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第6話 チケットをおくれ

 時間が経つのは早いもので、早速授業が開始された。

 ついに2年。新しいことに挑戦…なんてことはなく、極めて受動的にやってきた2年目の大学生活である。

 というか、できるだけ楽な授業を、楽な授業を…、と、時間割を組んでいると、気付いたら結局1年生と同じ、続きの授業となっていただけなのだが。ま、大学なんてみんなこんなもんだろう。

 しかし、桜もそろそろ限界かな。もう、落ちる花びらも少なくなってきた4月末の平日。

 気温も暖かくなってきて、過ごしやすい時期だ。

 変わらない教授に、変わらない授業。相変わらず出席だけとってあとは睡眠に費やす。出席だけ取って逃げる日もあるが、今日は第一回目の授業。何か重要な連絡があるかもしれないので、一応残っておくことにしたのだ。

 そうしてただ怠惰に過ごすこと約半日。夕方になった空は茜色に染まり、帰宅欲をこの上なく刺激して来る。教授が授業の終わりを告げ、みんな一斉に帰宅の準備をし出す中、俺はいち早く出口から外に出るべく立ち上がった。

 俺並みの男になれば教授がどのタイミングで授業を切り上げるか計算し、帰り支度は授業中に済ませてしまうのだ!

 すると、隣の雅也が俺を見上げてきた。腐れ縁とは言え、よく俺と授業が被るやつだ。やっぱり俺のこと好きなのか?


「俺にありもしない疑惑がかけられている気がするのだけどそれは置いておこう。で、今日はどうするんだ?」

「今日……?」


 とぼけてみるが、嘘だ。本当はわかっている。


「まぁ、たまには顔出せよ。」


 そして、何も言っていないのに俺が何を思っているのかがわかってしまうところが、やっぱり親友なのかもしれない。


「じゃあ、またな」


 そう、俺は結局、部活には積極的にはなれなかったのだ。

 あの時樋口さんは俺に俺のことを心配してくれた。俺は変わってしまったんじゃない、忘れてしまっただけだって、励ましてくれた。

 でも、俺はやっぱり変わってしまっていたんだ。

 あんな風に年下の女の子に言われても、何も動こうとしない。

 過去のことを引きずり、この怠惰な生活に沈んで行くことを良しとしてしまうような、陰気な男なのだ。

 あの日駅で別れてから樋口さんとは会っていない。会ったところで、なにを話せばいいのかもわからない。

 結局俺が得たものは、樋口美香という女の子が本当に優しい子だったという情報と、一枚のライブチケットだけだったのだ。


「っと……」

「きゃ」


 考え事をしていたら、誰かと正面衝突してしまった。しかも女性だ。

 歩いて駅まで帰る人が多いので、授業終わりの校門前はいつも混雑している。その中で逆走して校内に入る人は珍しいのだ。


「す、すみません……」


 それはぶつかってしまった言い訳にはならないのだけれど、とにかく謝ろうとして……


「あれ?」


 その姿はすでに沢山の学生達の中に紛れ、わからなくなってしまった。

 心なしか、ぶつかった瞬間に捉えた髪色が金色だった気がしたのだが……気のせいか。

 俺は再び歩きだし、やがて駅に着くと電車に乗った。

 その時財布から覗いた「山橋レナライブチケット」。

 樋口さんは、一体何を思ってこれを俺に渡したのだろう。

 彼女の言葉を鵜呑みにするなら、きっと俺を励ますため、ということになるんだろうな。確かにライブ行ってファン達と一緒に叫べばストレス発散になるのかもしれないし。

 うん、まぁそれは俺が悪かった。二つも年下の女の子にあんな弱気になってるところを見せるなんて、今思い返しても恥ずかしい。

 けれども、近所に住んでいたとはいえ、俺と彼女の接点は会えば一緒に駅まで歩く程度の仲。

 ちなみに調べてみたがこのチケット、山橋レナの恐ろしいほどの人気っぷりゆえにかなりの倍率を超えないと入手できない。原価も一万円弱で高校生にとってはかなりの大出費だっただろう。

 それを、その程度の仲の俺にくれるだろうか?

