第30話 光
前奏が流れだす。
ああ、この曲にはやっぱり、香奈ちゃんの匂いがするな。
山橋の…いや、ここからは麗奈、でいいのかな?
曲は、今までの影響を受けてか香奈ちゃんらしい明るくポップな風味と、おそらく麗奈自身の持ち味である哀愁が混じり、衝突し、新たな”山橋レナ”を作り出していた。
そして、いつだって芸術の衝突は、どうしようもなく人の心を震わせるのだ。
ほら、その証拠に、まだ歌ってすらないのに、騒がしかった観客はみんな黙って何かが起こるという予感に打ち震えているじゃないか。
「♬ねぇ、覚えてる?
忘れたかい?
君の生まれた日♬」
始まった…!!
「せ、先輩…」
樋口は泣きそうな顔で俺を見る。
ああ、この曲の真意がわかるのは俺たちだけ。それに、樋口はあの姉妹との付き合いも長いらしいし、より響くものがあるのだろう。
「♬今はもう見れない
滲むインク
写真のよう♬」
そして、俺も。
山橋の、その懐かしむように、語りかけるように歌うその姿に、泣かされそうになる。
「どうだい、香奈ちゃん」
『…うるさい』
と、そんな俺の質問は邪魔だったらしい。でも、当然だよな。いいに決まってるよな。だって、香奈ちゃんは山橋の一番のファンだったもんな。
俺のスマホ越しに聞く香奈ちゃんが、痛いくらいに受話器を耳を押し当てているのがわかった。
「♬ねぇ、覚えてる?
捨てたかな?
私の贈り物
いつも一緒だった
クマのぬいぐるみのこと♬」
「香奈ちゃんクマのぬいぐるみなんか持ってるんだってな?ずっと抱きかかえて寝てたんだって?」
『っ!!あの馬鹿姉…余計なことを…』
歌詞を書いている麗奈に、いろいろと歌詞の内容について聞いてみたら嬉しそうに色々話してくれた。香奈ちゃんには悪いけど、いつか脅迫にでも使わせてもらおうかなぐふふ。
「先輩、真面目に聞いてください」
「すみません」
怒られてしまった。
だって、少し、照れくさくなってしまったんだ。
人が心の内をさらけ出し歌うのって、恥ずかしいものじゃないか。
「♬愛された記憶も
愛した記憶も
消えてないよ
ここにあるよ
だから今も立っていられるよ♬」
でも、きっと歌っている本人は、少しも気にしていないのだろう。
その証拠に、あんなに楽しそうに歌っているじゃないか。
そして、懐かしむように歌われるAメロは終わり、強く祈るように歌われたBメロを終え、曲はサビへ向かうーーー
「♬生まれてきた意味を追いかけて
走り続けた道は
明日で笑ってる
僕らに繋がったかな?♬
♬街に
響く
君の歌は
神様のギフト♬」
「っ…」
「香奈ちゃん、大丈夫?」
「うるっ…さいなぁ…」
「うん、ごめん」
でも、ちゃんと聞いて欲しいから。
だって、俺はあいつがどんな風に曲を書いていたか知ってる。
笑顔で懐かしそうに、優しい顔で書いていたことも多かったけど…涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、絞り出すように書いていた時だってあるんだ。
その想いを、知って欲しいから。
「♬ああ、思い出せる
二人だけ。生きてきた道を
そっと、私の背を押してくれた
君のことを♬」
そして、ここからが問題の場所…
「♬こんなにもたくさんの贈り物を
もらった分だけ返せないのに
私は自分のために生きてなんて
身勝手だよ
本当にわがままだよ…♬」
「っ!!」
舞台の上に立つ麗奈は、どうにか涙をこらえ、声も震えないように頑張っていた。
握った拳は血が滲むんじゃないかってくらい握りしめられていて、それでも、彼女はアイドルとして笑顔を崩さないでいて。
助けに行きたい
もう、いいよって、言ってやりたい。
「♬誰もが意味を持っているなら
私は誰に歌う?
幸せの答えを
どこに求めればいいの?♬」
でも、麗奈は頑張るって言った。
この曲で、記憶に残るような、最後の歌を………
山橋レナが、誰かのために。山橋香奈のために歌う、最後の歌を歌うと、そう言ったのだ。
「ほら先輩。客席、見てください」
「え?」
樋口の指示で、俺は顔を麗奈から逸らし客席を見る。
すると………
「す、すごい…」
そこには、曲に合わせ手を振る観客の姿があった。
一体となり、彼女の愛の歌に溺れ、涙する。そんな姿が、あったのだ。
「♬それでも君の笑い顔や
泣き顔だって全部
大事で
愛しい
溢れ出すこの気持ちには…♬」
そして、この手紙も終わる。俺だけじゃなく、隣の樋口にも鳥肌が立ったのがわかる。
はは、何が勝負は関係ない、だよ。
こんなの、優勝に決まってるじゃないか。
人のために歌う歌じゃ感動させられない?香奈ちゃん、嘘言っちゃいけないよ。
感動してない人間なんて、この場には誰一人としていない。それは、香奈ちゃんもだろう?
