第50話 幸せ
曲は明日投稿します!すみません!
「♬春風運んでった♬」
「♪君のいた場所に♪」
「「♬♪揺れる花びらがそっと………♪♬」」
一気に静かになった大学内野外ライブ会場に、二人のアカペラが響く。
今日初めて合わせたとは思えないほど合っていて、その場の空気は一斉に彼女たちに支配される。
でも、今日はそれじゃあダメなんだ。
だって、これは歌唱研究部の出し物なのだから。
ピックを握りしめ、思いっきり弾く。
演奏が始まる。バックコーラスのみんなもしっかりと声が出ており、前奏は完璧と言えるだろう。
このステージを、麗奈にも樋口にも独占させない。共に高めあい、響き合って“みんなのステージ”にしてみせる。
だから、ミスは許されない。
「いくぞ!!!!」
「「「「「押忍!!!!」」」」」
すると、客席から「はい!はい!」というコールが上がりだした。
…この声は…蓮見先輩か。声の方向を見ると、美月さんと博多先輩も一緒になって手を振り上げていた。いつの間に客席を訓練したんだか、田村◯かりさながらの一体感だ。
そしてイントロは終わり、Aメロへ。まずは麗奈から。
「♬桜が舞った日には
思い出すよ
間違い怒られたら
隣で励ましてくれたこと♬」
会場がざわめく。まだ始まったばかりだというのに、彼女の歌に、心を打たれてしまっている。
さぁ、次は樋口だ。
ボイストレーニングをしてきたとか言ってたけど、いったいどれほどなのだろうか。始まる前結構緊張してたみたいだし、大丈夫かな…
「♪蝉が鳴く頃には
思い出すよ
空
海ではしゃぎ笑い
花火を見て泣いていたこと♪」
なんていう俺の心配がいかに烏滸がましいか、よくわかった。
こんなの、初めて麗奈の歌を聴いた時以来の衝撃だ。
あの時は、自分に近い何かを感じ、今回は純粋に歌唱力に驚かされる。
正直、純粋な歌だけでは麗奈より上手いのではないかとさえ思えるほどだ。
そして、それは観客にもしっかりと伝わったらしく、驚きと感嘆の声が入り混じった拍手が湧いた。
「♬巡り会えたこと
音を重ねたこと
感謝しても仕切れないよ♬」
「♪走ったあの時は
決してなくなりはしない♪」
でも、麗奈だってさすがだ。プロとしての意地を見せつけている。
そして…
「「♬♪宝箱の中でずっと守るよ♪♬」」
二人の音が、重なる。
「♬春風運んでった
君のいた場所に
花びらが舞った
綺麗だねって笑ってた♬」
「♪過るその声が
幻だと分かったって
残響
消えはしない♪」
すごい。いや、語彙力なくてうまく表現できないのだが、とにかくすごいのだ。
二人とも、びっくりするくらいカッコよくて、可愛くて、そして…楽しそうだった。
じゃあ、俺も負けてられない。
慎重に、でも大胆に、ギターを奏でる。
邪魔にならないように、とかじゃない。あの中に、入りたいのだ。
その瞬間………
二人と、繋がったような浮遊感がした。
***********************************
これは、なんだろう。
今、あたしは歌っていて、隣には美香がいて、後ろには伸一がいて。
頭がふわふわして、自分の意識がどこにあるのか、わからなくなる。
×
この胸の高鳴りはなんだ。
この熱く込み上げてくるものはなんだ。
みんなで一緒に音を奏でた。その一体感がこの感覚だというなら、私はどう歌えばいいのだろう。
「♪木々が色づいたら
思い出すよ
喧嘩の後二人、握手して抱き合ったこと♪」
こんなことも、あった。
×
「♬雪が舞う頃には
思い出すよ
白い息を吐きながら
雪玉ぶつけ合ったことを♬」
これ、よく聞けばやっぱりあたしたちの歌じゃない。
今までどうして美香がこの曲を書いたとわからなかったんだろう。いや、それはあたしが、今まで目を逸らしてきてしまったから。
×
「♪側にいれたこと
それが永遠じゃないこと
本当は前から分かっていた♪」
そう、この歌は、私の歌。
麗奈さんへの…みんなへの、“好き”の詰まった歌。
なら、正直に好きの思いを告白しよう。
×
