第45話 最後
冬海祭。
伝統ある冬海大学が誇る非常に大きな学祭で、多くの外部客、そしてその中でも多い来年の受験者に大学の魅力をアピールする大きな場である。
この日のためにいろいろな団体が準備を重ね、若気の至り…じゃなくて、全力で馬鹿をやったり、真剣に何かを発表したりする。
そして、全三日ある冬海祭のうち、今日は二日目。
歌唱研究部の出番は最終日、つまり明日なのだが、俺は大学に来ていた。
コミケまがいのコスプレ女子大生を見たいわけでもなく、はっちゃけている学生を見て嫉妬のあまり中指を立てたりするためでない。
というか、今日はどちらかというと立てられる方なんじゃないのか?
だって…
「ね!伸一!あれ!あのたこ焼き食べたい!」
「お前さっき焼きそば食ったばっかだろ!自重しろ!」
「平気よあたしどんだけ食べてもそこまで太らないから!」
「そこまでってことは太ってんじゃねぇか!却下!」
ホント、全然そんなことないのだが、周りからしたらリア充カップルが乳繰り合っているように見えるのだろう。男子共の怒りの視線を感じる。
麗奈はもう大学にいることがほぼバレてしまっているようなものだから、前と同じような帽子とサングラスだけ、と言う変装では誤魔化せなくなっているはず。
なので、本日は博多先輩プロデュースの黒髪美少女JKコス(?)に身を包み、学祭に参加している。
ってか博多先輩これ何に使う気だったんですかもしかして使用済みですか?
そうだとしたら今すぐ麗奈のカツラと服をひっぺがさないといけないな…それやったらいろんな意味で死にそうだけど。
「おい、あらぬ疑いをかけるな。俺はノンケだ」
「そうだとしても女子高生の制服を所持している時点で色々とアウトだろうがこの変態!」
俺は振り返りつい突っ込んでしまった。ああ、今までずっと他人のふりしてたのに…
「はすみん!!次はあれ!あれ食べに行くわよ!」
「ちょ、ま、引っ張らないで…総司さん助けて!」
「美月、はしゃぎすぎるなよ」
「とか言いつつ総司さんも両手にめっちゃイカ焼き持ってるじゃないですか!」
「お前はどっちの味方なんだ太郎…」
「それ以前に仕事はどうした」
もはや説明はいらないと思うが、この人たちは風間プロの愉快な仲間たちである。ちなみに、みんな私服だ。
今日は仕事をほっぽり出して大学の学祭に来て…いやダメだろ完全に。
「大丈夫だって!電話は常に回線がパンクしてあるから出られないってことにしてあるから!」
「それ明らかにダメなやつでしょ早く戻ってください!」
しかも俺以上に満喫してやがる。
「俺は今日遊びに来たわけじゃ…あ、そろそろ時間だ。戻るぞ麗奈」
「あんまり大きな声で呼ばないでくれる?バレたらどうすんのよ」
という小言をもらいつつ、俺たちは今日の目的を果たしに向かう。
「あ、俺たちは吹奏楽部の発表見てるから」
「働け」
最近敬語を使えなくなっている自分に気づく俺であった。
「よ、デート楽しんできたか?」
「「デートじゃない」」
「息ぴったりだな…」
そんなわけでやってきた目的地。
雅也はいつも通りの軽そうな笑顔で挨拶を交わしてきた。
「そんな風に否定することないじゃない。一緒にお化け屋敷行ったり昼ごはん食べたりおやつ食べたり…」
「お前も否定したじゃん…」
不思議とむくれてしまう麗奈。
真顔になったり悲しそうな顔をしたり、泣いたり、怒ったり、呆れたり。
なんだかマイナス方向ばっかり知って行ってしまった気がするが、俺にとって未知の生物だった山橋麗奈との距離は、ここ最近…特に樋口がいなくなってからずっと近くなった気がする。
それはきっといいことなんだ。自分の暗い部分を人に見せられるって、あまりできることじゃないと思うから。
でも、それだけに辛い。
俺は未だに、彼女に“あの歌”の真実を話せないでいるのだから。
「ほら麗奈、早く発声練習して。午前は空けたんだから早く練習始めないと」
「わかってる。ピアノの子、いい?」
「は、はい!宜しくお願いします!」
麗奈の発生練習に付き合うピアノ伴奏の女子は、それはもうものすごく緊張していて、声が震えてしまっている。もう何回もやったんだから慣れてくれてもいいのに…
