第38話 しゃんとしろ
「麗奈、こういうこと言いたくないんだけどね?」
「……………」
「はぁ…最近、あなたちょっと気が抜けすぎよ。
学校で正体がバレるし、ドラマの演技もボロボロだし、ラジオ収録中にぼーっとしたり…おまけに今日は寝坊?
美香ちゃんがいなくなってショックなのはわかるけど、あんまりこの状態が続くとこれからがひどいわよ」
あれから数日経った土曜の昼。
珍しく麗奈に厳しく当たる美月さん。でも、仕方ないだろう。実際最近の彼女はあまりに行動が緩慢で、悪く言えばだらしがなかったから。
「………わかって、る」
「そう、ならいいわ。今日の撮影の遅刻は多めに見るけど、次はないからね?」
「うん…」
それが、本人にもわかるくらいで…これもまた珍しく、麗奈は素直にその叱責を受け入れた。
深く反省してこれからに活かしていってもらいたいな。
「よし、さて次は…」
「ん?」
「ん?じゃないわよこのポンコツバイト!!」
「ひぃぃっ!!」
美月さんは、俺の胸ぐらを掴んで引き上げた。怖い怖い冗談です!!
一見綺麗なゆるふわお姉さんに見えるのに、怒ると鬼のような形相になるから女の人ってわからない。
「仕事に穴はあるわ、出勤日を忘れるわ、かと思えば終電逃すくらいまで働くわ、明らかに腑抜けているわ!だらしない!」
「返す言葉もありません…」
一方俺は目に見えてだらしなく、仕事でのミスが増えていった。実は全然人の事言える立場になかったりする。
「はぁ…しゃんとしなさい青年。伸ちゃんはこれからもっと頑張ってもらわなきゃいけないんだから」
「もっと頑張る?」
聞き捨てならない発言が飛び出したぞ?
もっと働くって…俺には学祭の準備とかその他もろもろ忙しいんだけど…
「ああ、聞いてないんだったね。じゃ、これから社長室に行きなさい」
「社長室?」
「はいじゃあ解散。あ、麗奈も伸ちゃんと一緒に行くこと」
「…?いいけど」
そんなわけで、その場は一時解散となり、よくわからないまま俺と麗奈は社長さんの元へ向かう事に。
社長室の扉の前に立つと自然と背筋がに伸び、深呼吸してからノックした。
「失礼します」
「おお、美月にたっぷり絞られたか?」
「…えぇ、まぁ」
いきなり遠慮のない発言。タバコをふかしながら社長さんは椅子に腰掛けていた。
「麗奈もそんな仏頂面してんなや?」
「…いつも通りよ」
「そうかい」
あいさつもそこそこ。社長さんは俺を指差し言った。
「突然だが、お前は今日から今までの事務仕事を離れて、麗奈のマネージャーをやれ」
「「………へ?」」
「おお、息ぴったりじゃねぇか!こりゃ人選が良かったみたいだ」
いやいや意味が全然わからないから。
俺が、麗奈のマネージャーをやると、そう言ったのか?
「なんだ、不服か石田?」
「いえ…そんなことは…」
不服とかではない。そうではないのだが…
迷った俺の口からとっさに出てくるのはそんな気が入らない生返事のみ。
「麗奈が…それでいいなら」
「そうか、で、どうだ麗奈?」
「…え?」
「はぁ…またか」
「あ、その…」
どうやらまた聞いていなかったらしい。俺も大概だが、彼女は相当な重症だ。
「石田が、お前のマネージャーになる。いいな?」
「あたしの…伸一が?」
「おい、動揺して所有格が俺にかかってるぞ」
「いいな?」
「いいけど…」
「い、いいのか」
場違いにも少し感動。こいつも、少しは俺に心を開いてくれるようになったらしい。
「それじゃあ、お前らはこれからののと一緒に練習だ。ダンスも1から考えるのなら、そんなに時間はないだろう?」
「そうですね」
「じゃ、行け。ののは車で事務所前まで来ているそうだから、一緒にレッスンに行くんだな」
「はい」
これからか。まぁ、明日は日曜だし、多少遅くなってもいいんだけどさ。
ってか…
「麗奈、お前も返事くらいしとけよ」
「え?ああ…はい?」
「…………………」
大丈夫だろうか。
追い出されるように俺たちは外に出て、今井の事務所が用意した車に乗り込んだ。
前と同じで、運転手さん以外は同じ配置だった。
「あんた、マネージャーになったんですって?」
「今決まったばっかなのにどうしてお前が知ってるんだよ…」
エスパーなのだろうか。
「それより麗奈、曲はできたの?」
「う………」
「はぁ!?って、まぁ予想はできてたけど」
やっぱりエスパーだったらしい。というのは冗談で、それは誰でも想像できたことだろう。
「ごめん」
「全然平気、とは言えないわ。まず曲ができないとダンスも作れないし、他の全員に迷惑がかかる。
あまり時間があるわけでもないし…」
「できるだけ頑張るから」
「…早めにね」
歯切れの悪い会話が続く。
今井は麗奈の不調がどうして起こっているのか知ってるから、あまり強く出れないのだろう。
でも、もう一週間。
