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異次元の魔女 1

 どんな人間関係においても、人気者は存在すると思う。見た目が良かったり、勉強が出来たり、スポーツが得意だったり、あるいはちょっと悪ぶったところが人の目を引いたりする。特に学校は顕著で、人気上位の生徒の回りにはいつも人だかりが出来ている。


 僕のクラスでは、逢瀬川まなみこそ、その人気の最上位に君臨する存在だ。容姿端麗で頭脳明晰、スポーツ万能であることに加えて、高校三年の二学期から転校してきたという不可解な事実が彼女にミステリアスな魅力を与えている。男子生徒はおろか、女子からも絶大な人気を誇っていて、最近では逢瀬川まなみ親衛隊が組織されたという噂も聞く。


 しかし、彼女の正体が、六百六十六の不死の法で縛られたゾンビのような、あるいはがん細胞のようなモンスターであることを知っているものは少ない。逢瀬川本人と僕、それから二年の三角章子だけだ。とはいえ、三角はほんの少し、逢瀬川の本質の片鱗を垣間見たに過ぎないから、実際のところは僕だけが逢瀬川の化け物じみた本性を知っている。だから僕は、上っ面だけを見て憧れている同級生に対し冷ややかな視線を送っていた。


「逢瀬川さん、タオル、良ければ使ってください!」

 体育の授業が終わったところで、一人の女子が逢瀬川に声をかけた。同じクラスの田上ルミカだ。野球部か何かのマネージャーをしている、小柄であまり目立たない生徒。小動物を思わせる顔を真っ赤にして、震えながらタオルを突き出している。逢瀬川は、まるで相槌でも打つかのようにお礼を言ってタオルを手に取る。女王にでもなったつもりか、と僕は心の中で毒づいたが、田上には十分だったらしく、逢瀬川が使い終わったタオルを抱きしめながら満面の笑みで去っていった。

「ずいぶんな人気だな」僕はやれやれという感じで声をかけた。「この分だと、逢瀬川まなみ教団を作れるんじゃないか、こないだの連中みたいに。ひょっとしたらそっちのほうが、逢瀬川の願いを成就する見込みがあるんじゃないか」

「それはだめね」逢瀬川はポカリを飲みながら答える。運動の後で顔を真っ赤にしていて、汗で運動着が体に張り付いている様子は健康的で、とても死にたがりのゾンビ女には見えない。「私の秘密が公になったら、実験動物として捕らえられてしまうかもしれないわ。そういうのは前々世紀で懲りているのよ」

「前々世紀って、お前本当はいくつなんだ?」

「あら、乙女に年齢を聞くなんて、久地ヶ先くんはマナーがなってないわね」

 何が乙女だ。世紀をまたいで生きている上に、無制限に分裂するような奴を乙女とは呼ばない。


「さすがの逢瀬川さんもお疲れみたいね」


 ふいに声を掛けられて、僕たちは振り返った。

 隣のクラスの鈴音遥だ。両隣に取り巻きを従えて、ちょうど近くにある木の陰に入るようにして立っている。二クラス合同の授業だったから、もちろん鈴音たちも体操着姿だ。鈴音だけが大きなタオルを肩にかけて、念入りに日光を避けている。

「久地ヶ先くん、お久しぶり」鈴音が僕のほうに笑顔を向けた。「聞いたわよ、二人は付き合ってるんだって。まさか、ずっと孤独を貫いてきた久地ヶ先くんが、クラス一の人気者である逢瀬川さんとくっつくとは思わなかったけれど」

 僕は黙った。逢瀬川は、突然現れた鈴音遥が何を尋ねようとしているのか探っているようだった。一方で、鈴音はやさし気な満面の笑みを浮かべている。僕は彼女のこの顔が昔から苦手だ。

「そうなのよ。わたしと久地ヶ先くんはどうも馬が合うみたいで、二人でいると落ち着くのよね。でも、みんなには内緒にしてくれると助かるわ。あまり騒がれるのは好きじゃないの」

 逢瀬川の返事に鈴音は「そう」とだけ答えて、その場を去っていった。


 何となく、逢瀬川と鈴音はそりが合わないような気がした。鈴音遥は、クラスだけでなく学校の序列でも最上位に位置している。美少女の上に成績は学年トップで、噂では学内外にファンクラブがいくつもあるらしい。実家は何かの事業をやっているお金持ちで、南青山ヒルズという地元では医者か大企業勤めしか住まない閑静な住宅街に自宅があるそうだ。タイプだけ見ると、鈴音と逢瀬川は非常に似ている。けれど、なぜか決して噛み合わない気がするのだ。


 その日の授業が終わって、僕はまっすぐ家に帰ることにした。家では祖父がそわそわと、一緒にドラマを見る僕の帰りを待っているはずだ。祖父を待たすわけにはいかないし、そもそも僕のルーチンを欠かすなんてことは起こってはいけないのだ。


「あっ」下駄箱を開いて、僕は思わず声を上げた。「手紙だ」


 靴の上に、ノートの切れ端が置いてあった。内容は「死ね」と一言だけ、マジックか何かで殴り書きされていて、差出人はもちろん不明だ。ラブレターでないことは見た目ですぐにわかったものの、まさか中傷だとは思いもしなかった。

 僕はとりあえず丸めた手紙をポケットに入れて、昇降口をくぐる。すると、下駄箱のちょうど反対側で逢瀬川が立ち止まっていた。


 声をかけようとしたところで、逢瀬川の手元にも手紙があるのが分かった。僕はちょっとためらってから、わざと強く足音を立てて近づいた。逢瀬川もすぐこちらに気が付いて、それから僕のほうに手紙を向けた。

 手紙の中身は、僕のものよりもずっと長文で、小奇麗な字で、差出人もしっかり書いてあった。

「鈴音さんからよ」逢瀬川はいつもの微笑を浮かべて言った。「家に来てほしいみたいね。ご丁寧に地図まで入れてくれて。どういうつもりかしら」

「僕が知るもんか」

「でも、道案内ぐらいは出来るでしょう。だって、あなたたち、元々同じ部活にいたんじゃない。オカルト研究会だったっけ」

 オカルト研究会は学校公認じゃないから、したがって部活じゃあないと言おうと一瞬思ったが、そんなことを言ったところで逢瀬川には関係ないことだ。僕は返事の代わりに深くため息をついた。

「いつ行くつもりだよ」

「これからよ。だって、手紙には日時が指定されていないもの。面倒くさそうなことは手早く終わらせたいじゃない」

 逢瀬川は手紙をひらひらして、それからまっすぐ校門のほうへ歩いていく。僕の都合など、これっぽっちも気にしていないらしい。僕は心の中で祖父に謝って、それからしぶしぶ逢瀬川の後ろをついていった。


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