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第74話 抱きしめたい

 

「麗奈、後悔……しないか?」

「社長さんは、あたしに戻ってきて欲しいんじゃなかったの?」

「…………そう、だな」

「そんな顔しないで。社長さんがあたしのこといつも考えてくれてたの、私ちゃんと分かってるから」

「麗奈」

「何?」

「すまない」

「……いいよ。社長さんは、あたしたちのお父さんだから」

「っ……」


 新宿プリンスホテルのホールを貸し切っての記者会見。

 この扉の奥には多くのマスコミが待ち構えており、そこであたしは無数のフラッシュにさらされるだろう。

 正直ちょっと……いや、かなり怖い。

 だって、あいつらは容赦がない。あたしのことをまるで人権がないが如く掘り下げて、失礼な質問を浴びせかけてくる。

 そして、その質問の矛先が伸一に向いて、彼を貶めるようなことを言ったなら……あたしは、まともでいられるだろうか。

 きっと、耐えてみせる。

 これは、あたしが始める、あたしのための戦い。

 他の……たとえ伸一が悪く言われようと関係ない。

 そう、もう、彼とは、関係ないのだ。


「5時15分だ。麗奈、入るぞ」

「うん」


 感傷に浸る暇もない。

 扉が開き、ホールに入る。

 一斉に鳴り始める喧しいシャッター音。不躾なフラッシュ。

 私が生きる世界の裏側には、あたしが受けなかっただけでこんなにも辛い時間があるのだ。

 でも、ここがあたしの生きる道だから。

 この道を、香奈と歩んだこの道を……捨て去ることはできない。

 うん、そうだよ。そうに決まってるじゃない。

 だって、伸一と過ごした八ヶ月より、何倍もの時間を、偶像であることに徹してきたんだ。

 どちらが大切かなんて……分かり切ってる。


「これより、山橋レナ、緊急記者会見を始めます」


 頭を下げ、着席する。


「麗奈」

「分かってる」


 あたしの、この宣言で、本当にお別れになる。


「みなさん、この度はお集まり下さいまして、本当にありがとうございます」


 ああ、でもどうかひとつだけ願いが叶うのなら。


「今回お話しさせていただきたいのは、まず活動休止の理由と」


 どうか、あのマフラーを彼が、捨てないでくれること。


「それに伴い、現在報道されている私と一般男性の交際疑惑についてです」


 その瞬間、再び多くのシャッター音が切られる。

 スキャンダルなんて、あたしから一番遠いものだと思ってたんだけどなぁ。

 どうして、こうなっちゃったんだろう。


「正直に事情を話しますと、私の活動休止の原因は、私の専属作曲家兼作詞家にして実の妹、山橋香奈の体調不良が原因です。

 妹はもともと重病を患っておりまして、その症状が今年から悪化し、その付き添いがしたいという私の大変個人的な理由で皆様に多大な心配とご迷惑をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます」


 ざわつく会場。計画通り、同情を呼ぶことはできるかもしれない。

 香奈を利用しちゃって、ごめんね。あたし、お姉ちゃん失格だよね。


「それで、その妹さんは……?」


 記者の質問。

 でも、このくらいじゃくじけない。


「先日、亡くなりました」


 再びざわつく会場。

 これでいい。こうしなきゃ、誰も笑えない。

 誰も先へ、進めないのだから。


「そのことは、私にとってとてもショックな出来事であり、活動を再開できる状態にないと感じたため、二度にわたる短期間活動休止をさせていただきました。

 それによるイベントのキャンセルなど、各方面に迷惑をおかけしたこと、重ねてお詫び申し上げます」


 どうだ、この完璧な文章。

 隙がないだろう?あたしのことを糾弾する気満々だったお前達も実は困っているのだろう?


「しかし、それと現在報道されている交際報道は、全く関係ありません」


 だけど、ここからが本番。

 さっきまでと違って、完全なアドリブ。

 だって、何度原稿を書こうとしても、どうしても泣きそうになっちゃうから。

 泣かないって決めたのに、負けてしまいそうになるから、書けなかったんだ。


「私と彼との間には……」


 でも、今ならきっと……きっと大丈夫。

 覚悟はできた。どんなことになっても、耐えられる。


「何の関係も…………っ!!?」


 なのに……なのに、さぁっ……!!




