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第22話 久しぶりだね

 

「前の車を追ってください!!」

「お前もしかしてそれ言いたかっただけじゃないだろうな!?」


 あのあと山橋と樋口はタクシーに乗ってしまったので、俺たちはそれを追ってタクシーに乗ることに。

 アイドルをストーキングとかマジで犯罪級にやばいことなのに、今井はなんだか楽しそう。あ、イライラしてきた。


「お二人さん、いったい何者で?」

「通りすがりの、名探偵さ」


 痛い、痛すぎるよこの子!

 帰ろうかな…




「はぁ…なんか喉乾いた…」

「確かに疲れた…もう帰ろうぜ…」


 俺が相談したはずなのに、なんか今井の方が熱入ってる気がするのは俺だけでしょうか。

 ターゲットのタクシーは適当な道のそばで止まり、そこからは歩きだった。

 俺たちは静かに動き、電柱の陰に身を隠したながらそれを追う。


「おい、頼むから騒ぐんじゃないぞ?」


 こいつはうるさいから心配だ…もし見つかったらこいつのせいにしよう。

 ん?こいつ、見覚えのあるカップを持って…


「にっが!!!!苦い!何これコーヒーじゃない!!」

「って言ったそばから何やってんだ馬鹿野郎!」


 俺が慌てて口をふさぐと、涙目になってんーんー喚く今井。よく見ればこいつが持ってるカップは、さっき俺が取り替えておいたやつじゃないか。なぜ持ってきたし。

 本当だったらこの反応を大笑いしてやりたいところなのだが、今はそれどころじゃない。

 ちらとターゲットの様子を確認する。


「ねぇ、今なんか声がしなかった?」

「え?そうですか?私には聞こえませんでしたけど」


 素早く首を電柱に戻す。

 まずい、山橋が怪しんでる!多分今きっとこっちすごい見てる!

 いつもはアホ丸出しなのに、どうしてこんなときだけ敏感になるんだ。


「まぁいいや。行きましょ、美香」

「はい」


 よ、よかった〜〜〜!!

 二人はそのまま、さっきまでの道を歩いて行った。


「んー!!んんーーーーー!!」


 よし、ここまできたら覚悟を決めよう。早く追いつかねば…


「ん、んー…」


 しかし、この辺になにか行くようなところなんてあったっけ?樋口の家の場所とは全然違うし…山橋の家か?


「………………」

「何黙ってんだよ謝罪の一言でも言って……………あれ、おい、大丈夫か?」


 反応がないと思っていたら、今井は真っ赤になって気を失っていた。

 やばいな、今日は暑いし、熱中症かなにかなのか!?水分!水分はどこに…!!


 俺はすぐさま今井に残っていたコーヒーを飲ませ…


「ぶふぉおっ!!!!」

「今井ぃいっ!!」


 なぜだ。コーヒーを吹き出して、泡を吹き出してしまった。

 顔色が赤から青に色が変わって、なんだかおもちゃみたいだなぁ………

 ………これ、どうしよ。


 仕方なく俺は今井を背負い、スマホが示した近所の総合病院へ向かったのだった。




 ***********************************




「ううー、頭痛い…」

「ったく、コーヒーが服にかかっちまったじゃねぇか。どうしてくれるんだ」

「主にあんたのせいよっ!!しかも、ひどい追い打ちを受けたわ!!」


 病院に運んでからすぐに医者に診てもらい、なんの異常もないと言われてから10分。

 目を覚ました今井と俺は、病院の中庭に向かい、そこにあったベンチに座り責任をなすりつけあっていた。


「大体なんでコーヒーがあたしの手にあったのよ!」

「いや、なんとなくお前に飲ませてみたかったから…」

「しかもそれって間接…間接キス…」

「ああ、俺の初めての女だぞ?」

「うわぁ嬉しくねぇ…」


 キーキー起こっていたと思ったら、突然真顔で死んだような目を向けてきた。なんて失礼なやつだ。

 俺は空を見上げ、ため息をつく。


「あいつらも、お前のせいで見失っちまったよ。もうさすがに追いかけられねぇな」

「ぐっ…さも私が悪いかのように……………」

「誰を、見失ってしまったんですか、先輩」

「「うひゃあっ!!」」


 俺と今井は一緒にベンチから転げ落ちた。怖い怖い!


