第54話 揺らぎ
「ねぇねぇ!次はあれ!あそこがいい!」
「ちょ…もう昼過ぎたよ…休ませてよ…」
「軟弱なこと言ってないの!お兄ちゃん男の子でしょ!?」
「そういう問題じゃなくてだね?」
そんなわけで電車に乗ってやってきた夢の国。
女の子の憧れの地だ。よく講義で近くに座る女の子が「年パス買っちゃった〜!」
とか行って月一で通いつめる、千葉県の埋め立て地にあるアレ。
そんなにいいもんか、と、男の俺なんかは思ってしまうわけだが、とにかく香奈ちゃんは楽しそうだった。
「私、ここに来るの初めて」
「…そうなの?昔も?」
「んー、昔は海外とか行ってたから逆にこういうところには来なかったかも」
「………なるほど。それにしても、どうしてここだったの?」
「え、だって病気ヒロインは遊園地デートするもんじゃない?」
「縁起でもないし、そもそもデートだったんだ」
べ、別に「抱◯しめたい」で泣いたりしてないし。影響受けたりしてないし。勘違…
「じゃあなんだと思ってたのさ」
「いや、財布担当にされているのかと」
「卑屈すぎる…」
「でもさ、ここでデートするって、俺たち絶対うまくいかないじゃん」
「おまけに空気も読めないんかい」
香奈ちゃんが肘で俺のわき腹を撃ち抜いてくる。病人とは思えないほどのエルボー…世界取れるな。
しかし友達がディ◯ニーデートして別れたのあんまり実例ないんだけど?おいクソねずみもっと仕事してリア充減らせよ!
「あ!あそこでなんかやってる!!」
「ああ、あれはパレードだな」
「あれいこ!あれ見たい!」
「了解しましたお嬢様」
車椅子を押し、パレードの見える位置に向かう。まぁ、アトラクションも疲れたし、しばらくゆっくりできるだろう。
待機していた人たちは車椅子の香奈ちゃんを見ると、皆前を開けてくれた。なにこの優しい世界。泣きそうなんだけど。
「うわぁ!見て!ダンスすごい!」
「あのダンサーになるのって恐ろしく難しいらしいぞ。プロの中のプロだ」
「へ、へぇ…」
「ちなみに本気ディ◯ニーファンにもなると、アトラクションには乗らず、パレードのみを見るために入場料を払う輩もいるらしい」
「なんでそんなに詳しいの…」
あれ、小粋な豆知識トークだったはずなのにあまりウケていない…というか引かれている気がするのはなぜだろう…
「ま、私はアトラクションに乗りたいかな。じゃ、次はスペ◯スマ◯ンテンに行こう!」
「え、それファ◯トパス持ってないんだけど…」
「並べばいいよ!」
「並び時間の苦痛がまだわかっていないらしい…」
日曜昼過ぎからのここの混みっぷりはヤベェんだって…
と、文句を言いつつも列に並んだ。180分待ちとか、本当よく待つよな。俺無理だわ。
というか、二人でなに話せばいいの?これがみんな出来た時とかだったら人◯とかで盛り上がるかもしれないけど…
「って香奈ちゃんなにやってるの?」
「え、FG◯」
「微妙に隠せてないっていうのはともかく、どうしてそう微妙にマイナーなゲームを…」
「だってパズ◯ラの時代は終わったでしょ。火力インフレするクソガチャゲームは◯ソ」
「その通りなんだけどあまり大きな声でそういうこと言わないでもし見られてたらどうするの!」
遠慮がなさすぎるぜ…ってかここで一人用ゲームを始めるとかレベル高くないですか…?
「俺放置なんだけど」
「それじゃ、なんかできること提案してよ」
「えぇ…」
二人でできることって言うと…答えは1つか。
「じゃあしりと…」
「無理却下拒否」
「三回も言うことないじゃん…」
「しりとりなんて会話の墓場に誘導するなんて、お兄ちゃんそんなんで本番デートどうするの?」
「これだって本番じゃないのん?」
「………」
「…………………」
あれ、ちょっと香奈ちゃん顔赤い…?
