第18話 水着回だ。取っとけ
これは、なんだ?
初め聞いた時、俺はもっと楽しいものを想像していた。
水着に包まれた胸が揺れたりとか、ポロリもあるよ的なアレを想像していたんだ。
でも、現実は残酷で。
「殺す気で行くわ。覚悟なさい」
「先輩は一度死ぬくらいがちょうどいいんです、きっと」
「いやこれただのバレーボールじゃないの…?」
無情にも、人の世に争いは絶えないのであった。
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そこは東京都内にあるにもかかわらず、とても静かな場所だった。
蝉すらも近寄るのを拒む、閑静な高級住宅街。その中でもひときわ大きい家の前に、俺たちはいた。
「あたし今までで一番敗北感を感じているかも」
「あれ、麗奈さんはののちゃんの家に来たことなかったんですか?」
「あるわけないし今すぐ帰りたい気分なんだけど…」
早速山橋からネガティブな発言が飛び出る。そう、俺たちは前回の誘いを受け、「誘い受け…?」今井のの家に来ていた。誰だ今の。
振り返ると、後ろには三人の大人が立っていた。
一人は腹出しシャツにショートパンツというかなりセクシーな格好。
一人はビーチサンダルに半袖短パン。
一人はツナギ…ノンケでも食っちまいそうだ。
「…皆さんも来たんですね」
「まぁ、俺たちの所属アイドルがお世話になるんだ。ついていかないわけにもいかないだろ」
「そうよ、別に海に行く、なんて言葉に釣られたわけじゃないわ!」
「お、俺は美月さんの水着が…」
皆、様々な思いがあるんだなぁ。主に休みたいんだろうけど。
そう、我らが風間プロダクションは、今日から3日間夏休みということになっているのだ。
「遊びじゃないんですよ、皆さん!麗奈さんだって仕事持ち込んでるんですから!」
「ああ、そういえばそうらしいな」
週刊誌の特集グラビアかなんかだったような気がする。カメラマンさんとは向こうで落ち合うらしい。
「はぁ、もうなんでもいいから早くしてよ…」
「そうですね…インターフォンを押してからずいぶんと経つんですが…」
そんな中、我らがアイドルはけだるそうにうなだれ、マネージャーの方も手でうちわを作っていた。
山橋は赤のワンピースに麦わら帽子。樋口は真っ白なワンピースと、夏を感じさせるコーデで、なんというかすごく可愛らしかった。
「ねぇ美香、あいつ、目がいやらしいわ」
「はは…確かにちょっと肩出しは恥ずかしいかもです」
相変わらず俺の扱いは微妙だったが、まぁ中のいい一団と言えよう。
その時、固く閉ざされていた門が、ゆっくりと開いた。
「待たせたわね」
「遅い!!」
怒る山橋。けれど、それよりも気になるのが…
「何だこの車…」
それは、黒塗りの高級車で、窓から覗く内装は車内というよりクラブの席のようだった。
「こっちにも色々準備があったの!さ、乗って乗って!」
山橋の怒りなど全く気にならない様子で、窓から顔を覗かせる今井。
「じゃ、乗りましょうか先輩…」
そんな感じで、しょっぱなからこける気しかしない、夏合宿が始まったのであった。
始まったんだけど………
「石田くん、でしたね?」
「あ、はい」
「のの様とはどのようなご関係で?」
「いえ、別に、強いて言うなら友人です」
出発から3時間が経った車の中。
一緒に来ていたみんなは全員寝ていた。うん、いつも大変だから、それは別にいいんだ。
でも、運転手さんから品定ように話しかけられるようになったのはいかがなものだろうか。何だこれ?なんの罰ゲームなの?
「友人…ですか」
「は、はい…」
しかも運転手さん、白髪で華奢だが、どこか覇気を感じる。
執事なのかな?だとしたら勝てそうにない。執事キャラってほら、なぜかいつもチート級に強いじゃん。
沈黙。
…………………
「海が見えてきます」
「え!?あ、はい、そうですね…」
「んぁ…」
すると、俺の隣で眠っていた樋口が声を上げた。
おっとそういえば席について言ってなかった。円形に座れる車内で、俺の左に樋口、右に美月さんという布陣だ。
ちなみに美月さんは時々俺の首筋に顔をうずめてくるから困る。ダメ…こんなところで…声、出ちゃう…ッ!
それは置いといて、樋口は俺の左肩から頭を上げ、ぼんやりと周囲を観察する。
俺と目が合う。なんだかとろんとしていて、不思議な色気を感じた。
顔が一気に赤くなり、目を見開く。電車で肩に頭とか乗せられると、ちょっとドキッとするよね。どうでもいいか。
「あ、ああああの…先輩!海!海が見えます!!」
「そうだなぁ…」
もうお前のその反応だけでお腹いっぱいだよ。
そんな樋口の声に反応し、みんな起き出す。
「美香…?」
樋口の隣に座っていた山橋も例外ではなく、目をこすりながら起き上がった。
実は二人分の体重を支えていたんです。そりゃあ寝れないわけだよ。
「麗奈さん。そろそろ着きそうですよ?」
「そうなの…って、海だぁ!!」
その瞬間、皆一斉に山橋を見る。
へぇ…こいつもこんな風にはしゃぐんだ。
と思ったら、不意にパシャりと音が聞こえた。シャッター音?