「お前その登場はやめろと何度も…」


 現れたのは、なんと俺たちの尾行対象のうちの一人(樋口)で。

 久しぶりに話す彼女は、なんだか出合頭から呆れ顔というか馬鹿を見るような目で。


「初めて言われましたよ。それで、先輩に、ののちゃんまで…一体何してるの?」

「それはその深いわけがございましてその…こいつにやれと言われました!!」

「は!?」


 そんな樋口の目力にやられたのか、今井は簡単に俺を売りやがった。


「まぁどうせののちゃんが悪乗りしたんでしょう?」

「なんであたしそんなに信用ないの!?」


 愕然とした顔で震える今井。ざまぁ。


「それで、先輩はどうして尾行なんか?」

「…もしかして尾行までバレていたのか?」

「はい、先輩の匂いがずっとしてましたから…」

「やめろやめろ鳥肌たったわ!」


 ヤンデレはマジで怖いんだぁ…


「というのは嘘で、ののちゃんの声がしましたから」

「そういう冗談やめろよまじでキャラ付けされちゃうぞ…って、あのときお前何も聞こえないって言ってたじゃないか」

「まぁ、先輩が麗奈さんに嫌われるのもかわいそうかなって」

「そりゃあ、どうも…」


 しかし、今回は素直に感謝できない。

 だって、三日も同じ職場にいたのに無視し続けたんだ。さすがに気まずい。

 ほら、冷戦直後の2大国だって、そんなに早く仲直りできたわけじゃないだろう?


「ほら石田。早めにゲロッちゃったほうがいいわよ」

「その指摘は的確なんだろうけどお前に言われるとものすごい腹たつな」


 樋口もじっと俺を見つめている。はぁ、言えばいいんだろう、言えば。


「山橋が何か悩んでるなら、その訳が知りたいんだ。

 関係ないって言われたけど、俺だってもう風間プロの一員になったんだから…だから、もっと関わらせてほしいかったんだ」


 は、恥ずい…なんてこと言わせてくれるんだ。

 今井、いつかお前に海のようにコーヒーを飲ませてやるからな…


「あの、先輩…?」

「なんだ?」

「ごめんなさい!!」


 と、俺が脳内でコーヒーの海にスク水姿で放り込まれ泣いている今井の想像をしていたら、樋口は、いきなり俺に頭を下げてきた。


「え、いや、なんで…」

「今までなんか私のこと避けてるみたいで、何が悪かったのかな、なんて考え出したらいくらでも出てきちゃって、すごく悩んで…」


 確かに俺、態度悪かったからな。彼女を傷つけてもいたのだろう。


「ま、まじかそんなに…こっちこそご」

「それで先輩の匂いとか姿とかを触覚以外の五感すべてで感じるしかなくて…」

「………樋口さん?」

「ああっ…でもそれだけじゃやっぱ足りない…でも避けられてるのに近づいたらさらに嫌われるぅでもそれじゃあどうしようもなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「やめてやめてやめてぇ!!」


 やばい!こいつ完璧にマジなやつだ!!

 これからほんと気をつけるんで病院で病まないでください!あ、病んでるから病院にいたんですね納得です!


「はっ!すみません、話が逸れました」

「お、おう」

「それで、先輩の気持ちも考えず、あんなこと言って…本当にごめんなさい」

「いや、いいんだそれは」


 すると樋口は背を向け、病棟を見る。

 その視線はなんだかとても痛ましく、悲壮感に満ちているようで。


「全部、話します。先輩なら…麗奈さんをそこまで思える先輩なら、もしかしたら何か変えられるかもしれません」

「…何か、変えられる?」

「ついてきてください。見て、ほしいんです」


 そんな様が、さっきまでふざけていた(?)彼女とは大違いで、真面目で、重そうで。


「でも、絶対に同情なんてしないで。ただ、その事実だけを受け入れて」


 今から見るものが、何かものすごく重要で、深刻なことだと、嫌でもわかってしまった。




 ***********************************




 夏の、少し青臭い風がそよそよと、部屋を、満たす。

 少しだけ赤くなった太陽が部屋を染め、まるで、その部屋だけが別の世界であるかのように、見えた。

 ああ、悲しいんだ、この世界は。

 なのにどうして、こんなにも、美しい。

 それはきっと、この部屋にいる少女のせいで。でも、それだけじゃなくて。

 でもそれがなんなのかは、俺にはついにわからなくて。

 音のない空間に、カラカラと閉まる扉の音が、やけに、大きく響いた。




「やぁ、久しぶり、だね。お兄ちゃん」




 俺を“お兄ちゃん”なんて呼ぶやつは、この世界にはいない。

 いたのは、別の世界だったはずなのに。


 そりゃあ、ないぜ、神様。

 こんなの、俺にはどうしようもないじゃないか。


「香奈、ちゃん…?」


 でも、それを認めたくなくて、問いかけるように話しかけてしまう俺は、やっぱりどうしようもなく弱いんだと思う。


 病室のプレートには、「山橋香奈」と、しっかりと書いてあったというのに。


「こんなところで、会いたくはなかったよ。私は」


 真っ白なカーテンが、揺らいだ。

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