第31話 一番の日
「ハッピーバースデイ、香奈ちゃん!!」
「足を吊るされておいて祝われてもあまりありがたみが感じられないよお兄ちゃん」
ひ、ひどい…
ああ、そういえばやっぱり俺の足は骨折だったらしい。あれだけの鉄骨を受けたのにこの程度で済んだのはいいことなのかもしれないけど…
というか、これは麗奈を庇った名誉の負傷であってもっと褒めてくれてもいいはずなんだけど、彼女の目は冷ややかだ。
「突然電話から声がしなくなったと思ったらがっしゃん!!なんて音はするし、救急車!とか叫ぶ美香の声はするし、散々びくびくさせておきながら突然無言で電話は切れるし…はぁ、寿命が二年は縮まったねもう死んでるね私は!」
「すみませんだから足に向かって腕を振り上げるのはやめてください!!」
香奈ちゃんは話しながらだんだんイライラしてきたらしく興奮気味だ。
ってか足を殴ろうとするのはさすがにお兄ちゃん感心しない…
「で、結果をネットで見てみれば失格になってるし、そんで帰って来たら…」
「うん、びっくりしたでしょ?」
「ああ、本当にな!」
「うぎゃあ!」
その瞬間足に電撃が走った。マジかよ、本当に殴った信じられん…
まぁ、とん、と触るくらいの強さだったけど。
でも、まぁ許すよ。だって、今日は香奈ちゃんの、特別な日だから。
そして今は………
「ちょ、美月!それあたしの鳥!!」
「早いもん勝ちだよーだ!」
こんなんだったり。
「石田は体張って麗奈を守ったんだから、この傷は仕方ねぇ。だがな、これから石田が仕事に来ない分の仕事はどうなると思う?」
「全部総司さんがやってくれると思うっす!!」
「ざけんな絶対やらねぇ!!」
「二人で頑張るんだな!はっはっは!!」
「社長さんも手伝ってくださいよぉ…」
あんなんだったり。
「ろうそくの火…綺麗…ふふ…ふふふふふふ…」
…………………約1名ツッコミに苦しむのがいたが、みんな仲良く香奈ちゃんの病室で誕生日パーティーを開催しているのだから。
「ほら、主役なんだからもっと楽しそうにしなよ」
「ああ、そうかもね…」
暗い部屋、ケーキのろうそく、映る貌。
優しげな笑顔を浮かべる彼女は、年相応に幼く、汚れを知らない天使のよう。
「なぁ、でも、これで良かったのかい?」
「ん?何が?」
「お姉ちゃんの見方をするということは、きっと大変だよ?」
「…だろうなぁ」
「ねぇ、これはさ、私のなんというか…興味本位というか別に答えなくてもいいというかちょっと乙女でちゃったのかてか思ってくれて構わないんだけど…」
「………?」
珍しいこともあるんだな。香奈ちゃんがこんな風に顔を赤らめ、もじもじとしおらしくするなんて。ちょっと可愛い…
「なんだい?お兄ちゃんになんでも言ってごらん?」
「ごめん、さすがにちょっとキモイよ石田伸一くん」
「えー…」
随分と辛辣なご意見をいただいてしまった。キモイって…
「君は、お姉ちゃんのことが好きなのかい?」
「い゛っ!?」
な、なななななななにを言ってるんだこの子は!?
