子供たちだからな。親戚も多いし。この辺は近所付き合いが盛んだから」

 もちろん理由はそれだけではなく、富田先輩の魅力にもある。富田先輩はとても面倒見がよく、いつも村が明るく平穏であることを願っている。だから自然と、彼女の回りには人が集まるのだと思う。

しばらく子供たちの面倒を見た後で、富田先輩は僕たちを家へと案内した。何か、神社のような木工細工の飾りつけが施された門を抜けて家に入り、母屋とは別にある離れへと入っていく。富田先輩が一人で使っている別館だ。単に離れと言うには少しばかり大きすぎる。元々は地元青年会の集会所として使っていたのが、人口が減少したためにお役御免になったのだそうだ。

「お兄ちゃんたちも全員家を出てるから、今はあたしだけで使ってるのよ」

 富田先輩は笑いながらそう言った。そもそも富田先輩は富田家の長女にして末っ子だ。上のお兄さんたちともだいぶ年が離れているらしく、だからこそ家族や地域の愛情を一身に受けて育ってきたのだという。「末っ子に生まれてラッキーだったわ」と以前話していた。兄弟のいない僕にはわからなかったものの、まだひいおじいさんさえ存命である富田家では、感じるところも僕とはだいぶ違うのだろう。


 離れの応接間に通された僕と逢瀬川は「運動の後だからシャワーだけ浴びさせて」という富田先輩の申し出を快諾して、二人きりで座っていた。部屋からは畳の匂いがして、遠くからは先ほどの子供の声と道場で稽古する音が聞こえてくる。赤く染まって来た夕日も相まって、何となく懐かしい気持ちになる。


「ねえ、何か聞こえない?」

 逢瀬川がこちらを見て、声をひそめながら尋ねた。僕が注意して耳に意識を集中させると、他の音に交じって確かに何か聞こえる。何人かの大人の声だ。何を話しているのか、時折怒鳴るような声さえ聞こえる。母屋のほうだ。

「この声は、たぶん富田先輩のばあさんだろうな。今の富田家当主の」

「当主?」逢瀬川が尋ねる。「当主って、普通は男性がなるものじゃないの」

「たぶん、爺さんが先になくなったとか何とかだろ」

「それは違うよ」

 声と同時に、富田先輩が部屋へと入って来て、僕たちは会釈をした。

 富田先輩は、浴衣だろうか、白い着物に身を包んでいて、いつもよりも真面目そうに見える。研究室にいるときも白衣を着ていたけれど、今回はいでたちにもっと真剣さを感じるのだ。

「遅くなってごめんね」富田先輩は机に麦茶とお菓子を置いてから、自分も座布団に腰を下ろした。「これでも、途中で誰かに見つからないように急いで来たんだ。今、地元のおじさんおばさんたちで集まって何か話しててさ。捕まったら長いから」

 茶化すように笑ってはいるものの、富田先輩の祖父母・ご両親を知っている分、冗談には聞こえなかった。富田家の大人は皆、かなり怖い。特におばあさんは別格で、さながら鬼婆のようだとすら思う。


「当主の話ですけど」逢瀬川は話を戻す。「違うってどういうことですか」

「ああ、逢瀬川さんか」先輩はまるで今初めて逢瀬川の存在に気付いたような顔をした。「うちは、もう何百年も前から女系当主なんだ。昔にいろいろあったみたいで『男は邪で災いを呼び寄せる』みたいな話があって。まあ、大昔に誰かがなんか散々ひどいことをしたってことだろうけど」

 話しながらお菓子を食べる富田先輩はひょうひょうとした様子だったが、つまり長女である彼女もいずれは当主になるということだ。彼女が可愛がられて育った理由も、ひょっとしたらそこにあるのかもしれない。


「それで、二人は文化祭の展示を作るために、この町の歴史について調べているんだったね。いいものを持ってきた」

 言って、富田先輩は机の上に一つの箱を置いた。見たところ、かなり古い、正方形の木箱だ。ふたには十文字に赤い和紙が貼ってあって、箱の全面をぐるりと一周している。なんだか和風のクリスマスプレゼントのようだ。しかし、漂っている雰囲気は決してそんな穏やかなものではない。

「封印なんだ、それ」富田先輩が言った。いつもより、ずっと真剣な表情だ。「開けてみていいよ」

 僕はゆっくりと、四辺の和紙をちぎっていく。緊張して手が震え、喉がゴクリとなる。ようやくすべてをちぎり終えて、僕はふたを開く。


「駄目」


 箱を開けようと力を込めた僕の手の上からかぶせるように、逢瀬川が手を差し出して制止した。普段は何事にも動じない逢瀬川からは考えられない反応に、僕は少し怖くなって手を放した。今までなんの変哲もなかった木箱が、急にとてつもなく得体のしれないもののように感じる。