企画が始動してから一週間が経ったのに、俺は麗奈が作曲をしているところを一度も見ていない。
いや、意図的に避けているようにすら見えた。
このままではまずい。できるだけ頑張る、と麗奈は言うが、来週になってそれが叶えられないであろうことは、どう見ても明らかだった。
学祭まではあと一月もない。全く、いきなりこんな爆弾を学生バイトに抱えさせるとかどんな会社だよ。と、今更ながらに自分の会社のブラックさを呪う。
「じゃ、今日はダンスを鈍らせないように基本だけやっときましょ。歌唱研究部には石田から伝えておいて」
「ああ、わかった」
俺なんかの悩みなんて気にしないとばかりに、黒塗りの車は走る。
ただひたすらに、目的地だけを目指して。
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「よ、久しぶり?」
「そうでもないよ。んで、今までの流れでどうして君がここに来るんだい?」
外はカンカンに晴れ、これ絶対まだ八月だろと突っ込みたくなるような暑さ。
エアコンを自主禁止しているこの部屋は相当な不快指数で、本来すぐにでも出て行きたいような空間なのだが…
「香奈ちゃん〜あいつらひどいんだぁ〜」
「おー、よしよし」
マイナス要素全てを吹き飛ばすくらいの天使がそこにいれば、話は別だ。
少し汗ばんだ香奈ちゃんに汗まみれの俺が泣きつく。看護師さんが見れば一瞬で追い出され警察行き、良くて出禁になりかねないほどの行為だな。だがやめない!!
「で、ドラえもんに助けを求めるのび太くんの如くやってきたのはどんな理由なのかな?」
「…なんかちょっと機嫌悪くない?」
「そんなことないさ」
まぁ、なんとなくそう思っただけだから、本人が違うと言うならそうなんだろうけど。
「今井と麗奈が一緒にライブやるんだけど…」
「へぇ、そんな事になってたんだ」
「…………………」
もしかして。
「樋口が辞めた後から麗奈が…」」
「美香が辞めた!?辞めたって何を?え?」
「…………………」
どうしよう、この子の情報は誕生日会から途切れているらしい。
「なんだよその顔は…全く、みんな薄情だ。
お姉ちゃんも最近あんまり顔見せなくなったし、来てもずっとぼーっとしてるし。
それはまだいいけど、君なんてあのあと一回も来なかったじゃないか!忘れてたんじゃないの?」
「いえいえそんなことはないです!!」
そのことで機嫌が悪かったらしい。ごめん、でも本当に忘れてたわけじゃないんだ…
「……………そうか」
「………………………そうなんだ」
樋口の退社報告から、今まで起こったことを大まかに説明した。
香奈ちゃんは途中何度か考え込むように俯いたが、次第に呆れ顔に変わっていくのはなんだか少し辛かった。
「なるほどなるほど。それで、いざダンス練習になったら邪魔だとか気が散ると言われ、私の元に来たと」
「ぐぬぬ…」
事は、結構深刻だ。麗奈のことを詳しく知っている香奈ちゃんも一緒に考えてくれれば、何か突破口が開けるかもしれない。
「つまり君もお姉ちゃんも揃ってヘタレ、周りに迷惑をかけているからどうにかしてくれ、と、病人でしかも中学生の私に縋り付いてきたわけか」
「さすが香奈ちゃん、頭痛が止まらない正解をありがとう」
的を射すぎて何にも反論できないぜ…
「はぁ…ホント、成長したかなと思ったらこのテェイタラァク。まだまだ長生きしなきゃいけなさそうだよ」
「金髪二年ぶりハーフみたいなその発音はともかく、そりゃあ良かった。ぜひもっと悩んで長生きしてくれ」
「馬鹿野郎」
「ばっ…!?」
ひどいばとうをうけました。
ついに15歳にまでこんな扱いを受けるように…
「しかし、美香もやってくれるね。お姉ちゃんに迷惑って言うけど、これでも十分なくらいに営業妨害になってるっての」
「はは、確かに」
「で、君は拗ねたわけだ」
「ぐうっ…」
ぐうの音、出るときは出るんだな。
ってかもう少し歯に絹を着せて欲しい。俺の精神がもたない。
「でも、そうなるのもわかる。だから面倒なんだなぁ…残念だけど、私には全部丸く納めて大団円みたいな案は出せないよ」
「そうか…そうだよな」
世の中には、どうしようもないことって山ほどある。
なら、それを受け入れ、妥協しながら生きていくのが賢いんだってそんな事誰もが知ってる事だ。
けど、それができない不器用な奴だっているんだ。
ならそういう奴は、どうやって生きればいい?
……………どう、笑えばいい?
「でも…そうだな、私から言えることは…」
「え?」
悲観的になっていたけどやっぱり香奈ちゃん!と、現金にも笑みを抑えられない。
そんな俺に彼女は…
「君が、曲を作ればいい」
「………は?」
ああ、やっぱりこの子は麗奈の妹なんだな、という謎の納得を与えてきたのだった。