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「はぁ、寒い」
雪が降っていて、外は身が凍るような気温だった。
愛する娘であるところの花音が結婚……永遠にこなければいいと思っていた瞬間は、しかしやってきてしまった。
今日は彼氏であるところの村田玲くんと、その両親を交えた食事会。
そんな中、俺は玲くんが「娘さんを僕にください!!」と言おうとしているのを察知して、せっかく予約してあった少し離れにある有名レストランを抜け出してきてやったのだ。
……偉そうに言ったけどそうだよ逃げたんだよちくしょうが!
そんなわけで俺は今、レストランの駐車場で缶コーヒーをすすっていた。
「戻ろうかな……」
いつまでも逃げていられる問題ではない。
相手の彼も、きっと悪いやつじゃあないのだ。今日話して、それはわかった。
でも、まぁ50近くのおっさんにはおっさんなりに、思うところとかがあるわけよ。一人娘なだけにね。
他の家族はと言うと、美香はニコニコして嬉しそうだし、第二子である我が息子、康太はと言うと興味なさげにスマホをいじるのみだ。一緒に反対してくれる味方はいないと見てまず間違い無いだろう。
ああ、美香……昔はあんなに俺にメロメロだったのに、今日ではもう完全に尻に敷かれてしまっている。
だが結婚生活も、もう25年を超えた。彼女と一緒に支え合ってきた日々、その結晶の成長を、門出を、素直に祝福するのも父親の役目なのかもな。
襟を正す。よし、こう言ってやるんだ。「娘が欲しかったら、俺を倒してからいけ!!」
「これしか無いな」
缶コーヒーをゴミ箱に捨て、レストランの入り口に向かって歩く。
そういえば……相手の玲くんの母親はまだだろうか。
どうしても外せない用事が入ってしまっているとかなんとか……今日くらいどうにかして空けろよと思ったものだが、仕方ない。
「はぁっ……はっ……」
さぁ、一発とは言わねぇぜ玲くん。何発でも殴らせてもらおう。
そうしてその果てに言ってやるのだ。「俺の娘を、幸せにしてやってくれ」ってな。
「す、すみません……ここ、レストラン『花岡』ですよね?」
「え?ああ、そうですよ?」
と、今後の流れをシュミレートしていたら、息が上がっているらしい女性に声をかけられてしまった。
しかし、今日このレストランは貸切。そんなところに来ると言うことは、きっとそうだ。
俺は彼女に振り返り「玲くんのお母さんですか?」と、聞こうと思った。
けれど、それは叶わない。
だって、俺の目の前には……
「こんばんは、遅れてすみません。村田麗奈と申し……ま、す……」
「麗、奈……?」
美香だけを愛すると誓った、あの伝説の引退ライブから30年。
あまりにも長い時の流れは、俺たちの絆を、より強固なものにした——————
————————はず、だった。
「あたし、もう結婚したの。あなた以外の人とキスをして、あなた以外の人に抱かれて、あなた以外の人の子供を産んだ。
ほら、何もかも、変わったのよ。あの時とは……あまりにも」
「裏切るのかよ……俺も母さんも、姉ちゃんだって、全部全部、何事もなかったかのように裏切れるって、あんたはそう言ってんだぞ!!?」
「ねぇ、私たち……付き合っちゃ、いけなかったのかな?」
「母さんの好きなようにしてよ。俺は、ずっと母さんの味方だから」
「——————私ね、安心してた。
付き合って、結婚して、子供だってできて……30年間も一緒に過ごして。
だからもう、ずっと一緒だって。
おばあちゃんになって、おじいちゃんになって、どちらかがお別れをしても、その先にどちらかが待っていれば怖く無い。また一緒にいれると思えば、嬉しい。
そう、思っていたの」
再び、雪が降る。
彼らの涙を、代弁する、雪が降る。
「だからね、伸一……」
「伸一くん、それじゃあ……」
『——————さよなら』
例え、誰を不幸にしたとしても。
この気持ちに、嘘はつけない。
恋の楽譜、続編、ifエンド。
【時を歌う空】
君と俺と、そして君の物語が、終わる。
2017年中に連載開始!!