第62話 『COSMOS』
「じゃあ、行って来るよ」
「ああ、頑張って」
「頑張るのはお兄ちゃんだろう?」
11月も、そろそろ終わり。
外気は容赦なく気温を落とし、寒がりな俺をいたぶってくる。
が、今いる某千葉県の国際空港の中は、その広さにもかかわらずガンガン暖房をかけていてくれるのでとても快適だ。
そんな中、香奈ちゃんは医療機器をふんだんに装備し、とても暖かそうな格好で空港のゲートをくぐろうとしていた。
今回香奈ちゃんはどうやら社長さんと一緒にアメリカに行き、手術を受けるらしい。
そして見送りは、まさかの俺と博多先輩のみ。大丈夫かな、俺のお尻。
「そろそろ行くぞ、香奈」
「はーい」
香奈ちゃんは車椅子を押して、ゲートを通ろうとしてしまう。
すると、その直前振り向いて……
「伸一くん!」
「うん?」
伸一くん、と呼ばれた時って大抵悪いことが起こっている時だった気がするから不安だ。何か怒らせちゃったかな、と香奈ちゃんのそばに行く。
彼女は一瞬俯いて、それから顔を上げて、笑った。
「私、伸一くんのこと好きかも!」
「は?」
いきなり何を訳のわからないことを……
ちゅ。
「………………ん?」
「(ぶちっ)」
「なっ!?」
あれ、俺今何された?
とりあえず、社長さんが腕をまくって俺に向かい拳を振り上げているのと、博多先輩が嫉妬の炎と言わんばかりにピンク色の炎を放出しているからきっと答えは一つ。
ああ、俺は今天使に触れてしまったのか。
「この戦いが終わったらね、私、お兄ちゃんと結婚するの〜!」
「何その死亡フラグ!やめてよ縁起でもない!」
「石田ぁ!飛行機が出るまでの時間さえあれば、テメェをぶっ殺すなんて造作もねぇことなんだぞ!!?」
「ちょ、社長!ここ空港!ダメですってば!」
「石田ぁ!俺というものがありながらぁあああ!!」
「あんたを俺のものにした覚えはない!スズメバチにでも刺されてろ!」
ちなみに僕のお気に入りは切腹するゆう○く。
そんなこんなで、俺たちの別れはあっさりと(?)終わった。
でも、ここであまり感動的な別れとかしてしまうと、心残りがなくなってしまう。
だから、香奈ちゃんには日本にたくさん心残りを残して行って欲しい。そして、しょうがないなぁ、って言って、帰ってきて欲しい。
そうしたらまた、一緒に著作権の国に挑んでもいいし、みんなで宴会をしてもいい。
もしかしたらいつか、母親とも和解して、一緒に暮らせる時が来るかもしれない。
香奈ちゃんの乗っているだろう飛行機を車の窓から眺めつつ、俺は心からの声援を飛ばした。
「なぁ、石田」
「はい?」
「お前、あんな風に告白されてるけど、好きな子とかいないのか?」
「え、えぇ…」
「そんな嫌そうな顔するな、別に襲ったりはしない」
「そ、そうですか……」
危うく窓から飛び降りるところだったぜ。ってか香奈ちゃんのあれは告白だったんだろうか。今思うと顔が熱くなる。
まぁそれは置いておくにしても、好きな人、か。別にそんなの……
「———伸一!」
「い゛っ!?」
「どうした?」
「いえ、なんでも……」
今、脳裏に浮かんだ笑顔は……いや、まさかな。
「ま、恋愛ごともいいけどな、お前は樋口のマネージャーなんだから、とりあえずは目先のことをしっかりとこなしてからそっちに励むんだぞ」
「は、はい」
なんだ、今日の博多先輩はまともだぞ。
「って、危ない!」
「む?」
すると、前の車にぶつかりそうになった。
急ブレーキが踏まれ、つんのめる。
「あっ!!」
その瞬間、博多先輩の鞄が倒れて……
「真冬の朝の淫夢?」
「きゃあああああああああああ!!」
中から出てきたDVDは一瞬で奪われてしまったのだった。
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そして、それからさらに一週間が経った、12月のはじめ。
いよいよ、予てから準備を重ねてきた樋口の晴れ舞台。デビューライブが今、始まろうと……
