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第29話 『GIFT』

「もう最低!!なんか最近あたし走ってばっか!!

「うるせぇな!仕方ねぇだろ遅延したんだから!!」

「ああー!!本当電車で自殺とかふざけてんの!?処理とかいろいろ大変だしそもそもそんな死に方するような性根だからストレスが溜まってくのよ!自分が悪いんだ全部!ああ◯ねっ!まじで◯ねっ!!」

「たぶんもう◯んだから俺らが迷惑被ってんだよ!!それにアイドルがそんな言葉吐いちゃいけません!!」

「うるさい!触れるものすべて傷つけたい気分なのよ!」

「お前もう18過ぎてるだろうがまだ思春期なのか!?」


 こんな感じで、喧嘩しながらもようやく茨城の会場に着いた。着いたはいいのだが、時刻はもう3時過ぎ。やばい、あとちょっとで始まっちまう!


「おせぇぞお前!急げ!!」

「女の子に向かって注文が多すぎるのよ!!あ、ねぇちょっと待って死んじゃう!そんなにスピード上げたら死んじゃうから!!」


 うるさいので、スピードを上げてやった。なぜライブ会場に行くのにこんな上り坂を掛け上がらねばならんのだ…


「おい、見えたぞ!!」

「ひぃ…ひぃっ…」


でもその坂だって終わりはある。その先には、大きな文字で「夏の歌唱フェスティバル」と書かれた会場があり、大歓声が聞こえて来る。

 …後ろを振り向くと、当の山橋はものすごい顔になってる…かわいそうなのでどれほどかは明記しない。

 しばらくして追いついた山橋と一緒に、会場入りをした。


「うわ…人すごいな…」

「そんなこと言ってないで早くメイクやら発声やら…あと10分しかないじゃない!」

「おう、まぁその前に俺は樋口と合流しなきゃ…あ、いた」


 慌ただしい舞台裏。

 その視線の先に、スーツを着た場に似合わぬ少女がいた。彼女は個あったような顔をして辺りを見回している。俺たちが遅いから探しているのだろうか。

 申し訳なさを感じながら彼女の元へ。目線がこちらに向けられる。すると、樋口は俯いて嫌そうな顔…え、何、ものすごい傷つくんだけど…


「よう、美香」

「…何の用なの?」


 と思ったら、俺の前にいた男が樋口に話しかけたではないか。

 ん、じゃあもしかしてさっきの目は俺に向けたものじゃない?ならよかった…じゃなくて、何だこいつは?

