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第21話 関係ないでしょ

 

 夏の歌唱フェスティバル。

 毎年夏、選び抜かれたトップアーティストだけが招待される、夢のステージ。

 その最大の特徴は、全アーティスト行ったパフォーマンスに対し、得点がつくこと。

 そうして競い合い、優勝者には賞金と、海外での世界ツアーが決定するのだ。

 するのだが…


「どうしてだ…?こんなチャンス、もう二度と無いかもしれないんだぞ?」


 光栄にも、そのトップアーティストに選ばれた山橋は、出場しないなんて言い出しやがったのだ。


「そうよ麗奈。この大会に拒否なんてありえないわ。きっと、これに出ればあなたの名前を知らない人なんて日本に一人もいなくなるのよ?」

「そうだぜ麗奈ちゃん!」

「山橋、何か事情があるのか?」


 先輩方も焦ったように山橋に質問する。そう、これは社運を賭けた戦いでもあるのだ。


「いやよ、日本にあたしを知らない人が一人もいなくなるなんて。怖いわ」

「は?」


 でも、そんなことは知らんとばかりに、彼女はその想いを突き放していく。


「それに、そういう格式高い自意識過剰軍団が集まってそうなところで、歌いたく無いのよ」

「なに…言ってんだ、お前…」


 でも、そのあんまりにあんまりな物言いに、俺はつい苛立ってしまう。


「お前、もうこんなところまで来てるんだぞ!?この大会に呼ばれるってことは、みんながトップアーティストと認めたってことだろ?今更意味わかんない言い訳すんなよ!」

「うるっさい!あんたには関係無いでしょ!!」

「関係…なくは、無いだろ…っ」

「あ………」


 山橋は一瞬目を伏せたが、すぐにキッ、と、俺たちを睨む。


「いい?あたしは何があろうと出ないから!これに出るくらいならあたし、アイドルだって辞めてやる!!」


 その挑戦的で怒りっぽいのはいつもの山橋だったが、今日はいつもとどこか違う。

 本当は全然そんなことは無いのだが、どこか、悲しそうに、泣いているようで。

 そう感じたのは、きっと俺だけじゃない。みんな、その様を見て、言葉を失ってしまった。


「麗奈…」

「美月も、もういいでしょ?あたし、寝るから」


 そのまま山橋は出口に向かい、バタンと扉を閉めてしまった。

 でも、見えたんだ。先輩三人が持っているビニール袋には、宴会のために買ってきたんだろう飲み物やお菓子が、たくさん入っているのが。

 嬉しかったんだ、みんな。

 会社の利益とか、そんなことよりも、応援してきたアイドルが大舞台に立つのが嬉しかったんだ。そして、祝おうと思ったんだ。そんな快挙を。


「っ!!」


 俺は部屋を飛び出し、女部屋に向かう。


「先輩、待って!!」


 樋口の声が聞こえた気がしたが、無視した。

 俺はそのままズンズンと廊下を歩き、そしてドアノブを回…


「なんでだ、樋口?」

「お願いだから、行かないでください」


 ドアノブにかけられた俺の右手は、樋口の両手に握られていた。


「ダメなんです、今は。だから、今日は帰って。ね?」

「でもあんなのって…」


 あまりにも、みんなが報われない。

 相手は樋口だ。その気になれば振り払うことなんて容易。

 そう、思った時だ。


「う………ううっ…」


 聞こえ、ちまった。

 扉の向こうから聞こえて来るそのすすり泣きの声に、俺は冷水をかけられた気分になった。

 ああ、俺みたいな鈍いヤツでも、袋の中身に気づいたんだ。そりゃあ、山橋だって気づくよな。

 やっと、みんなと仲良くなり始めたんだもんな。そりゃあ、お前だって嬉しかったんだろうな。


「なんでだ、樋口」


 さっきとは別の意味で、樋口に問う。

 すると、彼女はゆっくりと俺の手から両手を離し、厳しい目で言った。


「先輩には、関係の無いことです」




 ***********************************




「はぁ…」

「……………」

「はぁ〜」

「……………………………」

「はーあーーーーー」

「うっさいわねこの根暗男!!」

「うっわひどい!この女ひどいよ!!」


 そんなわけで、都内の某カフェ。

 俺と帽子グラサンメガネの少女は、テラス席で向かい合っていた。


「もう三日も経つんでしょ?いい加減に拗ねてないでちゃんと話し合いなさいよ!」

「んだよ冷たいな〜!一緒にビーチバレーを戦った仲だろ〜?」

「そんな記憶私には無いわ!なに?あんたせっかくの私の休みを奪っておいて、こんなことに使わせる気なの!?帰る?ねぇ帰っていい?」

「でも結局俺が誘ったら付き合ってくれるところがお前のいいところだよなあ…」