「♬でも頭の中に
強く刻んだ君が♬」
でも、今はもう違う。
隣に、美香がいる。
それだけで、どこまでも、どんなことだってできる。
だから———
×
「「♬♪この想い嘘ではないと叫ぶよ♪♬」」
×
「♪木枯らしが舞って
君に届いても
笑顔のままいてよ
どうか泣かないでよ♪」
「♬せめて美しい
淡い桃色の陰で
隠す………♬」
その瞬間、二人とも俺を見る。
なんだよ、客席見ろよ。俺結構器用なんだから、ギターくらい余裕だって。
いや、逆に失敗を待っているとか…麗奈ならありそうだな。
全く…こんな曲弾かされる俺の身にもなってほしいってもんだ。
だって…お前ら、仲良すぎるだろ。どんだけお互いのこと大好きなんだよ。正直痛いくらいだよ。
一つ一つのフレーズから好きが溢れてきていて、甘いその歌声に、皆蕩ける。
そこに少し苦味のある歌詞が加わって、最高のバランスになる…はずだったのに、これじゃ甘みが多すぎる。
これがステージじゃなかったらドン引きだと思うぞ、みんな。
ほら、そろそろ前向けよ。もう、Cメロが始まるだろ?
×
「♬空が繋がっているように
僕らも繋がれたならば♬」
なによ、あんたに急かされなくたってわかってるっつーの。
別に、心配してみたわけじゃない。いや、これはツンデレとかそういうんじゃなくて、本当にそうなんだ。
ここに美香と一緒に立ってる。そんなあたしのわがままを叶えてくれた男を、少し見たくなっただけ。
×
「♪そしたらまた会おう
ずっと一緒にいると誓おう♪」
ここに、私がいる。
麗奈さんの隣で、歌を歌っている。
こんな馬鹿げたこと、昔の私に言ったら絶対に大笑いされている。
ああ、こんなに幸せでいいのかな。
大好きな麗奈さんがいて、大好きなみんながいて、大好きな先輩がいて…
もし、この恩を少しでも返せるなら、私は今ここで力尽きても悔いはない。
だから先輩、見てて。
私を、見ていてほしい。
×
ああ、そうか。そういうことか。
結局あたし、そういうことだったんだ。
でも、仕方ないよね。
こんな風にいつも助けてくれて、いつも守ってくれて、わがまま聞いてくれて、優しくて、大事にしてくれるんだもん。
ずるい。こんなに私の心を満たしておいて、何も知らない顔でいるなんて、ずるい。
だから、最後に。
×
今は、今だけは、麗奈さんにだって負けたくない。
先輩には、私だけを見ていてほしい。
何にも知らない顔でいさせてなんか、もうあげない。
だから、最後に。
×
「♬数ある星の中
君を見つけたよ♬」
「♪遠い夢の畔
映る今がある♪」
———私の“音”で、気付かさせてやる———
***********************************
「「♬♪春も夏も秋も
冬だってどこにいたってずっと僕は…♪♬」」
ラスサビ。二人のアイドルは見つめ合い、音を響かせあう。
「♬ずっと………♬」
「♪君を………♪」
「「♬♪愛してる♪♬」
涙がこぼれそうになるのを必死でこらえ、ギターを弾く。
最後、この演奏を汚すわけにはいかない。しっかりと、俺の手で締めるんだ。
そして最後にコードに触れる。
ジャーン、という音が、この楽しすぎる一時の終わりを告げた。
熱狂する会場。見れば先輩たちは号泣している。
ああ、離れたくない。少しでも長くこの場にいたい。
この感覚を味わってしまえば、もう後には戻れない。
それくらいに、素晴らしい時間だった。
***********************************
「ののちゃん?」
「あ、今ちょっと話しかけないで。感動に浸ってるの」
「そ、そう…」
「で、何の用?」
「ううん、足大丈夫かなって思って」
「あっ!痛い!めちゃめちゃ痛いわ!!」
「えい」
「うわっ!なんてことするのよ!捻挫した女の子の足を叩くなんて!」
「嘘でしょ?」
「………………あんたのように察しのいいガキは嫌いよ」
「年上なんだけどなぁ…」
「そういうあんたもいろいろ手を回してたじゃない。風間プロのみんなを呼んでおいたり、衣装を美香に合わせておいたり」
