第19話 スク水オチなんてサイテー
「早速犠牲者を出しまして、始まりましたビーチバレー!実況は私、倉田美月!」
「解説は、博多総司が担当させていただきます!」
「審判は俺、蓮見太郎!点数は1対0!」
いつの間にか、先に海へ走っていたはずの先輩たちが帰ってきていた。いや、止めろよアイドルが吹き飛んでんだぞ?
そう、最初に2対2だったはずのゲームは、仲間の今井が磔にされてしまうという事件によって1対2へとその様相を変えていた。
ギャラリーは突然増え出し、中には山橋や今井に気付くものもいる様子。そこまで騒ぎ立てないのはまだ半信半疑なのか、それとも何かの撮影だと思っているからか。
しかし、それにも納得がいく。
だって目の前にいる二人の女は視線だけで殺さんとばかりに俺を睨んできてるし…何かそんなに悪いことしたっけ俺?
「石田くん、もう降参かしら?まだ一点差だけど」
「先輩、私もむやみに先輩を傷つけたいわけではありません。ここで降参することを勧めますが…?」
しかも気を失っている今井への思いやりは一切ない様子。
そう、これは戦争なのだ。
仲間の死を、無駄にしてはならない…ッ!!
「やるよ…俺も、とうとう本気を出さなきゃいけないらしいな」
「な…っ」
俺の反抗が意外だったのか、山橋は少しだけあとずさる。
だが、樋口は違った。
「そうです…それでこそ先輩です!!」
嬉しそうに、笑いかけてきたのだ。
「次は私がサーブを打ちます。容赦はしませんよ、先輩」
ボールは高く打ち上げられ…というか本当は打ち上げちゃいけないんだよアンダーからだよ?
「ふっ!!」
放たれた。山橋のサーブのようにスピードが恐ろしいわけではない。
獲れる!そう思った時に、俺は気づいてしまった。
今井が退場してしまったことで、コートには俺一人しかいない。ダブルタッチが許されないなら、どうやっても一度で返す必要があるということだ。
…無理ゲーじゃね?
が、文句も言ってられず、レシーブの構えに移行。その瞬間だった。
「あ、熱い!!」
ボールが、回転の勢いのあまり燃えだしたのだ。
灼熱の魔球は一直線に俺の元へ。返すも地獄。だが、返さなければ敗北。
俺も男だ。ここで負けるわけには…いかないっ!!!!
ここでの問題は、俺一人しか仲間がいないこと。なら…
「ならダブルスでいくよ」
「何を…!?」
俺の体はブレ、その速度がゆえに残像が出現。まるで二人のようになる。
「おらぁ!!」
超回転で火を吹くボールをなんとか打ち上げ、そこにすかさずトス。そして…
「フラワーッ!!」
「それサーブ技だから!!」
俺の放った渾身の一撃は、見事に敵陣の砂へと突き刺さる。
「You still have lots more to work on…」
「か、かっこいい…」
「違うでしょ!明らかに反則よ!!ってかあんたもそ俺やりたかったんじゃない!!」
山橋がキャンキャン言ってるが気にしない。
「俺様の美技に酔いな…」
「やばい、やばいよ美香…あいつモード入っちゃってるって…」
「か、かっこいいです…」
「く…もう残るはあたししかいないのか!!」
なんだかわからないが、相手の方も一枚岩ではないようだ。
勝機は、ある…ッ!!
俺はボールを高く打ち上げ、サーブを放つ。
「ただのサーブ?舐めてくれたものね」
「ただのサーブ以外を打つほうがおかしいってことに気づけ」
「さぁ、戦いもマッチポイント10点まで来ました」
「そうですな…途中で「滅びよ…」とか「避けられちまった」とか皇帝ペンギンが地面から飛び出してきたりとかした時はカオスすぎてさすがについていけなくなりましたが」
「そういえば審判は?」
「フィフティーンラブ!」
「あれ絶対意味わかってないしそもそも競技変わっちゃってるし」
「はぁ…はぁ…」
「もう…これで最後よ…」
「ああ、そうだな…っ!!?」
戦いは終盤となり、山橋も俺も互いに疲弊していた。
ちなみに俺は聴覚と触覚を奪われ、山橋は無我の境地に入っていた。これは、一体なんのスポーツだったっけ?
