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第42話 怖いの?

 

「はぁっ…はぁっ…はっ…」


 …予想できた、ことだった。

 時刻は8時。一般的な高校生が登校するには最適な時間。

 あのアパートから高校までの距離とかかる時間を考えれば、あのタイミングで出会う確率は明らかに高かった。

 くそ、こういうところを美月さんにも指摘されたんじゃないのか…


「………もう、駅にもいないみたい」

「そうか…」


 でも、それでもまさかあそこまで最悪なタイミングで出会うなんて、思わないだろう?

 男と女が朝、一人暮らしの男の部屋から出てくる。よく考えなくても誰だって誤解する状況だ。

 今更嘆いたところで何がどうなるわけでもないが、やっぱり俺はこの世界の神に嫌われているらしい。

 その証拠に、もう、言い訳もかなわない状況になってしまったのだから。


「高校まで追いかけよう!」

「…大学とは反対方向だ。それに、お前の支度だってあるし…」

「そんなのどうでもいいでしょ!」

「っ…」


 いや、麗奈の言う通り。言い訳できる状況には、いくらでもできる。

 高校には行きたくないっていうのは、ただの俺のわがままだ。


「美香、絶対誤解してるよ…あたし、ミジンコほどもあんたに気なんてないのに…」

「そんなに言うことなくないか?ないよな?でも、ともかくもう無理だ」

「…じゃあ、どうするの?

 伸一は今日美香が帰ってきたらちゃんと話せるの?いいえ、そもそもまともに顔をあわせる状況まで持っていけるの?

 何があったのかは知らないけど、どうしてか君は美香が辞めるの知ってたみたいだった。そして、それでもうまく取り繕えないくらいにショックだったんでしょ?」

「なんでお前にそんなこと…」

「分かるよ!送別会にも顔出さないとか言うし、あからさまに美香の話題避けるし、あからさまなのよ気付いてないとでも思ってたの!?」

「〜〜〜っ!」


 …なにも言い返せない。

 全部正論。ここを逃せば、俺がまともに美香と話すのはいつになるかわかったもんじゃない。

 というか、もう永遠に話すことはなくなるかもしれない。

 そしてずっと、俺は麗奈とそういう関係だと誤解され…樋口にあんな顔をされたままになってしまうのか…?


「………なんとか、するよ」


 いやだ、そんなのはいやだ。

 でも、まだ俺は先に進む勇気が足りないんだ…




「………まだ、高校が怖いの?」


「!?」




 今、なんて…?


