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第61話 期待しとく

 

「お願いします!!!!」

「お前の土下座ってほんと安いのな」

「正直見飽きたわ」

「ん?今なんでもするって……」

「ひどい!あと博多先輩言ってませんからそれ!」


 そんなわけで、おなじみの土下座タイム。

 この前と違うところといえば、隣に誰もいないこととか、その相手にも土下座していることとか。


「先輩、それで、どう言うことなんですか?」

「樋口、これはその……」

「前回クライマックスなのに出番が一瞬もなかったばかりか、今回は私のデビューライブに麗奈さんをゲスト出演させろとか、随分と偉くなったものですね?」

「すみませんすみませ……って最初のは全く関係なくない!?」


 お前結構いいとこもらってきたんだから今回くらい譲ってもいいじゃん……などと思いつつ、今は平伏するしかない現状。


「でも、麗奈がライブやりたいって言い出すなんてどう言う風の吹き回しなの?」

「それは……まぁいろいろあって」

「和解、できたの?」

「っ!?」


 さすが美月さん。鋭い。

 仕方なく俺は、事の顛末(親子喧嘩)の内容について、大まかに説明しておいた。


「……うっうっ……えぐっ…」

「よかった……よかったなぁ、麗奈ちゃん…香奈ちゃん…っ!」

「…………(すんっ!)」

「あ、はは……」


 結局こうなった。この人たち、あれだけ麗奈に振り回されておきながら、こんなに泣いてくれるなんて……

 不意に俺も泣きそうになるが、今はそれどころじゃない。


「先輩…っ!」

「樋口?」


 そして、ここにも泣いている俺の後輩が一人……


「私にも、なんか一言言ってくださいよ……っ!」

「あ、えっと、その……」

「私、一昨日香奈ちゃんと二人で残されて、しばらくしても先輩が帰ってこなくて、もしかしたらまた大変なことになっているんじゃないかってすっごく心配したのに連絡はなし。それでいきなり今日結果だけ伝えられても正直複雑ですよ……!」

「ごめん……」


 確かに、この子もずっと麗奈のことを心配してた。

 罪悪感が湧き上がってくる。


「でも許します」

「え?」

「だって、麗奈さんを、もう一度ステージに上あげようとしてくれたから……」

「っ!それって」


 でも、その心配とおんなじくらい、麗奈の復帰を待ち望んでいる一人でもあって。


「はい、一緒にやりましょう!そのためなら私のデビューライブくらいいくらでもお貸しします!ね、社長さん!」

「……勝手にしやがれ」

「待っていつからそこにいたんですか社長さん!」


 いつの間にか土下座している俺の背後に立っていた。気配消すなよまじびびるから!


「麗奈はもう大丈夫なのか?」

「はい、それはもう。今だって、一人で自主トレしているくらいです」

「自主トレ?もうやる曲も決まっているのか?」

「はい、それは、香奈ちゃんと二人で決めたみたいです」

「新曲か?」

「いえ、それが……」

「デビュー曲。そうだな?」

「「「え……?」」」


 先輩たちは、一斉に青い顔をする。

 この話は、今までこのプロダクションではタブーとされてきたもの。でも、これを今歌うことに意味があると、彼女たちは言ったのだ。


「……どうして?あの曲、聞くのすら嫌がっていたのに」


 美月さんは神妙な面持ちで俯く。

 麗奈のアイドル、作詞、作曲家デビューを飾った曲、「COSMOS」は、それはもうびっくりするくらい売れなかったという。

 そのせいで、麗奈は自分で曲を作らなくなったというが……


「あの歌はな、麗奈の、失ってしまった家族への思いを歌ったひどく重い、重すぎる歌だった。そんなのをデビューからぶっとばす、本来笑顔を振りまかなきゃいけないアイドルなんか普通はいない。おかげで人気は全然出なかったし、そのせいで麗奈は自信をさらに失くしちまった。そんな曲だ」

「…………」


 そんな曲を今更歌うと言った麗奈の気持ち。

 それは、母親に気持ちを届けるため?それとも香奈ちゃんを慰めるため?それとも…亡くなった父親のため?

