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第8話 大嫌いな君に


「ってなんだ、雅也くんか」

「なんかみんな最近俺の扱い悪くなってない?」


 あたしの後ろに立っていたのは、氷川雅也。

 一個上の先輩で、何かとあたしに甘い。ちょっとイケメン。

 別に鉄パイプで殴ってきたり、体を小さくさせてきたりしない普通の大学生だ。


「何か用……?」


 今は泣き止んでいるが、どこか赤くなってたりしたら嫌だ。早々にこの場を離れたい。


「……って、雅也くん、今あたしのこと何て呼んだ?」


 いや、覚えている。この人はあたしのことを、麗奈ちゃん、と。

 あの時使った美香という即席の偽名ではなく、あたしの本当の名を呼んだのだ。

 すると雅也くんは、ちょっとバツの悪そうに笑ってきた。


「そりゃあ、あんなに大きな声で話していれば気づくよ」

「え……」

「ごめん、盗み聞きとかそういうことしようって思ったわけじゃなくて、ただ、ちょっと心配になってさ。探しに行ったら……その、喧嘩してて入りづらくてさ」

「じゃあ、聞いてたの…そして見てたの…?」

「ああ…えっと…まぁ、ね?」

「いやぁああ………」


 地面にうずくまって頭を抱える。

 きっと、今あたしは思いっきり赤面していることだろう。

 見られた。この、今をときめくトップアイドル、山橋レナの泣き顔を……


「まさか録画とか……そしてYo◯TubeとかTw○tterとかで拡散して晒し者にするのね……ああ、何スレ作られてしまうことか。

 人気は急落。仕方なく枕営業に落とされ、下卑た豚のようなプロデューサーに犯されてしまうのね……いや、汚い手で触らないでっ!!」

「飛躍しすぎだし俺を何だと思ってるんだよ麗奈ちゃん…っとまあ立ち話も何だし、ちょっと店にでも入らない?」

「は?なんで?いやなんだけど」

「即答!?」


 と、断られたのに雅也くんは何だか嬉しそう。マゾなのかな。いやだなぁ、それは。


「大体あたし仕事あるから」

「じゃあそれまででいい。ちょっと話したいことがあるんだ」

「そ、あたしにはないわ」

「なんと言うわがままお嬢様っぷり……だが、それがいい!!」


 なんかこの人キャラ崩壊してないかしら……ま、どうでもいいんだけど。


「無理よ。あたしのこと知ってるなら、君にだってわかるでしょう?」


 なんか下心とかありそうだし。

 そもそも、このあたしがそんなほいほい男について行っていいわけがな……


「伸一の弱み、教えてあげるからさ」

「……30分くらいしか取れないわよ?」


 これはほら、戦略的なアレだから、うん。

 それを使ってあいつにいやな思いをさせてやろう。

 ぐふふ、どんな顔するんだろう、早くその吠え面が拝みたいわ……


 ………ハッ!!


 しまった、何て巧妙な罠だろう。

 危うくヒロインならざる笑い声を……え?もう遅い?

 ってかそもそも2度と会わないって宣言したばっかだったじゃないあたしのバカ。


「やった!じゃ、いこ!」

「あ、今のやっぱやめ……」

「俺ここら辺のいい店結構知ってんだ!こっちこっち!!」

「ちょ、待ってったら!」


 何という強引さ。

 雅也くんはあたしを連れて、東京の街を進んで行く。

 本当、今日はついていない日だなぁ、と、思いながらもついていっちゃうあたしって、やっぱ救えないなぁ。


 仕事のことはしばらく忘れよう。多分、間に合う。




 ***




「お、おいしい…!!」

「でしょでしょ!ここ、俺の一押し!」


 雅也くんが連れてきてくれたのはなんとまあおしゃれというか、若者の社交場のような、綺麗なカフェだった。

 白を基調とした壁には独特の温かみが加えられており、光が店内にうまく入るように工夫され、それがさらに流れている明るいBGMと相まって、居心地のいい雰囲気を醸し出している。


「それよりこのパンケーキ、本当に美味しい……っ!」

「あはは……喜んでくれて嬉しいよ」

「あ、これも食べてみたいなぁ……」

「いいよ、何でも頼んで」

「え?いいの?」

「もうこれ以上の出費は同じようなもんだからさ……」


 遠い目をする雅也くん。

 別にデラックスパンケーキにオプション全開にして、一番高い紅茶を頼んだだけなのに随分と大げさである。


「え、あやくおのおあみってあつおいえてお……」

「ごめん、何言ってるか全然わかんない。食べてからでいいよ」


 しまった、あたしとしたことが食べながら話すなんてはしたないね。

 まぁでも実際の女の子なんてこんなもんさ。すまんな、あたしのファンの皆さん。あたしだって人間なのだ。


「で、あいつの弱み教えてよ」

「ああ、そのことね」


 雅也くんは苦笑いをしながらコーヒーをすすった。


「これだけ言いたいんだけど、伸一のこと、許してやって欲しいんだ」

「ゆ、る、す……?」


 何それ?意味わかんない。

 ナポレオンの辞書に不可能がないように、山橋家の辞書には許すと言う単語はないのだ。


「あいつは!このあたしに!それはもうひどい罵詈雑言を飛ばし、大事にしてきた色々なものをズタズタにしたのよ?そんなのを許す?はっ!馬鹿らしい。寝言は寝て言えっての」