 ワックスで髪をツンツンに立て、真っ黒の革ジャンを着ている。闇の炎とか出しそうだ。


「ひ、樋口…彼氏さんか?」

「うわぁ!先輩いつからいたんですか!?」

「それは復讐なのか?いつもの復讐なのか!?」


 そっと声をかけてみたらものすごくびっくりされた。

 でも、その驚きにの中には、どこか、怯えも含まれているような気がする。


「…石田?石田伸一か、お前?」

「………え?」


 でも、その理由は、すぐにわかった。

そう、忘れられるはずがない。その、一見優しげに見える笑顔も、この馴れ馴れしさも、その男が彼であることを物語っていた。


「康介…?」


俺のトラウマ。俺の青春、だったはずの場所を奪った張本人。そしてきっと、この世で一番恨んだ人間。




「なんだよ、馴れ馴れしく呼ぶなよな、いじめっ子くん」




長澤康介。バスケ部時代に俺をハメ(性的にではない)、居場所を無くさせた張本人だ。


「空気を読めシリアスシーンだぞこのクソナレーションってのはさておき、この雰囲気は何なの?あたしここにいたほうがいいの?」

「お前こそちょっとは空気を読め!早くメイクしてこい!」


俺は無理やり山橋の手を引き、化粧室に押し込んだ。

今の彼女には、ライブに集中してほしい。

康介は、そんな俺の様子が可笑しくて仕方ないように腹を抱えた。


「何?美香だけじゃなくて、お前もアイドルちゃんのお供してるわけ?はは、ウケる」

「………どうして、お前がこんなとこに?」

「んだよつれないなぁ…俺、『BLACK MOON』ってバンドのボーカルなんだわ。今日出場すんの」

「は…?」


 なんだその中二こじらせたようなネーミングセンスは。口にはしないが。


「んで、本当はアイドルちゃんの次だったんだけど、本当全然来ないからさぁ…もう失格になって前倒しになっちゃったよ、俺ら」

「………っ!?」


  失格?失格って山橋がか?

 確かに、リハも出なかったし順番はもうすぐそこ…失格にされていたとしても可笑しくはない…


「そんな顔すんなって!あははは、冗談冗談。マジになんなって!」

「お前…っ!!」

「先輩!ダメです!」


樋口が俺の肩を掴み、縋るような眼差しを向けてくる。

 確かに、ここで暴力沙汰はまずい。そんなこと俺が一番わかっていなきゃいけないはずなのに。

相手は仮にもこの祭りに呼ばれる程のアーティストなのだ。その後俺らが被る被害は尋常ではないだろう。

でも、それでも殴りかかってしまったのは、許せなかったから。

あいつの想いも知らないで。このライブが、どれほどの意味を持つか、何も知らないくせに。


「ごめん、樋口…」

「いえ、いいんです。この人が全部悪いんですから…」


  でも、助かった。

  樋口を見ると、彼女も怒りで肩を震わせていた。くそ、この子の方がよっぽど冷静じゃないか。


「怖いねぇ…でも順番は変わっちまったぜ?山橋麗奈からBLACK MOONだったのに、逆になっちまったよ。はぁ…ったく、アイドルってのはマナーもルールも守れないのな?」

「っ!!」


と、その瞬間樋口の右手が閃き、康介の右頬に吸い寄せられる。

しかし…


「おいおいいいのか?お前、山橋レナのマネージャーなんだろ?」

「私の力で平手打ちしても、痕には残らないでしょう?」


 彼女の右腕は手首を抑えられたことで勢いを止められてしまった。康介は挑発的に笑い、樋口を見る。


「なぁ美香。父さん来てるから、あとで会いに行けよ?」

「嫌だ…絶対に行かない!」

「………?」


 さっきから気になってはいたのだが、二人は知り合いなのか?初対面には見えないが…


「おやぁ、美香、もしかして話してないのか?」

「や、やめてってば…」


 でも、その関係は決していいようには見えない。康介はハハァン、と口元を歪め、樋口の肩を抱く。


「すまん石田。こいつ、俺の妹なんだ」

「………は?」

「〜っ!!」


 妹…?樋口が康介の妹ってことは…兄妹!?

あまりに突然すぎてついていけない。ってことは、もしかして…


「なんだよ、本当に言ってなかったみたいだな。隠してたのか?嫌われたくなかったのか?