 富田先輩は少し微笑みながら、すっと自分のほうへ箱を戻した。

「逢瀬川さんはこれが何か知っているみたいだね」

「先輩、それは一体何なんですか」僕はたまらず尋ねた。「その中には何が入っているんですか。というか、そもそも町の歴史に関係があるものなんですか」

「それは大いに関係ある。そもそもの話をするなら、この箱がこの町の始まりと言ってもいいぐらいだよ」富田先輩は箱をいとおしそうになでまわす。「久地ヶ先くんは、この町がどうやって出来て、今に至るか知っているかい」

「それはよくは知らないですけど、うちの町は特に歴史的な事件もない小さな農村だっただろうから、何となく暮らしているうちに江戸時代になって、その後明治になって、いろいろあるうちに戦争になって、戦争が終わって現代になったと思います」


「違うね」富田先輩は断言した。「あくまで教科書に載っている範囲であれば、久地ヶ先くんの答えは当たらずとも遠からずだ。けれど、明治以降の町を語る上で、何よりも重要で忘れてはならない事件がある。その中心にあったのがこの箱と、ある一族さ」

「もったいぶらないで教えてください、先輩。その箱は何で、その一族は一体この町に何をしたんですか」


「首受け箱よ」


 僕がたまらず尋ねると、富田先輩よりも先に逢瀬川が口を開いて、僕はハッと彼女のほうを向いた。逢瀬川はここにやって来る時と同じようにうなだれて、じっと手元を見つめていた。

 一方の富田先輩は、嬉しそうにニコニコと笑い「よくわかったね」と言ってはしゃいでいた。


「逢瀬川さんの言う通り、これは首受け箱と呼ばれる呪具だ。何に使われるのかは、さっきの一族の来訪から順を追って説明しよう。最初は久地ヶ先くんの言う通り、この町は何の変哲もない農村だった。それが明治維新の後、四国からわたって来たとある一族の登場でガラリと変わってしまうのさ。その一族は当初、自分たちは下級の華族だと名乗っていて、膨大な資産を使って村に富を与えてあっという間に村一番の富豪になったのさ。豊かになった村には水路が出来て、立派な養蚕工場が出来て、一気に近代化した。ところが、時がたつにつれて村人はおかしなことに気が付いた。一族に敵対する勢力、政治家や土地持ちが、次々と事故や凄惨な事件に巻き込まれて没落してしまう。おまけに一族は完璧な秘密主義で、家のことはおろか素性さえわからない。みんながおかしいと思い始めたころ、一族の元で働いていた女中が告白するんだ。『彼らは犬神憑きなんです」ってね」


「犬神憑き?」聞きなれない単語に、僕は聞き返した。「なんですか、それ」


「犬神憑きっていうのは、犬神が取り憑いている家系のことさ。犬神ってのは、まあある種のまじないなんだけど、犬の体を、首から上だけが地面から出るような恰好で埋めるわけだね。そして犬の鼻の先、ちょうど届かないぐらいの距離に餌を置いておくわけだよ。そのまま何日か放っておいて、餓死寸前、恨みやつらみを溜め込んだ犬の首をはねると、犬の首はまっすぐに餌へと食らいつく。その首を焼いて残った骨を、この首受け箱に入れて大事にお守りにする。するとその家は犬神憑きになる。犬神憑きの家系は繁栄する。大金持ちになって、ありとあらゆる分野で成功する。ライバルが現れても、犬神によって呪い殺すことが出来る。当時、その一族のライバルだった連中の死に方は、どれも原因不明だったそうだ。そこで村人は結託して、めでたくその一族を村の端に追いやることに成功した。犬神憑きの一族は、村の表舞台から完全に姿を消して、村には平和が戻りましたとさ。そしてその時、一族追放の中心役だったうちの家が、村でのある種ご意見番みたいな形になったってわけ。それは今も続いてる。だから富田家はこの村で大きな力を持っているのよ」


 一気に話し終えた富田先輩は、麦茶を飲んでから一息ついて、お菓子に手を伸ばした。僕は全く想定していなかった突然のオカルト話に、口をあんぐりと開けながらお菓子を食べる先輩を見つめていた。