「ねぇ石田」
ちなみに、当日はバックコーラスに歌唱研究部選抜メンバーが入り、楽器は部内の経験者がやることになっている。余ったメンバーは裏方だ。
「ねぇったら!」
さて、やることもない俺は麗奈の練習風景を見ていよう。
「おい…」
「そんな目で見るなよ。さっきから聞こえてたって」
「え!聞こえてたの!?」
「その反応はどうなんだ…」
と、いうわけにもいかない。
「あんた、ちゃんと練習してきたんでしょうね?」
「そうだぞ伸一!」
「雅也…元はと言えばお前のせいで…」
理不尽に責め立てられ、その元凶たる雅也を睨みつける。
部室の隅にかけられている一本のギター。
それが、最近の俺最大の悩みのタネであった。
と言うのも二週間前———
「歌詞カードもらってない人いないかー?」
部長の太い声が響く。
俺たち歌唱研究部は麗奈の曲、今井の歌詞の用意ができた翌日にサンプルデータを配られた。
中には麗奈の弾き語りが入っており、部内のファンが多いに沸き立つ中、雅也だけがその曲を真剣な顔をして聞いていた。
「どうしたんだよ雅也」
「いや、これって楽器どうするんだ?」
「そんなのあれだよ、なんとかするんだよ」
「そうか…」
「うん………」
「そんなわけないだろ!」
「うわっ!雅也に突っ込まれた!」
屈辱だった。
「麗奈ちゃん、これってどういう編成でやる予定なんだ?」
「んー、ギターとベースとドラムは必要よね。あとキーボード。それと…」
「ほらこんなに!」
「それと…の先を言ってないんだけど…」
歌唱研究部は総勢10人。
「じゃ、とりあえず今の楽器の中でできるのがある人いるかー?」
静まり返る部室。とてもそれじゃあ軽音楽部と同じじゃんってツッコミを入れられる空気じゃない。
「おい…歌の方が練習楽だからとかめんどくせぇとか思ってるんなら許さんぞ」
低くなる部長の声にぎくっ…と、震える数人の部員。
まぁ確かに歌の方が楽だよなぁ…それに歌唱研究部というだけあって歌の練習だってちゃんとしてきたはずだ。今更楽器なんてやる気にはならないだろう。
でも…
「それどっちも同じ意味じゃないかっていうのはさておき、部長、ドラム経験あるって言ってましたよね?」
「氷見!?」
思わぬ伏兵が、部長の泣き所をついた。
「そうなんですか部長!?」
「そうなんですか!?」
「部長!!」
それに便乗し、皆一斉にさっきまでの萎縮モードを捨てて追及を始める。
…この部活黒すぎない大丈夫?
「待て!俺は確かにドラム経験者だ。だが、今回ドラムをやらないのには理由がある」
「…理由?」
雅也が尋ねる。すると部長はハンカチを取り出し、涙を拭う(ようなそぶりを見せながら)言った。
「この部活の部長になって早3年。いいことも嫌なこともあったが、それでも続けてきたんだ。
来てくれる人は、山橋麗奈というトップスターを見に来るものが多いだろう…でも、俺にとっては最後の発表なんだ…っ!!」
「…部長っ!!」
なんだろう、なんか泣ける話に持って行こうとしている?
部員のみんなもその空気に持って行かれなんだかしんみりしだした。
「が、それと同じくらい多いのが、この俺の美声を最後に聞いておきたい。そう思う人もそれと同じくらいいるはずなんだ。だから俺がいないと客が半減…」
「はーいドラムは決定したので次はギターとベース行きましょうか」
「なぜだああああああ!!!!?」
部長の悲痛な叫びを華麗にスルーして、議事を進める雅也。こいつ、いつからこんなに心臓強くなったんだか。
しかし、やっぱり楽器が変わっても誰も手をあげることはなかった。
経験者自体いるのかどうかわからないけど、これなら仕方がない。打ち込みを誰かにやってもらうしか…
「誰もいないのか…なら、仕方ない。なら俺と伸一がやるか!」
「香奈ちゃんはなんか忙しいって言ってたし受けてくれそうになええええっ!?」
「なんだよ変な驚き方しやがって。昔一緒にバンドやろうって言って集まったじゃないか」
「それは…」
内緒にしてたのにっ!
