第65話 それぞれの想い
「おはよ」
「あれ……?」
気づくと、俺は自分のベッドで眠っていた。
その隣では、じっと俺の寝顔を横で見つめている、いつもの金髪美少女の姿が……
「俺、責任とらなきゃいけないかな……?」
「君の今の身だしなみなら平気だと思うけど」
「ん?」
布団をちょっとめくってみる。あれ、昨日着ていた服のままじゃないか。
はだけてもない。隣にいる麗奈も別に脱いでいないし。超パジャマだし。べ、別にちょっと期待していたりなんかしていないんだから、勘違いしないでよねっ!……このネタやりすぎだな俺。
「起きたらね、伸一がベッドの脇で布団もかけないで寝ていたから、つい上げちゃった」
「ああ、そういうことか」
「何してたの?」
「寝顔見てた」
「っ……そう言うこと言うの、恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいよ言ったこと後悔してるよ!まぁでも、いいかなって」
「何が?」
「こう言う関係なら、さ」
「……そう、だね」
俺の一方的な告白、と言うことになっているが、一応は恋人…だよね?
え、これで違うとか言われたら流石に実家に帰らせていただきます……ってここ俺の家じゃん。
「お前こそ、朝早くから起きたのに、なんで布団の中なんだよ」
なんか悔しくなって寝返りを打ち、麗奈に背を向ける。
「寝顔……見てたの」
「っ……お前そう言う恥ずかしいこと言うなよ!!」
「あんただって言ったじゃない!!」
うん、まぁ、なんだ。なんていうか、心配はいらなかったらしい。
はぁ……やっぱ、可愛いなぁ。
「な、何?」
俺は再び寝返りをうち、麗奈の顔を見る。真っ赤でりんごみたいだ。
髪をいじる、癖のある髪がふわふわして、心地いい。
「や、ややめてよね!!」
「あっ…」
麗奈はさっきの俺とおんなじように寝返りを打って、そっぽを向いてしまう。
こんな仕草、態度の一つ一つが、こんなにも愛おしいなんて。
「えい」
「ひゃわっ!!」
だから、後ろから抱きしめてやった。
柔らかく、細い体。その体温が薄いパジャマ越しに伝わってきて、再び睡魔に襲われそうになる。
「こ…ここここれが童貞の所業か!!」
「いいじゃん、あったかいし」
「〜〜〜っ!」
やっぱ少し恥ずかしいのかな?ビクビクと震えているようだ。
「どうしたんだよ?」
「む、胸が…、手に……」
「………」
「……………………」
そっと、俺は手を離した。うん、これでこそ童貞ってもんだ。
パン、と、心地いい音が部屋に響いたのは、まぁ言うまでもないだろう。
「いてて……そういや今何時だ?」
「10時半」
「こりゃ随分と寝坊したな」
「伸一、疲れていたみたいだから」
「疲れてなんか……」
「あたしの、せいだよね?」
「そんなことないって」
ベッドから出て、キッチンへ向かう。
「伸一が作るの?」
「ああ、今までお前に作ってもらってばっかだからな。今日は仕事も大学もないし、これくらいな?」
「そう……」
卵をフライパンに落とし、ロールパンを焼く。
「風間プロのみんなに……何か言われたんでしょ?」
「もういいだろそれは」
「でも……」
「大丈夫だって。今まで麗奈、ずっと頑張ってきたんだから、少しくらい休憩があってもいいだろ?」
「……重荷になったら、言ってくれて、いいんだよ?」
「こんなに幸せな重荷なら、何キロだって背負うぞ?」
「それ重荷って言ってんじゃん……」
「なんだよ、これから人間一人養うんだろ?重荷に決まってるじゃん」
「これから……養う?」
「あ……」
「……………」
どちらかというと、こう言う沈黙の方が、ちょっと苦しかったり気恥ずかしかったりなんだけど。
でもまだ僕たちお互いのことそこまで知らないし……いや知ってるけどさ、まだ早いって言うか、いや、今のは俺が言っちゃったんだけどね?