「高校に行くの、怖いの?」

「…どうして、お前がそんなこと言うんだよ」


 おかしい。だって、これは俺の問題。

 麗奈にはまったく無縁の、一人の少年の挫折、トラウマ。それだけの筈なのに。


「ごめん、ずっと言わないつもりだった」

「…答えになって…ないだろ?」

「でも、もう無理。そうやっていつまでも苦しんでるの見せられるの、辛いから」

「何言ってるんだよ…」

「雅也くんからね、聞いたの。伸一の昔のこと」

「やめろ…」

「でも、そろそろいいんじゃない?もう、忘れていいんじゃない?」

「やめろよ!!!!」

「っ…ごめん…」


 本当、今日の俺はダメだ。

 わかってるんだ。今日に至っては、全部彼女の言うことの方が全て正しい。

 でもさ…でも、どうしても麗奈にだけは知って欲しくなかったんだ。

 だって、彼女は俺の憧れだから。


 哀れんで欲しくない。励まして欲しくない。でもそれ以上に、失望されたくなかった。

 俺がこんなにも過去を引きずる人間だって。どうしようもなく面倒で矮小な人間だって。


 俺の本質に、気づいて欲しくなかったんだ。


 だから、その“ごめん”って言葉が…痛いんだ。

 辛いから、やめてくれ。


 気づけば俺は走っていた。逃げ出したのだ。

 麗奈から?違う。現実から。


 それから麗奈が追いかけてくる様子はなかったが、足が動かなくなるまで俺は走るのをやめられなかった。




 ***********************************




「ふう…っ…ぅぅっ…ぐすっ…」

「ほらほら泣かないの!もうあんた高校三年なのよ?あと半年もなく大学生なのよ!?しゃんとなさいしゃんと!」

「ののなんて恋したこともないくせに…何がわかるのよ?」

「う…」

「しかも告られた回数ゼロ」

「そ、それは美香も同じでしょ!?」

「ごめんねのの。ののが仕事で学校来てない時に実は13人くらい…」

「嘘よねそうよねそう言って!!ってか何!?いきなり呼び出しておいてそんな罵倒を浴びせに来たわけ!?」


 高校をサボった。

 仕事がどうしても忙しい時はたまにやったけど、こうしてなんの意味もなく学校をサボったのは初めてかもしれない。

 学校に行く気にもなれない。心の傷はあまりに深く、血の代わりに気力が流れ出てしまったのだ。

 かといって、空いてしまった時間を仕事に回すこともできない。始まった父親からのレッスンは放課後からだし、それまでの時間をののと過ごすことにしたのだ。


「ってか毎回この店だけど、その度にコーヒー飲まされてるのよね…」

「ああ、コーヒーダメなんだっけ?」

「そうなのよ…匂いも嫌いだしもっと言えば見るのも嫌いね!っていうかあんたが持ってるそのホットコーヒーも正直早く飲みきって欲しいくらいよ」


 相変わらず見た目も味覚も幼い。

 が、いつもつけているマスクとサングラスを外すとちんちくりんから一気に超絶美少女になるから腹が立つ。ののもちゃんと学校に来ていれば私の数倍はモテただろうに…


「少しは元気出た?」

「…うん、ありがとのの」

「別にいいけど…これからあたし麗奈と一緒に練習だからあまり時間…」

「ぶっ!!!!」

「ぎゃああああああコーヒーが体にかかるぅ!」


 どうしてこうタイムリーな話題を空気も読まずに…


「石田関係で何かあったのは明白だったけど…麗奈も関わっているの?」

「…………」

「肝心なところは話さないとか本当わがまま…」

「だって…」


 あんなの言えないよ。

 毎日のレッスンが嫌で、憂鬱な朝。

 それでも運良く先輩と会えたら…話せなくてもいい。姿だけでも見れたらいいな、と、少しゆっくり歩いた下り階段。

 今まで一度も会えたこともなかったのに、扉が開いたと思ったら…


「ああっ!もうめんどくさいなぁ泣かないでよこれくらいで!」

「違うの…違うのぉ…っ」


 麗奈さん、先輩のジャージ着てた。

 朝、一人暮らしの男の部屋から、その男の服を着た女が一緒に出てくる。

 こんなの、間違いが起こらない方がどうにかしてる。

 だって、先輩は明らかに麗奈さんに惹かれてた。そして、それはきっと麗奈さんも…

 これだけの条件が整っているのだ。やることは一つ。


「そんなに好きならやめなきゃ良かったじゃん」

「そうは…いかないでしょう?」

「そうかな?風間プロの人なら、美香が望めばきっと助けてくれたと思うけど?麗奈も、それこそ石田も」

「っ…」

「だからそこでどうして泣きそうになるのよっ!」


 あの時も、先輩は止めてくれた。

 一緒に背負おうとしてくれた。でも、ダメなんだ。

 それで先輩がまた怪我をしたなら…きっと、私は自分を許せなくなっちゃう。

 誰かのためとか大層な想いがあって辞めたんじゃない。

 私は、私を守るために、会社を辞めたのだ。


「っと、メールだ」

「こんな時に何よ〜!もっと愚痴らせてよ〜」

「毎晩毎晩電話で聞いてあげてるでしょ!」


 今日は、私の初めての失恋記念日だ。

 …それはこの前(第32話)じゃないのかと言う指摘は置いといて、できるだけ明るく振舞っているけど本当は心がボロボロなのだ。


「て、ええ!?曲できたの!?」


 そんな私のことなど忘れたかのように電話に夢中。

 曲ってなんだろう。そういえば、さっき麗奈さんと一緒に練習って言ってたけど、どうしてそうなったのだろう。


「うん、わかった!今すぐ聴くからまた後で!」


 電話は以外とあっさり終わったようだ。

 が、ののはその電話がひどく嬉しかったらしく、満面の笑みを浮かべている。ああ、そんな風にされたら気になっちゃうじゃないか。


「誰から?」

「ん?麗奈から」

「ぶっ!!!!」

「ぎゃああああ二回目!!!!」


 またコーヒーを吹き出してしまった。というかすごい冷めてる…まずい。


「なんでなんでなんで!?」

「近い近い…ってか拭かせてよ!」

「何がどうしてそうなったの!?」




 強く前に出る私に、ののはアイドル二人で学祭に出ること、麗奈さんの曲が遅れていたこと、それが完成したことなどを教えてくれた。


「そんなことに…」

「そして、今届けられたこのmp3こそが麗奈本人の新曲アコギバージョン!」

「おお!」


 それは確かにすごい。ファンからしたら相当希少価値のあるものだ。


「ね、聞いてみない?」

「…でも私部外者だし」


 正直、ものすごく聞きたい。でも、それが許される気がしなかった。


「そんなのいいから!ね?」

「…ありがと」


 でも、結局誘惑に負けてしまう。なんて弱い決意なんだか…

 差し出された片耳分のイヤホンを耳につけ、音が奏でられ出す。

 その瞬間、私の体は稲妻に打たれたような衝撃を受けた。

 なんだこの曲は。滾る激情が吹き出しているような情熱。負けてたまるもんか、と言う強い意思が前面に出ているインパクトある曲だった。




「…すごかった」

「麗奈が作ったんだから、当然よね」


 と言いつつも、ののは体を小さく震わせている。この曲を麗奈さんと一緒に歌うことに武者震いをしているのだろう。

 ああ、私のなんて場違いなことか。

 この曲を聴いていいのはお客さんか、歌ってる本人だけ。そのどちらでもない私に、感動する権利なんてない。


「ごめん、私帰るね?」

「美香…?」


 長い付き合いだ。ののには私が何を感じたのか、きっとバレてる。だから、ここは止めないでほしい。だって、これ以上、惨めにも、悲しくもなりたくない。


「…え?」


 なりたくない、のに。

 立ち上がった私の手は、ののに強く握られていた。


「ねぇ美香、この曲…歌詞がないんだって」

「…それは聞いてればわかったけど」


 そんな、意地悪な大親友は、いつもとは大違いな真剣な顔をして…


「だから、さ、あんたが作ってみない?」

「は?」


 最後の最後に、とんでもない爆弾を放り込んできた。



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