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第25話 決めたんだ

 

「「大変申し訳ありませんでした」」

「なんだそのふてくされたような顔は。もう一度」

「ちょ、調子に乗って…っ!」

「すみませんでした先輩。でもこの女が悪いんです」

「何よあんた!いっつもそう!あんたは猫かぶってばっかりで自分に非が行くのを避けて…」

「はぁ!?ののだって、いつも感情的になって短絡思考で人のこと振り回して、本当に迷惑なんだから!!」

「なんですって!?」

「やるの!?」

「やるのね!?」


 ちなみに今は、道で盛大に喧嘩していた二人を止め、なんとかねじ込んだカラオケ店の一室。

 俺は二人の間に座り、喧嘩を止めようとしたのだが…結局小さなことからすぐに喧嘩を始め、この流れはもう三度目だったりする。


「はぁ…樋口がそんな風に怒る奴だったなんて知らなかったよ」

「せ、先輩!?あ、えっとこれはですね…」

「ふんっ…それがその女の本性よ!石田もわかったら、こんな女さっさと振っちゃいなさい!」


 びゅっ!!


 その瞬間、風が、頬をかすめた。


「お、おい樋口、暴力はやばいだろ!」

「どいて先輩!そいつ殺せないっ!!」

「頼むから一旦納めてくれよ…」


 握られた拳は確実に人を殺せるレベルの勢いを持っていた。ってかキャラ崩壊しすぎだろお前…今井完全にビビっちゃったよ。


「というか、今までののちゃんって呼んでたのに今日は呼び捨てなんだな」

「ああ、話してませんでしたっけ?この子、私の幼馴染なんです」

「え、嘘まじで?…」

「腐れ縁なのよ。幼稚園からずっと一緒」


 そこで、恐怖を抑え込んだのか今井が口を挟んできた。でも手が震えてるぞ…意外とメンタルが弱い女である。


「もしかして、高校も?」

「ええ、そうよ?」


 ま、まじか。じゃあ今井も俺の後輩ってことじゃん。嫌なんだけど。というかもしかして…


「ちなみに二人とも、大学はどこに行きたいんだ?」

「「冬海大!!」」

「お前ら本当は仲良しなんだろそうなんだろ!?」


 息ぴったりじゃねぇかこの幼馴染。


「仲良しだなんてとんでもありません!」

「そうよ!あたしがこんな根暗女と一緒だなんて、ふざけないで欲しいわ!

 そもそも、私のおかげで風間プロに入れたんじゃない!その恩も忘れて流ような薄情者と…」

「え、そうなのか?」


 今井のおかげで風間プロに入れた?どういうことだろう。


「いや、その…もうっ!のの!!」

「やーい、顔赤くしてやんの!」

「〜〜〜っ!!」

「わかったわかった!もう聞かない!それでいいだろ?」


 気にはなるが、樋口がそれはもうものすごい顔をしていたので控えておくとしよう。

 そして、樋口への攻撃をやめた今井は俺の方を見て、口を開いた。


「ねぇ、石田も協力しなさいよ」

「え、何に?」

「決まってるでしょ!麗奈が当日、香奈のところに行けるようによ!」

「ああ…そうか…」


 そもそもこの喧嘩の原因はそれなのだ。

 そんな俺を見てまくしたてるように今井は続ける。


「どう考えてもこっちが正しいでしょ!?何を悩むの!」

「でも、香奈ちゃんは“花火に出て欲しいって言ってるのよ?」

「そんなの本心じゃないに決まってるでしょ!?石田もあの後香奈と話したんなら、そういうの感じたんじゃないの?」

「そうなんですか先輩?」

「いや、そういうのは…」

「はっきりしなさいよ!あんたら、いつまでもうじうじとしていて見ててイライラする!

 なんで素直になれないの?何に縛られているの?そんなに迷うことじゃないでしょう!?」

「馬鹿なののにはわからないんだよ!こっちにはこっちでいろいろあるんだから!」

「馬鹿な私にもわかることがわからないあんたが、よくも人のことを馬鹿呼ばわりできたわね!?そんなに大層な事情があるなら、話してごらんなさいってのよ!!」

「うるせぇよお前ら!!!!」


 俺は机を叩いて、大声を上げる。

 隣の部屋の、へたくそな歌声が、やけに、大きく聞こえた。


「せ、先輩…?」

「石田、あんた急になにを…」


 ほら見ろよ伸一。二人とも、怯えちまったじゃねぇか。

 どうしてお前はいつもそう、イライラすると自分を抑えられないんだ。ああ、前にもこんなことあった気がするな。


「なんでだ?そもそも、どうして俺にそんなこと聞くんだ!?

 山橋も、そして樋口、お前だって俺には関係ないことだって言っていたじゃないか!

 それが今度は手のひら返して俺の考えだの無責任だのと好き勝手言いやがって…俺が言ったことはどうして正しいって言えるんだ?

