第20話 す…好きなんですか?
「や、やぁ樋口さん。こ、こここんなところで奇遇だね?」
「…?先輩、私に隠し事でもあるんですか?」
「いや、無い。全然、全く、これっぽっちも無い」
「その言い切りが不安すぎる…」
こいつ、エスパーかよ…
「それはさておき、今、大丈夫ですか?」
首をかしげ、問いかけてくる。
正直全然大丈夫じゃ無い。だって俺の腹部とパンツの間にBL本隠してるんだから。
マジで今すぐにでも帰って欲しい勢いなのが…
「その、迷惑だったら帰りますので…」
「いや、大丈夫です…」
そんなせつなそうな顔されたら断りにくいじゃ無いか。
ちくしょう、俺にまだ優しい扱いをしてくれる唯一の女子だからって油断しすぎだぞ伸一!
「本当ですか!じゃあ、よかったら海にでも行きません?」
「海?もう外暗いぞ?」
ちなみに別荘から海は5分くらい歩けば着く。けど外は夏になって日が長いとはいえもう暗いのだ。
「それがいいんですよ!波の音とかが昼間より心にしみて、なんだか気持ちよさそうじゃ無いですか?」
「んー、まぁ、そうだなぁ…」
行きたい!本当はそういうの結構憧れてたし、海とかそうそう行かないし。
でも、今俺は腹部に爆弾を抱えてるんだ。もしもこれが露見でもしてみろ?
社会的にも、そして肉体的にも終わってしまいそうだ。
ここは心を鬼にして………
「あ…そうですよね、もう、時間遅いですもんね。いいんです、やっぱり私一人で行きますんで…」
「行きます。もう、どうやってもそういう運命らしいんで」
ああ、どうして俺はこんなに甘いんだ…
でも、そんな俺が嫌いじゃ無い(きりっ)
とまぁ別荘を出て五分ほど。俺たちはビーチに立っていた。
「うわぁ、すごい…海に月が写ってる!」
「うん、綺麗だ…」
まるで子供みたいにはしゃぐ樋口。
綺麗な景色に可愛い女の子と夜のデート。こんなこと、憧れませんか?
しかし残念、結局俺はBL本を隠すことができずここまで来てしまったのです。
咎う意味でのドキドキと冷や汗が止まりません。
「先輩さっきからお腹を触ってること多いですね」
「っ!!?な、なんでも…ちょっとご飯食べすぎちゃって…」
「ああ、確かに美味しかったですよね!シェフさんがわざわざ作ってくれるなんて、まるでホテルみたいで!」
「本当、今井のやつ金持ちでアイドルとか人生勝ち組すぎるだろ…」
その代償があの頭の悪さなら、許せるってもんだ。
そんな話をしながら俺たちは防波堤まで歩き、そこで腰を落ち着かせた。
「…先輩、月が綺麗ですね」
「人がいないからな」
「意図が全然理解できていない上に卑屈すぎる…」
あれ、違うの?結構エッジの効いたいい返しだと思ったんだけどな。
でもなんだ、何か違和感を感じるぞ?
「先輩、その…まだちゃんとお礼を言えていなかった気がするんですけど、いいですか?」
「え、お礼?」
「あの、ゴールデンウィークのときの…」
「ああ〜」
そういえばそんなこともあったなぁ…あの時は大変だった。
「ええ、今でも思い出すたびにお腹が痛くなるくらいです」
「はは、確かにそうかもな…ん、お腹?」
そういえば、さっきまで感じていた“何かある”感が、無い…?
まさか、どこかに落としたとでも言うのか!?
すぐさま周囲を見渡す。
あれ、無い?砂浜に落としたのか?なら、まぁ博多先輩には悪いが見つからなければそれでいい。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでも無いよ?」
これでやっと落ちつける。
隣の樋口は不審げに俺の顔をじっと見つめてきた。心なしか顔も赤い気がする。
な、なんだよ…そんなに見るなよ…照れるだろ…
俺は視線をそっと樋口の顔から落とし…って、うわああああああああああああああああ!!!!!!
び、BL本がある!!しかも俺と樋口の間に堂々と!!さらに男優さんが男優さんのをパックリいってるとこで開かれちゃってるよやばいよこれマジでやばいやつだよいろんな意味で!!
