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第49話 『ずっと』

 

「お、来た来た!伸一!出番もうそろそろだぞ!」

「はぁ…はぁ…もうそんな時間か…」


 美月さんの車で急いで大学に帰り、やってきたらもう午後3時50分。


「でも大丈夫。時間押してるから、もうちょっと余裕ある!」

「わかった!ありがとう!」


 時間はあと15分くらいと考えておこう。

 先輩方はもうさっさと観客席についてしまった。ってかあんたら、そう言えば仕事はどうしたんだ。

 でも、そんなことを言っていられる余裕はない。だって、この時になって。


「嫌です〜!私にそんなひらひらしたのは似合いません!」

「ここまで来といて何言ってるの!?あ、ちょ、逃げるな!」

「いい加減にしてくれよ…」


 樋口さん、どうやらステージ衣装が気に入らないみたい。

 スカートの下にジャージを履き出した。海◯ちゃんじゃないんだから…微妙に隠せてないし。

 すると樋口は俺の足にしがみついてわめきだした。


「先輩は私の味方ですよね!?」

「よくやったわ伸一!そのまま脱がせなさい!」

「何言ってんだお前!?」

「先輩…もう、私の味方は誰もいないんですね…(レイ◯目)」

「そんなヤンデレラな対応はいい!諦めて着がえろ!」

「制服でいいじゃないですか!1期第13話でも制服で…」

「お前が休日何をしているのかについては追求しないがほどほどにしとけ!」


 二期決定の時の喜びを、僕は忘れない。

 ちなみに推しはエ◯ち…


「えい」

「きゃああああああ!!!!」

「どわっ!」


 そんなやり取りの隙を見て、麗奈が一気に樋口のジャージを下げてしまった。

 その勢いでわずかにめくれたスカートからピンクの…いや、これ以上は言うまい。睨まれてるし。


「見ましたね?」

「トテモカワイイイショウデスネ!」

「石田先輩…っ!」

「すみませんでした」


 ほら!謝るから足を踏むのはやめて!


「でも、やっぱりこれは恥ずかしいですよ…」

「サイズぴったりじゃないか」

「そういう問題ではなく」

「似合ってるよ」

「そういう問題でもなくて…ああ、もういい!」


 樋口は顔を真っ赤にして何処かへ歩いて行ってしまう。そんなに怒らせてしまったのだろうか。でも、確かに似合っていたんだ。

 女子高生の制服を魔改造したような衣装で、チェックのスカートにひらひらレース、ブラウスの上に金色に輝く装飾が施されたブレザーなど、まさにアイドル感があふれる衣装…え、イメージしにくい?A◯Bの「言い◯メイビー」で検索してください。あんな感じです。(逃げ)


