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第43話 どうにでもなれ

 

「早速職務放棄とはいい度胸してるじゃない。私たちは出番すら貰えずただ物語の裏であくせくと働いているというのに!」

「美月、それ以上はいけない」


 そんなわけで、俺はあの後引き返し麗奈に会うこともしなかった。

 結局あいつは一人で現場に行く羽目になり、マネージャー(仮)であるところの俺は会社の先輩からこっぴどく叱られているというわけだ。


「で、ライブの進捗はどうなの?」

「曲はなんとかできたらしいんで、今は今井の歌詞待ちです」

「できたのか曲…」

「麗奈ちゃんの様子だとまだ時間かかると思ってたけど…お前なんかしたのか?」

「いえ…よくわかりませんが…」


 さすがに家に泊まりに来て、その間に作曲していった、とは言い難い。適当にお茶を濁しておいた。


「で、いい曲なのか?」

「はい、それは保証します」

「ならいいけど…今日はちゃんと一緒に行けよ?何があったのか知らないけど、いつまでもあんな風にされてちゃ居心地が悪い」

「…そうですね、はい…頑張ります」


 そう、今、この事務所はものすごく空気が悪い。

 その根元たる女は、あからさまに意気消沈しており、ソファの端で小さくなりつつたまに俺の顔をちらと伺い、目が合いそうになると逸らすという見事なまでの挙動不審っぷりを見せていた。


「麗奈、昨日はごめん。でも今日は大丈夫だから。

 一緒に収録行こう?」

「………わかった」


 すっかり小動物化してしまっている。これ、今日のラジオ収録大丈夫だろうか…

 ちなみに内容は冬海大学で今井と一緒に歌うことの発表で、宣伝でもある。本当、勝負かけてるな冬海大。




 そんなわけでタクシーを拾い、一緒に収録に向かった。


「怒ってる…?」

「何を?」

「知ってるくせに」

「はぁ…怒っては、ないよ」


 怒ってはない。ただただ、悲しいというか、惨めな気持ちになっているだけだ。


「でも、それは麗奈のせいじゃない。俺が弱いから…だからあんな態度とって仕事もう放り出して…本当に申し訳ないと思ってる」

「謝らないでよ…そんなんじゃ、君が悪いみたいだよ…」

「俺が、悪いんだ」


 俺はそう言い切り、これ以上何か言うことを許さないとばかりに窓に目を向けた。

 明確な拒絶の意思を示したからか、麗奈はそれ以上追求してくることはなかった。


「今日の予定は?」

「これから今井とラジオ収録して、午後からドラマの撮影、最後に今井の家にあるダンススタジオで合流し一緒に練習。曲はできたんだし、ダンス練習もできるだろ?」

「…そうね。まず作るところからだけど」

「頑張ろうな、学祭」

「………そうね」


 会話は途切れ、そこから現場に着くまで一言も会話はなかった。




 予定どおりラジオは行われ、大学の学祭で無料ライブ、しかも今井ののと初の合同ライブを行うと発表した。

 そんなビッグニュースは当然のごとく瞬く間に拡散され、ネットなどで大きな賑わいを見せている。


「はーい、じゃあののちゃん、シメに一発いいこと言ってくれます?」

「ちょっと麗奈ちゃん!そういう無茶振りはや〜め〜て〜」


 なんて、二人を知っている俺としてはあからさますぎる演技でシメ、ラジオは終わった。


「おつかれっした〜」

「おつかれでーす」


 なんていう声が飛び交い、麗奈と今井はスタジオから出てきた。


「伸一、タクシーの準備は?」

「ああ、もう来てるから乗っちゃえよ」


 俺は外を指差し、先に乗るように促した。

 マネージャーになったのだから他の人と少し挨拶もしなければならないからな。

 音響さんと…誰だろう、渋いベレー帽をかぶったおじさんが話をしている。名刺も準備完了、よし、行こう。


「風間プロダクションの石田です。先日から山橋レナのマネージャーになりまして…」

「ん?ああ、お疲れ様」


 音響さんは微笑みながら名刺を受け取ってくれた。

 が………


「ええー、美香ちゃんはー?」

「いやいや桑田さんそういうこと言っちゃダメでしょ」

「あ…はは…」


 桑田さん、と呼ばれた渋いおじさんは、まぁ気持ちはわからなくもないけどあんまりな言葉をぶつけてきた。


「ああ、ごめんごめん、美香ちゃん可愛かったからさ!あっはっは!」

「あ、はは…」


 随分と陽気な人だけど…何者だろう。が、とりあえず俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「あ、でも…麗奈ちゃん、よくなったね?」

「…え?」


 が、こればっかりは愛想笑いではどうしようもない。

 麗奈が、良くなった?それはどういう意味だ?だって、ここ最近の麗奈はいつも不甲斐ないって怒られてばっかだったははずなのに…


「彼女、今苦しんでる?悩んでる?」

「…なんですか、それは…」


 だから、俺は平静を保てなくなる。


「桑田さん、あんまり新人をいびらないの」

「はは、すまんすまん!でもさ、青年」


 桑田さんは俺の肩に手を置いて、ニヤリと笑いかけてきた。


「人は、迷っている時が一番綺麗だと思うんだ」

「………歪んでますね?」

「正直だな」

「すみません」

「いや、気に入ったよ。今度学祭でライブやるんでしょ?しかも新曲。

 ああ、楽しみだなぁ…あんな精神状態で書く曲なんだから、相当にイかれてるに違いない…」


 何がそんなにおかしいのかわからなくて、次第にイライラしてきてしまう俺。

 何が気に入っただ。全然嬉しくないわ。


「ほい、俺の名刺」

「いりませんけど」

「いいから持っとけって!何かの役に立つかもしれないぞ?

