表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/98

第85話 あなたに捧げる

 

「ど、どうしたんだよ伸一?」

「雅也……麗奈、見なかったか?」

「麗奈ちゃん……?それどういう……」

「今詳しく説明している暇はないんだ!頼む、教えてくれ!」

「……見てないし知らない。俺のとこにはきてないよ」

「そうか。ありがとう」

「伸一!!待てよ!!」

「なんだ!?」

「後で、ちゃんと話聞かせろよ?」

「……わかってる」


 それだけ言い残し、雅也の家から去る。

 とにかく、走った。

 彼女を見つけなくてはと思う心と、今すぐ戻って美香との休日を過ごしたいと言う想いが交錯して、自分でも正解がわからなくなる。

 だから、この体が疲れきるまで、どうか見つからないでくれ。

 そうすれば、まだ、俺とお前は振った女と振られた男でいられる。

 美香の彼氏で、いられるかもしれない。

 矛盾している。

 そんなことわかってる。走っているのは、麗奈の姿を見たいって、泣いているのは許せないって、心が叫んでいるのもわかる。

 でも、そのどちらも本心で、大切で、なくてはならないものだったんだ。


「うわっ!!」


 雪に足を取られ、思いっきり地面にヘッドスライディングをかます。コートに雪が染み込み、冷たさはまるで肌を突き刺すよう。

 破けたジーンズからはアスファルトで削れたのか、血が滲んでいる。


「くそっ!!」



 一緒にデートした江ノ島にもいない、記者会見場だったホテルにも当然いない、クリスマスライブの会場だったと言うドームにもその姿は見えない。

 香奈ちゃんと別れたあのセレモニーホールにも、総合病院にももちろん戻っていなかったし、父親が眠る教会にもいない。

 もしかしたらと思って香奈ちゃんと遊んだ著作権の国の前まで行ったし、夏に行った「夏の歌謡フェスティバル」会場にも、合宿した海にも行ったが、当然いない。

 パワーレコードにも行き、とうとう完全に行き場を失くした俺は雅也の家に来ていた。

 わかってた、こんなとこにいるわけないって。

 それでも動かないでいることが苦しくて、いろいろなところを巡った。

 本当に今井が言ったくらいに追い詰められてしまっていると言うのなら、もしかしたら……


「そんなわけない!うるさい!黙れっ!!」


 俺は立ち上がり、再び走り出す。

 最後に、行き場がある。

 麗奈が、助けを求めるとしたら、きっとその場所に……




「伸ちゃん!?」

「テメェ、何の面下げて……」

「石田……?」


 けれど、見渡しても、麗奈はどこにもいなかった。

 皆雪のついたコートを羽織っており、何度か探しに行った過程にあるのだとすぐにわかった。


「その様子だと、知ってるのね?」

「はい……」


 美月さんは、わかっているらしい。

 そしてその上で。


「なら、あなたは何をしているの?」

「っ……」

「あなたにはもう関係のないこと、そうでしょう?」


 その通りだ。

 時計の針は午後11時前を指している。

 もう、きっとホテルとかに泊まっているのだろう。安心して、美香の元に戻ろう。

 美香はきっとすごく傷ついて、泣いて、怒っているだろうけど、きっと許してくれる。

 麗奈を見つけられなくて、寒さに震える俺を、きっと抱きしめてくれる。

 そんな最低な打算をしてしまう自分が気持ち悪い。

 ふざけるな、もう、戻れるわけないだろ。

 甘えた自分を奮い立たせて、まっすぐに美月さんを見据える。


「俺は、麗奈を……助けてあげたい」

「…………」

「恋人じゃなくたって、味方でいたい。だって約束したんだ……だから、麗奈の元には、俺が行かなきゃいけないんだっ!!」

「自分が何言ってるかわかってるの?それは、ひどい裏切りなのよ?」

「その後俺を待ってるのが孤独だったとしても、構わない」


 美香が俺のことを恨んでも。

 麗奈に必要ないと言われたとしても。

 彼女が一人になったら、その側に俺が行きたい。

 ファンが、ちゃんといるって、教えてあげたいんだ。


「ねぇ、伸一くん」

「……え?」

「麗奈と、どこから始まったの?」

「どこから……?」

「どこで、初めて出会ったの?」

「っ……!?」


 そうだ、最後に、あの場所があった。

 もう閉まる時間だから、そもそも候補にすら入れていなかったが、あそこには閉まらない場所があるじゃないか。

 俺があいつを認識した日。意識した日、俺はどこにいた?