 因果があるとすれば、引っ越しを手伝ったくらいしか思い浮かばないが、それだけでここまで?

 俺の姿がそんなにも困窮したものに見えていたということだろうか。

 魔が差して見てしまったのだが、このチケットをヤ◯オクで出品すればちょっとした、というかかなりの金になる。今ちょうどバイトをしていない俺にとっては、良い財源だ。

 かと言ってそんなことが人道的に許されて良いはずもない。どんな真意があったにせよ、俺のことを想い譲ってくれたというのに、そのチケットを金に変えるのは流石に良心が痛むってもんだ。

 しかし返すのもなんか気が引けた。

 もう一度会うのもなんか気まずいし、くれたものを返すなんてきっといい顔はされない。

 ならば、行けば良いだけの話。確かにそれが正論だ。

 そうすれば彼女の善意を無駄にすることはないし、万事解決。それなのに、俺は決してその決断をしようとしない。

 いや、したくない、と言った方が適切か。


「もう家か」


 気づけば最寄りを降り、家まで歩いていた。たまに考え事しながら歩いてるといつの間にか家に着いてたりすること、あるよね。

 アパートの階段を登り、自室に入る。

 いつも通りの暗い部屋。荷物を放り出し、いつも通りに俺はベッドの中に沈む。

 ああ、柔らかい。相変わらずここだけは、俺の情けなさを許し、癒してくれる。

 そう、それはまるで実家のママンのように……私を護っていてくれてる!私を見てくれてる!!ずっと、ずっと一緒だったのね!ママッ!!


「あほくさ」


 そんな馬鹿げたことに思考を巡らせ、俺は目の前の見たくない現実から目を逸らす。

 俺は、今のこの現状に、依存していると言っていいほどの安心感を得ているのだ。

 何もしない。ただ大学に行き、授業を聞き、終われば帰る。確かにそれはなんでもない、つまらない生活だ。そもそもそんな生活の中で、楽しさなんて生まれるはずもない。

 それが良くないってわかっている。でも、だからってそんな日々を俺が嫌わなきゃいけない理由もないじゃないか。

 何もない。何もなければ、悲しくない。辛くない。泣かなくていい。

 人生は、どう生きたって嫌なことのほうが多くなるようにできている。偉大なる成功者や英雄だって、その成功の何倍も過酷な悲劇や試練、努力を重ねてきているのだ。

 なら、何もない、ゼロの状態こそ、最善なんじゃないか。それを受け入れることの、何が悪いんだ。

 それが例えあまりに情けなく、虚しい逃避だとしても。

 それを否定できる人間なんか、きっといないはずだ…………







 ピリリリリリリリリリリリリリリリ…………………………………


「はっ!!」


 自分が寝ていたことに気づいたのは、午後9時のこと。

 うっかり寝てしまうとは、俺も落ちたものだぜ……じゃなくて、電話に出なくては。ま、どうせ雅也だろうけど。

 もしかしたら母親って可能性もある。「仕送りしたから」という言葉に幾度救われたことか……こんな息子ですがいつかきっと親孝行してみせますはい……

「はいもしもし」

「可愛い女の子だと思った?残念、雅也くんでした!」


 ぶち。

 ふぅ、遅くなっちゃったし夕飯作らなきゃ。




 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!


「うっせぇ!!」

「切るなよぉ……」

「気持ち悪りぃ声出すんじゃねぇよ気持ち悪い」

「二回言わなくてもよくないですか?」


 切なそうな声を出してきた。

 こいつと一言話すたびにバカになって行くような気がするから不思議だ。


「で、何の用だよ?」

「なんだよいきなり本題を要求か?もっと友達との会話を楽しもうぜ?」

「(いらっ……)」

「なんだ、なんかゆさゆさって音がするぞ?もしかしてあれか?プレイ中でござったか!?」

「うるせぇさっさと要件を言え!!」


 ちなみに、俺の今の貧乏ゆすりっぷりは震度6弱くらいだったと思う。


「そっか……じゃあ聞くけどよ、お前この前山橋レナのライブチケット貰ってたよな?」

「………だから、なんだよ」


 そういえばあの駅での樋口さんとのやりとり見てたんだったな、こいつ。

 恥ずかしくて布団を殴りたくなるような出来事である。

 あのあと「伸一はロリコン」と、校内で吹聴していたことを知った時は本気で殺そうかと思った。


「それ、行くのか?」

「………………え、あ、いや、なんだって?」


 あ、やばい。ちょっとプリン頭ヘタレ主人公みたいなこと言っちゃった。ああはなりたくないと思い続けたのに……でもCV:花○香菜の金髪ロリ妹は欲しいッ!!