 二年前もお前、怒ってたもんなぁ…ははははは!!こりゃ傑作だ!!」

「行って………もう、行ってよ!!」


その発言で、わかってしまった。樋口は、俺のことを知っていた。

俺が高校時代、どんなだったか、知っていたのだ。

 一方康介は、妹をこんな泣きそうな顔にしておいて、それが心底嬉しいかのように笑う。


「じゃあ、結果発表でな。くく…くはっ!」


 そして最後まで嘲笑を浮かべたまま、奴は去る。全く自分の勝利を疑っていないって面だ。


「先輩、その…」

「言いにくかったんだろ?」

「え…?」

「康介と俺のこと、知ってたんだろ?」

「それは………はい」

「なら、言いにくいのもわかるよ。だから、このことについて俺は全然気にしないから」

「で、でも…」

「いいから。さ、行こう。康介の歌も、聞いておきたいだろ?」

「………先輩ぃ…」


 何か言いたげな樋口を無理やりに連れ出し、舞台裏へ。

 今はこれ以上、あのことを思い出したくなかった。触れたくなかった。

 吹っ切れたとはいえ、そう思い出したい記憶じゃないんだ。




「それでは期待の大人気バンド、今日の本命とも名高い『BLACK MOON』より、『SHAKE』!!」


 司会のお姉さんによって、彼らの出番が始まった。


「す、スゲェな、思ったより」

「…兄さんは歌、上手でしたから」

「長澤かぁ…聞いたことあるな」

「お父さんが、ちょっと業界で有名な歌手で…ってか知らないんですか長澤浩一?」

「んー聞いたことあるようなないような…」

「本当、テレビ嫌いですね」


 ちなみにBLACK MOONというバンドは二年前結成されたらしい若いグループだ。

 まぁ業界の大物という父親のコネを存分に使ったのだろう。テレビでの露出は多く、一応高い実力もあってか人気は急上昇。その結果、今回の出場に繋がったらしい。ウ◯キ曰く。


「ボーカルもそうだけど…全部の楽器うまいな」

「きっとあれらも、お父さんが用意したんでしょう」

「本当何者だよお前の親父…」


 そして実際、観客はものすごい盛況っぷりで、泣いている人すら見える。

 歌声は力強く、そしてどこか黒く、低音から高音までその音域を駆使した完璧なものだ。これは人気も出るというもの。父親のコネだけではこれほどのものを作り出すことはできないだろう。


 ああ、知っていたさ。あいつはずるくて最低で、どうしようもないやつだけど、負けず嫌いなんだってことを。

 だからきっとかなり練習したんだろう。なにせ学校の部活とは違い、いくら媚びてもファンは付いてきてくれない。

 この芸能界は、実力あるものしか生きることを赦されない世界なのだ。


 そうしているうちに曲ラスサビへ。

 今まで溜め込んできたもの、その全てを放出するように歌う。

 そしてその歌は、この俺にすら、強く、強く、強く響いた。


「っ…!」


 曲が終わった。熱狂した観客は惜しみない拍手をBLACK MOONに送り、彼らは退場した。


「はぁ…はぁっ…!!」

「………………」


 そして、退場した康介は当然舞台裏にいた俺たちと会うわけで。


「どうだ?」


 汗にまみれて、でも誇らしげに、自慢げに、笑ってきた。

 認めたくない。でも、その姿を見て、どうしてもこのありえない感情は湧き上がってきてしまうのだ。




 ———羨ましい、だなんて。




「お、お疲れ…」

「はっ…次はお前らだぞ?まぁ、アイドルなんて顔だけでチャラチャラしてればいいようなやつに、俺が負けるはずもない。

 それなりに頑張って、ビリにならないように気をつけるんだな」


さっきまでだったら、きっと俺も殴りかかっていたと思う。

けれど今は…その自身に足るだけのものがあると見せつけられてしまった今は、もう、何も言い返せなかった。

 康介はそれだけ伝えると振り返り…


「何よ?」

「い、いたのかよ…」

「いたけど?」

「ちっ…」


 現れた山橋を見つけ、睨みつけたあと、仲間の元に去っていった。


「何て顔してるのよ?」

「いや、その…」


 山橋は、俺たちのことを知らない。いや、知らなくていいとも、思う。


 この前のこと(7話と21話)じゃあないが、山橋は本当に、このこととは関係ないのだから。


「ああ、気にしなくていいわよ、あんなの。勝負なんて、今日は関係ないんだから」

「…ああ、そうだったな」


 でも、まぁ都合よく勘違いしてくれたからいいだろう。


「美香、今回のことは、本当に迷惑かけてごめん」

「そんなこと…私が今までかけた迷惑に比べれば、今回のことなんてほんの些細なことです」


 山橋は樋口にそう告げ、ハイタッチする。

 ああ、いいな、こういうの。

 すると、彼女は次に俺の方を向いた。


「あんたも…今日までその…迷惑かけたわね」

「いや、これからの方がもっとかけられるだろうからいちいち謝らなくていいぞ?」


 香奈ちゃんにも、頼まれちまったしな。

 かと言って、これからもそんなに大きな助けにはなれないと思う。

そもそも、俺にそんなことを期待する方が間違っている。でも、できることなら、何でも。

彼女の力になれればいいなと、今は思う。


「っ!!」

「いってぇ!!」


 とかちょっといいこと思ってたのに蹴られた。え、何で?


