第53話 きちゃった♡
「なるほど…だからテメェらはそんなに騒いでいたと…」
社長さんは俺たちを見下ろしながら、神妙な顔をして頷いた。
それにしても先輩たちはわかるけどどうして俺まで正座させられているのだろう…
「おい、お前ら…」
「「「ひゃ、ひゃいっ!」」」
そして社長さんの再びの怒りの叫びが………
「今すぐ母親を探せェ!!ぶっ殺してやる!!」
「「「よっしゃあ戦争だあ!!」」」
「いい加減にしなさい!」
週刊誌を片手に全員の頭を叩く樋口。
ってか社長さんの頭も叩くとか怖いもの知らずかよ…ってかなんで俺も叩か(以下略)
「そんなことしたって誰も喜ばないってことくらいわかりますよね?」
「だって美香ちゃん!」
「山橋が…」
「麗奈が、かわいそうじゃない」
だが今回は先輩たちも折れない。
「だからこそ、今はちゃんと見極めて麗奈さんを支えなきゃいけない時なんじゃないですか?」
「っ…」
「そ、それは…」
「……………」
でも、すみません。
俺、実は内心喜んでます。だって、こんなに麗奈のこと想ってくれる人たちがいる。
怒って、怒られてくれる人がいる。それが今のあいつにとって一番必要なことだと思うから。
「それで…結局麗奈はいつ復帰できるんだよ」
でも、こういう立ち回りの人も、必要ではあるんだ。
社長さんは俺を見据え、問いかけてくる。
「麗奈がいないとこの会社は成り立たないんだぞ?ぶっ殺すどうこうは置いておいたとしても、障害は取り除いておいたほうがいい。
こういうことは言いたくないがな、今麗奈が母親のことを思い出せないなら、それを好機ととらえ、いち早くその母親の接触して、もう近づかせないようにすべきだ。
支える支えないの問題じゃない。麗奈には早く、自立してもらわなきゃ困るんだ。そうしないと…」
香奈ちゃんがいなくなってしまったら、どうにもならなくなる。
そんなことわかってる。
でも、今の麗奈に無理に仕事をさせてどうなるっていうんだ?
それで救われるのは一時的なもので、将来的に見たら…はは、なんだ俺、こんなに必死になって麗奈の言い訳を探している。
馬鹿、みたいじゃないか。
でも、俺が。俺が守ってやるしか、ないんだ。
「社長さん、俺は…っ!」
「社長さん、私、やります」
「………え?」
意気込んで俺が話そうとした瞬間、樋口が口を挟んできた。
やります、と言った彼女の言葉の意味。それは…
「本気なのか樋口…?」
「はい。そんなに深刻そうな顔しないでくださいよ。私はこの前、みなさんにあまりにたくさんのものを貰ったから…だから、少しでもこの会社に恩返しできたらって…ただ、それだけなんですから」
「………いいんだな美香。もう後には引けなくなるぞ?」
「はい、いいんです」
そう言い切る彼女の目には迷いがなく、俺はが口を挟むなんてことは、とてもできなかった。
「そうか。石田、お前はどうする?
このまま何もしないでいるのか、それとも…」
社長さんは樋口をちらと見て、またまっすぐに俺を見つめてきた。
「美香を、日本一のアイドルに…麗奈と対等になれるくらいのアイドルに仕立て上げるか」
「っ…」
そんな言い方って、ない。
こんなの、選択肢なんてないじゃないか。
「やります…樋口のマネージャー…やらせてください!」
樋口を、そして麗奈を助けてやれるのは、これしかないのだから。
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それから、俺は樋口のマネージャーとして働くことになった。
デビュー前の彼女は歌こそ一級品なものの、まだまだダンスなど足りないところが多く、レッスンは続いた。
時々病院にも顔を出すようにしたが、進展はなく、麗奈は香奈ちゃんのそばから離れられないし、香奈ちゃんも香奈ちゃんで体調は回復しない。
それでも時は経ち、樋口のデビューライブが決まった。
それに向けて練習はハードさを増し、したがって俺の仕事も大量に増えていく。
でも、樋口があまりに真剣で、全力だったから、俺が妥協するなんてこと、できなかった。
そんな11月も中盤に差し掛かろうとした、秋のある日曜日。
珍しくオフが取れ、大学も休み。
特にやることもないので香奈ちゃんの見舞いにでも行こうかと思った、その時だった。
ぴりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりりり………
携帯の着信音は、いつもベストなタイミングでくるな。
雅也か、もしくは今井か。最近見てないけど元気してるだろうか。
あいつ、麗奈の活動休止聞いてから調子が悪いらしいけど…いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
と、見た画面には今まで見たことのない番号からかかってきていて…
「もしもし…」
「やぁお兄ちゃん」
「香奈ちゃん!?」
しかも、その人物とはひどく意外で。ってかそもそも番号教えた記憶ないんですけどいつの間に…
「でさ、今日暇なんだよね」
「暇という概念が香奈ちゃんにあるのかと問われると微妙なところだと思うけど…そうだ、今から病院行くから何持って行こうか悩んでいたんだ!
何か食べたいものある?」
「お兄ちゃん、そんなに女子中学生に媚び売って恥ずかしくないのかい?」
「………さすがにお兄ちゃん傷つくわ…」
「自分でお兄ちゃんとか言わないでくれる?ちょっと引く…」
「理不尽!?」
あれ、なんか今日香奈ちゃん元気じゃない?
「で、何の用だったの?」
「ああ、忘れるところだった。今日暇だからさ、一緒に遊びに行こうよ」
「遊びにって…中庭くらいしか行くところなくない?」
「いいや、そうじゃなくて…連れて行って欲しいところがあるんだ」
「外出許可出てるのか?」
「………………」
「…………………………」
「連れて行って欲しいところがあるんだ、一回も行ったことなくて…」
「をい」
「まぁ兎にも角にもまず、外に出てみてよ」
「外って…まだ朝だし着替えてないし…」
「いいから。扉開けてみて」
「開けてみてって…」
しかし、いい天気だな。
最近曇りが多かったからこういう陽気がとてもありがたく思える。洗濯物も干せるし。
今は午前9時。やることがたくさんだ。
そういえば新聞を取ってない。
そう思って扉を開けてみることに。いや、決して嫌な予感がして確認せざるをえなかったとか、全然そういうんじゃないんだから勘違いしないでよねっ!
「…きちゃった♡」
「こんなオチだろうとは思ってたよ!」
俺の家の前には、車椅子に座った小さな茶髪の美少女、山橋香奈が、笑顔で佇んでいた。
そしておそらく、病院を抜け出してきたのだろう。服が入院服のままだ。
「今頃どれほどの人が探しているか…さ、帰ろ」
「え、嫌だよ!ここまで来るのにどれほどのコネを使ったと思ってるんだい!?」
「香奈ちゃんは病人なんだぞ?おとなしくしてなきゃ…」
「お兄ちゃん、お願い。きっとこれは、私の一生のお願いになるから」
「っ…」
一生のお願い。その言葉をそこらへんのお調子者が言うのと、彼女が口にするのとでは違いがありすぎる。
「話だけは聞いてあげるよ…」
「やった!さすがお兄ちゃん!」
「で、どこに行きたいんだよ」
別にお願いお兄ちゃんと言う甘い誘い文句に乗せられたわけじゃないんだから勘違い…え?しつこい?
香奈ちゃんはたくさんあるんだけど…と、ブツブツ独り言を言い、それから笑って答えた。
「夢と著作権の国!」
「いろいろな意味で無理だから!!」
そう、あの搾取厨の国へ行こうだなんて。ねずみなだけに!!