「キャラが崩壊してるって、麗奈ちゃん」

「ヴェ?」


 雅也くんは呆れたような顔。聊か失礼な気はするがいちいち突っ込んでられないので黙っておくことにした。


「とにかく、あたしは……」

「まずは話を聞いてよ。少し興味ない?あいつが、どうしてあんなんになっちゃったのか」

「……べ、別に」


 あたしはそっぽを向く。嘘だ。本当はちょっと興味ある。

 あんな性格悪いことが女の子に向かって言えるのだ。きっと前は何か犯罪か何かやってたに違いない。


「でもさ、麗奈ちゃん。あいつの昔話を聞くことって、麗奈ちゃんにとってもいいことなんじゃないかな?」

「何でよ?」

「だってあいつと麗奈ちゃん………」


 話を止め、少し窓から外を見る雅也くん。


 …………………………


 …………え、その先言わないの?


「どうする?」

「何事もなかったかのように再開してきたわね……」


 この人、アホっぽいけど結構やり手かも。苦手っぽい。関係ないけど夕立ちゃん可愛いっぽい。


「……まあ、それがあいつの弱みになるってんなら、ちょっとくらい聞いてあげてもいいけれど……?」


 結局好奇心に負けてしまった!

 今だからこそこんなふうに雅也くんと会話できるが、これは最初の出会いにお酒が入ってたくさん話せたから。

 本来ものすごい人見知りだし、ってか有り体に言えばコミュ障ってくらい。

 この目立つ髪のことでいじめられるのが嫌で、いつも一人で教室の端っこにいるような女の子だったのだ。

 まぁ、それがこんな風にアイドルとして活動するようになるにはいろいろあったのだが、まぁそれはおいおい語るとして。

 そのあたしが、だ。

 そのあたしが、あんな奴の話に食いついて、あんまり話したこともない男と一緒にカフェで話すなんて、冷静に考えなくてもちょっと癪かも。


「……麗奈ちゃん?」

「あ、うん、いいよ。話して」


 だから、あくまで聞いてあげる、という態度を貫くことが、あたしにできる唯一の負け惜しみだった。

 それを聞いてやっぱり苦笑いを浮かべながら、雅也くんは話し始めた。


「俺とあいつ、高校一緒だったんだ。しかも同じ部活。バスケ部」

「そうだったんだ……長い付き合いなんだね」


 しかし元バスケ部か。美香からそんな話を聞いたことがある気がする。正直美香の先輩シリーズは半分聞き流していたからあんまり覚えていないと言うのが実情なのだが。


「面白かったんだぜ、あいつ。お調子者で、くだらないことやって先生によく叱られてたなぁ……」

「え、意外」

「そうだろ?結構やんちゃしてたんだ、あいつも」


 あいつがやんちゃ……想像しただけでなんか笑いがこみ上げてきた。今度美香と話すネタにしてやろう。


「で、俺と一緒に入ったバスケの話な。

 恥ずかしいんだけど、俺は全然へたくそでさ。伸一も、初めはそうだったんだ。

 でも、俺とあいつの違うところは、あいつは負けるのが嫌いで、努力家だったってこと。

 要領悪いくせにプライドばっか高いから隠れて頑張っててさ、そう言うとこ俺はずっと見てきた」


 要領悪いくせにプライドばっか高いって、何それ最悪。

 そんな奴は大失敗して転げればいいわ。


「そしたら二年生になってからあいつ、どんどんうまくなっていってさ。三年生になった時にはついにスタメン入りまでしていたんだ」

「へぇ……」


 しかし、あいつにもそんなに熱い時期があったのか。努力なんてくだらないとか思ってそうな顔して、冷めた感じだと思っていた。


「でもさ、あいつがメンバー入りするってことは、誰かがメンバーから落ちるってことで、その落とされたやつは、当然そのことが気に入らないわけだろ?」

「……?まぁ、そうね」


 そんなの当たり前だ。でも、仕方ないことだろう。

 芸能界だって実力がない奴はどんどん消えて行き、新しい誰かがその場所を奪い合う。

 そして、本当に強い、才能あるものだけが生き残っていけるのだ。そんなこと、どこの業界でもおんなじことのはず。


「落とされたやつ…Aとしようか。Aは真面目で、顧問や、他の先生からの評価も高かった。

 それにメンバーからの信頼も厚い男だった。いわゆる校内権力者ってやつかな?だから、みんな騙された。

 事は夏の大会前。

 練習終わりのミーティングで、Aは言ったんだ。

 『俺は石田から、へたくそ、とか、やめちまえ、とか言われたってさ』」

「え、あいつそんなこと言ったの!?」

「もちろん伸一はそんなことしていない。あいつの言いがかりだ。伸一もそう言ったよ。

 けれど、あいつは事前に顧問にもそれを言い、また自分の担任にもそうやって相談する体を装って、伸一の見方を減らしていったんだ。