「だああっ!!」
山橋がサーブを放つ。
その球はぐっと俺との距離を詰め、そして…
「落ち…っ!!」
これは秘技、木の◯落とし!!やっとバレー技使ってくれたよ!!
だが、山橋。俺はお前の骨、筋肉の動きまでずっと見てきた。だから…
「スケスケだぜっ!!」
「何っ!?」
俺は予想されていた落下ポイントへあらかじめ走っておいたのさ!
これが、最後の分身。いけ!俺!!
応!!
俺は打ち上げられたその球に、すべての力を込める。
「サムラ◯ドライブ」
「最後くらいちゃんとバレーしろっ!!」
俺の放った渾身の一球。それはネットに当たると割れ、二つに分裂する。
「ゲ…ゲームセット!!勝者、石田伸一!!」
「わあああああああああああああああ!!!!!」
蓮見先輩の一声で、ギャラリーの人々はみんな大興奮。
「や、やった…」
山橋は地面に膝をつき、がっくりとしていた。これで年上の威厳を見せつけられただろう。
満足げに笑い、そこで俺の意識は闇に落ちた。
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「痺れた…んしょっと」
「…?」
あれ、俺は何を…
横になっている?頭は何かの上に乗せられているような…
「こりゃ変だけどいい夢だ…」
「あ、起きた」
俺の顔を覗く金髪の美女。
少し濡れた髪が夕日に照らされ、少し気だるそうな顔もあってか、なんとも言えない妖艶さを感じさせた。
「ここは…?俺は確かビーチボールをしてたはずだけど…」
「何言ってんのよ。ってか、起きたならどいてくれない?」
「あ、ごめん」
どうやら、俺は山橋の膝の上で熟睡していたらしい。
俺と山橋しかいないビーチ。パラソルの下に敷かれたレジャーシートの上で、俺は眠っていたのだ。
「何があったんだ…?」
「何って、海で足をつっちゃって溺れそうになったあたしを、君が助けてくれたんじゃない。まぁあたしが目覚めたら人工呼吸なんてしようとしてたから、ぶっ飛ばしたけど。
んで気絶した君に少しだけ罪悪感を感じたあたしが、こうして慈悲の膝枕をしてあげていたのよ」
「何そのテンプレ水着回みたいなイベント。俺もそっちが良かったんだけど」
覚えがないな…でもよく考えると記憶の奥の方でそんなイベントが起こっていたような気もする。
つまり、あのバレーボールは夢だったわけか。良かった。明らかに現実世界恋愛というジャンルを飛び越えていたからな。
「あ、そうだ撮影は?」
「もうとっくに終わったわよ。もうそろそろ旅館に行くわよ」
「そっか…ってか、合宿って言ってたのに、今日は何もしなかったな」
「まぁ、いいじゃないそれは明日からで。そんで、その…」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとう…」
「あ、ああ…」
あまりよく覚えていないだけに返事が微妙になってしまう。
まさかパラレルワールドだったりしないよな?鳳◯院◯真とか出てこないよな?怖い怖い。
………
と、脳内でふざけてみたものの、沈黙が痛い。早く誰か来いよみんなどこ行ってるんだよ。
「ねぇ、この水着…どう思う?」
「え…?」
と、困惑していたところにいきなり爆弾発言。え、これは何?どう返すのが正解なの?
「………白い」
「あんた本当はわかってて言ってんでしょ」
やばい、俺のヘタレ具合がこんなところでも炸裂してしまった。
「みんな、似合ってるって言ってくれるかなぁ…」
「ああ、そういう…」
週刊誌の読者の反応が気になるのね。はい、知ってました。
「似合ってるんじゃないでしょうか?」
「な、なんで敬語なのよ、気持ち悪い!」
と思えば素直に褒められた。のに、バシン、と、背中を叩かれたのはなんでだ?痛い!紅葉になる!
でも、なんだかこういう雰囲気、いいな。いや、俺がMとかそういう話ではなくてね?
