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異次元の魔女 8

「久地ヶ先くん、起きて。そろそろ時間よ」


 目を開けると、鈴音が僕を揺り動かしていた。時計を見ると、すでに時計は午前零時を回っていた。どうやら仮眠のつもりがずいぶん寝てしまったらしい。寝起きの僕に対し、鈴音はばっちりと準備が出来ているようで、いくつものオカルトグッズを身に着けている。これでは鈴音のほうが魔女のようないでたちだ。


「ちょっと待ちなさい」


 唐突に声がして振り返ると、ドアのところで逢瀬川が壁に寄りかかっていた。いつの間に起きていたのだろう。鈴音のほうを見ると「知らない」という風に首を振った。

「魔女退治に行くのでしょう。私も同行するわ。人数は多いほうがいいものね」

「わかったわ」鈴音がため息をついて、あきらめ交じりの口調で言った。「一緒に行きましょう。こうなってしまった以上、仕方ないわ。逢瀬川さん、頑固っぽいし」

 逢瀬川はにたり、と不気味に笑った。そうして僕らは三人で魔女の根城へと向かうこととなったのだ。

 いつもより一人多いというのに、屋敷はいやに静まり帰っていた。今日は雨も降っていないから、余計そう感じるのかもしれない。三人の足音だけがコツコツと廊下に響いて、化け物退治に行くというよりはまるで処刑台へ向かって歩く死刑囚になったような気分だった。


 それにしても、と僕は逢瀬川のほうを見た。


 寝る前の段階では、逢瀬川は魔女退治に非協力的だったはずだ。それが一体どういう風の吹き回しで、一緒に行こうなんて気になったんだろう。逢瀬川はやけに乗り気で、鼻歌など歌っている。余裕ぶっているのはいつものことだけれど、今日の逢瀬川は何となく浮足立って見える。

「ここよ」

 子供部屋につくと、鈴音がゆっくりと棚の引き出しを開けた。真っ暗な部屋に、光が差し込んでいく。夢でみた時そのまま、階段が続いていた。崩れていたのはどうやら元に戻ったらしい。僕たちはお互い顔を見合わせて、それから階段を下りた。

 先陣を切って足を踏み出したのは逢瀬川だ。スキップをするような軽やかな足取りで、すたすたと階段を下りていく。

「逢瀬川さん、ちょっと子供っぽいわね。こんな事態だっていうのに、不注意すぎるんじゃないかしら」

 鈴音が眉をひそめる。確かに、その通りだと僕も思う。

「ひょっとしたら、彼女も魔女のメンバーなのかもしれないわね。だって、それなら獲物を引き連れて仲間の元へ戻るんだから、彼女のお手柄だもの」

「さすがにそれはないだろ」

 咎めるように言うと、鈴音は少しつまらなそうにして黙った。

 階段先の洞窟を抜けると、夢の通り外に出られた。しかし、夢と違うのは夜だったということだ。明るい陽射しの、おとぎ話のような風景ではなく、暗雲の立ち込めるまさに魔界という様子に変貌していた。強風が吹き荒れ、何か生き物の声が谷中にこだましている。ぞっとして無意識に後ずさる僕の背中を、鈴音がぐいと押した。「もうすぐそこよ」


 一晩ぶりに訪れた魔女の小屋には明かりが灯っていて、暗い足元を照らしている。近づくにつれて、屋内の声が聞こえてくる。どうやら宴会をしているらしい。人数は前と同じ三人だろうか?もしもそれ以上いるのであれば、何か策を考えなければならない。

魔女の小屋の直前までたどり着いたところで、僕は二人が進むのを制して一旦小屋の陰に隠れた。

「なによ、突然」逢瀬川が不満を隠そうともせずに言う。「まさか、目の前まで来たくせに怖気づいたの?男なのに格好悪いわね」

「逢瀬川さん、ちょっと声が大きいわよ!」

「聞いてくれ」僕はいがみ合う二人を無視して話始める。「このまま殴り込みをかけても勝機はない。まずは様子を見て、それからその場に合った作戦を考えることが先決だ」

「そんなまどろっこしい」逢瀬川はいつの間にか持っていた金属バットを振り回した。「わたしがおとりになればいいじゃない。自慢じゃないけど、私は学校で一番の俊足だし、スポーツ万能なのよ。私が最初に中に入って室内をめちゃくちゃにしてやるわ。その後逃げるから、ドアから追って来たところを待ち伏せて一人一人順番に殺せばいいのよ。どう?完璧な作戦でしょう」