「だから、そのライブ、行くのかって聞いてんだよ。」

「いや……まだ決めてないんだけど…」


 しかしなぜこうもタイムリーな話題に突っ込んでくるのか。

 いやらしい神に苛立ちを覚えつつ、雅也の声に耳を傾ける。


「ならさ、そのチケット譲ってくれないか?」

「は?なんで?嫌なんだけど」

「即答!?」


 いやだって、さすがに貰ったものをそう簡単に渡すわけにもいかないだろう。

 まったく、そんなお願いをするなんて雅也くんったら最低!今度学校で言いふらしてやりたい!

 あ、こいつのゲスな発言を記録するためにボイスレコーダーでも準備しようかな。最近のiPh○neの録音機能は優れもので、カラオケなんかで録音に使ってもほぼノイズが入らない優れもの。

 よし、スイッチオン。


「いや、頼む!俺たってのお願いなんだ!!話だけでも!!」

「言ってみろよ……」

「俺が狙っている女の子が、どうしてもそのチケットが欲しいん」


 ブツ。


 ……………………………………………………………


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!


 ……………………………………………………………


『ただいま、留守にしており』


 プツ。


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!


「うるせぇ!!」

「切るなって!!頼むよ!!」

「あぁ?女にお願いされた?知るかそんなの!

 大体お前この前言ってた琴美ちゃんはどうしたんだよ!?」

「琴美のことは言うな!俺だって辛いんだ!」


 こいつ、最低だ……さすがの俺でもドン引きするレベル。


「ったく、そんな理由でお前に渡すくらいならヤフ◯クに出品するわ!」

「待て待て!俺だっていつものように俺のこと大好きで笑いかけると顔真っ赤にして走って逃げていくような子だったらここまでしないさ!」

「そんな子いるのか!?」

「こ、琴美とか?」

「そうか、今度本当に言いつけておくとしよう」

「はっ!あいつがお前の言葉なんて信じるもんか!やれるもんならやってみな!」


 はぁ、ここまでうまくいくと悲しくなってくるな。このデータは保存しておこう。あとで見せるのが心苦しくはなって来たが琴美ちゃんの将来のためにこいつの毒牙からは遠ざけておかないと。


「で、どんな子なんだよ」

「すごくかわいい!」

「ちゅ、抽象的すぎてわからない……」

「サングラスをしてて目元はよくわからなかったけど、見たことないはずなのにどこかで会ったことのあるかのような懐かしさを感じさせる顔で、髪なんかフワッフワの金髪で、肌なんか白磁の如き白さで……」


 ……なんかそんなやつに最近会ったことあるような気がしたんだけど気のせいか?


「今日その子が歌唱研究部に来て、雅也くん、って、俺のことを呼んだんだ」

「はぁ、それで?」

「運命感じちゃっただろ!?きっと幼い頃に行った山奥の親戚の家で仲良くなった女の子で、俺は忘れてしまったけど彼女はきっと俺のことをずっと覚えていたとか、初恋の思い出ををずっと抱き続けていたとか……」