「後悔しない選択をしなさい。全部は救えない。それでも、後悔だけはしないように。これが、人生の先輩として、同じ会社で務めた先輩として言える、最後の言葉よ」

「ありがとうございますっ!!!!」


 頭を下げると一気に階段を駆け下り、夜の街へ出る。

 もう電車なんていらない。

 走れ、走れ、走れ!


 —————あの場所で、待ってる!!




 ***********************************




「♫でも忘れないよ、後悔したことさえ。

 願え、進む未来を。君が教えて、僕が望んだ……♫」


 あの日もそうだった。

 植えられた桜の木から、ひらひらと花びらが舞って、その中で、可憐に歌う一輪の花があって。

 色とりどりに世界は色づき、彼女は、世界の中心になる。

 まるで、時間が止まるような……いや、時間が巻き戻るような気がしたんだ。


「わかってた」


 歌が終わると、その場には不思議な静寂が降りてくる。

 聴衆()の、歌の終わりを惜しむ念だけを残して。


「伸一は、きっとあたしを見つけてしまうんだろうなぁ、って、知ってたの」


 あの日、あの瞬間から、俺はこいつに、ずっと夢中で。

 ひと時も目を、離したことなんか、なかった。


「だって、今までずっとそうだったから。

 あたしが折れそうになった時、辛くて泣き出しそうな時、いつだって君はあたしの前に現れてくれた。優しく、励ましてくれた。

 全く、そんなにボロボロになって、ひどい格好。そして……ひどい顔」




 この、運命が始まった場所から———




「伸一、私ね、ずっと……ずっと君のことが———」




 ああ、ダメだ。

 その言葉を聞いたら、俺は壊れてしまう。

 俺だけじゃない、捨てたもの、選んだもの、全てを、壊してしまう。






「—————好きでした」






 予感が、したんだ。

 あの日動きだした時計の針が。

 あの日止まってしまった時計の針が。

 この日再び、動き出すって。


「君以外考えられない。君が好き」

「麗奈……俺は……」

「どんなときでも君の声を思い出す。どんなときでも、君の姿を思い浮かべる。君が好き」

「俺、は……」

「私の全部、あなたに捧げる。だから……」


 麗奈は、一度大きく息を吸い込んで………


「もう一度、私の恋人になってくれませんか?」


 笑って、見せた。

 あまりにも不器用で、ストレートな告白。

 それでも深く、胸の奥に突き刺さる、本気の想い。

 あまりにも遅すぎた、求め続けた言葉。


 そんな彼女に、俺の答えは………………




「そんなの、認められません」

「うわあっ!!!?」

「きゃあああっ!!?」


 もう、とっくに忘れ去られた技。

 存在感の薄さをネタにされていた頃の、伝家の宝刀。

 忘れた頃に、そこにいる、あの少女の声。


「美香……い、いつからそこに……」

「そうですね、“前向いていたこと、もう忘れてしまったよ”のあたりから……」

「それイントロだから!まだこのシーン始まる前だから!」


 麗奈のやつ、この雪空の下フルで歌ってたのか……ってそうじゃなくて。


「麗奈さん、完全に自分の世界入ってましたから。だから私のことすっかり背景か何かだと思い込んでいたんですね」

「んなあほな……」


 なにこの空気。

 今ものすごいシリアスな空気にならなきゃいけないところじゃないの?

 こんなふざけた空気になっていい場面じゃないはずだよね?え、これ俺がおかしいの?