 逢瀬川は言うが早いが、僕たちが反論する隙も与えずに駆け出すと、単身魔女の小屋へと突入してしまった。あまりの出来事に、僕も鈴音も言葉さえ発することが出来なかった。

「さあ、魔女ども。年貢の納め時よ。正義の味方こと、この逢瀬川まなみの鉄槌をうけなさい!」

 どでかい声で逢瀬川がまくしたてると同時に、魔女の小屋は大騒ぎになった。外で待つ僕たちは少し戸惑ったものの、とりあえず逢瀬川の話した計画通りにドアの両端で待機した。小屋の外まで響く壁の振動や食器や何かの割れる音、それから何度か悲鳴が聞こえて、僕は体の芯からすくみ上った。

 唐突に音が止んで、僕と鈴音は目を見合わせた。一体、逢瀬川はどうなったのだろう。魔女の声もしない。聞こえるのは谷からの風音だけだ。

 僕は意を決してゆっくりと音を立てないようドアを開いて、小屋の中を覗いた。


 室内を見て、僕は戦慄した。

 小屋の中は家具が散乱しているだけで、もぬけの殻だった。ただ一人、立ちすくんでいる逢瀬川を除いて。いや、立ちすくんでいるのではない。まるでタケノコのように、何本もの槍が天井や壁を突き破って、逢瀬川を磔にしていた。僕は誰もいないのを確認して、急いで逢瀬川に近づいた。首に手を当てると、脈はなく、すでに冷たくなっている。

「逢瀬川、逢瀬川!」

 僕はすがるように逢瀬川を揺さぶった。ピクリとも動かない。糸の絡まった操り人形のような姿で固まったまま、息さえもしない。


 逢瀬川が本当に死んでしまった。


 呆然とする僕をよそに、どこからかやって来たカラスやネズミたちが、逢瀬川の体をついばみ始める。目の前の状況にひどく混乱した僕はとうとうへたり込んで、ただ逢瀬川の体が段々となくなっていく様子を眺めていた。

 ふいに外から小さく悲鳴が聞こえた。

「ネズミが罠にかかったらしいね」しわがれた声が聞こえる。「あっちは使い魔に食わせるとしよう。見たところ、骨と皮ばかりでまずそうだ。こっちの上等なほうを、あたしたちのごちそうにしようかねえ。祭壇まで持っていくとしよう」

「男はどうする?」

「あいつは、あとで腸を引きずり出して保存食にでもするさ」

 ずるずると何かを引きずりながら遠ざかっていく声に、僕は全く反応できなかった。

「助けて、久地ヶ先くん!」

 鈴音の悲鳴が聞こえる。早く助けに行かなければ、鈴音もまた、殺されてしまうかもしれない。しかし、逢瀬川でさえ倒せなかった魔女たちを相手に、武器もない僕一人の状況で一体どうしたらいい?

「しかし情けない。男のくせに、座り込んで動きもしないよ」

 魔女たちは笑いながら去っていった。

 男のくせに、という言葉が、僕の脳裏をぐるぐると駆け巡った。それはさっき、逢瀬川にも言われたセリフだ。確かにそうだ。女の子に囲まれて、逢瀬川に助けられてばかりで、僕には意気地がないのかもしれない。


 いや、と僕はかぶりを振った。そうではないのだ。逢瀬川が殺されている状況を目の前にしても、僕には確固たるものがある。目の前の光景が信じられないのだ。他の誰でもない逢瀬川が、こんなことで死ぬだろうか。鈴音がコーヒー占いで逢瀬川の死を予言したとき、逢瀬川はとても嬉しそうな顔をしていた。しかし同時に、小ばかにしていたようにも思う。こんなくだらないことで、この逢瀬川まなみを殺せるはずがないと。その逢瀬川が、たかが串刺しにされて動物に食われたところで死に絶えるということが、僕にはどうしても信じられない。


