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エピローグ 二人の物語

 

 時間は止まらない。

 あの寒かった冬はすっかりと姿を消し、街に、学校に、桜の花が舞い落ちる。

 去年は、本当に色々なことがあった。

 忘れられないこと、忘れてはいけないこと、本当に、沢山の思い出に満たされていた。

 でも、停滞など許されない。時間は、感傷に浸る暇なんて与えてはくれないのだ。


 そして、押し出され流ように迎えた大学三年生の春。

 俺は———————


「歌唱研究部!歌唱研究部に興味ありませんかー!?」

「歌唱研究部?」

「お、君一年生?興味あるならあっちのブースで話聞いていってよ!」


 通りかかった一年生に声をかけ、ブースへと誘導する。今年は去年のような出来事はないから安心だ。

 もう四年生となった前部長、飯島源太は今頃俺も勧誘行きたいなぁとか思いながら、就活準備に勤しんでいるんだろう。


「精がでるな伸一」

「んだよ、冷やかすならお前もちゃんと勧誘しろよ」

「俺はほら、顔で呼べるから」

「そうか、よしお前はくたばれ」


 そんな俺の元に現れる軽いちゃら男、氷見雅也。

 見事歌唱研究部部長を受け継ぎ、部の拡大に務める俺の親友だ。


「だいたいそんなこと言ってていいのかよ。そろそろ来るんじゃないのか?」

「げ、そうだな。そろそろ来ちゃうかも……」

「誰が来ちゃうかも、ですって?」

「「うわああっ!!」」


 すると、背後から現れるスーツ姿の小柄な少女……いや、もうこの歳まで来ると女性というべきだろうな。

 相変わらずのサングラスにマスクに帽子だが、もう不審者と間違えることもない。


「ののちゃん……もうオリエンテーションとかは終わったの……?」

「ええ、滞りなくね。それで雅也くん、さっき言っていた顔で呼んだらしい女の子たちはどこにいるのかしら?是非仲良くなりたいのだけれど……あなたがどれだけ簡単に女の子に告白するのか、とか……」

「ちょ、ちが、ののちゃん!俺が愛してるのは君だけだ!!」

「どーだか」


 冬海大学新一年生、今井のの。

 ちなみに彼女の入学自体は隠されているわけではなく、マスクとサングラスは花粉症対策らしい。どうでもいいけど。

 そんな彼女はつい一ヶ月前の三月上旬、何をトチ狂ったか、雅也に告白されてしまったのだ。

 結果はもちろんバッサリ。でも雅也は諦めず今日まで毎日彼女につきまとっているらしい。

 まぁ、なんだかんだで今井の奴もまんざらでもなさそうだから、これでいいんだろう。うん、ストーカーとして逮捕されなきゃね。


「あれ、今井が来たってことは……」

「ああ、美香?美香なら校門前で記念撮影するんだって。

 しかし驚いた……美香のお母さんがアメリカから日本にわざわざ来るなんて」


 そう、美香は家族と決定的な決別をしたはず(主に俺のせいで)なのだが、彼女の大学入学をどこで聞きつけたのか、彼女の母親だけは日本に祝いに来ているのだ。

 美香の母親にはいい印象がなかったが、ちゃんと昔のことを謝罪してくれたり、好意的に接してきたりと、随分と丸くなったように感じる。

 まぁ、もともと美香の母親自体、夫の言いなりで動いているような節があったので俺たちにそこまで敵対する理由自体がないのかもしれないが、とにかくいいことだと思った。

 いつか、もし何か奇跡でも起これば俺が美香の父に、そして兄に挨拶をできる日が来るかもしれない。

 そんなことを想像してしまうくらいには、今の俺も随分と丸くなってしまった気がする。


「じゃ、俺、校門前まで行って来るよ」

「あ、お前勧誘という任務を……」

「雅也くん空気読んで。あたしが行ってあげるわよ、そのブースとやら」

「え?まじで?ののちゃん入ってくれるの?」

「入るなんて言ってない!!」


 ま、背中でやいやいじゃれあっている二人のことは気にかけなくてもいいだろう。

 新入生と、それを勧誘するサークルの回し者たちをかき分け、校門前へ。

 写真撮影待ちで並ぶ沢山のスーツ姿の大学生たち。ああ、これじゃあ見分けがつかないな。


「ま、撮り終わった人だけ見てればいつか来るだろ」


 俺は植えられた桜の樹の下へ向かって歩く。ここで時間を潰していよう。人生いかにサボるかが全てだ。




「…………せーんぱい!」


「……なんだよ、ここにいたのか」




 と、思っていたらこれだよ。

 目的の人は、俺の行動を読んだかのように桜の樹の下で、俺を見つめていた。

 満開に咲く、桜のような笑顔を湛えて。


「入学おめでとう」

「ありがとうございます……へへ、これでまた先輩の後輩だぁ……」

「そんな後輩にこだわることもないだろ?」

「先輩を先輩と呼ぶことが私にできる唯一のキャラ付けですから」

「最後の最後でメタ飛ばすなよ!?」


 まったく、油断も隙もない後輩だ。


「お母さんはどうしたんだ?」

「ああ、なんかこれから東京観光に行くらしいですよ?久しぶりの日本だから〜って。本当、しょうがないお母さんです」

「嬉しそうだな」

「気づいてもそういうこと言わないのが紳士だと思いますよ?」


 樋口美香。

 俺の、大好きな人。

 正直落ちるだろうなぁ、と思っていた大学受験を尋常じゃない努力と強運で乗り越えた奇跡の女。

 そんな彼女は見慣れたスーツ姿で長い黒髪を右側から流し、挑発的に笑いかけて来ている。相変わらずのあざとさだ。


「じゃ、行くか」

「はい、今日こそ正式加入しなきゃですもんね、歌唱研究部!」

「ああ、そうだな」


 俺たちは、歩き出す。

 二人で、きっと、ずっと。






「——————帰ろうか、冷たい風に…………♫」






「……え?」


 振り返る。

 彼女の歌が、聞こえた気がした。

 俺を変えてくれた、彼女の歌が。


「どうしたんですか、先輩?」

「あ、いや……なんでも」


 でも、そこには桜がひらひらと舞い降りているだけ。

 そこに、あの金色の髪の女の子は、いない。


「なんでもないよ」

「そうですか。じゃ、早く行きましょう!久しぶりに雅也さんとも会いたいですから!」


 山橋麗奈。

 俺に最も近かった、今は最も遠い人。

 彼女は大学を中退、芸能活動に専念することにしたらしい。

 それからの活躍は目覚ましく、一度落ちかけた人気はみるみるうちに回復。最近では海外進出も考えているらしい。

 全く、本当に俺と一緒に仕事していたのが嘘みたいだ。


「遅いぞ伸一!」

「そうよ!雅也くん、この部の歴史とか意味わかんないことばっか話して来るのよ!?

 あ、美香!おかえり」

「ただいま。お久しぶりです雅也さん」

「俺のことも先輩って呼んでくれよ〜」

「かぶるからダメです」


 歌唱研究部、ブース前。

 ここで、全てが始まった。ここで、全てを終わらせた。


 なら…………


「先輩?」

「うん、なんでもないよ」

「……そうですね」


 また、ここから始めよう。

 握った手を離さずに。




 俺と美香、二人の物語を—————————




                                                  end.


これで本当に完結!!

ご愛読ありがとうございました!!最後なんで、感想ぜひ書いてください!!よろしくお願いします!!

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