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第37話 やめようぜ

 

「やってくれたな…」

「そう言うなよ親友?」


 本当に腹立つなこいつ…


「ねぇ伸一…やんなきゃダメなの?」

「ああ、文句は社長さんに言ってくれ。というか、これはお前の責任でもあるんだぞ?」

「………美香もいないのに…できないよ…」

「そ、そのことはおいおいどうにかしていくとして…今はどんなライブにするかだな」

「もうやるのは決定してるのね…」


 俺らはあのカフェをついに追い出され、結局また大学の部室に戻ってきていた。

 本当は学祭になんか出たくないのだが、社長さん曰く冬海大学の理事長に、麗奈の在学がバレたのなら彼女を裏口入学させた恩を返せ、と言われたらしい。

 本来もっと目に見える形で返す予定だったらしいが…まぁそこはちょっと黒すぎるので黙っておこう。

 とにかく、麗奈が大学でライブすることで集客し、来年度の志願者数を上げる策が練られた、ということだ。理屈としてはラブ◯イブと一緒である。


「で、雅也。お前は麗奈を使ってどうする気なんだ?」

「麗奈…?」

「もうその下りは飽きた」

「そ、そか…仲良くなったんだな…」


 地味にショックそうな顔をしていた。まさか本気で麗奈のこと狙ってたわけじゃないと思うけど…

 すると、足元でもぞもぞしている何かにぶつかられる。


「ねぇ石田…そろそろこの紐解いてよぉ…痛いよぉ…」

「そういうことは麗奈に頼むんだな」


 今井が麗奈に足と手首に縄跳びの縄を巻かれ、転がっていたのだ。

 芋虫みたいに俺に助けを請うとは…ふふ、征服欲が満たされるのを感じる…やばい、目覚めてしまいそうだ。


「なぁ、この子一応あのアイドル今井ののなんだよな?」

「そうだけど?」

「ならこんなことしちゃダメじゃないか」

「え…」


 すると、そんな鬼畜な俺に反し雅也が彼女の縄を解きだした。ああ、勿体無い。写真撮っとけばよかった。


「うう…ありがと…」

「いいや、いいんだ」

「うわぁ…マスクも帽子も埃だらけ…ま、ここならもうばれてるんだし、いっか」


 自由になった今井は立ち上がり地面の埃を拭き取りまくってしまった服を払う。

 そして、同時に外される彼女の変装。

 久しぶりに見る素顔はやっぱりとてつもなく可愛くて。


「びゅ、びゅーてぃふぉー…」

「雅也?」

「てんし…?いや、女神!oh my goddess!!」

「雅也!おい戻ってこい!!」

「Foooooooooooooooooo!!!!!!」


 俺の親友を、壊してしまったらしい。


「怖い怖い怖い!!石田、こいつなんなの!?」

「馬鹿離れろそいつ一応アイドルだぞ!!」

「そうよっ!…ってあれ?さっきまで私誰かに縛られたまま愉悦を含んだ眼で見られていたような…」

「ゼンゼンソンナコトナイデスヨー?」

「……………」


 雅也は今井の足にしがみついて離れない。心なしか目がハートになっているように…お前はサ◯ジくんか。

 とりあえず今井のくせに鋭い指摘は無視して、俺は雅也を引き剥がしてやった。


「はぁ…はぁ…やっぱあたし、変装してないとダメなのかしら…」

「いや、今のはこいつが特殊だっただけだと思う」


 というか、お前麗奈のこと狙ってるんじゃなかったのかよ…


「はなせー!!」

「ああうるせぇ!!ってか、さっきから会話に入ってこないけど何やってんだよ麗奈!」

「えあ?あ、ごめん…」

「………」


 どうやら、ぼーっとしていただけらしい。

 そうだよな、今日だけでこんだけいろんなことがあったんだ。

 もう時刻は夕方。そろそろ帰って明日から学祭のことは考えよう。

 ………もう、夕方?


「麗奈!お前ドラマは!?」

「え?ドラマ?」


 その場に静寂が訪れる。そして…


「やばいやばいやばい!!!!あと一時間で始まっちゃうよ!!」

「くそまじか!!」


 俺としたことがこんなギリギリまで忘れてしまっていたなんて…

 いつもは、こういうことは樋口がやってたんだよな。

 