「やっぱり、久地ヶ先くんね」


 どこからか声が響いた。


 同時に、今まで夢中で逢瀬川の死体をむさぼっていた動物たちがプルプルと震え始めて、僕はあっけにとられる。そのうちにも動物たちは、まるでいつか理科の時間に見た、植物が発芽する瞬間の早回しテープのように、物凄い勢いで形を変化させながら膨れ上がっていく。そうしてものの数十秒のうちに、動物の一匹一匹が逢瀬川まなみへと変態した。

「あなたなら、すぐに気が付くと思ったわ」いつの間にか、食べられていた逢瀬川すら息を吹き返していた。血まみれで、もう手足すらないというのに、その表情はいつもと同じ余裕に満ちた微笑だ。「このわたしが死ぬことがないということに」

「一体どういうことなんだ」

 僕はようやく口が利けるようになったものの、まだ混乱したままだった。

「僕が気がつくっていうのは」

「あなたが今見ているものが、全部嘘だってことよ」

 さっきまで動物だった逢瀬川のひとりが口を開いた。

「順を追って説明してくれ」僕は懇願した。「何を言っているのか、さっぱりわからない」

「つまりね」さらに別の逢瀬川が言う。「あなたは今、やっぱり夢の中にいるのよ」

「具体的には、あなたと鈴音遥の夢ね。一種の催眠術よ。鈴音遥は、わたしたちに相談を持ち掛けたあの日から、おそらくは無意識のうちに、あなたに催眠術をかけていたのよ。『別荘に住む魔女という話を久地ヶ先くんが信じますように』ってね」

「実際はそんなものありはしないわ。全部、鈴音遥の妄想、作り話。ただ、本人はそれを信じ込んでいるみたいだけど」

「だから催眠術にかかったあなただけが」

「魔女の夢を見たのか」僕はだんだんと合点がいきはじめた。「けど、それならどうして僕だけが催眠術にかかったんだ?逢瀬川も一緒に話を聞いたはずなのに」

「さあ、どうしてかしら」

「いくつか可能性があるわ。そもそも鈴音遥は、わたしに催眠術をかける気がなかったのかもしれない。あの子、久地ヶ先くんにぞっこんみたいだったし」

「あるいは一緒に話を聞いたわたしは何かの事情でいなくなって、別のわたしが途中から入れ替わっていたのかもしれないわ。それなら例え最初のわたしが催眠術にかかっていたとしても、次のわたしには何の影響もない」

「わたしたちの間で記憶を共有した際に、修正されたということも考えられるわね。そうだとしたら傑作。だって、催眠術にかかった久地ヶ先くんを笑いながら見ていられるんだもの」

 のんきに笑い始めた逢瀬川のなかで、僕は一人あっけに取られていた。逢瀬川まなみ。こいつらは間違いなく、他のどんな化け物よりも化け物だ。僕の想像をはるかに超えている。

「それにしても、さっきから可能性可能性って、ハッキリとしたことが分からないのはなぜだ。だって、自分のことだろう。僕は混乱しているんだ。情報の共有をすればわかることなら、今からだってやってくれないか」

「だから、さっきも言ったように、久地ヶ先くんは『まだ夢の中にいる』のよ」

「それはつまり、わたしたちもまた同様に、久地ヶ先くんの夢の一部でしかない偽物だっていうこと。だから、あなたが知らないことや、思いつかないことっていうのはわたしたちにもわからない」