「どこのエロ同人漫画だよいい加減現実に戻ってこい!」


 だめだこいつ、きっと頭の中でストーリーがもう出来上がってしまっているに違いない。意外とメルヘンな野郎なのだ。


「それで、彼女は言ったんだ。『山橋レナのライブチケットを持っている人がいたらあたしに譲るように言って!お礼はなんでもするから!』って……」

「はぁ……」


 なんとまぁ胡散臭さこの上ないというか……


「そこで俺は『ん?今なんでもって言ったよね』と聞いたら、彼女は平然と頷いたわけだ」

「言質は取った、と言うわけか」

「ああ。そして俺は言うぜ!君のその豊満なおっぱいを揉ませてくれってなッ!!」

「きゃーこの鬼畜!外道!!」

「なんとでも言え!女のおっぱいを揉んだこともないこの童貞野郎が!!フゥーアッハッハッハッハッハッハッハ!!」

「そうかwwww良かったなぁwwwwwwお前やっとおっぱい揉めるのかぁwwww」

「なっ……まるで自分は揉んだことあるかのような言い草!?」

「どうかな。揉んでいないかも……もしくはすでにその先に至っているということもあるかもしれんぞ、雅也」

「はっ……抜かせ、童貞!」


 妙にかっこいい会話をしているように見えるが実際最悪な内容である。

 本当、男って馬鹿だなぁ。


「もしお前が譲ってくれると言うのなら……揉んだ写真を、お前にやろう」

「なに……?そんなことが可能なのか?」

「ああ、隠しカメラを用意して、必ずその瞬間を激写して見せる」

「本当に……俺がチケットを譲れば、その写真を俺にくれるのか?」

「(ニタァ〜ッ)ああ、約束するよ。ギブアンドテイクだ」

「だが断る」

「何ぃいいいいいい!!?」


 どう見てもネタ振りです。本当にありがとうございました。

 ってか雅也自身これを言わせたかった説もある。


「大体あのチケットは貰い物なんだぜ?そんな簡単に人に渡せるかよ」

「ぐぬぬ……でも、そこを承知の上で頼む!さっきまでの冗談とは関係なく、俺はあの子の願いを叶えてあげたいんだ!」

「ぬぅ……」


 ……こうも必死になる雅也も珍しい。

 いつもすかしているカッコつけのあいつがここまで言うのだ。きっと相当惚れ込んでいるのだろう。まぁ、もともと惚れっぽいやつではあったけど。

 持っていたところで俺は行くかどうかわからない。なら、友達、(実際はその狙っている相手)のために使われた方がいいんじゃないのか?

 悪魔の囁きは、次第に俺の中で声を大きくしていく。


「お前よりもそのチケットを望んでいる人がいるんだって!」

「っ!」


 その言葉は、決定的だった。

 俺より望んでいる人がいる。なら、仕方ないじゃないか。俺なんかがその権利を奪っていいわけがないんだ。

 樋口さんには、あとで返金の上謝罪しておこう。それで、万事解決じゃないか。

「わかったよ」

「おぉ!本当か!?ありがとう!マジでサンキュー!!」

「じゃあ明日……」

「来週の今日の放課後、部室まで持って来てくれ!じゃあな!!」


 俺が言い終わる前に一方的に時間と場所を指定すると、雅也は電話を切ってきた。本当に失礼なやつだな……やはりこの録音した音源は琴美ちゃんに聞かせてやることにしよう。

 だが、これでようやく、近頃俺を襲い続けていたストレスは消え去った。

 怠惰だけど、安心できる、そこそこの生活を享受できるようになったのだ。




 ***





 桜もそろそろ限界。もう、落ちる花びらも少なくなってきた4月末の平日。

 気温も暖かくなってきて、過ごしやすい…あれ、どっかで見覚えのある文だな。

 そんなわけで放課後というか、まぁ大学にそんな概念があるのかは微妙だがとりあえず夕方。

 いつもなら直帰するところなのだが、今日の俺には目的地がある。


「久しぶりだな……」


 部室に行くこと自体はだいたい3ヶ月ぶりくらいだろうか。

 が、その3ヶ月前だって別に活動に参加したわけではない。発表会に使う曲を頼まれて打ち込んでいただけだ。

 あれはきつかった……いきなり4曲分打ち込めとか無茶言われて、何日徹夜したことか。それ以来2度とこの部室には入らないと誓ったまである。


 それはともかく、部室棟の中に入る。様々な同好会やサークル及び部活がある中それらを遠おりすぎ階段を上ること4階、廊下の奥に潜む魔窟……もとい、歌唱研究部部室にたどり着いた。

 深呼吸。はぁ、正直帰りたい。ノックしたら最後、チケットを手渡す程度で済むかどうか。大体日にち指定とは何事だ。相手の女の子が忙しいから、とか言っていたけど、そもそも直接俺が渡す必要あるのかね?