まるで古くからの付き合いであったかのような懐かしさを感じ…
「…私には駄目出しだったのに」
「うわあっ!!」
いつの間にか俺たちの後ろには缶ジュースを持った樋口がいた。
お前そのステルス性能いつ手に入れたんだよマジ怖いよやめてくれよ。
と、その後ろから、他のみんなも帰ってきた。どうやらみんな飲み物を買いに行っていたらしい。
って、あれ?今井はどこだ…?
「ちょっと今井探してくる!」
「おっけー!早く戻って来なさいねー!」
………………………………今井はスク水のまま、フェンスに磔にされていた。
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「だぁ…疲れた」
今日は本当におかしな1日だったな。変な夢見るし樋口はあれからへそ曲げるし。
それにしても、水着の美女をあんなにたくさん見れたのは僥倖と言えるだろう。
ちなみに今は、今井の別荘に戻り、夕食後に割り当てられた部屋の中。
「なぁ、石田。今日はどこで寝るんだ?」
「すみません蓮見先輩、ちょっと俺と博多先輩の間で寝てくれませんか?」
「…?いいけど」
「な、何故だ…」
男組は三つ並べられた敷布団のうち、どこに寝るかについて話していた。
そんな時、コンコン、と、扉がノックされた。
「石田、行って来い」
「はいはい」
蓮見先輩の命令でいそいそと立ち上がり、扉を開く。
「やーん、伸ちゃんいーにおいぃ!シャワー浴びたてなのね?じゃあ今からあたしと一緒に…」
「盛らないでくださいよこんな時に」
「冗談よ」
俺にその大きすぎて柔らかすぎる胸を押し付けながら熱っぽくウインクしてくるお姉さん。もう誰だかわかると思うが、美月さんである。
しかも彼女、寝巻き姿で布が薄くいろいろやばいからそろそろ離れてぇ!
「ちょっとそーちゃんとはすみん、一緒に来てくれる?仕事の話があるのよ」
「えー、今休暇中っすよ?」
「そう、じゃあ社長さんにはすみんがそう言っていたことを伝え…」
「ぜひ今すぐにでも!!」
博多先輩はため息を吐き、立ち上がる。
「俺はいいんですか?」
「ああ、いいのよ。伸ちゃんはバイトだから、今日くらい、ね?」
「美月さん…」
ああ、やっぱりこの人はいい人だ。もう年齢でいじったりしません。
だから睨まないで!別に年増とか言ってないから!
そうして、一気に部屋の中は静かになってしまった。
今井の別荘は金持ちなだけあり、結構広い。どこか寂しさも感じつつ、俺は布団の中に入り込んだ。
…………………
暇だ。まだ寝るには早いし、トランプもする相手いないし…
俺も仕事、手伝おうかな。
そう思って立ち上げると、パスッ、と言う軽い音が聞こえた。
音の方向を見ると、博多先輩の鞄が倒れていた。
何か精密機器が入っていたらまずいな。そう思い鞄を拾おうとすると、中から一部の冊子が見えていた。
………思えばこの時、無視していれば良かったのだ。
だが、好奇心という怪物は俺を突き動かし、その冊子を手に取らせてしまった。
「…『禁断の関係、上司とその部下24時』って、ひいぃっ!!」
ホモ雑誌だった。
まさか、本当に俺のケツが狙われてたのか…?やばい、それはシャレにならないくらいやばすぎるだろ…
中身はどんな…いや、見たくない!断じて見たくない!!
コンコン
「!!!!?」
俺がその冊子をゴミ箱に捨てようとしたその瞬間、都合悪く扉がノックされてしまった。
や、やばい!早くこれを隠さねば…
「先輩、ちょっと、開けますね?」
しかも樋口じゃん!!?
がちゃりと開かれる扉。まずい、これは確実に誤解されてしまうやつ!!
半開きの扉から覗く淡いピンクのネグリジェ。
もう、博多先輩の鞄に隠す時間はない!早くどこか…どこかにって、あああ!もう開けられてしまうッ!!!!
「あ、こんばんは先輩。ちょっとお時間、よろしいですか?」