「じゃあ、お前たちは、夢を見ている僕が、さらに夢の中で作り出した逢瀬川ってことか」

「そういうこと」逢瀬川は嬉しそうに笑った。「鈴音遥の催眠も、久地ヶ先くんのわたしへの思いには勝てなかったってことね」

「妬いちゃうわ、現実のわたしに」

 逢瀬川たちはまたケタケタと笑った。


 僕は周囲の逢瀬川たちにあきれながら、しかし何となく納得できて、自然と顔がにやけてくるのを感じた。結局、僕はある意味、逢瀬川のことを心底信頼しているらしい。

「それで、僕はこれからどうしたらいいんだ」ようやく落ち着いた僕は、ほっと安堵の息をついてから尋ねる。「どうやったら元の世界に帰れる?」

「それはわたしたちにもわからないわ。」逢瀬川は即答した。「久地ヶ先くんがわからないことは、わたしたちにもわからない。でも、せっかくなんだし、鈴音さんの妄想をかなえてあげるのもいいんじゃないかしら」

 磔にされていた逢瀬川が、もうほとんど白骨化した腕を上げて骨がむき出しになった人差し指でドアのほうを指す。その様子を見て、これが夢であることを僕は確信した。


 ドアのほうへ行くと、足元に光るものを見つけた。かがんで見ると、鈴音の持っていた短刀が置き去りになっていた。顔を上げると、崖の向こうに台座のようなものを頂いた塔が見える。どうやら、あそこに魔女たちと鈴音がいるようだ。

「それじゃあ、妄想娘の騎士さん。本物のわたしにもよろしくね」

 背後で逢瀬川たちの声が聞こえた。僕は振り向かず、そのまま走り出す。渡りに船だ。どうせ夢なら、出来るだけかっこよくきめてやる。


 僕は精一杯の雄たけびを上げながら、鈴音の待つ塔へと駆け出した。



「本当にどうもありがとう。おかげで別荘に平和が戻ったわ」


 もう定番になった喫茶店で鈴音遥が深々と頭を下げて、周囲の客が僕たちに奇異の視線を向ける。居心地の悪くなった僕は適当に返事をして、逃げるようにその場から立ち去った。去り際、鈴音の取り巻きがまたひそひそと噂話をしていたけれど、僕も逢瀬川も相手にしなかった。

 ようやく鈴音の夢から覚めた三日目の朝、ベッドから飛び起きてリビングに出ると、逢瀬川が紅茶を飲みながらいつも通りの優雅な朝を送っていた。昨日の朝とまるで同じ彼女の様子を見て、僕はとうとう夢から覚めることが出来たんだと感じた。


 逢瀬川にことの顛末を伝えると、したり顔で「ふうん」というだけで、あまり反応がなかった。不審に思った僕が問い詰めると、どうやら逢瀬川はずいぶん前から事情を把握していたらしい。ほとんど御用聞きのようになっている田上が、鈴音遥が異常に思い込みの激しい性格であると警告してきたのだそうだ。


 そもそも、鈴音遥が学年一の人気女子であるという話自体、鈴音遥自身が広めた噂から始まったらしい。そしてその思い込みの強さから、当初は自分から発信したはずの噂さえ信じてしまって、あたかも自分が学校のマドンナであると錯覚しているのだという。そしてその情報を逢瀬川に伝えたのは、他でもない鈴音の取り巻き連中だというのだから恐ろしい。彼女たちは面白がって鈴音遥に付き従っているふりをして、その実、鈴音の道化ぶりを笑っていたのだ。そう考えると、鈴音遥もかなり哀れなものだが、今回の出来事に巻き込まれた僕としては正直何らかの形で鈴音にお灸を据えたい思いだ。


「なあ、逢瀬川。ずっと気になっているんだけど」謝礼をもらって嬉しそうにしている逢瀬川に、僕は思い切って尋ねた。「結局、お前はどうやって、鈴音の催眠術から逃れられたんだ?だって、僕と一緒に鈴音の話を聞いたんだから、お前にも最初は催眠術がかかっていたはずだろ」

 僕の問いかけに、逢瀬川はにこりと微笑みで返した。


「そんなの決まってるじゃない」逢瀬川はちょっと先まで走って振り返った。「わたしたちの愛の力でしょう、久地ヶ先くん」


 ベロを出してからかう逢瀬川に、僕はあきらめのため息で答える。


 まったく敵わないなあ、逢瀬川には。


 走り始めた逢瀬川の後ろを、僕はゆっくりと追いかけ始めた。


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