「な…なによっ!」
「あれ?あたしなにやってんだろう…可愛くてつい…」
「無意識でそれはやばすぎるだろ…」
ヤンデレの気質がありそうで怖い。そんなの二人もいらないんだよ…
「そろそろ着きますぞ」
運転手さんの渋い声。
「楽しみですね?」
「合宿なんだけどな…」
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「うみだああああああああああ!!!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」
今井の別荘に着いたのち、着替えてから荷物を置いて海に来た。
多くの人で賑わう海水浴場で、年甲斐もなくはしゃいでいる俺の先輩。本当、今日まで大変だったんですね…ホロリ。
しかし、美月さん以外の女性陣の着替えは遅い。
胸囲的な…違う、驚異的な速度で着替えてきた美月さんは、俺以外の男を連れて走って行ってしまった。
なんでも、「伸ちゃんは来ちゃダメよ?非リアは私が預かっといてあげるから!」とのこと。二人の男子が死んだ目をしていたのでどうぞやめてあげてほしい。
そもそも、俺だって年齢=彼女いない歴だし。
しかしみんなの水着かぁ…山橋はアイドルやってるだけあってスタイルめっちゃいいだろうし、樋口はおとなしそうな感じで、水色とか似合いそう。今井は低身長だから…そうだな、スクm
「先輩!」
「ひゃう!」
いきなり背中に手を当てられ、生娘のような声を上げてしまった。
だって俺水着だし!上半身裸だし!
「何照れてんのよ…」
「べ、別に照れてないし…」
あれ、おかしいな。なぜ俺がこんなヒロインみたいな態度を取らねばならんのだ。普通逆だろ!
「石田!」
「ついにお前は呼び捨てになったんだな…って、ブッ!」
その後ろから現れた貧に…じゃなかった、今井。
さて、三人の水着だが、山橋は白いビキニ。うん、ものすごく綺麗だ。肌が真っ白でツルツルしてそうで…おっと、これ以上はいかんな。
樋口は赤のビキニ。うん、まぁこれもこれでいいと思うよ。
問題はお前だよ今井。なんで、なんで…っ!!
「ありがとうございます!!」
「うわっ!きもっ!」
「さすがに先輩、それはフォローできません」
「え、ちょっと麗奈!なんでこいつあたしに土下座してるの!?」
スク水なんだよ!しかも旧!わかってる。お前やっぱり需要わかってるよ!!
「撮影まであと1時間ほどありますけど…どうします、麗奈さん?」
「せっかく来たんだし、やることは一つでしょ!」
山橋はどこから取り出したのか、片手にバレーボールを持っていた。
「ビーチバレー…いいじゃない。麗奈、勝負よ!!」
「え、でもそこまで時間があるわけじゃ…」
「美香も強制参加だから!!」
「え、ええ〜…」
俺がご神体を崇めているというのに、彼女たちは楽しそうに遊びの計画を立てている。
あれ、これまさか俺一人になっちゃうやつじゃない?やっぱ美月さんについていけばよかったかな…
と、後悔しかけた時、樋口が口を開いた。
「でも、それじゃあ三人ですよ?」
「うっ…」
苦そうな顔をする。さすがにちょっとショックなんだけど…
そんな山橋は俺を睨んで、少し悩んでから、諦めたように頭をかいた。
「しょうがないから、君も入れてあげる…」
え、いいのか?
「え、いいよ。暑いし」
「あんたぶっ殺すわよ?」
「先輩少しは空気を読む努力をしてください…」
あれ、なんか照れた勢いでおかしな事言ってしまった。
怒った山橋と、笑いながらそれを見ていた今井はスタスタと用意されていたコートに向かう。
そんな俺の元に残ってくれたのは樋口だけで。
「先輩も、行きますよね?」
「うん、まぁ、行くよ」
「こういうのなんていうんでしたっけ?ツンデレ?」
「やめろ死ぬほど恥ずかしいから」
「そういえば」
「聞けよ」
「私、新しい水着なんですよ?」
「お前は水色とかの方が似合うんじゃないのか?」
「………もう、いい」
「あ、ちょ、待てよ!」
またゴミを見るような目で見られてしまった。あれ、アドバイスしたつもりだったんだけど…
と、そんなわけで場面は今回の一番最初に戻る。
山橋と戦いたい今井と、俺と一緒のチームになることを断固拒否した山橋と樋口によってチームはすぐに決まった。
ほんの、遊びのつもりだったのだ…
「じゃ、行くわよ」
山橋はボールを高く投げ、跳躍する。
彼女の右手がボールに触れたその瞬間。
「…消え—————」
「きゃああああっ!!!!」
隣で構えていたはずの今井が叫び声をあげながら吹き飛んでいた。
…え?吹き飛ぶ?
「お、おい、あの子平気なのか…?」
ざわざわと周りの人々がざわめき出す。
それもそのはず、だって、吹き飛んだ今井は…
「は…磔にされてる…っ!!」
なんと、今井はフェンスに磔にされていたのである。んなわけあるか。
「お、おい山橋…お前何を…」
問うと、彼女はフッと笑い、こう答えるのだ。
「まだまだだね」
「お前それがやりたかっただけだろおおおおお!!」
こうして、早速一人目の犠牲者を出しつつも、俺たちの戦いが始まったのだった。