周りを見ると、麗奈を含め全員が俺の顔を見ていた。なるほど、逃げ場はないということか…
「じゃ、キーボードやれる子!」
「はい!」
すると、一年の女の子が手を高く上げた。え、何、さっき呼びかけても全然手をあげる感じなかったのにどうして…もしかして俺のこと好きなんじゃね?
「おお、佐藤ちゃん、経験者なの?」
「はい!ピアノですけど、習ってました!」
「そっかそっか。じゃ、お願い!」
「は、はい!頑張ります!」
顔が少し赤い。どうやら雅也のことが好きだったらしい。
べっ…別に悲しくなんてないもん!
「そんじゃ全員決まったところで練習すっか!」
「おい、俺はまだやるとは一言も…」
「いいじゃん、なんか主人公ギターでヒロインがボーカルとか、ホワ◯トアルバムみたいで…」
「わかった!わかったからもう黙れ!」
———と、そんな風に流れで俺がギターを弾く羽目になってしまったのだ。
おかげで睡眠時間は大きく損なわれ、仕事もあるし本当に辛かった。
もう永遠にギターには触りたくない。本番まだだけど。
そうして、明日に向けての、最終調整が始まったのだった。
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「お疲れー!」
「お疲れ様!」
そんな声が飛び交う。
金木犀の香り漂う…とは言っても、金木犀の香りがなんなのかわからないんだけど、秋の夜。月が綺麗だ。
みんなが学祭を楽しむ中、俺たちはひたすらに明日の練習を重ね、6時間の調整の末に、ようやく解散を許された。
「今井のやつ、結構スパルタなのな…」
「そうね」
「はぁ…俺みたいなやつが学祭のステージに立つなんて、春には全く思ってなかったんだけどなぁ」
「…そうね」
「どうしたんだよ」
明日、この祭りの最後だというのに、麗奈の顔はまだ沈んだままだ。
これじゃあ、無理に笑顔作ろうとしてる俺が、馬鹿みたいじゃないか。
「なぁ麗奈」
「なに?」
言え。言わなきゃ。
樋口がアメリカに行っちゃうんだって。もう、会えないんだって。
遠くに、行っちゃうんだって。
「ごめん、なんでもない…」
「変なの」
「ごめん」
その、ほんの少しの言葉がどうしても出てこないのは…
きっと、わかってるから。
そんなことをしたらこの子は泣いてしまうって。
だって、麗奈はこんなに弱いんだぞ?
いきなり親友に裏切られて、それを一ヶ月以上もうじうじと引きずっちゃて、仕事にまで影響を出して、多くの人に迷惑をかけるくらいに弱いんだぞ?
そんなこと、ライブ直前の彼女に言えるわけない。
でも言わなきゃ、後悔する。
誰が?きっと、俺だ。
それに…これを話すということは、樋口の思いをにしてしまうということ。
それをする権利が、俺にあるのか?
あの時も、あの時も。結局樋口を止められなかった俺に、許されることなのか?
無理だ。俺には、できない。
俺だって、弱いんだ。
物語りの主人公みたいに、何もかもを解決してみんなハッピーエンドみたいにできたらどんなに幸せだろう。
でも、弱いから。
何かを犠牲にしながらじゃないと、生きていけない。
“次”へ進めないんだ。
「ねぇ伸一」
「…え?」
俺がそんなことを考えているとも知らぬであろう麗奈は、でも、やっぱり深刻そうな顔で俺を見る。
そして………
「明日、頑張ろうね?」
「っ…」
きっとここが、最後。
「ああ。最高のステージにしよう」
夜は更ける。
もう、明日は目前だった。