「っ…」


気にしていても仕方ない。今重要なのは急いで現場に向かうことだ。


「なんだ、やばいのか?」

「ああ、まずい…遅刻になるかも…」

「じゃあ俺の車乗れよ!夏休みの間に免許取っといたんだ!」

「全然出てこないと思ったらそんなことを…ありがとう、恩にきる!」

「いいさいいさ、俺らのせいで時間引き伸ばしちまったんだ。それくらいやらせてくれ」


 ここは、素直に甘えておくことにした。

 普段は馬鹿っぽいくせに、こういうときに気がきくところは彼の美点である。


「麗奈、行くぞ!」

「え、ええ!」

「あたしも行く!事務所まで連れてって!」

「はぁ?自分で帰…」

「どうぞお乗りくださいマイゴッデス」

「崇拝している!?」


 運転手の意向を優先し、結局今井も付いてくることになってしまった。

 見送りに来てくれた部員たちは麗奈に会えたのが嬉しいらしく、車が去った後仲間内できゃっきゃと騒いでいるのが見えた。




 ***********************************




「何寝てんだよ…マジでセリフいいのか?」


 麗奈は、こともあろうか俺に寄りかかり寝ていた。

 スタジオまであと30分ほど。緊張がないのはいいことなのかもしれないが、さすがに寝るってのはどうなんだか…


「ねぇ石田」

「なんだよ」


 ちなみに俺と麗奈は後部座席。運転席に雅也、助手席に今井だ。


「麗奈、寝てる?」

「ああ」

「そう…」


 今井は、さっきまでのハイテンションを失い、暗く、小さな声になっていた。


「もう、いいぞ?聞きたいことあるんだろう?」

「…知ってたんだ?」

「まぁ、な」


 本当は、最初に電話がかかってきたときから察してはいたんだ。こいつのことだ、きっと樋口が辞めたって聞いたら、おせっかいかけてくるだろうとは思ったし。


「石田、一緒に花火見に行ったんだって?」

「なんだ、そんなことまで知ってるのか」

「…ごめん」

「どうして謝るんだよ。お前、何にも悪くないじゃないか」

「あたしも止めたんだ。でも美香、自分がいたら迷惑かけるからって…また怪我させちゃうからって言って聞かなくて…あの子、一度決めると頑固だから」

「ああ、そうだな」


 知ってる。たくさん、そういうところ見てきたから。


「だけど、嫌いにならないであげて欲しいの。あの子は本当に…っ!」

「やめようぜ、な?」

「っ…」

「もう、終わったんだ」


 これ以上その話を続けることに。そのことを言うことに、意味はないのだ。

 しかし…雅也はこの話をどう聞いているのだろう。さっきから一言も話さない。もしかして、空気を読んでいる?そんなやつこの世界で初めて見たよ。

 そうすれば必然と静寂は訪れる。聞こえるのはエンジン音と、麗奈の無防備な寝息だけ。


「決めた…」

「え?」


 どれくらい時間が経っただろう。

 その静寂を破ったのは、決意の言葉だった。


「何を?」

「あたし達が学祭でやること」

「やるって何をさ…」

「あたしの作詞で、麗奈の作曲で、そして部のみんなのコーラスとともに、あたしと麗奈が歌う。最高じゃない?」

「ああ、なんだそんなこと…」


 仰々しくいうから何かと思ったよ。


「いいんじゃない?面白そうじゃん」

「しゃべったああ!?」

「そりゃあ俺だってしゃべるし息も吸うわ…」


 久しぶりに話す雅也の声は、どこか落ち着いている。なんだ、車に乗る前はあんなにうるさかったくせに。


「んー…うるさい…」

「ん、起きたか。そろそろ着くぞ?ギリギリだから急いで…」

「美香ぁ…?」

「っ…!」


 こんな風に、仕事前に寝てしまった麗奈を起こし、一緒に現場へ行く。

 何度もなんどもそやって時を重ねた結果、こういう見間違えが起こるのだろう。

これから、麗奈はどうなるんだ?マネージャーなし?それとも代わりに誰かが?

 どうなるにせよ、前任以上に彼女の支えになれる人物なんて、いるのだろうか。いや、いるはずがない。

 二人はどんな時も一緒で、仲も本当に良くて…それは一緒に過ごした五ヶ月で痛いほどわかっていて。

 それなのにいきなり次のライブ?やっぱり、不安だ。いっそ今回は取りやめてもらったほうがいいんじゃ…

いろいろな思いが頭の中を駆け回ってうまく言葉が出てこない。


「降りる用意して。さ、石田もそんなぼーっとしてられないわよ?」


代わりに麗奈に声をかけてくれたのは、今井だった。

俺、こんなに余裕ないんだな。


「った…って、何すんのよ伸一!」

「いいから、さっさと準備しろ。寝ぼけたまんまじゃまともに演技なんかできないぞ?」


俺はまだ眠そうな麗奈の額を小突く。今度は、もう間違えなかった。


「るっさいなぁ…わかってるわよ」


 むすっとしながら、麗奈はパンと自分の頬を張り、気合を入れ直す。

スタジオは、もうすぐそこだった。




「…別に、待ってなくてもいいんだぞ?」

「いや、いいよ。ここまできたら一緒に帰る」

「そうか…」


 夕空、蜩、千切雲。

 カナカナ、と、哀愁を感じさせる鳴き声を聞きながら、雅也と俺はスタジオ前に立っていた。

麗奈は演技中で、今井は見学している。暇なのか?

それに、何度か監督らしき人の怒鳴り声が聞こえてきたけど…大丈夫だろうか。


「なんか、面倒なことになってるみたいだな」

「まぁ、な」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫…じゃ、ないな」


 虚勢を張る意味もない。正直に感想を話した。


「はは、弱ってるな石田くん」

「るっせ」


 こういう風に話していると、高校生の時を思い出す


「その美香って子は、お前の中でそんなに大きかったのか?」

「…うるさいって」

「好きだったのか?」

「はぁ…?」


 わからないやつだ。でも、こういうちょっと変わったやつだから、高校時代康介の側につかずに俺の友達でいてくれたのかもしれない。

だから、少しだけ。


「好きとか、そういうのかどうかはわかんないけどさ…」

「ああ」

「たぶん、そこにあるものなんだ、って…その場所に、あいつがいるのは当然だって思ってたっていうか…」

「なるほどねぇ…」

「真面目に聞いてんのか」


ニヤニヤしながら俺の顔を見つめてくるのが、ひどくイラついた。


「いや、お前青春してるなー、って」

「なるほど。帰れ」

「違う違う!悪かったって!」


 やっぱりこいつはこいつ、おちゃらけた男子大学生ということか。


「ったく、しょうがねぇなぁ…」

「あ?なんか言ったか?」

「いいや、なんも言ってねぇよ〜」

「おい、本当に帰るのか?」

「いや、トイレ」

「ちっ…」

「扱いわりぃ…」


 ぶつぶつ言いながらトイレに向かい歩く雅也。まったく、本当に変なやつだ。




 余談だが、麗奈がたった数分の演技を撮り終えるのにかかった時間は、約二時間であった。




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