 いつも真面目に授業を受け、愛想よく教師と接していたAと、いつもおちゃらけてた伸一とではまぁ、信頼度に差でもあったってのかね?」

「………………」


 なにも。あたしからは、何も言えない。

 それは、あたしには関係ないこと。だから、あたしにとやかく言う筋合いはない。

 沈黙を催促と取ったのか、雅也くんは話を続けた。


「あいつは、顧問にユニフォームを奪われ、部員、同級生だけじゃない、後輩にも白い目で見られるようになって、他の教師からも睨まれるようになり、最後のはその噂を流したAによって教室にさえも、どこにも、居場所がなくなってしまったんだ。

 きっと、その時あいつは思った。何が悪かったのかって、どこを間違えたのかって。理不尽で泣きそうになりながら、自分に問い続けたはずなんだ。

 それから、まあどんな答えに行き着いたかは知らんが、色々ひねくれちまったのさ。

 何に関しても無気力になってみたり、何かやるにしても、そこそこのところで止めたり。

 努力なんて意味ないと思ったのかもしれない。

 友達の裏切りが許せなかったのかもしれない。

 ただ…ただショックで、やる気を失っちまったのかもしれない。

 わからないけど…………それは、きっと悲しいことだ」

「悲しい……?」


 悲しいって、何?

 そんなあたしの疑問への答えは。




「何かに本気になるって、すごい楽しいことなんだよ?」


「っぁ……」




 これ以上なく、さっきあいつに言われた言葉を思い出させる一言で。


「それがないんだ。そんなのつまらないに決まってる。

 誰もがそう。きっと、本気になれる何かを探してる。

 あいつはつまんなさそうな顔して、今のまま。平和が一番、なんて言うだろうけれど、どうせ本当は諦められてない。

 欲しくてたまらない何かを、それが何なのかを、探し続けてるはずなんだ」

「雅也……くん……?」

「麗奈ちゃんも、そうなんじゃないかな?」

「っ!?」


 優しげに語る雅也くんを見て、あたしは初めて、この人のかっこよさがわかった気がした。

 あの石田伸一という男について話しているはずが、逆にあたし自身のことについて教えられていたんだ。


「だからさ、あんなこと言った伸一のこと、許してやって欲しいんだ」


 頼む、と。彼はそう言った。

 やっぱり、あいつのフォローをしに来たらしい。

 友達思いのいい人だ。と、あたしはつい笑ってしまう。

 ああ、そうだな……


「でも、やっぱりそんなことあたしには関係ないよ」


 結局答えは変わらない。あいつはあたしにムカついて、あたしはあいつのことが認められない。大嫌い。


「昔ちょっと嫌なことがあって、それにちょっと触れられそうになったからってあたしにあんな仕打ちをするなんて……

 大体、あたしの親友からもらったチケットをあろうことか他人に譲ろうとしたのよ?しかもライブには行きたくないとか言うし、あたしが怒るのは当然だった。うん、やっぱりあたし全然悪くない」

「は、はは……」


 うん、どう考えてもあたしジャスティス。正義はここにあり。


「あたし、もう行く」

「そっか……お仕事、頑張ってね」


 席を立つ。お代は払ってくれるらしいので、ありがたくご馳走されておこう。

 頑張らなきゃ。ライブはすぐ間近なのだから、たった一つの仕事だって無駄にしない。戦力で取り組んでいく。

 そうして、すべての観客をあっ!と言わせるのだ。


「あ、そうだ雅也くん」

「ん?」


 ただ、ね?


「あいつに……石田伸一に、絶対に来るようにって、伝えといて!

 行きたくないとか言っても、無理やりにでも連れてきてやって!!あたしが変わるとこ、動き出すところを見せてやるって、伝えておいて!!」


 さっきあいつに返されたチケットを、雅也くんの胸に押し込む。

 だって、あいつにやっぱりやり返してやりたいじゃないか。

 あたしのこと、認めさせてやりたいじゃないか。

 あいつに今日のこと、後悔させてやりたいじゃないか。

 そしてその中に、ちょっとでも変わりたいって。

 また頑張ろうって気になるなら、それもいいと思うのだ。

 いや、そうした時こそ、完全勝利と言える。だってこれは、戦いだから。


「……ああ。ああ!」


 あたしは店を出て、皮肉なくらい晴れた空の下を、たまらずに駆け出す。


「見てなさいよ石田伸一!!」


 今度のライブは、あたしとあいつの、“本気”をかけた、戦い。

 絶対に負けるわけにはいかない、戦争なのだ。


「……似てるよ、本当にお前ら」


 その去り際に、そんな声が、小さく聞こえた気がした。



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