「で、さっきから何睨んでるんだよ」

「別に。随分と仲よさげだと思って」

「はぁ?別にそういうんじゃねぇよ。何怒ってんだ?」

「知らない!」

「はぁ…」


 ちなみに麗奈もおんなじような衣装なのだが、これがまた似合っている。

 すれ違うたびにはっとするくらい可愛いのだが、悔しいので絶対に言ってやらない。


「ねぇ、伸一」

「なんだよ、まだなんかあんのか?」

「いや、そうじゃないけど…その…」

「もしかしてお礼とか?」

「なっ…!!?」

「いや、最近そのパターン多いからさ、そうじゃないかと思ったんだよな?」

「この…このクズ男…っ!!」

「って冗談…うわっ!危ないだろ石投げるな!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!」


 この女、地面に落ちてる小石投げて来やがった。痛い。

 本当意味わからん女だ。


「おい、そろそろ伸一も着替えろよ」

「…え?」


 すると、後ろから気障ったらしい声が聞こえてきた、雅也だ。

 さらに後ろにはピアノの女の子と、なんというか…肩出し革ジャンという時代錯誤なロックアーティスト風の格好をした部長もいる。


「着替えるって…え?」


 雅也は俺に紙袋を渡してきた。

 なんだこれ、と、中を開けると…


「い゛っ!」

「どうだ、俺らの青春が染み込んだ制服だぜ?」

「お前どこから…」

「え?当然お前の家から」

「今すぐ持ち物全部晒せェ!!」


 そう、中にあったのは北倉高校の制服。懐かしの学ランだった。

 こいつがいつ俺の家の合鍵を入手していたのかは知らんが、警察に訴えてやりたいくらいだ。


「ってかお前も着てるのな」

「ああ、俺の学生服姿には需要があってな?」


 少し後ろを向いてウインクをすると、ピアノの子がふらりと部長に倒れかかってしまった。ここであの子を骨抜きにしてどうすんだ。


「これに着替えるのか…コスプレだろこんなの…」

「大丈夫、それは全員一緒だ」


 見れば、コーラス隊のみんなも学生服を着ている。ノリノリじゃねぇか。

 しかし、俺だけ引くということはできないらしい。


「(じっ…)」

「(じっ…)」

「お前らは最後に合わせでもしてろ!」

「…本当、こんなに可愛い子二人がどうしてお前なんか…」


 最後の雅也のセリフはちょっと何言ってるかわからなかったのでスルーするとして、早く着替えに行かねば。

 荷物を持ってステージ裏に向かった。すると…


「よぉ」

「…こんにちは」


 社長さんがいた。

 空を見つめながら立っている様はなかなか絵になっていて、ダンディズムのなんたるかが感じられる。


「喫煙は専用の場所でお願いします」

「ああ、そうだったな」


 でも、ルールは守らないとな。


「お前、美香を連れ戻せたんだな。

 あの子は頑固だ、結構骨が折れたろう?」

「ええ、まぁ…」


 意外だった。

 正直、あれだけのことをしたんだから、裏でボコボコにでもされるんじゃないかと思っていた。

 この鷹揚な態度は、一体なんの意図があってのものだろう。


「美香は…さ、子供の頃からあんまり自由に何かをするとかってできなかったんだ。

 そしてその積み重ねの末に、今までのようなことにもなった。でも、それはある程度仕方のないことだと思わないか?

 不幸だとか、幸運だとか、辛いとか、幸せとか…いい方ばっかり取る、なんてことはできない。

 美香は、確かに不自由ではったが、生活に苦は全くなかった。じゃあ、麗奈はどうだ?アイドルという職を失ったら、どう生きればいい?

 金はない、家族もない。学歴だけはどうにかしてつけてやれたが…それも所詮ハリボテだ。

 だから、俺は麗奈ができるだけ長く、安全に生きていける方を選んだ。

 例えそれが美香を切り捨てるような選択だったとしても、間違っていたとは思わない。それは今だって変わっていない。

 だけど…あんな風に必死になられちゃ、な?

 麗奈が…ののが…お前たち風間プロの仲間が、あんなに必死になってるんじゃ、まるで俺が悪者みたいじゃないか」

「……………」


 確かに、ラスボスとか言った気がする。


「ま、しょうがねぇよな。だから、後処理は任せとけ」

「…え?」


 社長さんは俺の方をポンと叩き、笑いかけてきた。


「ステージ、応援してるぞ?すごいもん見せてくれないと割にあわねぇ」

「…はい!」


 言い残すと、客席の方へ歩いて行ってしまった。

 社長さんも、きっと樋口に行って欲しかったわけじゃない。仕方なかったんだ。

 会社のため、香奈ちゃんのため、そして…麗奈のため。

 いいことばかりでは済まされない世界で、必死に抗っているのだ。

 じゃあ、俺ができることは…やっぱり、そうはない。

 でも、今目の前にあるこのステージをしっかりとやりきることが、俺のできる最大の貢献だと思うから。


「よし!!」


 気合を入れ直し、着替え、ステージに向かう。

 今から、俺史上最大の大舞台が、始まるのだ。




 ***********************************




「それでは今回、冬海祭2016!スペシャルゲスト兼、歌唱研究部協賛の、ミラクルステージ!

 山橋レナ&今井…って何よ、今本番司会中なんだけど…え、変更?誰が?…は!?今井のの出ないの!?マジ!?

 お客さんすごいがっかりしてるよ…どうすんの雅也くん…え?もっとすごいの用意してる?何よすごいのって…とにかく始めろ?

 ったく人使い荒いんだから…って、本当!?本当に学祭終わった後一緒にデートしてくれるの!?

 やったー!そんなわけでみなさん、歌唱研究部 feat.山橋レナ&樋口美香さんですどうぞー!!!!」


 なんだあのひどい進行は。まぁいい。確かに今井が出れないっていうのを伝えられなかった俺たちが悪いんだ。

 っていうか、今井どこにいるんだ?


「先輩」

「ん?」

「似合ってます…すごく。私、懐かしくて…」

「ありがとな。じゃ、がんばろうぜ?」

「はいっ!」


 樋口はステージに駆け出していく。

 すると、次に来る彼女は、俺のわき腹をつついて意地悪そうに笑う。


「よく似合ってるじゃない」

「ありがとよ。お前もな。コスプレみたいで」

「コスプレはあんたもでしょ!?」

「なんだよ」

「なによ」


 睨み合う俺たち。

 そして………


「ぷっ…」

「ははっ…ははははは…」


 なんだか懐かしいやりとり。

 こういう、気の置けない友達とのやりとりって、いいよな。

 ………友達、か。


「このライブが終わったら、ちょっと付き合いなさい」

「え?」

「じゃ、頑張るわよ!!」

「お、おい!」


 麗奈は自分の言いたいことだけ言ってステージに上がってしまった。

 どっと歓声が沸くのがわかる。

 正直このプレッシャーは尋常じゃないんだけど…そろそろ楽器隊もステージに上がらねばならない。


「それじゃあ伸一!行くぞ!」

「おお!」


 俺は雅也に引かれ、歌唱研究部のみんなと一緒に壇上へ。


「それでは色々アクシデントがありましたが、とてもいい新曲なので聞いてください!」


 ああ、こんなにも眩しいのはきっと照明のせいだけじゃない。

 麗奈と同じ世界を、今俺は見ているのだ。


「歌います!せーの!」


 麗奈と樋口は声を揃えて叫ぶ、二人の曲の名は———




「『ずっと』」




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