樋口が今まで視線を落とさなかったのが奇跡だ。絶対にこの本に気づかれてはいけない。もし気付かれれば誤解どころかセクハラ扱い。最悪刑務所…
「あのですね、先輩。実は聞きたいことがあって…」
月に照らされた樋口の顔が、なんだかさっきまでと別人のように見えるのは俺が彼女を恐れているからだろうか。
が、次の瞬間、ふと樋口の視線が伏せられ…
「|ふぁ…ふぁにふふんべふかへんはい《な…なにするんですかせんぱい》」
「何も聞くな。何も聞かずに、じっと俺の顔だけを見ていろ」
「ファ!?」
させるものか。俺は樋口の頬を両手ではさみ、固定した。
驚いて、顔を真っ赤にしてしまっている。ごめん、樋口。でも、俺の人生がかかってるんだ。
でも、こうしたはいいが、どうする。このBL本を彼女の目に触れないように処理するには、一体どうすれば…
「ふぇんはい」
「なんだい?」
「|ふぇんぱいは、ふぇらはんふぁふひなんふぇすは?《せんぱいは、れなさんのことがすきなんですか?》」
…先輩はフ◯ラが好きなんですか?
な、何を言っているんだこの女…急に下ネタ?まさか、樋口に限って。
「ど、どういうことかな…」
「|ふぉうようひてる…ひゃっぱりふぇらふんふぁふひなふれふれ!?《どうようしてる…やっぱりれなさんのことがすきなんですね!?》」
強要してる…やっぱりフ◯ラすんのが好きなんですね!?
なんだ、なんの話を………はっ!!
その瞬間、俺の中で全てが繋がった。
彼女は、すでにこのBL本のことを発見していたのだ!!
なら…もう、隠しても意味が無い、ということか…
「降参だ…」
「や、やっぱり…」
俺が手を離すと、樋口は泣きそうな顔で俺を見てきた。
そうだよな。俺のこといつも先輩先輩って、可愛く話しかけてきてくれたもんな。
そんな人が、BL本を旅先まで持ち込んでるなんて知ったら、やっぱり幻滅するよな。俺もそうだったよ。
「言いたいことはわかる。が、まず聞かせて欲しい」
「…なんですか?」
「言いふらすのか?」
「言いふらしたりなんか…好きなことは、別に悪いことじゃ無いはずですから」
ん?意外と理解のあるやつだった。だが俺は違うんだ。
とか脳内言い訳を構築していると、樋口の顔がどんどんゆがんでいく。あ、まずいこれは…
「ただちょっと、悲しいだけで…っ!うう…っ…!」
「え!?ちょ、なんで泣くんだよ!!」
オロオロ…泣かれてしまったぞ!ど、どうする!そんなにショックだったのか!
まずい、今すぐにでも弁解しないと…
「ご、誤解なんだ!これは偶然っていうか…不運の連続で…」
「そんな、いいんです。不運だなんて、言わないでください…」
「いや、本当に!」
本当に違うんだって…信じてくれよ…
「だって、気持ちわかりますから。優しいし男らしいしかっこいいし背も高いし…」
「…?ま、まさか…」
博多先輩のことを話している?まぁ、確かに普段は気配りできるし男らしいところあるし、イケメンだし背も高いけど…
「でも、変態だぞ?」
「知ってますよ…でも、そんなところも…っ!!」
おいおいおいおい待てよ。これはもしかして、樋口は博多先輩のことが好きなのか!?
そして樋口は、あんなタイトルの本を持っていた俺のことを、博多先輩のケツ狙いのホモだと思ってるわけだな!?
そこそこ親しい間にあった先輩が、実は恋のライバルだったと知って、優しい彼女は葛藤していると…なるほど、納得がいった。いい加減にしろ。
しかしこういう時、どうすればいいんだろう。
できるなら、樋口の恋を応援してやりたい。が、博多先輩は確実にホモだ。しかも、俺を狙ってるまである。
そんな人に樋口を近づかせて、もし博多先輩がホモだと知ってしまったらどうする…?
俺と恋敵になると言うだけで泣いてしまうような、優しい子なのだ。きっと、深く深く傷ついてしまうに違い無い。
ならば、その悲しみを、俺が止めるべきじゃ無いのか?
そのためなら…すまない博多先輩!俺の可愛い後輩のために、先輩の悪口を言わせてくれ!!
「そんなにいい人間じゃ、無いんだ。実は雑なところもあるし、流されやすいところもあるし…」
「いいえ、心の奥で強い芯のある人です…」
くっ…この程度ではひるまないか…なら!