 いや、きっと全部だろう。

 でも、その全てを言葉にできるほど、麗奈は大人じゃないから。

 だから、彼女は歌に乗せる。歌詞だけでは伝えられないことを、メロディで代弁する。

 ずっと前から変わらない思い。それが、嫌な思い出がたくさんのデビュー曲をあえて選んだ理由だろう。


「あいつは、きっとすごいものを見せてくれます」


 その覚悟が、痛いほどわかったから、俺はこうして自信を持って彼女の選択を応援できる。

 この想いが伝わったのか、社長さんは薄く笑い、社長室に戻って言った。

 それが彼なりの応援だということも、だんだんわかってきた。

 先輩たちを見ると、みんなも笑っていた。

 その時、どうしたって痛感してしまうんだ。


「さ、忙しくなるぞ!」

「そうね!」

「石田、今度デートな!」

「みなさん……本当にありがとうございます!!」


 こんないつも通りの風間プロが、やっぱり俺は、大好きなんだなぁって。


「よし、樋口!俺たちも麗奈に負けてられない!練習だ!」

「本当は麗奈さんのとこ行きたいくせに……」

「……樋口さん?」


 あれ、なんか怒り出しちゃったけど……


「でも、そうですね」

「…え?」

「麗奈さんのステージには、させない」

「樋口……っ!」

「先輩、しっかり私のこと見ていてくださいね!きっと、他を見ている余裕なんて失くしてあげますから!」

「ああ…ああ!!」


 でも、それ以上の闘志とやる気を持って、ライブに臨もうとしてくれている、

 それが、とても嬉しかった。




 ***********************************




「お、終わったぁ……」

「疲れたね…」


 あたしは病室の椅子に深く腰掛け、ため息をつく。


「この歌詞だったら、きっと他のみんなにも受けるよね?美香のライブ、台無しにしたりしないよね?」

「うん、まぁ、きっと、多分」

「なにその曖昧な返事……」


 こうして、重すぎて黒歴史となってしまったデビュー曲を掘り起こして早5日。

 あたしと香奈で、一緒に歌詞を少し変えることにしたのだ。


「……ねぇ」

「うん?」

「この前は、ごめん」

「うん」


 この子があたしに謝るなんて、いつ以来だろう。

 いつもあたしが言い負かされて…というか基本的にあたしが悪いんだけど、謝ってきた。


「それと、ありがとう」

「うん…っ!」


 それと、こんな風にお礼を言われるのも。


「お姉ちゃんがいたから、お母さんと話せた。今のお母さんの家族とも、そして弟とも、出会うことができた。話すことができた」

「あたしじゃないよ。伸一が、あたしを励ましてくれなかったら、きっとあたし、何にもできなかったもの」


 こんなこと、絶対本人には言ってやらないけど。

 でも、あの教会からの帰りで彼からもらった言葉があるから今があるっていうのは、間違いなく本当のことだったから…一応、感謝してやらないこともない。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「なに?」

「好きなの?お兄ちゃんのこと」

「ぶっ!!」

「汚いから……」

「な、七七七位言ってんのよそんなわけないでいkんdk」

「誤字を訂正する余裕すらなくなるとは……」

「勘違いしないでよねっ!」

「そんなテンプレでごまかそうとされても……」


 そもそも前提が間違っている。

 だって、あいつは美香の物なんだ。美香がずっと思い続けてきた人なんだから、あたしなんかがどうこうしていい相手じゃない。


「お姉ちゃんも恋をするような歳になったんだねぇ…私も嬉しいよ」

「香奈の方が年下じゃない!」

「顔真っ赤にしちゃって、可愛いなぁ」

「ぐっ…ぐぬぬ……」

「本当にお兄ちゃんになっちゃうのかぁ…ああ、それはそれでいいかもなぁ……」


 言わせておけば……

 その時、あの学祭の後のことを思い出す。

 あの時、自分の中でなんか盛り上がっちゃってつい…キスしちゃった記憶が鮮明に……


「だあああああああああ!!」

「いきなり大声出さないでよ!あと頭ベッドの柱にぶつけないで!揺れる!」

「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいぃぃぃぃいいいい!!」


 と、しばらく身悶えた十分後。

 香奈は疲れ切った目であたしを見つめてきた。


「告っちゃえばいいのに」

「っ…そんなの、できるわけない」

「どうして?」

「だって美香が……」

「それは、まぁ難しい問題ではあると思うけどね」

「別に、私は香奈がいれば大丈夫だし。アメリカ行きも決まったんでしょう?」

「愛が重すぎるっていうのはともかく、ああ、まぁね。ご支援いただいたことだし、きっちり治して帰ってくるよ」

「いいなぁアメリカ。あたし行きたいところたくさんあるんだぁ」

「別に遊びに行くわけじゃないからね?」

「でも残念、この曲、聞けないんだね?」

「国際電話でもかけてくれれば聞いてるよ」

「……そ、じゃ、伸一にでも頼んどくわ」

「こんなことも話題作りになってくれれば幸いだよ」

「………香奈のいじわる」

「お、いいねそのセリフ。もう一回言って!」

「香奈、伸一から悪い影響受けすぎだと思うけど……」


 このバカっぽい会話とか、あたしの煽り方とか、結構似ている。

 いやだいやだ、将来二人からこんな風にいじられなきゃいけないなんて……将来ってなんだ。

 と、自分のモノローグに冷静に突っ込んでから、外を見る。


「もう、冬だね」

「そうだね」

「頑張るよ、ライブ。みんな見に来るらしいし」

「お母さんと、貴弘さん、そして真司くんに、届くといいね」

「うん、きっと届く。だって、アメリカにいる香奈にも届けなきゃいけないんだよ?日本にいるお母さんたちになら、余裕だって」

「はは、期待しとく」

「うん、期待してて?」


 そう言って、香奈を抱きしめる。

 寒くなり始めた。

 そろそろ雪が降るかもしれない。

 そんな予感を胸に秘め、ゆっくりと、あたしは目を閉じた。




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