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第77話 クリスマスライブ

 

「ねぇ麗奈ちゃん、あの報道で大変だったけど、実際どうだったの?」

「だから何もないですって〜!」

「んー、じゃあ麗奈ちゃんは恋したことないのかな?」

「そういうのはまだなんですよ〜、憧れはするんですけどね〜」

「今聞いたか!?視聴者の男子諸君、今がチャンスだぞ!!」

「ちょっと〜やめてくださいよ〜」


 これは、あたしがレギュラー出演していたラジオの収録。

 伸一との熱愛報道のせいでかなり間を空けてしまい、久しぶりの出演となった。

 あたしと一緒に進行をしてくれるお笑い芸人の川崎さんは、帰ってきたあたしを責めるでもなく、だからと言って励ますでもなく、普通に仕事をしてくれた。

 そんな無関心の態度が、一番落ち着く。


「それではまた来週、ラジオ、レナとしたい川崎をよろしくお願いしまーす!」

「これからもまたよろしくおねがいしまーす!」


 だからこうして、安心して収録を終えることができた。


「お疲れ様でした」

「うん、お疲れ」

「前回、前々回と迷惑をかけました……」

「うん、まぁ、しゃあないときもあるわ。これからまた頑張ってくれればええよ」


 川崎さんは次の予定があるらしく、マネージャーさんと連れ立って一緒にレコーディングルームから出ていった。


「お疲れ、麗奈」

「美月……別に一人でも構わないって言ったのに」

「そうもいかないわ。各所に謝らなきゃいけないのに、マネージャーも出さないなんて後でどう言われるか」

「……確かに、そうかもね」

「そんな顔しないの。だから心配なのよ」

「っ……うるさいなぁ」


 あれから美月はあたしのマネージャーの傍に通常の仕事もこなすという激務を課されていた。

 毎日あたしの仕事終わりをパソコン打ちをしながら待っている姿を見ると、申し訳なくて泣きそうになる。


「で、もう今日の仕事は終わったけど、これからどこに行くの?」

「え?」

「家ってわけじゃないんでしょ?変装道具持ってるし」

「ああ、まぁえっと、ね?」

「しん……」

「違う」

「だよね」


 しん、でわかってしまうあたしもあたしだ。

 忘れなきゃ。あたしという邪魔者がいなくなった今、あいつは美香のものになっているはずだから。

 美香とは、あれから数日会っていない。

 けれど蓮見くんと博多くんがこそこそ話しているのを聞く限り、どうやらアイドル退職を申し出たらしい。

 デビューしたてなのにどうして、とか今更いう人は誰もいない。

 みんな、伸一と一緒にいることを選んだ美香の選択なのだと気づいている。

 だが社長さんはまだ保留にしているらしい。

 でも、美香は折れないだろうな。だから、伸一を渡せたんだ。


「で、結局どこに行くのよ」

「のののとこ。カフェで待ち合わせなんだって。

 本当は面倒なんだけど、あの子には今月かなり世話になったから無碍にできなくて」

「ああ、ののちゃんね。あの子も忙しいでしょうに」

「忙しさがあまり伝わってこないのよねぇ……」

「まぁ毎度都合よく使われてるから」

「今なんて言ったのよく聞き取れなかったわ」


 と、この作品のタブーに触れるのはここまでにしておいて。


「じゃ、もう行くわね?遅れるとうるさそうだし」

「うん、わかった。お疲れ麗奈」

「うん」


 そうして、あたしもレコーディングスタジオを出た。

 外はやっぱり寒くて、吐く息が白い。

 あの日からあたしは驚くくらい自然に仕事を再開した。

 事情を知ったファンからは心配や応援メッセージが届くようにもなった。

 こうして、あの短くて、幸せな日々は遠ざかって行くのだろうか。

 君のいない日常が当然になる日が、来てしまうのだろうか。


 一人、東京の街を歩いた。




 ***********************************




「いらっしゃいませ〜」

「待ち合わせなんだけど」

「かしこまりました。お名前は?」

「今田」

「すみません、そのようなお名前のお客様は当店には現在いらっしゃらないようで……」

「あ、あたしです!ここ!ここ!」


 いつもテラス席の描写ばかりだったからちゃんと内装に触れられていないが、このとあるカフェは中もシックな落ち着いた雰囲気で、優雅にお茶を楽しめるいい場所なのだ。

 あたしはののに引っ張られて端っこに陣取られた席に座る。


「麗奈!あんた何超一流トップアイドルの今井ののちゃんの名前だしちゃってるの!?バレたらおしまいなのよ!?」


 ちなみに必死に話しているようで、全部無声音である。


「どうでもいいでしょそんなの。どうせバレやしないわ」

「そう言ってひどい目にあった女を一人知ってるけど?」

「っ……」

「そんな怖い顔しないでよ。誰も麗奈のことだなんて言ってないでしょ?」

「べ、別に睨んでなんかないもん」


 こいつ……年下の癖に〜っ!


「そんなことはどうでもいいのよ」

「納得いかない!それ全然納得いかない!」

「今日はお願いがあって来たのよ」

「嫌だ。ごめんね?」

「まだ何も言ってないじゃん!」


 いや、だってののからお願いしてくるなんて大抵ろくなことじゃないし。

 それは今までの海とか学祭とかで深く思い知らされている。


「結構前からい言って来たじゃない」

「あ〜、ごめん覚えてないわ」

「クリスマスライブよ!合同クリスマスライブ!!」

「そんなことも言ってたっけ……」

「何その嫌そうな顔」

「実際めんどくさいというか気分じゃないというか……」

「何よそれ!!」


 ぷりぷりと怒り出すのの。こんなに騒いだら注目を浴びるじゃないというのはともかくとして、歌は正直しばらく歌いたくない気分なのだ。

 だって、どうしたって香奈のことを、思い出してしまうから。


「学祭の時できなかったし、やろうよ!」

「それはあんたが勝手に怪我したんじゃない……」

「はぁ!?なに言って……いや、そうだった忘れてたわ。そう、あたしが悪い」

「あんたさっきからおかしくない?」

「でも……麗奈だって、このままでいいとは思っていないでしょ?」

「……え?」

「いつか、麗奈も歌わなきゃいけない時が必ず来る。

 それなら早くしないと。一度引きずり出すと復帰にはかなり時間がかかるんだから」

「何それ、体験談?」

「まぁね」


 ののは懐かしそうにオレンジ色の電球を見つめた。

 歌う。それは、あたしがこの仕事を続ける限りいつか来る避けられない壁なのかもしれない。

 でも今は……この時期にそれを実行する自信が、今は持てないのだ。


「まぁ、考えておいてよ。一応どっちでも行けるように調整しておくからさ」

「あ……」

「じゃあ、あたしもう帰るから」


 ののは席を立ち、小銭を出そうと財布を開ける。

 いいのか、このままで。

 もう、助けてくれる人は誰もいないんだぞ、あたし。


「これで足りると思うけど……」

「いいよ」

「そのうち連絡するからそれまでに…………え、今なんて?」

「なに難聴系主人公みたいなセリフ言ってるのよ。いいって言ったの」

「いいって……もしかして?」

「クリスマスライブ、一緒にやってもいいわ」

「え、え、ええー!?」


 なぜか頼んだ本人が一番驚いているのは不思議だ。

 というか、騒ぎすぎてかなり注目されてる。


「あたしも帰る。一緒に出ましょ」

「え、あ、うん……」


 そうして、あたしはののと一緒にカフェを出た。

 このライブで、あたしは本当の意味で、香奈と、そして伸一と決別すると誓ったのだ。




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