 おっと、そろそろ行かねば…じゃあな、青年」


 名刺を無理矢理俺の手にねじ込むと、彼は背を向けて去って行ってしまった。


「はぁ…ごめんね、その…石橋くん?」

「石田です」


 音響さんもその後を追って行ってしまった。

 なんだったんだろうあの人…でも、胡散臭くてあまり仲良くしたいと思えるタイプじゃないな…


 と、思いながら麗奈が待つタクシーへと向かいつつ名刺を見る。


「げっ…」




『KUWAテレビジョン代表取締役社長


 桑田業平』




 超大物じゃん態度めっちゃ悪かったよ俺…なんかまずいことにならなきゃいいけど…

 人を見かけで判断してはいけないと思い知った俺だった。




 ***********************************




「すまん遅れた!」

「本当遅い遅すぎる!」


 怒るのも当然。あの後、ドラマの撮影で麗奈は監督からダメ出しをくらいまくり、気づけば一時間も延長していた。

 本当、人のことは言えないんだけど樋口の傷を引っ張りすぎだ。仕事に影響出まくりじゃないか。しかも謝るの俺だし。

 従って一時間ダンススタジオで待ちぼうけを食らった今井は相当イライラがたまっているようだ。

 とは言っても、ダンススタジオは今井の家にあるんだけどね。このブルジョワが…


「いつも思ってたんだけど、お前マネージャーとかいないのか?」

「は?いらないわよそんなの。マネージャーなんかがいたら予定ミスの確率が増えるわ」

「あー、確かに」

「麗奈の今の反応については後でしっかり話し合うとして、始めようか」

「何よ、あんたが何をするわけでもないでしょ」

「まぁ、そうだけど…」


 だが、俺のくだらないトークで今井の怒りは少しだけ落ち着いたらしい。

 呆れたように笑うと、俺と麗奈に一枚の紙を渡してきた。


「これって…もしかして!」

「そう、歌詞、書いてきたわ!」

「早い!」


 なんということだ。こいつだって忙しいだろうに、曲が完成してから立って1日で歌詞をつけたってのか?


「ま、とにかく読んでみなさいよ」

「あ、ああ…」


 相当な自信作なのだろう。今井は得意げに促してきた。


「春風に飛んでった、君のいた場所に

 懐かしく映る影は…随分と暗いけど、よくこんなのあんたの頭で考えられたわね?」

「確かに…」


 俺が今井に抱く活発なうるさ可愛いイメージとはなにか違う気がする。全体的に重くて暗い。

 そもそも、こいつがこんな情緒ある詩を思いつけたことが驚きだ。ちょっと見直しそうに…


「しっ…ししし失礼ね!!あ、あたしにだってそれくらいできるってばよ!!」


 あれぇ?なんか動揺してないかこの子。

 ってか目がメッチャ泳いでるし確実に何か後ろめたいことがあるぞきっと。


「そんなことより、早くダンスの練習始めましょ!ね!ね!?」

「……………」


 不審だが、ここで話を伸ばしてもどうにもならない。

 大人しくしているのが良いだろう。


「ねぇ、なんで座ってるの伸一?」

「え、なんでって俺はお前のマネージャー…」

「邪魔だから、出て?」

「……………」

「………………………」




「ちくしょおおおおおお!!!!」


 ほとんど泣いていた気がする。あまりにも酷い扱いだ。俺が何をした。

 廊下を歩き窓から外を見る。

 日は確実に落ちるタイミングを早め始め、すでに夕日などなく真っ暗だ。

 これからどうしようか…やることもないし。

 あ、ならコンビニでも行って差し入れを買えば練習見せてくれるかもしれないな。よし、そうしよう。

 と、意気揚々と玄関に向かおうとした時だった。


「……………え?」


 門の前に立っている影。

 見紛うはずもない。あれは………


「樋口…?」


 彼女はインターフォンを押しているが反応がないのかため息をついている。

 それもそうだ。今、ここにいる家の人は今井だけだし、その今井も完全防音のダンススタジオで練習しているのだから。

 樋口は留守と判断したのか、踵を返そうとして…

 その直前、屋敷を見上げた。


「あ…」


 …聞こえないが、きっと樋口も、そう呟いたことだろう。


「待て…っ!!」


 樋口は走り出してしまう。くそ、逃げるなよ…


 それに…追いかけて、どうするつもりだ。

 俺と麗奈はそういう関係じゃないって言うのか?

 それとも…今俺の脳裏に浮かんだ疑問を質しに行くのか?


「ええい!もうどうにでもなれ!」


 うじうじ考えている暇はない。事態は一刻を争うのだ。

 俺は屋敷を駆け下りて、彼女を追う。まだ全力で走れば間に合うかもしれない。


 秋の、少し涼しい夜だった。




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