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第35話 二人の女神


「何言ってんだよお前…」

「いや、だってそうすれば絶対人たくさん来るって!」

「麗…山橋は確かに歌上手いけど、そもそもちゃんとした部員じゃないんだぞ?」


雅也たちは、麗奈のことをまだただの歌がうまい女子大生だと思ってるから、そんなことが言えるのだ。

 普通の大学生活を求め自分の正体を隠してきたのに、ライブなんてした日にはきっとみんなに知られてしまう。いつも誰かの視線に晒されなければならないアイドルとしては、気を抜ける場所はとても貴重なのだ。


「いや、前に入ったわよ?」

「お前は余計なこと言うなよ!?」


 なんていう俺の優しさは全く届いていなかったらしく、あっさり自分を追い込む麗奈。


「と言うわけで、いいじゃん!なんでダメなのさ!?」

「そうだぞ!山橋にとってもいい経験になるはずだ!」

「でも、あたし忙しいし」


 が、さすがにライブに出ると言わないくらいには分別があったらしい。彼女は首を縦には降らなかった。しゃあない、俺が手伝ってやるか。


「なぁ、雅也。無理強いしてやって貰うってのはどうなんだ?」

「…伸一?」

「これから俺、少し時間できたからこっちも手伝うよ。だから、今回は勘弁してやろう?」

「むー…一理あるなぁ」


 俺なんかがここを手伝ったところで何がどうなるわけでもないが、とりあえずこの場は引きたい。


「じゃあ、何やるんだよ」

「そうだな…せっかく歌唱研究部なんだから合唱とか…」

「甘いわぁっ!!」

「ぐはぅ!!」


 俺が考えた安易な考えが相当気に入らなかったらしく、部長のチョップが脳天を直撃した。い、いてぇ…


「それは去年やって不評だったんだよ…覚えてないのか?」

「あぁ…そういえば…」


 雅也の説明で思い出した。

 去年俺は全然部活には行かなかったが、客席から出し物を見るくらいはしていたのだ。

 そしてやってきた歌唱研究部の合唱は…なんというか、その、下手ではなかった。下手ではなかったのだが…とにかくつまらなかったのだ。


「ぐおおおお…あの時のことは思い出させるなぁあああ…」

「部長、あんたは毎日が黒歴史だろうに…」

「…石田、今なんて言った?」

「いいえ何も!!」


 部長の鋭い視線を交わし麗奈を見ると、他の部員に話しかけられてあたふたしていた。このコミュ障が…

 と、ため息をつきドラマ撮影の現場に向かうルートを考え出した時…




 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリ………




 俺の携帯電話が電子音を高らかに鳴らし、皆の視線が集まる。

 番号を知っているのは会社のみんなと雅也と両親くらいだ。おそらく、さっき未読した美月さんあたりだろう。

 なんなんだ。俺だって、少しくらい放っておいて欲しい時だってあるんだ。


「今忙しいんです!もう電話してこないでください!!」


 つい、上司に向かって苛立ちをぶつけてしまった。あれ、こんな事言うつもりじゃなかったのに…


「ふ…ふえぇ…」

「…は?」


 美月さんの年齢的にどうなんだそれは…と言いたくなる泣き声が、スピーカーから聞こえる。


「この前は言いすぎちゃってごめんって言おうとしたのに…結局麗奈はフェスに出てるし、その後になっても連絡なくて不安で怖かったけどなけなしの勇気を振り絞って電話したのにぃぃぃぃ!!!!」

「あ…」


 訂正、もう一人いた。


「石田なんて大っ嫌い!!!!」

「ごめんごめんごめん今井!!」


 そういえばこの前カラオケボックスで別れてから一回も連絡とってないな…忘れてなかったぞ?全然忘れてなかったぞ本当だぞ?


「だれ、その女?」

「そのジト目はなんだ…」


 麗奈は微妙な顔でじっと俺を見つめてくる。


「修羅場?修羅場なのか?」

「ヒューヒュー!」


 そして、歌唱研の人たちはなんだか嬉しそう。まぁ、そりゃあいきなり電話始めた奴のスピーカーから女の泣き声聞こえたらそりゃあビビるか。


「もう切るっ!」

「待てって!話せばわかる!」


 どうやら完全にお怒りらしい。まぁ、そんなところが可愛かったりするのだが。年下としてね?


「何よ、随分と楽しそうな声が聞こえるじゃない!どうせあたしの事なんて忘れてたんでしょ!?」

「忘れてない!ただ2章のうちに仲直りしてなかった事を思い出したから急遽…」

「ああ!今言ってはいけない事を言ったわ!しかも思い出したとも言ったわ!」

「あげあしばっか取るなって!なんか言う事聞いてやるから!」

「ん?」

「なんでもとは言ってねぇ!」


 あれ、喧嘩していたはずなのにいつものノリに戻ってる…?


「ねぇ、あんた今どこにいるのよ?」

「へ?大学だけど?」

「え!もしかして冬海大!?」

「もしかしなくてもそうだけど…だからなんなんだよ」

「今近所にいるから、行くわね!案内よろしく!!」

「ちょ、バカ言うな!」


 そもそもお前一応アイドル(笑)だろう!?