「なに?口説いてるの?ごめんなさいあたし好きな人がいるんで」

「勝手に言ってろレズ野郎」


 なんですって〜!なんて言って怒っているのは、まぁおなじみの今井ののだ。外だし東京だしで、一応変装のようなものをしている。

 あの合宿が終わってから三日。俺はあの日、山橋に、そして何より樋口に言われたことを思いっきり引き摺っていた。


「俺、どうすればいいんだろう」

「今までの態度が相談するものの態度だったかよく考えておきなさい。あたしは帰るから」

「待てよー!」


 ちなみに彼女はものすごい有名なアイドルなのだが、その大切なオフを俺に使ってくれている。なんて優しいんだ!もう帰ろうとしてるけど。


「なぁ、でも俺おかしいこと言ったか?」

「言ってないわよ!なんども電話で言ったでしょ!」


 しかも、実はこいつとは夜な夜な電話で語り合っていたりする。あれ、もしかしてののルートとか入ってないよね大丈夫だよね?

 隠しヒロイン枠でIFでも作られたりしたら笑うな。嘘ごめん、全然笑えないわ。


「関係無いって、言われたんだ」

「そう…」

「しかも二人に」

「そう、ね」


 俺がちょっとシリアスに話し出すと、ちゃんと座り直して話を聞いてくれるあたりこいつはいい奴すぎるな。心なしか俺の心臓も高鳴り…


 はっ!!!!


 落ち着け伸一。こいつはレズ野郎だ。男に換算したら博多先輩みたいなもんだ。

 あ、すごい。一気に冷静になれた。


「それであんたは、いつになったら麗奈と美香と、ちゃんと話せるようになるの?」

「ぐっ…」

「さっきも言ったけど、拗ねてないでちゃんと話さないと、事態は一向に前に進まないわよ?」

「そ、そうなんだけど…」


 山橋は帰ってきた後、美月さん含め社員のみんなに説得されている。最近は社長さんも、あの怖い顔で出ろ、なんて言い出してるようだ。

 でも、山橋は未だに拒否の姿勢を貫いている。大した心臓だ。あの社長に言われたら俺なら2秒で言いなりになる。

 ちなみに、俺が近寄ると離れていってしまうから、多分俺は避けられてるんだと思う。だから、山橋と話せていないのはお互い様なんだ。


 でも、樋口は違う。

 関係無い、と言われたあの日から、俺は半ば無意識に彼女を避けてしまっている。

 どうしてか、と聞かれれば簡単だ。ショックだったのだ。

 樋口は、樋口だけには、そういうことを言われないと思っていたから。

 仲間だと、認められていたような気がしていたから。


「でもこうしてヘタレてても、何も変えられないじゃない」

「そりゃあそうなんだけど…」

「けどけどうるさいわねぇ…」


 呆れたようにマスクをずらし、オレンジジュースをすする今井。コーヒーや紅茶は飲めないらしい。体型だけじゃなく、味覚まで幼児なのだ。


「お前はさ、山橋に出て欲しく無いのか?」

「はぁ?そんなの出て欲しいに決まってるじゃない?」

「決まってるんだ」

「でも、やる気の無い歌では人の心は動かせない。

 あんな風になってしまった麗奈がステージに立ったところで、叩かれて終わるだけよ、きっと」

「そうか?あいつは本気出さないで歌ってきたのにちゃんとファンをつけたじゃないか」

「それは、麗奈が自分は本気だと信じ込んでいたからよ」


 ずぞぞ、と、オレンジジュースのカップから音が聞こえた。

 俺のコーヒーを、そっと今井の元に寄越してやった。


「自分も騙せないような嘘じゃ人は騙せない、なんて言うでしょ?じゃあ、自分が信じていれば、人にはバレないってことにもなるんじゃない?」

「そんなもんか?でも、俺にはわかったじゃないか」

「さぁ、あんたにどうしてわかったのかなんて、あたしは知らないわよ」

「お前だってわかってたんだろ?なんでだ?」

「そうね、本気の彼女を知ってたからか…似てたからかも」

「似てる、ねぇ…」


 まぁでも、出たくないという奴を無理矢理出させて、いい結果が出るとは思えないってのには同意だ。


「それにしても、どうして山橋は出たくないなんて…」

「あ」

「なんだよ」

「麗奈がいる」

「は!?」


 今井の視線の先を見ると、確かに山橋らしき金髪つば広帽子サングラスのおしゃれ女がいた。そしてその隣には、樋口もいるじゃないか。


「そうだ石田!」


 今井はカップを右手に、悪そうな顔で俺を見てきた。嫌な予感がする…


「麗奈を尾行してみよう!そうすれば何かわかるかも!」

「それ完全にストーカーだと思われるだろ!見つかったらどうすんだよ!」

「その時はその時!さ、早くいこ!」

「あ、ちょ、おい!」


 そのまま本当に二人の後を追い出した。ああ、こいつやっぱりバカだった…

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