「どうなんですか先輩?」
「なんでお前が食いついてくるんだよ!」
「この前聞こうとしたらセクハラを受けたので」
「そのことは忘れろ!」
今思い出しても頭痛がきそうだ。
「で、どうなの?」
「うわ、美月さんまで!」
「ほら〜麗奈もそんな端っこで縮まってないで聞いてごらんなさいよ!」
「う、うるさいなぁ…」
気づけば場は完全に言ーえ、言ーえ、言ーえ、みたいな小学生ノリになっていた。
というか実際先輩方は声に出していた。いくつだよあんたら…
「おいどうにかしろよ麗奈…」
「ん?」
「今麗奈って言ったよね?」
「麗奈って言った」
あ、やば…
「あ、あああああんた誰が下の名前で呼んでいいだなんて言ったのよ!!?」
「あ、つい…」
「つい、じゃねぇよ!!」
興奮するとちょっと男言葉入るところは香奈ちゃんの影響だろうか。
まぁそれはともかく麗奈…山橋?どっちにしようか。は、顔を真っ赤にしてお怒りの様子。
「ごめん、ダメだったか?」
「ううっ…」
「お姉ちゃん…」
聞いてみると、それはそれで答えなくなってしまう。香奈ちゃんは付き合ってられないとばかりにケーキの方に関心を寄せ出した。
「そーいえばれなさんがさいしょにせんぱいのことしたのなまえでよんでましたねー」
「美香っ!!?」
「なんで片言なの美香…?」
だがケーキの方に行ったら行ったで、そこの番人に絡まれる。
というか君はいつまで目からハイライト消してるつもりだよ言◯様かよ…
「ううう…」
「お姉ちゃん…ツンデレにもほどがあるよ…」
「い、いいじゃない呼び方なんてなんだって!いいわ、これからあたし、君のこと伸一って呼んであげるから!!」
「じゃあ俺は山橋で行くわ」
「〜〜〜〜っ!!」
「お兄ちゃんゲスすぎ…」
すまん、ちょっと追い込みたくなってしまった。
「で、結局どうなの?好きなの?嫌いなの?」
「まだその話続きますかそうですか…」
「いいからさっさと答えろよ!!」
「さっきは答えなくてもいいって言ってたじゃん!」
もう、香奈ちゃんも興奮してしまい、収拾がつかない。
「あ、蝋が垂れる…あ、あああ…ああー」
「おいおいおいおいおいもっと早く言えよ!!香奈ちゃん消火!」
「く…後でちゃんと聞くからな!?」
そんなこんなで、少しだけ蝋がこぼれてしまったが、無事ろうそくの火を消すことには成功したのであった。
「…暗いんだけど」
「電気つけてこい太郎」
「なんで俺が…」
「つけてきてはすみーん」
「はーい♡」
「て、テメェ…」
横からはそんなコントが聞こえてきたから、すぐに電気はつくだろう。
「香奈ちゃん」
「ん?」
「香奈ちゃんは、何か願ったの?」
「ああ、あの迷信か」
「夢のないガキンチョだねぇ…」
「なんだって…?」
香奈ちゃんの言葉は明確な怒気を孕んでいたが、気にしない。
ほら、ろうそくを消すときに願い事とかするじゃん?
香奈ちゃんのことだ。きっと大きなことを願うに違いない。
「特別何か願ったわけじゃあないけれど…」
「ん?」
「できれば、今日途中で中断された、お姉ちゃんの歌が聞きたいかな?」
でも、年上にもいつも不遜なこの少女の願いは、たった一つで。
そのたった一つは、ものすごく小さなことで。
「麗奈、どう?」
「そんなの…歌うに決まってるじゃない…」
そして、姉がその願いを聞き届けないはずもなく。
「♬〜」
アカペラで歌われた『GIFT』。
思えば、無茶なスケジュールで生まれた曲だった。
樋口が提案したのは、香奈ちゃんの誕生日に香奈ちゃんのための歌を歌う、と言う考えだった。
安易な…とも思ったが、彼女が一番喜ぶプレゼントは、きっと大好きな姉からの歌であると言われ、不思議と納得できてしまった。
ゆっくりと、慈しむように、麗奈は歌う。
目を閉じ、その音の一つ一つを決して聞き逃さないとばかりに黙る香奈ちゃん。