「肝心なところではあんまり活躍しないし、運動神経も悪いし!」
「そんなことありません!この前のゴールデンウィークで助けてくれて、すごく嬉しかったんです!!」
くそ…こんなに言われてもまだ好きなのか…?こうなったら………
俺は視線を二人の間に置かれたBL本に向ける。
いつか知ってしまうくらいなら、今、ここで、俺が伝えてやる!!
「よく見ろ!!こんなやばいBL本を旅行先に持ち込むような、変態ホモ野郎なんだぞ!!」
BL本を拾い、樋口に見せつけてやった。
ごめん、先輩…ごめん、樋口!恨んでくれていい。けど、覚えていて欲しい。俺は、君のためを思って…!!
「……………なんですか、これ?」
「これが、一番の証拠だ」
「どうして、私にこれを…?」
「好きなんだろう?なら、知るべきだ」
これでも好きというなら、俺に止める術は無い。好きにすればいいさ。これが、お前の行く道ならば!!
「……………………………低」
「…え?」
「さいってい!!このセクハラ変態男!!もう大っ嫌い!!」
ズパアアアアアン!!!!と、樋口の平手打ちが俺の頬に決まる。
え、嘘、なんで?
「私がどうしてBLなんてものを好きにならんといかんのです!!」
そのまま倒れた俺にマウントを取り、胸ぐらをユッサユッサと揺らしてくる。
「しかも、先輩はそんなものをここに持ってきていたんですか!!?」
「だからそれは違うんだって!!これは博多先…」
「しかもこんな卑猥な画像を女の子に見せつけるなんてどう考えても変態じゃ無いですか!!」
「だってこれを知らないと、うまく付き合っていけないと思って…」
「これで誰とうまく付き合おうってんだ!!バカ!!」
「え、だから博多先輩と…」
「まさか…博多先輩が好きなの!!?」
「それは違う!!お前の恋敵になんてならない!!」
「意味わかんないっての!!」
いつもの愛らしさも敬語も忘れ、ただただ怒りをぶつけてくる樋口。ああ、たまにはこんな彼女もいいな、なんて思う俺はやっぱりどこか壊れてるのかもしれない…
「わけわかんないです!!先輩は結局誰が好きなんですか!?」
「俺はノンケだ!!女の子が好きだ!!」
「ふざけんなああああああ!!!!」
その後、樋口が落ち着き、誤解を完全に解くのに、およそ2時間を要した。
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「ただいま帰りました…」
「ない…ないっ!!」
俺が帰ると、男部屋には女性陣含め全員がいた。
博多先輩は何かを探している様子だったが、あれは閻魔様によって灰燼と帰したのだ。もう見つかることはない。
「おかえり伸ちゃんに美香。どうしたの〜こんな長い時間二人で出かけちゃって…しかも美香、ちょっと目が赤くない?
やらしいわぁ…いやらしいわぁ…」
「あ、あああああ赤くなんて無いですから!!なんでもありません!!ね、先輩!」
「お、おう…」
喋ったら殺す、とでも言いたげな瞳。怖いよ怖すぎるよ。
誤解を必死に解いたら真っ赤な顔して土下座してきたけど、結局樋口は何と勘違いしていたんだろう。聞いてみたら、今と同じ顔で睨まれたからもう聞かないけど。
「で、美月さん。どうしたんですかこんな時間に。山橋も今井も…」
「あたしは…その、美月に強引に…」
「あたしの方はなんで呼ばれたのかよくわかんないけど、ついてきちゃった」
二人とも寝巻だったことから、もう寝る前だっただろうに。一体どうしたんだろう。
すると美月さんはすっと息を吸い、俺たちを見渡した。これは、仕事の時の美月さんの目だ。自然と背筋が伸びる。
「本日、風間プロダクション所属アイドル、山橋レナがちょうど二週間後のイベント、夏の歌唱フェスティバル、通称“花火”に招待されました」
「え…え…えええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
今井は爆音のキンキン声で叫び、樋口はあんぐりと口を開けている。そう、この音楽祭は俺でも知ってるくらい有名な歌の大会である。
本当に上手い歌手しか出場できないこの大会に、アイドルが参戦なんて普通無いことだ。
つまり、前代未聞の快挙。
「すごい…やったじゃ無いか、山橋!!」
山橋の顔を見ると、彼女は俯いていた。
そう、最初は喜びに震えているのかと思ったんだ。でも…
「あたし、それ出れないから」
彼女が放った一言は、あまりにも予想外で、意味不明な結論だった。