第36話 馬鹿は黙ってろ
「なんでよやろうよ!」
「いやよ!なんでこのあたしがあんたみたいなガキンチョアイドルと…」
「ガキとは何よ!?一個しか違わないわよ!!」
9月に入り、まだまだ暑さの残る暦上の秋。
二人のアイドルは、周りも気にせず喧嘩をし出していた。
「ってか、あんたのせいでバレちゃったじゃない!?」
「バレた?何が?」
「あたしが山橋レナだって事よ!!」
「え、隠してたの?」
「もう最低信じられない大嫌い!!あんたなんて二度とテレビに出れないくらいひどい顔にしてやる〜〜〜!!」
「や〜め〜て〜!顔だけはだめなの〜!」
麗奈は容赦なく今井の頬を抓り、引っ張っている。
「麗奈、気持ちは痛いほどわかるけどこうなっちゃ仕方ないだろ。今から急いで逃げればまだなんとかごまかせるかもしれない!」
「ちっ…」
言っている間にも、ギャラリーはどんどん増えていく。それを見て麗奈もどうやら平静を取り戻したらしい。すぐに俺の後をついてくる。
「あんたも付いてきなさい!」
「あ、麗奈やめていだい今度は耳!耳痛いから引っ張らないで〜!!」
そんなわけで雅也と部長の要請を完全無視して、俺たちはその場を後にしたのであった。
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「ごめんなさい…本当に反省していますだからこれは勘弁してくださいもしバレたら大変な事になります」
「はぁ?あんた、今人権あると思ってんの?この犬!」
「ひどい!石田助けてよ〜!!」
「すまんな、今回は明らかにお前が悪いからどうしようもない」
「この人でなし!」
自害せよ、リベーダー。
まぁそれは置いといて、場所は夏に俺と今井が一緒に来たカフェのテラス席。
俺と麗奈はコーヒーを飲み、今井は正座させられていた。本当、身内に厳しい内弁慶さんだ。
「唯一くつろげる場所だったのに…どうしてくれるのよ!」
「知らなかったんだってば!」
「知らないで済むか!?そんなんで社会に出れるのか!?」
「一応すでに出ているんですが…」
他の客の視線がすごい。だって明らかにおかしな格好した不審者と、金髪グラサン女と、凡庸な男子大学生が一人。まともなはずの俺が逆に浮いて見えるのが不思議だ。
しかも店員さんが困った顔でじっとこっち見てる!これ絶対そのうち他のお客様の迷惑ですのでって言われるやつだよああ面倒くさい面倒くさい!麗奈に出会ってから面倒ごとばかりだな。
「伸一!あんたこのスカポンタンどうにかしてくんない!?相手してると腹たって仕方ないわ!」
「んー、そうだなぁ…って麗奈そんなに引っ張るなよ!」
「何なのよ適当な返事!ってか、さっきからずっとスマホいじってるじゃない!少しはこれからどうするか考えなさいよ!」
「それよりあんたらいつの間に名前で呼び合う仲に…」
「「うるせぇ!」」
そもそも俺はお前が大学にいることが周りにバレても大して困らないと言うか、かわいそうだなぁってくらいと言うか…まぁ最近はアイドルだって女優さんだって普通に大学生やってることも多いし、ある程度割り切ることも必要かなぁ、と、僕は思います。言わないけど。だってそんなこと言ったら絶対噛み付いてくるし。
それにしても…
「とりあえず、これ見ろよ」
「何これ?」
「You◯ube」
「そうじゃなくて、写ってる人」
「お前だなぁ」
「場所は?」
「大学だなぁ…」
「うわああああああおわったああああああ!!!!」
「すみません他のお客様のご迷惑になりますので…」
やっぱり来ちゃったじゃないか。
でも麗奈が叫びたくなるのもわかる。だってその動画サイトには、バッチリさっき大学で撮ったであろう動画が載せられていたのだから。
まだ夏休み中で人も少なかったから、撮ったのはおそらく部員のうち誰か、あるいは…
「まさか、な」
いや、でもあいつはああ見えて頭がキレる。自分たちの部の成功のためならこれくらいやるかも…
「まぁ、こうなったら仕方ないな」
「そんなぁ…」
最後の希望も潰され悲壮な顔をする麗奈。こう見るとやっぱり少しかわいそうだ。だって、こいつはほんの数時間前に大切な友人と決別をし、傷心のまま傷心の男子大学生に付き添ってみた挙句、唯一心安らげる場所だった大学すら失ったんだ。あんまりじゃないか。
でも、世間はそんなこと全く気にしてくれない。彼女が一人の女の子であることを、全く考えてくれない。見ているのは、山橋レナと言う偶像だけなのだ。
「こりゃあ世間で騒がれ出すのも時間の問題だなぁ…」
「そうねぇ…あ、石田オレンジジュース頼んで」
「あんたのせいなんだからもっと反省しなさいよ!!」
「がぷっ…ダメれなっ……コーヒーはいけない!ああっ…ああ…ぁぁ…ぶくぶく…」