「でも先輩、ちょっと待ってください」ようやく我に返った僕は、今しがた聞いた話の内容を整理しながら尋ねる。「いろいろ、よくわからないので、聞かせてほしいんですが」

「いいよ、なんでも聞き給え」

「ありがとうございます」僕は生唾を飲み込んだ。「まず、なんでそんな危険な呪いの箱を先輩が持っているんですか」

「これはうちで保管しているんだよ。外に出したら誰に拾われるか分かったものではないし、燃やしても別の何かに取り憑いてしまうから、厳重にしまっておくのが一番いいのさ」

「それが、あなたがゾンビを殺す研究をしている理由ね」今まで黙っていた逢瀬川が唐突に口を開いた。「殺しきれない呪いを、完全に消し去る方法を探しているってことね」

「さすが、逢瀬川さん。鋭いね。まあ、方向性としてはあっているかな」


「まだあります」僕は逢瀬川の話を無視して質問を続ける。「富田家では今もご意見番役をやっていると言ってましたね。それは今でも、犬神憑きにまつわる事件がこの村で起こっているということですか」

「うーん、それは何とも言えないかな」


 そう言うと、富田先輩はふすまのほうを向いた。自然と僕もその先を目で追う。富田先輩がふすまを開くと、その先は中庭になっていて、そこで富田先輩のおばあさん他何人かの大人が輪になって何やら話していた。その中心には、小さな男の子が、裸で柱に縛り付けられていた。男の子は眠っているのか、首をだらりと垂らして微動だにしない。

 神妙な様子の大人たちを固唾を飲んで見ていると、男の子がピクリと動いた。と思ったと同時に、男の子は甲高い奇声を上げて、まるで狂犬のように周囲の大人たちに噛みつこうとしている。男の子の目は吊り上がり、口は耳まで裂けて、その口からよだれをまき散らしている。

「あの子が、まさか犬神憑き?」

 富田先輩は僕の言葉を無視して、そのまま男の子の様子を見ていた。それに倣って、僕も連中をじっと観察する。


 すると大人たちの一人が、うなる男の子の前に生肉を差し出した。男の子は生肉に噛みつこうともがいているが、ぎりぎり届かない。男の子の歯が何度か空振りして、ようやく肉に噛みついたと思った瞬間、大人が男の子の口から肉を引っ張り出した。生肉は表面に男の子の歯型をつけながら滑るようにして口から出て、同時に男の子は気を失った。大人たちはその肉を用意していた木箱に入れ、和紙で封をしてからどこかへ持っていった。

「この町では、ああいう情緒不安定な子がたまにいるのよ。医者に行けば、精神的な理由がなんちゃらって話になるんだけど、実際は犬神が憑いていることもある。そういう時に、ああやって犬神を生肉に移してから首受け箱に入れて地下に保管しておく。それが今でも続く犬神退治のやり方で、うちで処置を取り持つことが多い。当時の文献やら資料も、倉にいっぱいあるしね。」富田先輩は後ろにある巨大な蔵を親指で指した。「だけど近年ではあんまり見なくなったから、それこそ表舞台でのご意見番として存在するのみかな。ごめんよ、変な回答になってしまって」


 毛布を掛けられてどこかへ運ばれていった男の子に、僕の目は釘付けになった。まさか、犬神憑きなんてものが本当に存在するだなんて。毛布の隙間から一瞬覗いた男の子の表情は、安らかというよりは疲れ切ったように見えた。

「さあ、これであたしの話は終わりさ。どう?クラス展示の役に立ちそうかな」

 富田先輩は茶化すようにして笑った。文化祭の準備という最初の理由など今の今まですっかり忘れていた僕は、ハッとして頭を抱える。こんな話、クラス展示のネタに出来るわけがない。よしんば出来たとしても、史実に基づく資料だなんて誰も信じやしないだろう。


「待ってください」用が済んだと言わんばかりに応接間の戸を開けた富田先輩に、僕は最後の質問を投げかけた。「さっき先輩は、犬神憑きの一族を村の隅に追いやったって言ってましたね。ということは、今でもその一族はこの村のどこかに潜んでいるということですか」

 富田先輩は黙ったまま、僕の顔を見据えるようにしていた。たまらず、僕は逢瀬川のほうを向く。逢瀬川は、すでに話は聞き終わったと言わんばかりに帰り支度をしていた。

「そんなこと知ってどうするんだい」

「ここまで聞いてしまったら、それを知らずにはいられません」

 言い切って、僕は富田先輩の両目を覗いた。その眼は驚くほど穏やかで、普段の富田先輩からは考えられないような落ち着きに満ちていた。


「いるよ、もちろん」


「だったら、名前も教えてください」

 僕の言葉に、富田先輩は寸分の迷いもなく「いいよ」と答えた。


「久地ヶ先っていうんだけど」


 僕は絶句した。


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