「先輩も、なにこんな簡単に流されているんですか?多感な思春期で済ませられる時期はもう終わりなんですよ?もう20にもなって……」

「いや軽い!軽すぎるだろシリアスを返せよ!!」

「先輩、知ってますか?」

「なにをだよ!?」

「メタ発言は、嫌われる大きな要因になるんですよ?」

「お前が言うなぁっ!!!!」


 本当、なんなんだこれ……


「美香、怒ってないの?」

「麗奈さん……」

「あたし、最低なことした。

 美香のことあんな風に殴っておいて、それでもまだ伸一のことが好きで……告白までしちゃったんだよ?」

「殴った?」

「叩いたのはお互い様ですし、そんなの……本当はわかっていたんです。だから、卑怯者なのもお互い様」

「話が全然俺にはわからないんだけど……」

「「先輩(伸一)は黙ってて!!」

「…………はい」


 挙げ句の果てに当事者が放り出されてしまったようだ。

 見守るしかできないって言うのも、辛い……


「怒って、ますよ。悲しいし、悔しい。先輩が麗奈さんのところへ走って行ったときは、本気で泣いちゃいました」

「美香……」

「でも、ののに言われて考えたんです。

 このままでいいのかって。何もかも中途半端な流れに乗せられるままで、本当にいいのかって。

 それじゃあ、高校時代に先輩の悲しそうな背中を見ていた、片思いの女の子のままじゃないかって」


 美香は拳を固く握り、俺を見た。


「私は先輩のことが……他のどんなことより大切で、憧れで、大好きですっ!!」

「っ……」


 力強く、まっすぐな告白をしてから、もう一度麗奈を見据えた。


「だから麗奈さん。例え大好きな麗奈さんにだって、先輩は渡せない。

 行ってしまうのを黙って見ているだなんて、できない」

「っ……」

「だから、決着をつけましょう」

「決着……?」


 すると美香は、自分のカバンの中から、一枚の紙切れを出して見せた。

「樋口ミカ、引退ライブチケット」と書かれたそれを、俺の手に握らせる。


「これで3度目、日にちは2週間後。今度はちゃんと来てくださいね」

「これは、どういう……」

「そして麗奈さんには、同じ日にライブをしてもらいます」

「……は?」

「風間プロの皆さんにはハコ取りもお願いしていますから大丈夫です。そして、その一番いい席を、先輩にあげてください。

 この前あげていたような安っぽい席のチケットで先輩を奪えるなんて思わないでくださいね?」

「ちょ、待てよ!そんなのいきなりできるわけ……」

「そして先輩は!!」


 俺の制止を遮って、美香は笑って見せた。

 こんな樋口、知らない。

 こんなに強い女だった姿、見せたことないじゃないか。


「どちらかを選んで、ライブに行ってください」

「な……」


 でも、こんな馬鹿なことを麗奈がやるわけ……


「わかった」

「え……」

「あたし、なんとか二週間後までに、作り上げてくる。

 そして、伸一を、美香から奪う」

「勝負、ですね?」

「うん、絶対負けない」

「俺の意思は……」

「少しは空気を読んでください先輩」

「これはさすがにいくらか理不尽だと思うけど……」

「伸一、うるさい」

「………………」


 発言権は、ない。

 こんな可愛くて、優しい女の子二人が俺を取り合う。なんて馬鹿げた企画だ。これなんてエロゲだよ。


「それまでは私は先輩に会いません。家も、しばらくはホテルに行きます」

「あたしも、伸一とは会わない。その日まで、全力で練習する」

「倒れて不戦勝だなんて、許しませんよ?」

「もう、そんなことになはならないわ」


 対決を控えた二人は睨み合い、そして……


「く……くふっ……」

「ふふ……あはは……」

「あははははははははははははははははははははははははははは!!」

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 二人揃って、爆笑しだした。

 その姿は、まるで仲の良い姉妹みたいで、まるで今までの会話なんてなかったかのように、曇りのない笑顔で。


「それじゃあね、美香」

「はい、麗奈さん」


 二人は振り向き、別々の方向に歩き出す。

 俺のせいで決定的な決別……と言う感じではなかったけど。

 女の子には、女の子にしかわからない世界があるということなのだろうか。


「ふふっ……はは、なんだそれ………」


 でも、嬉しかった。嬉しかったから、笑いがこぼれた。

 もう2度とないと思っていた懐かしい会話が、ここにあった。

 けれど、俺にはわかっていたんだ。

 いや、きっと3人ともわかっていた。


「ははっ……ぃぐっ……あはは……ぃぅっ……」


 もう、これが本当の最後だって。

 こんな、馬鹿みたいで、楽しい会話は、これでもう、本当に終わりなんだって。




 決断の時は迫る。


 どちらも大切で、失いたくないと言う、俺のあまりにわがままな願いに断罪を。


 楽しかった時間に、さよならを。


 雪は、別れゆく二人を、白く、塗りつぶしていく。




次回、最終回でござる。(多分)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