 イライラしながらも、覚悟を決めた。コンコン、という音がなると、奥からどうぞ〜という軽薄な声が聞こえる。ちなみに雅也は今日の授業をサボって、俺に出席だけ書かせやがった。今度学食で一番高いやつを奢らせてやらないと気が済まない。


「お、伸一!ようやく来たか!美香ちゃんが待ってるぞ!」


 扉を開くと、相変わらずの高性能マイクだったりパソコンだったりと無駄にクオリティが高い機材たちが並んでおり、夕日を浴びて赤く煌めいていた。

 でも、そんなこと俺が気にしている余裕があるはずもなく。


「へ?美香?」


 心臓が止まりそうだった。今世紀瞬間最大心拍数上昇率最高まである。長いぞなんだこの単語。

 ありえない。彼女がこんなところにいるはずがない。

 そう思ってはいるけれども、美香という名で心当たりがあるのは一人しかいないし、第一彼女だったらチケットが一枚必要という条件に合う。

 そして、本当にこの場にいたなら、俺が貰ったチケットを渡したとバレてしまうじゃないか。

 こうなったらあの、男なら禁じられていなきゃいけないはずの奥義を使わねばなるまいて。

 そして、俺は扉が開くと同時に……




「樋口さん!ごめん!!」


「……………………何、やってるの、君」




 我ながら見事な土下座だった。足の甲をちゃんと地面につけ、額を地に擦り付ける最大の謝罪表現。

 でも、そんな渾身の謝罪には似合わない冷たい声が返って来た気がする。

 いや、冷静に考えればせっかく相手を思ってチケットを譲ったのにそれを譲ろうとしたばかりか、いきなり現れてスライディング土下座なんかした日には完全にドン引きだな。納得した。


「なるほど、認めたくないけどそういうことだったのか……で、その謝罪は、つまり何を意味しているのかしら」


 いつもの敬語も、愛想の良さも忘れた高圧的な声。

 雅也が横から美香ちゃん落ち着いて……とか言っている。樋口さんと言って否定しなかったところを見ると、やはり相手は樋口美香で間違い無いのだろう。


「せっかくもらったチケットを……譲ろうとしてしまったことに……」

「へぇ……で、どういう了見でそれを譲ろうとしたのかしら」

「あ、えっと……実は別に好きじゃ無いっていうか興味ないっていうか……」

「好きじゃないし興味ないですって?それはあたしことを言ってるの!?」


 ドン、と地団駄を踏むような音が聞こえた。怖い怖いなんだこの女王様!?僕美香ちゃんをこんな風に育てた覚えはないんだけど!?いや、育てられた覚えもないだろうけど。


「えっと、いや、それはもちろんお前のことじゃない!」

「なっ……じゃあ美香のことが好きじゃ無いっていう意味!?」

「どうしてそうなるんだよ!俺が好きじゃ無いって言ったのはお前じゃ無いって言ったばっかじゃないか!」

「じゃあ誰が興味ないのよ!?」


 地面に頭をつけたまま口論するって、どんな絵だよ……

 しかし話が噛み合わないな。何か誤解をされてる気がする。


「あったまきた!!あんたがあの“先輩”だったなんて信じられない!」

「……?だからさっきから何を言っているんだよ!ああわかった正直に言う!

 俺は山橋レナの歌とかライブとか、そもそも本人自体全然興味ないし、行く気なかったんだ!ごめん!!」


 ついにはまさかの逆ギレ。

 やっちまったなぁとか思いながらも勢いに任せ顔を上げると……




「山橋……レナ……?」




 見紛うはずもない。

 キャップをしているが、そこからはみ出たゆるくウェーブがかかる綺麗な金髪。

 サングラス越しにもわかる美貌。雪のような肌。いや、理解したのはそれだけではない。


「へぇ……そう……ふふっ、いい度胸ねぇ、先輩?」

「ひっ!!」


 女王様は、ものすごくご機嫌斜めということが、よくわかった。


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