「こうして、過ぎていくのかな?」
「何が?」
俯いて顔を赤くしていた麗奈がおもむろに呟く。
「こんな風に毎日、幸せな時間が、ずっと続いていってくれるのかな?」
「あ……」
楽しければ楽しいほど、幸せであれば幸せであるほど、失った時の傷が大きくなる。それが、怖いのだろう。
でも、幸せ、と言ってくれた。この時間が幸せだと思ってくれることが、今は、嬉しかった。
「……そうだよ、きっと」
焦ることはない。俺たち、始まったばっかなんだ。
ゆっくり、進んでいけばいいんだ。
朝食を並べ、席に着く。
「いただきます」
「……ねぇ、君は今まで一人暮らししてきたんだよね?」
「そうだけど?」
「なに、この炭」
「もちろん目玉焼きとロールパンだけど」
「こんなもん食えるか!!作り直すから座ってて!君を信じたあたしが馬鹿だったよ!」
「ひ、ひどい!」
確かに、何かが違う気はしていたけどね?
いや、ラブコメって一人は料理下手なやついないと成立しないじゃん?でも僕のヒロインそこそこだし。
「今まで何食べて生きてきたの?」
「インスタント味噌汁。それと米。米炊くのは失敗したことないんだ」
「なんでドヤ顔なの……」
「ふっ…いつから料理下手はヒロインの特権だと勘違いしていた……?」
「(いらっ)」
「すみませんでした」
「いただきます」
「いただきます」
さて、気を取り直して朝食だ。
メニューは、卵焼きと味噌汁、米、アジフライ。
「ってこれ朝食のメニューじゃないじゃん」
「そうね、なかなか起きない上に、料理を大失敗したどこぞのお馬鹿さんがいなければ、こんな時間にはならなかったんでしょうけどね」
「全く誰だよそいつ……」
「はぁ…」
疲れられてしまった。
時計の針は、12時15分を指していた。かなり時間をかけてしまった。腹もいい具合に減っている。
「あ、そうだ」
「何?」
「アジフライうまっ!」
「そう?よかった」
「じゃなくて」
「ん?」
「今日、外に行こう」
「っ……」
そう、こんな時間になってしまったことは想定外だったが、今日はどこかに出かけようと思っていたのだ。
なにせあの葬式の日の夜、着替えなどの荷物をまとめて俺の家に運び込んでからと言うもの、麗奈は一度も、俺の部屋の外に出ていないのだ。
「今日じゃなきゃ、ダメなの?せっかく休みなんだから、今日は家にいても……」
「外はこんなに晴れているし、俺、行きたいところがあるんだ」
「それに…外には美香が……」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもない!」
……今は、樋口は関係ないだろ?
はぁ、都合よく難聴系主人公になれればどんなに楽か。でも、そんな風にご都合主義的に世界は回ってくれないのだ。
だからこうして自分でバランスを取るしか、ない。
「写真、撮られちゃうかも……」
「それは、多分大丈夫だと思う」
「なんで?」
「だって、今まで際どいことしても何にも騒がれなかっただろ?」
「そうだけど……」
「最近、ここら辺に路駐している黒塗りの車が増えたしな」
「どう言う意味?」
「ま、とにかく大丈夫だってこと!」
「でも……どこにいくの?」
「江ノ島。海が見たいし、食べたいものもあるんだ」
「割と近いのね」
「いいだろ?」
「でも……」
「頼むよ!な?」
「……わかった。支度する」
「ありがと」
ふぅ、良かった。なんとか出てくれるらしい。
きっと、麗奈もどっかでこのままではいけないと思っていたんだ。俺の家から、ずっと出ないで、ずっと俺の帰りを待っていてくれる。それはそれで最高に幸せだけど、彼女には戻るべき場所があるんだ。
こうして、少しずつリハビリをしていければ、戻れる日もきっと来るはず。
それに、デートもしたいしな。これ本音。
「何してるの?」
「ん?支度するって言うから俺も」
「こっち見ないでよ変態っ!」
まぁ、そんなわけで、日曜の賑わう江ノ島に遊びにいくことになったのである。
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窓から見える景色。
冬の、澄んだよく晴れた日。
「あ……」
私には、もう、見送ることしかできない。
「頑張って、先輩……」
だから、もう、忘れるんだ。
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「あ、ボス!どうしたんですか、ご本人がここに来られるなんて!」
「動きがあったって聞いてな」
「はい。ここ最近なかったんですけどねぇ……まぁ、今んとこ怪しいカメラ持ってるやつは見てないんで安心してください」
「そうか、いつもすまねぇな」
「いいんすよ」
「でもな、今日は、それを言いに来たんじゃねぇんだ」
「…………え?」
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電車に乗り込む。俺は色々考えていたけど結局麗奈とデートすることが楽しみで、それはきっと麗奈も一緒で。
だから、気付けなかった。
———それぞれの想いが、俺たちのすぐそばで交錯していることに。