第47話 馬鹿な人
ドヤ顔で立ちふさがるその巨漢。
年は俺の方が全然若いとはいえ、あんた芸能事務所の社長だろと問いただしたくなるような太い腕、屈強な脚。
…どうやったら勝てるんだ?
「どうして邪魔をするんです?」
「決まってるだろ?会社のためだ。
美香を俺たちの会社に戻してしまえば、芸能界で大きな権力を持つ長澤浩一の攻撃を受けてしまう。
そうして仕事を消されていってしまえば、残るのは破滅のみ。
石田…お前は賢い。だから、それがわかるはずだ。だから今まで何もしなかったんだろう?」
「っ…」
確かにその通りだ。さっきまで俺もそう思ってた。
でも、今は違う。
「伸一…信じてる…」
こうやって、麗奈が隣で俺を信じる限り、俺が立ち止まることはない。
うん、ないんだけど…
「そうか、なら…しかたねぇなぁ…?」
「ひっ…」
「伸一…あんたビビってるの…?」
「うるせぇ!いくら勇者だってレベルとか装備とか整わなきゃ魔王には勝てないんだよ!」
ゴキリと社長さんの肩が鳴ると背筋が凍りそうになる。
言い訳してビビっている俺は確かに情けないけど、まじ全然勝てる気がしないんだよ…どうしよう、美月さんの待つ車まではあと少しなのに。
するとそこに………
「待て待て待てい!!」
「ここで会ったら100年目!」
「あらよっ!お二人ともかっこいい!」
「何やってんですか先輩方…それに雅也まで」
雅也によいしょされつつ現れた二人の男。
学ランを羽織り、いかにも昭和のヤンキー風な体で俺と麗奈の前に立つ。
「ここは俺たちに任せて、先に行け」
「あんたらやっぱりこれがやりたかっただけじゃないだろうな…」
「何言っているんだ石田、俺は別にお前の秘蔵写真をくれるというお前の友人につられてここにいるわけじゃないんだから勘違いしないでよねっ!」
「博多先輩と雅也はあとでしばくとして、社長さんに勝てるんですか?」
社長さんは俺たちに睨みを利かせ、拳をこきこきと鳴らしている。
「テメェら、この俺にその口の利き方…そしてこの会社に対する重大な裏切り。いいんだな?給料から差し引くぞ?」
「「卑怯な!!」」
「先輩…」
やっぱりダメそうだ。大人は金に勝てない…っ!
すると、俺の肩をポンと叩く雅也。
「ふっ…勝算はある」
「本当か雅也!」
さすが、なんだかんだ頼りになる親友!
雅也は両手を天に掲げ、高らかに叫ぶ。
「遠征は終わらぬ… 我らの胸に彼方への野心が有る限り…… 勝鬨を上げよ! 」
こ、この言葉は…っ!!
「|王の◯勢《ア◯オニオン・ヘタ◯ロイ》!!!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」」
雅也の叫びとともに一斉に飛びかかる歌唱研究部員と先輩二人。か、かっこいい…(錯覚)
ちなみに雅也は一番先頭で走って行ったから一応原作再現ではある。すぐぶっ飛ばされたけど。
「他力本願で自分すぐやられたけどナイスだ雅也!麗奈、走れ!」
「わ、わかった!」
「くそっ…しまった…!!」
数に押され、うまいこと動けない社長さん。
その隙を突いて、俺たちは車までたどり着くことができた。
「さ、すっ飛ばしていくわよ!」
「お願いします…でも、あの二人は…?」
今も勇敢に社長さんという化け物に果敢に挑んでいる先輩二人。
それが何のためなのか、知らない美月さんではないだろう。
彼女は頷くと、窓を開け叫んだ。
「そうちゃんとはすみんも、いい感じに時間を稼いだら早く空港に来るのよ!!」
「あ、それは…」
あの伝説の言葉へのフリ…
「はぁ…はぁ…美月…(さん…)」
そして、二人の勇者はわざわざ戦場から出てきて、背中をこちらに向けてきた。
「「時間を稼ぐのはいいが…別にあれを倒してしまっても構わんのだろう?」」
「美月さん出発!もう全速力で出発!!」
付き合いきれん。時間がないんだ。
美月さんがアクセルを踏み、車は高スピードで道路を走っていく。
「間に合うかな…」
「間に合う!」
俺は麗奈の手を取って力強く言った。
俺たちは、まだ終われない。
まだ、一緒にやりたいこと、たくさん残っているんだから。
「任せときなさい!」
それに応えるように、車は速度を上げる。
空港までのタイムリミットは、着々と近づいていった。
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「美香。そろそろ行くぞ」
「…はい」
時刻は12時30分。
そろそろゲートを通る時間だ。
目の前にある、こんな受付のお姉さんがいるだけの小さなゲートをくぐっただけで、後には戻れなくなる。
パスポートの発行手違い…なし。チケット買い忘れ…なし。
ああ、私、アメリカ行っちゃうんだ。
結局送別会もやれなかったなぁ…麗奈さんに、ちゃんと謝れなかったなぁ…
次会えるとしたら何年後だろうか。
きっと、麗奈さんはすごいアイドルになっていて、もしかしたら世界進出してあっちから会いに来てくれるかもしれない。
…いや、ないか。きっと、私の顔なんて見たくもないはずだ。
行き場がなかった私を助けてくれた風間プロのみんな。本当に優しかった社員の皆さん。思い出すだけで涙が出そうになる。
でも…私の心を一番かき乱すのは…
私がいなくなったら、麗奈さんと付き合うのかな。麗奈さんはアイドルって立場もあるから大変だろうけど、二人ともすごく仲いいし…お似合いだし、きっと乗り越えていけるよね。
麗奈さん、麗奈さんはきっと私の気持ち知ってると思うから、迷うだろうけど、別にいいからね?
…って、どうして二人がくっつく前提なんだろ。
でも、そうなっても、そうならなかったとしても、二人には私のことなんか忘れて、幸せになってほしいなぁ。
私のことなんか…忘れて…
「美香、早くしなさい」
「すっ…すみません…」
父親に急かされる。両親と兄も待っている。
ああ、これがホームドラマとかだったら、きっと家族の再生なんていう明るい話題になったんだろうな。
こぼれそうになる涙を仕舞って、ゲートをくぐる。
「っ…」
でも、なぜか、振り向いてしまった。
もしかしたら…いるんじゃないかって…そんな…気がして………
「そんなわけ、ないじゃない」
視線の先にあったのは、雑踏のみ。
そこには誰一人知っている人の姿なんてなかった。
———さよなら、みんな。
心の中で、そっと呟いた。
「美香っっっっ!!!!」
「っ!!?」
おかしい。
聞こえるはずのない、声がする。
嫌だ。振り向きたくない…振り向いちゃダメだ…確認して、いなかったらきっと私は泣いてしまう。
それだけは嫌だ。家族にそんな姿、見せたくない。
「…んぱい………」
見せたく…ないのに…
「先輩………っ!!!!」
どうして振り返っちゃうのよ…私の馬鹿。
振り返ると目に入る、息を切らせながら雑踏の中で私の名を呼ぶ、男の人。
いつも迷ってばっかりの、ヘタレな人。
いつも誰かのことを考えてしまう、変な人。
でも、いつも頑張っていて、優しくて、かっこよくて、大好きな人。
「どうして来ちゃうんですか…先輩の馬鹿…っ!!」
そしてどうしようもなく、馬鹿な人。