「最後…」
「ああ……」
樋口は、惜しいような、でもホッとしたような笑顔を浮かべる。
でも本当にこれで最後………俺が馬鹿にした彼女の、最後のライブにーーー
「………なに、やってんだ、あいつ?」
でも、樋口から麗奈に視線を戻そうとした時、一瞬だけ見えてしまった。
恐ろしい形相でステージ裏に歩く、康介の姿を………
「♬嘘をつけない馬鹿な歌に
ありったけの想い乗せ
届いて
ありがとうって心
ずっと
君の
心に残るように…………♬」
「麗奈っっっっ!!!!!!!!!」
「♬私のギフ…♬え?」
突然麗奈に向かって走りだす俺。
スタッフも唖然と俺を見るが、すぐに今起こってる事態に気づき顔色を変える。
「避けろおおっ!!!!」
「う、うわぁあっ!!」
俺が麗奈に覆いかぶさるような形で庇う。
間一髪。その瞬間に、セットが崩れ鉄骨が降ってきた。
「だ…はっ………大丈夫…か?」
「な…え?ど、どうして、こんな………」
「ったく、鈍いんだよお前………」
「や、ヤダ…ご、ごめん…ごめっ…!」
「どうしてお前が泣くんだよ…痛いのは俺なんだぞ?」
くそ、思いっきり足に当たってきやがった。痛い…痛すぎて気が遠くなりそうだ…
「だ、誰か早く!!先輩!!先輩!!!!」
そんな中、樋口の叫び声と、麗奈のすすり泣くような声が、重く、響く。
「立てるか?」
すると、やけにガタイのいい男に鉄骨を退かされ、おんぶしてもらえた。え、何この渋かっこいいおじさま…
「お手柄だな、小僧」
「社長さんやないか…」
とまぁそんなわけで、俺は救護室に回されたのであった。
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「納得いかない!!!!」
「お前勝負は気にしないって言ってただろ?」
「そうだけど、事故でしょう!?運営の責任なのにどうしてあたしが失格扱いされなきゃいけないのよ!!」
「まぁそりゃあなんだ…それ以上はいけないってやつじゃないのか?」
「むっかー!!ああどうしよう!もう社長さん!車遅いよ!!」
「文句言うない。法律は守らんとなぁ」
「そのなりでよく言いますね」
あの後、山橋レナはステージ途中棄権という形で失格になり、それが決定した瞬間、俺たちは社長さんの車に乗って病院に直行していた。
マスコミに囲まれても時間を取られてしまうしな。
「あたし捻挫、伸一は骨折っぽい。ほんと何なのこの大会!いつかぶっ潰してやるわ!!」
「おいおいそれ外であんま言うなよ…?」
そう、救護室に行った結果俺はめでたく足を骨折したとされ、今も半端なく痛い。
山橋は俺が突き飛ばした時に足を捻ったらしく捻挫。まぁ、最悪の事態は避けられたと言ってもいいだろう。
そう、なんだけど………
「おい、元気出せよ樋口。これから香奈ちゃんの誕生日パーティーだろ?お前が言い出したことなんだから、お前もちゃんと盛り上がらないと」
「は、はい…そ、そうですよね、はい!」
俺が空元気で声をかけると、ものすっごい無理をした笑顔をされてしまった。
さっきから、樋口はずっと元気がない。車の中でも話しかけると空返事か、もっと悪いと無視だったりするときもある
もしかして、救護室に行っている間に、何かあったのか?
もしくはあれを…お前も見ていたってのか?樋口。
「そろそろかな?」
俺は『夏の歌唱フェスティバル』公式ホームページを開き、結果発表一覧をクリックする。
「『BLACK MOON』優勝だってさ」
「はぁ!?あのポンコツ下手くそチャラ男くんが優勝!?なめてんのこの大会?何が日本一よ◯ねっ!!審査員全員◯んでしまえっ!!」
「本当にそれ絶対テレビとかで言うなよ!?」
こいつ、マジで危ない。関係者とかいて干されたらどうすんだよ…
「はぁ…」
でも、窓から外を見つめる麗奈に後悔の色はなく。
最後の最後で邪魔が入ったにせよ、彼女なりに満足のいくライブだったのだろう。
それに、山橋レナ失格のアナウンスが流れた時の会場の超巨大なブーイングが、いかに素晴らしいパフォーマンスだったかを物語っていたからな。
それならいいか、と、顔を前に向けたその時…
閃光が、車内を包んだ。
それから一拍遅れてドン!!と言う音が響く。
「うわぁあ!花火だぁ!」
「夏の歌唱フェスティバルはその閉会式にすごい勢いで花火を打ち上げることで有名だからな」
社長さんが運転席から教えてくれた。
何で通称“花火”なのか気になっていたが、そういうことだったのか。
ドン、パラパラ…ドン、パチパチ…
響く花火、色鮮やかな光を浴びている麗奈の横顔。
それが、なぜかとても切なくて、愛おしいものに見えて、なぜだろう。泣いてしまいそうになる。
「ねぇ美香、伸一」
「ん?」
「どうしたんですか?」
花火に夢中な麗奈は、視線を動かさずに俺たちにほろりと、呟く。
「来年は、あそこで花火、見ようね」
「………………」
「………………ああ」
「三人で、あの花火…見ようね」
「そう、ですね…」
それから俺たちは、窓から花火が見えなくなるまで、じっと、その光を見続けていた。
曲は出来次第、随時活動報告などで発表します。すみません。
校正は終わらせましたが、作曲の過程で歌詞が変わる可能性があります。ですが歌詞の内容自体は変わらないので、安心してください!