「もしかして照れてる?」
「て、照れてないもん」
「そうか」
「そうよ」
なんだか互いに顔を合わせづらくなり、そっぽを向き合う。
…なんという体たらく。やっぱ彼女と行くと別れるジンクスは本物だったか…彼女じゃないけど。
というか、そういう風に萌え袖で顔を隠しながら照れられるとなんというか…萌える。
「そ、そうだ!これあげるっ!」
「え、なにこの気持ち悪い色のポップコーン」
でも照れ隠しに真っ青なポップコーンを渡されるのはなぁ…まずかったのね。
それから、俺はスペースマウンテン、スプラッシュマウンテン、ビッグサンダーマウンテンノンストップ巡回を強要され、大いに疲労を蓄積させられた。
そりゃ香奈ちゃんは座ってりゃいいだけだから楽なんだけど。まぁでも並んでる時にやったオセロとか将棋とかのおかげで結構楽しかった。
それにしてもどうして香奈ちゃん戦略ゲームこんなに強いんだろう…一回も勝てなかったよ…
でも、本当に色々な表情が見えた。
いつも麗奈の前で見せていた強い妹ではなく、年相応に笑って、年相応に照れて………ただの、普通の可愛らしい女の子だった。
それがとても嬉しくて…幸せな時間に思えたのだ。
「はー、疲れた」
「…そうだなぁ」
気づけばすっかり暗くなっており、シン◯レラ城も綺麗にライトアップされている。
そんな中俺と香奈ちゃんはベンチに腰掛け、城を見つめていた。車椅子に座っているより、隣に座りたい、と可愛いことを言ってくれたのだ。
間も無く閉園。今日は半日以上香奈ちゃんといたってことになるな。
それにしても、大丈夫だろうか。
機内モードのままにしたスマホ。さすがに香奈ちゃんと一緒に連絡がつかなくなれば、きっと多いに怪しまれていることだろう。ああ、後が怖い。
隣で香奈ちゃんが、少し震えた。気温も下がってきたし、寒いのだろう。
俺のコート掛けてやると、柔らかに微笑んできた。
「楽しかった…こんなに楽しかった時間、人生で二番目くらい」
「そこは一番って言っといてよ…」
キラキラと輝く景色に、瞳に、吸い込まれそうになる。
ああ、この子は麗奈の妹で、それでいて、本当に綺麗な女性だと、無理やりに意識させられる。
「香奈ちゃん、何か話したいこと、ない?」
「………なにそれ?」
「だから突然俺の家来たりしたんでしょ?」
「…君のように察しのいいお兄ちゃんは嫌いだよ」
香奈ちゃんはため息をついて、足をぶらつかせる。
「あの時お母さんがくれた手紙にね…書いてあったの。私たちを置いて何処かに行った後にね結婚して…お金持ちになったんだって」
「……………」
「子供も…できたんだって」
楽しかった時間が、消えゆくように、淡く、脆く、消え去っていくのを感じた。
そのかすれていく涙声が痛くて、辛い。
「それで、私の手術のお金出してくれるって」
「それって…!」
それは、麗奈が今まで一生懸命働いてきた理由…
「でも、よかったじゃないか!それで香奈ちゃんが治るなら…」
でも、それはいいことのはずだ。治るなら…例え、麗奈が仕事へのモチベーションを失ったとしても、それは喜ぶべきことのはず。
「この前の検査でね、もう、私の病気、かなり末期だって言われたの」
「………え?」
「治る可能性は、もう、一割くらいしかないって」
「…う…そ………」
「だからね、今日は最後に思い出がほしいなって。遊園地で思いっきり男の子と遊んだり、ポップコーンを食べ歩いたり…まぁ、車椅子だったけど。
ふざけて、笑って、冗談言って。たまに静かになっちゃって、そういう普通の女の子が憧れるような…少女漫画みたいな思い出がほしいって…思ったの」
「なんで…」
「ごめんね?重いよね。本当、迷惑だよね」
「香奈ちゃん…っ!」
そんな風に、言うな。
香奈ちゃんの方がよっぽど辛くて、そのたった小さな願い1つ叶えたくらいで、どうして謝らなきゃいけないんだよ。
「ごめんね…伸一くん」
風が舞う。その瞬間………花火が上がった。
その花火は綺麗なのに、どうしようもなく…俺を不安にさせる。
光を映す彼女の瞳が…揺らいだ。