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異次元の魔女 7

「起きてくれ、逢瀬川。頼む!」


 僕は目が覚めると同時に逢瀬川の部屋へと駆け込んだ。時刻はまだ朝五時前だったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「……何よ、久地ヶ先くん、朝から。またなの?」

 逢瀬川はうっとうしそうにしながら寝間着のボタンを二つ外して、僕に首元をさらけ出した。僕が殺人衝動を抑えられなくなったと思ったのだろう。そうではないことを伝えると「じゃあ、こっちかしら」と言って、ゆっくりと両足を開いていく。

「違うんだよ。この屋敷の秘密がわかったんだ」


 半ば引きずるようにして逢瀬川を布団から起こし、僕は子供部屋へと向かった。まだ半分眠ったような逢瀬川を毛布にくるめたまま子供部屋のソファに放り投げると、逢瀬川は不機嫌そうにあくびをした。

 僕は喜び勇んで、箪笥の引き出しを抜き取っていく。しかし、先にあったのは何の変哲もない壁紙だけだった。おかしいと思った僕は、箪笥をどかして壁を確認する。それでも何も見つからなかった。壁には何の細工もなく、壁紙を張りなおした様子も見受けられない。


 寝ぼけ眼で僕をにらみつけてくる逢瀬川に、僕は弁明するように昨日の夢について話した。どうやら僕は過去にこの屋敷で起こった出来ごとを夢で追体験しているということ。この家が魔女の隠れ家につながっているということ。魔女の手によって親子三人が殺されたということ。そして、その家族の生き残りがどうやら鈴音遥らしいということ。

 真剣に聞いているのか、それとも眠さゆえに反応するのが面倒なのか、いずれにしても逢瀬川は僕の話を黙って聞いていた。しかし僕が話し終わると同時に、逢瀬川は毛布を片手に自分の寝室へと戻ってしまった。


「だから、その話は昨日したでしょう」なおも食い下がる僕に、逢瀬川は横になりながら告げる。「この屋敷からは何も感じないわ。本当に、正真正銘、ただの豪邸でしかないのよ。だから霊現象も黒魔術も起こるはずがないの。はい、この話はおしまい。七時になったら起こしてちょうだい」

 一方的に言うと、逢瀬川は僕の反論を聞く前に寝息を立て始めた。僕は逢瀬川の態度にほとほとあきれて、自室に戻った。


 あの様子を見る限り、今回は逢瀬川に頼ることはまるで出来ない。僕の話も、相談相手である鈴音の話もまるっきり信じていないのだ。であれば、僕が一人でことを解決するほかない。

 僕は携帯電話を手に取って、鈴音遥に連絡をした。



 鈴音とは昨日に引き続き、喫茶店で会うことになった。あらかじめ電話である程度報告の内容を伝えると、鈴音は昨日とは打って変わって真剣に聞いてくれた。僕と話すにあたっていろいろと準備もしてくれるらしく、逢瀬川とはえらい違いだなと思った。


 逢瀬川は今回も報告には来ない。「四六時中、久地ヶ先くんと一緒にいるんだもの。たまには息抜きが必要だと思わない?それが長く付き合う秘訣よ。それとも、もう倦怠期なのかしら」などとのたまう逢瀬川を置き去りにして、僕は学校を後にしたのだ。いつもながら、人をイラつかせる天才だと思う。もっとも、僕に限ってそういう扱いなのだが。

 喫茶店に入ると、昨日と同じ奥の席で鈴音が待っていた。テーブルの上に所狭しと資料を広げていて、うっかりコーヒーをこぼしそうで見ていて怖い。鈴音も僕が来た事に気づいたらしく、手で前の席を指し示した。

「友達はいないのか」

「ええ、ちょっと大事な話だからって、先に帰ってもらったわ」鈴音は嬉しそうに言う。「それじゃあ、聞かせてちょうだい。二日目の報告を」

 僕は今朝逢瀬川に伝えたのと同じ内容を、一日目の夢から得た僕なりの推測も加えて事細かに説明した。鈴音は僕の話を聞きながらいちいちリアクションをとり、大げさに相槌を取って見せた。それに、やたらニコニコして、嬉しそうだ。僕は少し違和感を覚えて、急いで報告を終えた。


「やっぱりね、予想通り。久地ヶ先くんなら真相に行きつくと思ったわ。オカ研にいた時から、久地ヶ先くんと私は似ている、波長があうと思っていたのよ」

「真相ってことは、それじゃあ僕の見た夢は」

「ええ、全部事実よ。過去にあの別荘で本当に起こったこと。私の実の両親と姉は魔女の手によって殺されたの」

 鈴音はそれから僕に別荘の秘密を語ってくれた。鈴音の別荘では過去に原因不明の失踪事件が起こっていて、鈴音はその中で唯一生還したらしい。警察の事情聴取でも鈴音の身に起こったことを話したものの、誰一人真面目に聞いてはくれなかった。結局、鈴音は叔父の家に引き取られることになり、財産はその別荘も含めてすべて叔父が引き継いだらしい。