「麗奈…………」




 どうして、きちゃうのよ、このバカ。


 ホールの入り口が騒がしくなる。

 本当に、何しているんだか。身体中に雪がついており、見ているだけで寒くなりそう。

 きっと、あれから走って、走って、ついに見つけてしまったんだね。

 あたしのこと、そんなになるまで探してくれたんだね。


 ああ、抱きしめたい、なぁ。

 布団の中で一緒に話して、寒いね、でも、あったかいねって、笑い合いたいなぁ。


「山橋レナさん、この男性は……」

「っ……」

「そうだ、この前の熱愛報道の……」


 これじゃあ、伸一がカメラに映ってしまう。

 これは生放送だってやっているんだ。このままじゃ、一生晒し者になってしまうかもしれない。

 それは、ダメだ。そんなことには、させてはいけない。


「何をしにきたんですか?」

「麗奈、俺は……お前を迎えにきた」


 うるさい。お願いだから……喋らないで。

 でも、知っている。伸一は、一度覚悟を決めてしまったら、折れないことを。

 そんな彼に何度も助けられて、助けているのを見て、そして、そんな彼をのことを、あたしは……


「そこの人は、妹の友人です」

「…………え?」

「この前、妹の持ち物を持っているということで、それを受け取りに彼の家に行きました。その時の写真を撮られたんでしょう」


 カメラが一斉にあたしを見る。

 そうだ、それでいい。


「私と彼とは、その結果できた交友関係であり、一切恋愛的な感情はないです。断言できます」


 もっとあたしを見ろ。みんなが大好きなネタになってやる。

 だから、彼の人生を、侵すな。


「麗奈、俺は……っ!!」


 それなのに、どうして止まってくれないの?

 伸一はマスコミをかき分けて、あたしの元へ突き進む。


「し……石田さん!!」

「っ!!?」


 止めるんだ、ここで。

 あたしたちの時間の、全てを、ここで、終わりにするんだ。


「あたしの……ためですよね?」

「どういう……ことだ?」

「香奈と石田さん仲よかったから、こんな風になっちゃうこと、嫌だったんですよね?」

「ち、ちが……」

「でも、迷惑です」


 だから、突き放す。


「私とあなたとでは、関係ないことなんです」

「そんな……何言って……」

「マスコミの皆さん、どうか彼の無礼をお赦しください。彼は、優しい人なのです」

「違う……こんなのっ!」

「私にはっっっ!!」


 大きな声で、あたしは伸一を見据える。

 このくらいじゃ、伸一は折れないよね。

 ……恨んで、いいよ。

 こんな最悪な女にかまけてしまったことを、永遠の黒歴史にして笑い話にしてくれて……いいよ。

 だって……伸一の心を折るには。




「あなたは……もう、必要ないんです」


「っあ……」




 こうやって、決心の原因を、折ってやるしかない。


「もう、帰ってくれませんか?迷惑なんです」

「それでも……それでも俺は……っ!!」


 その時、社長さんが立ち上がり、伸一の元に歩いていく。

 ごめんなさい。あなたには、いつも嫌な役ばかり押し付けてしまうね。


「石田、来い」

「いやだ……こんなの……っ!!」

「いい加減にしろ」

「っ……」

「麗奈の顔、よく見て見ろよ」

「麗奈の……顔……」


 伸一は、ゆっくりと顔を上げる。

 あたしはどんな顔をすればいいか。最初から、分かっている。


「帰ってください。お願いですから。これ以上、私の道に、立たないでください」


 何の興味もないと言わんばかりの、冷たい目。


 君と出会う前の、あたしの顔。

 すると、マスコミの一人が伸一にマイクとカメラを向けた。


「結局、あなたと山橋レナさんとはどういった関係だったんですか?」

 その質問がされた途端、他のカメラも一斉に伸一を見た。


「や、やめっ……」


 つい、素でそれを止めようとして……




「俺と、麗奈は……何の関係も、ありません」


「っ……」




 その必要は、もうないと、気づいた。


「さっき彼女が言った通りです……僕は、香奈さんの友達でした。

 そして、香奈さんの遺品を渡そうとしたあの軽率な行動が、麗奈さん他関係各所に多大なる迷惑と混乱を招いたこと、大変申し訳なく思っています。

 ですが、香奈さんの死がこんな風にさらされることが、僕には許せませんでした。そんな僕のわがままで重ねてご迷惑をおかけしたこと、申しわけありませんでした」


 伸一は頭を深々と下げ、社長さんに連れられて去っていった。


 あ、はは……なんだ、あたし。

 覚悟してたのに。伸一に対して同じことを言ったのに。

 どうして、こんなに、胸が痛いの?


「山橋レナさん、さっきの青年の発言については?」

「っぁ……」


 でも、今のあたしはアイドル、山橋レナ。

 悲しみの涙で泣くわけには、いかないんだ。


「事実です」


 たとえたった今、初めての恋人を失ったとしても。



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