 こんな気軽にフラフラしていていいのかよ。ってか、オープンキャンパスはまだ先です!


「じゃ、そういうわけで!アデュー!」

「いらっ…」


 そうして、電話は一方的に切られてしまった。お前俺に怒ってたこと忘れてるだろ…


「なぁ、伸一…」

「なんだよ雅也」

「来るのか、その彼女」

「来るらしいけど、すぐ追い返すから安心しろ。あと、彼女じゃない」

「おい聞いたかみんな!!伸一の彼女だ!幽霊部員だったくせに、夏の間に彼女作ってやがったぜ!」

「テメェ…」


 周りからはサイテー!オンナナカセー!なんて野次が飛んでくるように…もう面倒くせぇなんなんなんだこの部活!


「じゃ、みんな野次馬しに行くぞ!」

「おおー!」


 しかも、意外に部長が乗り気だからムカつくぜ…


「なぁ麗奈…なんとかしてくれよ…」

「ふんっ!勝手に彼女と遊んで居ればいいわ!」

「信じてんじゃねぇよ俺を信じろよ…」


 小声で頼んだらこのザマ。お前が怒るのは、おかしいだろ。

それに………




 ************************************




「うっわぁ!大きい!」

「そ、そうか?」

「うん、こんなのに入るの…初めてだから…」

「お前わざとやってないか?」

「なんだこいつか…」


ロリ体型のくせにいきなり下ネタかよ…

そんな風にやってきた今井を見て麗奈は一気に興味をなくしたらしい。スマホをいじり出した。


「あれ、この純情な乙女に向かって何を言っているのかしら?」

「やっぱりわかってんじゃん…」


 ちょっとだけ久しぶりに会った彼女は、相変わらずいろんなところが小さく、マスクとグラサンを完備していた。


 とまぁそんな感じで挨拶を済ませ、本題に入ろう。


「この前の事は、悪かったって思ってる。お前だって色々考えてくれていたのに…」

「石田………もう、その事はいいよ」

「でも、あの時俺は…」

「ううん、別に、石田ばっかりが悪かったわけじゃないし。それより、ここを案内してくれない?あたしが来年入る大学なんだから」

「ああ…」


 彼女にしては珍しく、やわらかな笑みを見せてくれた。

…本当、急にそういう顔するのやめて欲しい。このルートに進みたくなっちゃうだろ。


「いっでぇ!!」

「うわっ!!どうしたのよ石田!?」

「いだいいだいいだいいだい!!麗奈!?何やってんだよ!!」

「別に…なんか気に入らなかっただけよ!」

「いだだだだだ!背中をつねるのはやめろ!!さ◯らか!?鬼嫁なのか!?」


 ぎゅっとつねられた背中はきっと赤くなっている事だろう。めちゃくちゃ痛い。


「なんでののとこんなに仲いいのよ!?彼女なの!?いつの間に付き合ってたの!?」

「だから違うってさっきから言ってんじゃん!」


本当、最近のこいつの行動はよくわからん。


「麗奈…?」

「「あ…」」


 そう、ここは大学のキャンパス内で。

 先ほどの雅也の宣言通り、周りにはたくさんの野次馬がいたわけで。


「え?何そんな怖い顔しちゃって…麗奈?」

「「「「「麗奈………?」」」」」


 木の陰に隠れたり、通りすがりに見せかけていた奴らが一斉に麗奈の方を向いてしまった。


「な、なにこの熱視線は…まさかあたしがあのスーパーミラクルアイドル、今井ののとバレて…」

「「「「「今井のの…?」」」」」

「もういい!もういいからお前は黙ってくれ!!」


 しかも、自分の正体まであっさりバラしやがった。馬鹿なのかこいつ…あ、馬鹿だった!


「おい、伸一…」

「なんだよ雅也」


 困る俺に近づいてくる親友。こいつなら、もしかしたら何か助けに…


「アイドル二人も囲うとか、伸一くんやる〜!!」

「うわあああああああやっぱりレナなんだ!!」

「スッゲェ本物!?」

「ってかこっちのロリ、今井ののなの!?」

「でも言われてみれば!?」

「おい今ロリって言ったやつだ誰ダァ!!?」


 その一言で皆確信してしまったのか、一斉に二人に近寄っていてしまう。麗奈は困り顔でオロオロして…今井、お前まで一緒に騒いでどうする。


「なぁ、雅也くんよぉ…」

「なんですかい部長さん」

「俺、いい事思いついちまったよ」

「へぇ…旦那もですかい。奇遇ですなぁ…」


 すると、隣で部長と雅也くだらない小芝居を始めていた。まさか…再びのいやな予感メーターに反応ありだ。


「「なぁ二人とも!!」」

「何よ」

「何よ」


 囲んでいる部員たちをどかし現れた二人の男に、両アイドルともに引き気味。そりゃあそうか。

 そして、雅也は二人の手をとって言い放つ。


「学祭で二人一緒に、合同ライブやらないか!!?」

「いいわよ!!」

「嫌だってさっき言ったじゃん!!」


 ……………………


「え?」

「は?」


 ああ、ものすごく面倒な事が始まってしまった。それを確信する俺であった。




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