「なんでその話を最初から教えてくれなかったんだ。それなら、僕たちもそのつもりで準備していったのに」

「ごめんなさい」鈴音が殊勝に頭を下げた。「久地ヶ先くんを試していたの。だって、ひょっとして霊感がなかったら何も見ることが出来ないかもしれないじゃない。そうしたらまた、私が嘘をついた格好になるわ。それだけは避けたかったの」

 鈴音の両目からテーブルにぽつぽつと涙が落ちて、僕は押し黙ってコーヒーに口をつけた。いつも余裕ぶっている鈴音にこんな一面があったなんて。

「それで結局僕はどうしたらいいんだ」重苦しい雰囲気を払しょくするために僕は尋ねる。「約束の三日間が過ぎる前に、実際に超常現象が起こってしまったんだ。それなら、話が違ってくるだろ。霊能力者にでも相談するか、それとも不動産屋に行ってカタログからデータを削除してもらえばいいのか」

 霊能力者と言って、僕の頭には真っ先に逢瀬川が浮かんだ。もちろん、実際には霊能力者ではないものの、まあ似たようなものだ。しかし、逢瀬川と鈴音の関係を見ると、ここで名前を出すのは得策じゃないかもしれない。


「それについては考えがあるの」鈴音が涙をぬぐいながら口を開いた。「魔女を倒すのよ。幸い、私も久地ヶ先くんも奴らの隠れ家への道を知っているわ。魔女のところまで潜入して奴らを殺すことが出来れば、すべてのかたが付くわ」

「殺すって、一体どうやって?」

 僕が尋ねると、鈴音はカバンからいそいそと古びたナイフを取り出した。果物さえキレそうにないほど錆びついていて、柄の部分には真っ赤な宝石がはめ込まれている。見た目はまさに退魔用アイテムと言った感じだ。

「叔父のコレクションなの」鈴音がうっとりとした顔で、指でナイフをなでる。「骨董商をしているだけあって、こういう古いものに目がなくて。このナイフは、中世ヨーロッパで魔女狩りの時に使われたものよ。悪を滅して、世の中を清らかにすると言われているわ。これで一突きにすれば、あの家もすっかり元通りになるはず」

「わかった。それじゃあ逢瀬川にも伝えておくよ」

「それはやめて」鈴音が即答した。その眼には何か怒りのようなものを感じた。「気を悪くしたらごめんなさい。でも、正直に言って私は逢瀬川さんを信用していないのよ。霊現象に対して何も感じないようだし、何より別荘について変に噂を立てられでもしたら」

 逢瀬川はそんなことをしない、と言いかけて、僕は踏みとどまった。ここでむきになって鈴音の気分を害すると、良くないことが起きる気がする。鈴音は思い込みの強いタイプだし、思った以上に嫉妬深い。ここは鈴音の言う通りにしておいたほうがいい。

「逢瀬川さんにはそのまま泊まってもらって、私たち二人で魔女を退治しましょう。決行は今夜十二時よ」

 僕は若干の不安を感じながら、鈴音と約束をした。


 別荘に帰ると、すでに逢瀬川がリビングで優雅に紅茶を飲んでいた。どこから持ってきたのか、アンティークらしいティーポットを勝手に使っている。図々しいが、逢瀬川がお茶を飲んでいる姿は絵になるので、僕が鈴音の叔父ならきっと許しているだろう。

 鈴音には口止めされていたものの、僕は念のため逢瀬川に今夜のことを伝えた。逢瀬川だって同じ屋敷で寝泊まりをするのだから、危険なことはあらかじめ教えておかなければならないと考えたからだが、逢瀬川に限って身の危険など気にすることはないとも思った。

 逢瀬川は相変わらずの気のない口調で「ふうん」と言ったきり、興味なさそうにお茶を続けていた。僕もそれ以上は言うつもりもなく、何となく気まずかったので自室に戻り、夜に備えて仮眠をとることにした。


 今夜、魔女と戦うのだ。


 でも、僕と鈴音だけで、一体どうやって?相手はすでに鈴音の両親を殺しているような残虐な魔女だ。しかも三人もいる。こちらは二人だけだ。頼みの綱の逢瀬川さえ、今回はいないと来ている。そして武器は鈴音の持つ短剣が一本のみ。

 僕はいろいろなことを考えながら、とりあえず寝ることにした。


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