「本当、空気読めないわね!」

「うるせぇなお互い様だろ?」


 なんでこんなに怒られなきゃいけないんだ…ったく、お前出番これからだってのに。


「はぁ…もういやこんな男…」

「なんかひどい言い草だなマジで。ちょっと傷ついてきた」


「山橋レナさーん!そろそろお願いしまーす!!」


 そんないつものやり取りの中、スタッフさんの声。いよいよだ。


「ん」

「ん?」


 と思ったら、山橋は腕を振り上げてきた。

 まずい、口喧嘩→暴力までがいつものパターンじゃないか!

 くっ…ぬかった間に合わない!


「何やってんの?」

「頭を防御しています」

「何で?」

「殴ろうとしてくるから…」

「ふんっ!!」

「いっでぇ!!」


 守った腕を全力で殴ってきやがった。こいつ、マジで信じられねぇ…

 そんな傷んだ腕を撫でようとすると、その手を山橋は取り、思いっきり手のひらを叩いてきた。


「痛い!今日は何だよ?」

「うるっさいわね!もう知らない!」


 山橋は、そのまま舞台へ走っていく。


 あ…もしかして今の、ハイタッチ?


「おい!!」

「おいじゃない!もう行くの!」

「頑張れよ」

「…っ!!」


 ハイタッチもまともにしてあげられない俺だから。無責任に応援の言葉を吐くだけの俺だけど。

 最後に、彼女に少しでも勇気を与えられたらって…でもやっぱり彼女は俺を睨む。まぁ、予想…




「うん、頑張ってくるね、”伸一”!!」

「………………………ふえ?」




 何その笑顔…全然予想通りじゃ、ない…



 山橋はもう、振り返らない。

 歓声で沸く、日本一のステージへ向かい、走っていく。


「ああ、すごいよお前。やっぱかっこいいよ……………麗奈」




「………………………伸一?麗奈?」

「うわあっ!!?」


 わ、忘れてた…

 そうか、樋口がこんな風にレ◯プ目で出てくるまでが、いつものパターンだったな。




 ***********************************




 ———————ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ恥ずかしい!!!!!!!!!


 何を口走った、あたしは!!?

 馬鹿なの?死ぬの?あたしは!?


 ついこう、感情の盛り上がりで、あいつのこと下の名前で………つい、って何だよ!?いい加減にしろ!!


 うわぁもう舞台だよぉ…何でこんなことに…いけない、切り替え切り替え。


 さっきの気に入らないキザ男のグループ、セーラームーンだかT◯PE MOONだか知らないが、あいつらのおかげで舞台はこれ以上ないってくらい盛り上がってる。

 うん、前座にしては、よくやったとでも言っとこうかな、うん。

 勝負なんてどうでもいいけど…やっぱ、あたしの立つステージはこうじゃなきゃ。

 いつだって、あたしに歓声を送るファンは、香奈の曲で感動していた。作曲がどうこうじゃなくて、もっと本質的なところで。

 今まではそれでよかった。よかったんだけど…もう、そうそうじゃいけない。それだけじゃ、ダメなんだ。

 だから、これはお別れ。“香奈のため”を言い訳にしてきた、あたしとの別れ。




 ———今日この歌を、誰かのために歌う、最後の歌にするんだ。




「さぁ今回初出場!アイドルとしては初の参加となります『山橋レナ』さん!!

 曲名は『GIFT』!!どうぞ!!」





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