それにしても、これからどうしよう。今から大学に戻ってもなぁ…
と、その時…
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリり……………
俺の元に、やっぱり電話は来た。
「伸一…電話、なってるわよ?」
「ああ、わかってる…」
「なんで出ないのよ石田?」
「(いらっ…)」
「ぎゃああああコーヒーはダメなのおおおおうおおああああぶくぶく…」
コーヒーをねじ込み再び泡を吹かせたのはいいが、問題はスピーカーの先に待ち構えるあの人だ。
ああ、第一声はどんなだろう。怖い怖い…
「もしもし…」
「こるああああああああああああ!!!!!!!!」
「ぎゃああっ!!」
耳が…鼓膜が…ぐおおお…
「伸一、大丈夫?」
「大丈夫…だけど…」
スピーカーからは絶え間なく我らが姐さんの声がキンキンと響いている。他の客はやっぱりこっちを振り返り、またあいつらかと、ため息をついておしゃべりに戻った。
「聞いてるの伸ちゃんっ!!」
「はい…もしもし…」
いつまでも受話器を隔離しておくわけにもいかず、再び耳を当てる。
「麗奈、バレちゃったじゃない!」
「全部今井ののがやりました。責任は彼女の事務所にどうぞ」
「なんてあっさり親友のあたしを売るのかしらこの男!?」
愕然とする今井。あっちもあっちで今問い合わせとか大変なんだろうなぁ…
「それに、あんなにL◯NE送ったのに全部無視して…心配したんだからね!?」
「それは…はい、すみません」
「別にいいけど…麗奈は一緒にいるの?」
「はい、いますよ?」
なんだかんだ、俺たちのことを心配していてくれたらしい。美月さんは、優しい人だな。
「あの…樋口は?」
「もう帰ったわよ。本当、ひどい顔して帰ったんだから…何があったのか知らないけれど、今度謝っておくこと」
「………はい」
「あと、また今度一緒にちゃんと送別会しようって話もしたから、その時はちゃんと来ること!いい?」
「はい」
フォローまで入れておいてくれるとは、本当に、こんなの優しすぎるよ。
「おっと、本題から逸れちゃった」
「お説教ですか…?」
「まぁそれもあるんだけど、どうやらまたののちゃんが何かやらかしてくれたらしいから、今回はそんなに怒らないと思うわよ?社長含めみんなね?」
「はぁ…」
実際俺らのせいじゃないしな。まぁ、後で麗奈も俺も注意はされるだろうけど。
「で、覚悟はできた?」
「なんですかその質問は」
「本題を聞く覚悟よ」
「それ覚悟しないと受け入れられないような代物なの!?」
「…………………」
美月さん、沈黙。
「今、私たちの事務所に一本のメールが届きました」
「何事もなかったかのように再開した!?」
「そして送り主は…冬海大学歌唱研究部、とあったわ」
「…………………」
そう、これは嫌な予感の答え…
「麗奈と今井ののの合同ライブを、冬海大歌唱研究部の出し物として学祭で使いたい、とね…」
「やっぱりー!!」
もう最悪だあの馬鹿。どっちの馬鹿だ?いや両方か?
「しかも彼ら曰く、今井のの側は承諾しているというのよね」
「あ…」
そういえば、あいつそんなこと言ってたような…
「まさか、本当に言ってたの!?」
「…なぁ今井、今でも麗奈と一緒に合同ライブ、やりたいと思ってるか?」
「話が全く見えないんだけど、そりゃあやりたいわよ」
「あたしはこんなのと一緒にライブとかごめんなんだけど!」
「ひどいっ!?」
ショックを受けたらしい。正座のまま体を地面につけ出した。
…土下座してるみたいだからやめてほしい。ほら、客がウエイトレスさんにこっち見ながら話しかけてるじゃないか。
「まぁ、一応今井はやりたいらしいですけど…」
「まさか、その子もそこにいるの?」
「ええ、まぁ…」
「え、社長、なんですか?」
どうやら向こうは事務所の中だったらしい。社長さんと美月さんが会話を始め、通話は途切れる。
何この出来レース感、帰りたいんだけど。帰って暖かい布団に入って何もかもなかったことにしてしまいたいんだけど。
「ねぇ、伸ちゃん」
「正直オチは見えたんで聞きたくないです帰らせてください」
「伸ちゃん文化祭の準備に忙しいからしばらく会社来れないって言ってたわよね?」
「しまったどうあっても俺を働かせる気だこの人!」
そして、見事予想は的中したらしく…
「社長さんが、出てしまえ、だって…」
「ほらやっぱり!」
「なんかいつになくテンション高くない、伸一?」
麗奈はなんだか可哀想なものを見るような顔している。いいか、困るのはお前なんだからな…?
「ねぇ、いつからあんたら名前で呼び合う仲に…」
「「お前黙ってろ!!」」