俺という邪魔が入らないからか、楽しそうだな。
大事なことは、歌で。
この曲に、妹への想いが全て込められている。
でも、今度はちゃんと、終わりは来た。
誰に止められるでもなく、そっと、彼女の歌は、終わった。
「ど、どう…?」
麗奈は自信なさげに香奈ちゃんに問う。
香奈ちゃんは、しばらくその余韻をかみしめるようにしてから目を開き…
「今まで生きてきて、こんなに嬉しい日、ないよ?」
と、満面の笑みで答えたのだった。
その瞬間…
「………なんで、お兄ちゃんが泣いてるのさ?」
「あ…れ…?」
ほんと、なんでだろうな。
ひたむきの愛の形が、どうしようもなく美しくて、尊くて。
「は、恥ずかしいなぁ…泣かないでよ…」
「ご、ごめん…」
俺も顔が赤くなっていくのを感じた。
は、恥ずかしい…死ねるレベルに。
「ちょ、ちょっと俺トイレ…」
「あ、逃げた」
俺は松葉杖を手に取り、男子便所へ急いだ。ダメだ、一度心を落ち着かせないと。
扉を開け、外に出る。どうしよ…自販機にでも行ってコーヒーでも飲もうかな。
「待って…」
と思ったら、不意に腕の裾を掴まれた。
「樋口…?」
「すみません、ちょっと、話がしたくて…」
「いいけど…パーティーはいいのか?」
「ふふ、私もちょっと泣いちゃいそうでしたから」
「人の傷に塩を塗り込むのは良くないと思うなぁ…」
とまぁ、そんなわけで、俺と樋口は二人、缶コーヒー片手に中庭のベンチに腰掛けた。
「月が綺麗だな…」
「私は、死んでもいいですよ?」
「どうした突然?」
「わからないのに言ったんですか…」
「ど、どういうこと?」
なんだろう、女子高生特有の暗号か何かだろうか。
「花火、大変でしたね」
「ああ、そうだな…」
本当に、俺はヘタれるのに忙しかったよ、まったく。
でも、そんな時、決まって俺をすくい上げてくれるのは、お前…だよな。
「花火、もっと近くで見れたら、きっと綺麗だったんでしょうけど…」
「ああ、まぁ…あ、でもそういえば近所で花火大会あるよな。それで補完」
「そ、そうですね!そうなんですけど…」
「…どした?」
樋口は俯いて、震えているようにも見える。なんだ、何かまずいことでもしたか?
「あの花火、家からでも見れますよね」
「え?まぁ屋台とか回れないけど一応な」
「じゃあ、もしよかったら、その…」
そこで、また黙ってしまった。
これはもしかして…誘ってくれてるととっても、いいのかな?
「なぁ、樋口」
「はい?」
「俺、脚がこんなんだから、迷惑かけるかもしれないけど…」
「え、え…?」
「一緒に花火、見るか?」
「は…はえ…あ………」
だからちょっと、誘ってみてしまった。まぁ、家も近いし、問題ないだろう。今回のことや、いつものお礼だってしたいし。
それに、俺は残念ながら鈍感系主人公と呼ばれるものとは違う、進化型主人公を目指すんだ。
こういうのは、やっぱり男から誘わないとな。
すると樋口は自分の右手を上げ…
「ふんっ!」
「何やってんだお前…?」
パン、と、急に自分の頬を張り出した。
「痛い…痛いです、先輩」
「そりゃあ痛いだろうな」
「夢じゃ…ない?」
「夢じゃないな」
挙動不審すぎて俺がお前のことを夢だと思いたいくらいだよ。
「行きます!!是非行きます!!」
「お、おう…」
「うわー、うわー、マジでかー!」
「おい、キャラぶれっぶれだぞ?」
樋口はそのままベンチから立ち上がり、俺を見た。
「私、先にパーティー戻ってますね!?」
「ちなみに話って…」
「それはもういいです!」
樋口は満面の笑みでくるくる回りながら病棟に戻っていく。よろこんでくれたなら何よりだけど…
「先輩!」
「ん?」
でも、彼女が振り向いて…
「ありがとうございますっ!」
そう、言った時、泣いてるように見えたのは…気のせいだろうか。