「先輩は何もしてませんでしたけど」
「ぐっ……」
「私のデビューライブを中心とした章のはずなのに、後半私の出番極端に減ってません?なんですかいじめですかそうですか。もともと空気ヒロインだったくせに最近調子乗ってるなこの地味女ってことですか!?」
「そんなことないよ……多分」
神の意志までは俺にもわからない。
でも確かに、マネージャーを仰せつかったにもかかわらず、最近は麗奈に入れ込みっぱなしだったからな。
「終わったら、まぁなんだ、焼肉でも行くか?」
「言いましたね?奢りですよ?」
俺の脇を小突いて、樋口はステージに向かって行った。
あと数分で開始。今日も、あの桑田とかいう大物もいるのだろうか。それに……長澤一家も。
少し客席を覗いてみると、相変わらずものすごい数の人がおり、見分けがつかない。でも、その最前列、特別席三つに、あの三人はいるのだけは確認できた。。
お金とか色々なものをフルに使った、超特級席。それを、わざわざ樋口と社長さんに頭を下げてまで取るなんて、このライブへの入れ込み方が違うな。
「伸一」
「お、おう……」
見た目からでもわかるほど気合の入った表情。
気品あるエメラルドグリーンのドレスを纏う姿はまるで女王様のよう。
まったく、このライブ誰のデビューライブだと思っているんだよ。お前はただのゲスト、おまけなんだぞ?
でも、活動休止中の麗奈が出るという情報を流したら一気にチケットの倍率が上がったらしいから、やはり大したものだ。
でもきっとそんなの気にしてない。今、麗奈の頭の中にあるのはきっと、沢良木家にどう自分の、いや、香奈ちゃんと自分の音楽を叩きつけられるか。それだけなのだろう。
「私の心、きっと響かせて来るから」
「うん」
「だから、聞いてて。離れないで、そばにいて」
「ずっと、そばにいるよ」
「うん、ありがと」
麗奈は俺に近づくと、胸にトンと頭を乗せた。
「おいおい……これ撮られたらどうするんだよ」
「大丈夫、ここ関係者以外立ち入り禁止だもの」
でも、俺に触れた時、気づいた。
少し、震えていることに。彼女から自信を奪った人の前で、自信を奪った曲を歌う。
「大丈夫だよ」
「え?」
「あの時とは、違うだろ?」
でも、これを超えられたなら、きっと麗奈は本当の意味でアイドルになれる。
そう、確信していたんだ。だから、応援する。背中を押す。
「お前がどんなにやらかしたって、ここで待っててやるから」
笑って、待っている。
すると、麗奈はみるみる顔を赤くしていき、俺から離れた。
「べ、別にビビってなんかいないし!!」
「ナイスツンデレ!」
「ツンデレいうな!」
麗奈はそっぽを向いてステージに向かおうとする。彼女の出番は樋口が数曲歌ってからだ。
「……りがと」
「え?」
「じゃ、しっかりと見てなさい!」
麗奈は俺に向かって拳を突き出した。
ずいぶん男らしい挨拶になっちゃったじゃないか。と、少し笑って、俺も拳を付き合わせる。
「ああ!」
すると歌声が止み、樋口のMCが聞こえてきた。
「みなさん、今日はお集まりいただいてありがとうございます!!
私、樋口ミカはまだ未熟でありますが、これからコツコツ頑張っていきたいと思っているので、どうぞ宜しくお願いします!そして〜みなさんお待ちかね、スペシャルゲストをお呼びしました!どうぞ、山橋レナさんでーす!」
掛け声と同時に麗奈がステージに上がる。歓声が一気に上がった。
「みなさんこんにちは!!山橋レナです!!
今日歌う曲は、私にとってはかなり馴染みの深い曲で、もしかしたらみなさんの中には知らないという人もいるかもしれないデビュー曲を歌いに来ました!」
ざわつく客席。それには、期待とか不安とか、色々な感情が混じっているように思えた。
「こんな曲嫌い、とか思う方もいるかもしれないけど、是非最後まで聞いて行ってください!」
でも、何度も練習を見た俺は知っている。彼女の歌うこの曲は、とても素晴らしいってことを。
「歌います。『COSMOS〜2016.remix.ver』」