 お前らも香奈ちゃんも、何を勘違いしてるか知らないが、俺はこの程度の人間なんだ。人のことまで背負っていられるほど、強くなんて…っ!!」


 最低だ。ああ、最低だ。


「私帰る…っ」


 今井は扉を勢いよく開き、最後に背中で


「石田なら、わかると思ってたのに」


 そう言い残し、去って行ってしまった。

 なんだよ。やっぱり何にも成長なんてしていないじゃないか。

 年下の、しかも女の子相手にムキになって、怒って、傷つけて、泣かせて。

 変われたなんて烏滸がましい。俺は相変わらず、矮小な人間だった。


 なのに………


「…お前は、帰らないのか?」

「はい、帰りません」

「どうして?」

「先輩が、困ってるから」

「はは………なんだそれ」

「先輩があの後香奈ちゃんから何を言われたのか、話してください」

「それをして、どうなるんだよ…」

「どうにもなりませんよ。でも、今は、落ち着かなきゃいけない時だと思うんです。

 整理して、何が一番、被害が少ないか、考えなきゃいけないんです。先輩も、そして、何より私も」


 そう言って、笑いかけてくれる樋口。

 大人気なく汚いものをぶちまけた俺に対して、その態度はなんだ。

 そんなの、優しすぎるじゃないか。


「あのさ、樋口…」


 一緒に、悩んで欲しくなっちゃうじゃないか。




 それから、俺は病室で香奈ちゃんに聞かされたことを、過去については少しぼかさせてもらったが、だいたい話してしてしまった。


「そうですか…」

「ああ、わかってくれたか?」

「ええ、家族公認だということがよくわかりました」

「俺は、お前が俺の話を一ミリも聞いていなかったことがよくわかったよ!」


 結構真剣に話したというのに帰ってきた言葉がそれかよ…大体、俺と山橋3話分全く会話してな(禁句)


「でも、先輩が麗奈さんを変えつつあるってことは、確かだと思います」

「そうか?買いかぶりだって…」

「だって先輩、前のゴールデンウィークの時おせっかいしたでしょ?」

「うっ…」

「私のミスを利用して、麗奈さんと会社のみんなを仲良くさせる、なんてよく思いつきましたね。あの時私全然余裕なかったのに」

「いや、そのアレは…」

「そういえば『NEXT』も、元はといえば先輩の影響で作り始めたらしいじゃないですか」

「いや、それは知らないけど…」

「それに比べ私は最初はできる女キャラで売っていこうと思ってたのにミスったりどじったりばっかで…この世界の神様私に不遇じゃないですか!!?」

「落ち着け、誰に言ってるんだ」


 話し変わってるし、ってかキャラ崩壊どころかもうどんな奴だったか思い出せなくなりそうだよ…


「でも…それは、いいことだとは思いませんか?麗奈さんが自分の力だけでも活動できるようになるってことは、活動の幅も自然と広がるってこと。

 そういうところの評価が“花火”招待につながったと思うんです」

「確かにな…」


 作詞作曲。それをこなし、なおあのクオリティーの歌を完成させたからこその、今回の招待なのだろう。


「でも、山橋が妹の誕生日を一緒に過ごしたいって気持ちもわかるんだ」

「そう、ですね。私もです」

「樋口にも、やっぱりわかんないか…」


 整理してみたけど、やっぱり難しい問題だ。

 すると樋口は俺を見据え、少しだけ言いにくそうに言った。


「…やっぱり一番は、ちゃんと麗奈さんと話すことだと思います」

「そうなるよなぁ、やっぱ」


 まぁそれは予想された答えっていうか俺も考えてはいたんだけど…


「気まずいですか?」

「そりゃあ、しばらく口きかなかったし…」


 それに、俺が香奈ちゃんのこと知ったって言ったら、あいつ怒るだろうし。


「でもそれが一番じゃないですか?」

「そうなんだよなぁ…」

「先輩、ヘタれるのもいい加減に…」


 と、樋口がイラつきながら俺に追い打ちをかけようとした時だった。



 プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル…



「あ」

「あ」


 設定した時間が、来てしまったようだ。




 ***********************************




「はぁ…外は暑いですね…」

「ってそんなゆっくりしてられないぞ?もう終電が来るから…」

「もしそれを逃したとしたら…どうしましょうか」

「え?そうなったら適当にビジネスホテルでも取るかネカフェか…」

「先輩、そういえば私ちょっと足をひねっていて…」

「お前さっき思いっきり走ってたじゃねぇか!」


 嘘がヘタな後輩だった。

 と思うと、急に足を止め、動かなくなる。


「おい、本当にふざけてる暇は…」

「先輩、あれ」

「…え?」


 深刻そうな顔で樋口が指差す先には、ただの電気屋が一軒あるだけ。

 でも、そこに置いてあるテレビから流れてくる歌は、明らかに聞き覚えのあるもので。


「麗奈さんだ…この前の◯ステのやつ…」


 すると、画面は切り替わりニュースキャスターのような人物に。


『ただいまお見せしたのは、『夏の音楽フェスティバル』通称“花火”、初参加が決まった山橋レナさんですが…』

『ええ、大きな期待が寄せられていますね。この前のライブではちょっとしたハプニングがあったそうですが、その話題性すら見事に利用した素晴らしい活躍を…』


「発表、されてる?そんな、これじゃあもう辞退できないじゃない…」


 そう、これはもう、あいつに逃げ場がなくなってしまったことを意味していた。

 でもさ、樋口。俺はそんなことよりも…


「ねぇ見てよ、山橋レナ、出場だって!」

「へぇ。でもまぁ当然だろ?」


 こんな声や。


「うわー!レナちゃん出るんだぁ!」

「え、まじで超行きたいんですけど!」


 こんな声や。


「レナちゃんなら優勝間違いないんじゃないかな?」


「っ!!」


 こんな声の方が、気になって仕方ないんだ。


「先輩…?」

「樋口、俺、やっぱ山橋に会って話すよ」

「え、でも…どうして突然」

「俺、決めたんだ」


 こんなに期待されてしまっているなら。

 こんなに、求められてしまうのなら。

 彼女が、妹のそばにいることを、誰も良しとしない。妹さえも、それを求めないなら。


「山橋を、“花火”に出させるんだ」


 それが正しいとしか、言えないじゃないか。

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