「親友だからね」
「なにそれ、ちょっとかっこいい」
「惚れた?」
「それはない。どこ探してもない」
「……………………」
「ま、お疲れ様」
「ののちゃんも、お疲れ様」
***********************************
「はぁ、終わったな」
「…そうね」
「凄かったな…あんなに興奮したの生まれて初めてだったかも!」
「…そうね」
「お前が終わった後ちょっと付き合えって言ったんだからもうちょっと喋ってもいいじゃん…」
そんなこんなで俺と麗奈は二人で片付けを抜け出し、人気のないベンチに腰かけていた。
ちなみに雅也は一発◯ってくるのか?後で感想を…とか言ってたのでぶん殴っといた。
「…ねぇ、変なこと聞いてもいい?」
「え?ああ」
「美香のこと…好き?」
「え、そりゃあ当たり前だろ?」
「そう…って、そうじゃなくて」
やっと話したと思ったら、そんなことを聞いてきた。
しかし、どうやら麗奈の望む答えではなかったらしいな。
「恋愛的に…その、ラブしてるのかっていう意味で」
「そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「るっさいな!」
ちょっと煽ったら蹴られてしまった。うん、いつも通り理不尽で痛い。これでこそ麗奈だ。ってかラブしてるってなんだ。
「それな…ま、結局よくわからないんだ。今も」
「え?」
「好きとか、そういう感情小学三年生以来だからさ、よくわからないんだ。
でも、今俺にとっては樋口は大事で好きだし、それと同じくらい麗奈だってその…あれなんだよ」
「あれってなによ」
「あれはあれだよ!」
こんなところでもヘタレ主人公っぷりを発揮しつつ、顔を背ける。
「ねぇ、あたしのこと、好き?」
「…それは、どういう…?」
「ラブしてるかってこと」
「それ定着させようとしたってぜったいしてやんないからな!」
というか、顔逸らしてるからわかんないけどめっちゃ近い!息が首筋に当たってるんですけど!
ってか今日の麗奈さんもどうしたんですか!?ライブの熱に浮かされるなんて麗奈にあるわけないし…
「いや、そういうのじゃ…」
「じゃあ、嫌い?」
「う………」
その二択は、卑怯だ。ってかこの質問答えるのは必須ですか?
「あー!わかったわかった言いますよ!そりゃ、どちらかといえばす…」
「」
「………………………はえ?」
いま、「」の間に何が起きた?
ってかまだ“き”とは言ってないんだけど…ってか、俺の頬に残るほのかな甘い感触って…え、何、なんなのこれ…え?
「なに、やってんの、あたし」
「ちょ、麗…」
「ごめん、忘れて」
「あ…」
何が起こったのか、そしてなんの意図があったのか、全くわからないまま麗奈はどこかへ走り去ってしまった。
「いや、まさか」
さすがに夢だろ。と、思いつつ俺はベンチに横たわり、泥のように眠るのだった。
***********************************
「………………先、輩…………」
三本の缶ジュースが、地に堕ちる。
***********************************
「はっ…はぁっ…………」
なんてことをしてしまったのだろう。
美香は、あいつのことが好きなのに。
たとえあたしがあいつのことを好きだとしても、やってはいけないことだったのに。
一時の感情で、ひどいことをしてしまった。
せっかく仲直りできたのに、明日からどんな顔で会えばいいのか、わからないよ…
「麗奈!」
「ひうっ!」
急に呼ばれてつい変な声が出てしまった。
ここはライブ会場跡地。解体はほぼほぼ終わっており、人はまばらだった。
「ど、どうしたの美月…?」
まさか、見られた…わけないか。誰もいないことは確認してたし。
でも、美月の顔はそんなあたしの焦りなんかより、ずっと深刻な顔をしていて………
「香奈ちゃんが…」
その一言で、上気しきったあたしの体は、急速に熱を失っていった。
「……………………え?」