不死の呪いと、僕の日常について 1
例年より長かった夏がようやく終わろうというころ、僕は少し早めの学ランに身を包んだまま机に突っ伏していた。ここのところ、心が休まる日がほとんどない。それもこれも逢瀬川に付き合って、西へ東へオカルト探索に赴いているせいだ。日々の平穏を守るために逢瀬川に協力しているというのに、これでは本末転倒な気がする。
一方の逢瀬川も、何かやる気なさげに窓の外を眺めている。今日は普段に輪をかけて、学校のことなどまったく興味がないように見える。それもそのはずで、今は学活の真っただ中、一か月先に迫った学園祭の役割決めをしているところだ。今年は三年に一度の公開文化祭で、普段は締め切られている学校の敷地を地域の誰もに開放し、各クラス思い思いの出し物を発表したり、出店をやったりするのだ。
そんな一大イベントであるにも関わらずクラス中がどんよりとした空気に包まれているのは、他でもない。すべて新しい担任のせいだ。元々いた担任の教員は、小柳ここみの自殺から鬱になってしまって、長期の休養に出ている。そこに代理で入って来たのが今の担任で、この学校の教頭だ。考え方が古臭い上に話が長く、おまけに頑固者ときている。生徒の発案する奇抜なアイデアや何かは全部却下し、最初はやる気に満ちていたクラスもいつの間にか陰鬱な雰囲気になっていた。
そうしてようやく、参加率の低い多数決の末に決まった我々のクラスの出し物は、クラス展示だ。しかもこの町の歴史について、方眼紙にまとめて張り出すのだという。文化祭委員や体育会系の連中の抵抗もむなしく、教頭の自己満足でしかない歴史展示会を実施することが決定した。
僕はそっと顔を上げて、教室の様子をうかがう。クラスのほとんどが机に突っ伏して、もはや黒板の前に立たされた文化祭実行委員の話を聞いているものは皆無だ。本来なら公開文化祭に向けて一丸となったクラスの立役者になるはずだった委員たちの顔が、今や泣き出しそうに歪んでいる。他人事ながらかわいそうな立ち回りだと僕は思った。
「えー、それでは、立候補がいないようなので、資料収集班の二名は推薦で決めることにします」
実行委員の声が静まり返った教室に、無気力に響く。もはやクラスの誰一人、話を聞いてさえいない。何の反応もないクラスメイトに呼びかけるのはどんな気分だろう。しかし、その中で唯一人、教頭がすっと手を挙げた。
「資料収集はお前がやれ、久地ヶ先」
教頭の言葉に、僕は跳ねるように起き上がった。唐突に動いた僕に対して、クラス中の視線が集中する。僕は目を白黒させていたが、反対に教頭は僕のほうをじっと見つめていた。
「お前、富田と仲が良かっただろう。北東大学に進学した、あの富田だ。今は史学科で日本の民俗学や何かを勉強しているらしい。あいつに聞けばいろいろ教えてくれる」
「富田先輩ですか」
久しぶりに聞くその名前に、僕は身の毛がよだつのを感じた。富田先輩にはさんざんひどい目にあわされてきた。今思い返しても、あの人と過ごしてしまった一年弱の時間は僕の中で最悪の思い出だ。
何やら満足そうな顔をしている教頭を見て、僕はハッと気が付いた。そういえば教頭は去年まで社会科主任教師をしていた。そしてうちの学校から北東大学への進学者が出るのは、十数年ぶりの快挙だったはずだ。きっと自分の愛弟子に手伝わせることで、今回の文化祭をも成功させて自分の手柄にしたいのだろう。もっとも、当の富田先輩は決して教頭のおかげだなんて思っているわけはないのだが。
「いいじゃん。久地ヶ先、お前やれよ」ふいに背後から声がかかって振り返ると、一人の男子がだるそうにしながら僕のほうを見つめていた。「お前、今までクラス行事とかなんも手伝ってないじゃん。今回ぐらいみんなのために働いてくれよ」
驚いた僕が言葉を選んでまごまごしていると、他のクラスメイトたちも口々に僕を推薦し始めた。さっきまでほとんど全員が死体のような有様だったのに、今ではまるで革命中の暴徒のような勢いだ。さしずめ僕は、不正を訴えられた無能政治家と言ったところだろうか。きっとマリーアントワネットもこんな気分だったのだろう。
「それじゃあ、収集班の一名は久地ヶ先くんに決定として」実行委員が僕の意見を無視して話を進める。「もう一名を決めましょう」
ざわついていたクラスが、一瞬で静かになった。資料収集班は面倒くさい上に責任も重い。何せ、クラス展示となれば、まずは資料が集まらないことには何も始まらない上に、残りの作業は教室の飾りつけだけだ。つまり僕ともう一名が、展示のほとんどすべてを担うことになる。そんな役をやりたい奴は、僕を含めて一人もいない。
すっと天井に向かって腕が伸びた。
逢瀬川まなみだ。自信に満ちた表情で、クラス中の視線を一身に浴びながら、それでも真っすぐに伸ばした手を下ろそうとしない。もちろん、彼女の自薦に誰も異存はなかった。
放課後、僕と逢瀬川は北東大学へと向かうバスに乗っていた。教頭が事前に連絡をしているらしく、学内の研究室で富田先輩が待っているらしい。
だんだんと遠ざかっていく街を背に、僕はうんざりとした気持ちでバスに揺られていた。
富田先輩に会うのは、まったく気が進まない。
富田先輩こと富田行穂は、僕たちよりも一年年上で、ちょうど僕が二年生の時に同じ学校の三年生だった。彼女の性格は一言でいえば傍若無人。他人のことなどまるで眼中になく、ただ自分のやりたいことだけをやる。そのくせ成績だけは他の追随を許さない断トツで教師の受けはいい。クラス委員だって率先してやるし、何かイベントがあればその中心にはいつも富田先輩がいたらしい。
そして、もちろんオカルト研究会も、彼女が彼女のために作ったものだった。三角と鈴音、それから僕を除いた最後のメンバーだ。いずれは会いに行くことになるとは思っていたけれど、まさかこんな形になるだなんて。
隣に座る逢瀬川も、あまり乗り気ではないらしく、やはり様子がおかしい。ぼうっと外を眺めていて、なんだか元気がないような気がする。どちらかと言えば、いつも逢瀬川はテンションの低い僕を盛り上げていたのに、今日に限って一体どういうことだろう。
何となく不安を感じながら、僕は目を閉じた。
北東大学までは、まだ一時間もある。




