第17話 社畜の夏は寒い
蝉が、騒々しく鳴いている。
エアコンの換気扇の音、扇風機のファンの音、打ち水をする音。はしゃぐ人々の声。
夏といえば、暑さばかりに目が行きがちかもしれないが、それ以上に音が多い季節だと、俺は思う。
「いいな、海水浴。プールなんかでもいい」
「あ〜、いいわねぇ、大学生っぽくて」
「羨ましいぜ、石田」
「俺が今何してるかちゃんと見てからそういうこと言ってくれます?」
「なぁ、石田。そんなにどこか行きたいなら今度俺と二人っきりで…////」
そんなわけで、あのゴールデンウィークイベントから二ヶ月ほど経ち、俺の大学は夏休みに入った。
が、休みなんていうのはまったくの嘘で、俺はバイトという身分を飛び越えこの会社、「風間プロダクション」に貢献しているわけだ。
利点といえば、せいぜい金が溜まることくらいか。このままいけば扶養は完全にぶち抜いてしまうだろう。
「お、二人が帰ってきたっぽいぜ」
蓮見先輩が言うように、あの二人が帰ってきたのだろう。
さて、あの日から今に至るまでの間、少しだけ変わったことがあるので、それを説明していきたい。
「あ、先輩こんにちは!!今日も来ていたんですね!」
「うん、まぁ…」
満面の笑みで俺に挨拶してくるのは、現役高校三年生にして普通に美少女、樋口美香。黒髪ロングを右側に流しており、高校は俺と同じ。黒髪ロング後輩系ヒロインと言う、なんとも強属性な奴である。
「じゃ、先輩!今日も一緒に帰りましょうよ!」
「お、おう…」
ちなみに一人暮らしで、俺のアパートの上の階に住んでいる。
それもあって、最近は一緒に帰ることが多い。一緒に帰るのは全然やぶさかではないどころか、本来JKと並んで帰れる僥倖を噛みしめるべきなのに、俺はなんだか気が晴れないのだ。
変更点その1、樋口がより懐くようになってきた。
「……………」
「……………」
「えっと………」
「…おはよ………」
「お、おう…」
俺の前を無愛想に通り過ぎ、その先にあるソファに座る彼女は、世間で話題のスーパーアイドル山橋麗奈。顔は信じられないくらいに綺麗なのだが、それ以上に透き通るような癖のある金髪が、とても目立つ。
ことあるごとに俺と喧嘩するツンデレ系(主観)ヒロイン。これまた強属性だ。
変更点その2、山橋が俺に挨拶をするようになった。ってあれ、これ人としての基本じゃね?
あと、俺が樋口と仲良くすると睨んでくる。この前なんて「触ってないでしょうね?」なんて言われた。おかげで最近樋口との距離が遠くなっちゃったじゃないか。
「こそこそ(なぁ、あれどう思う)」
「ひそひそ(いろいろあってお互い意識し始め、今は気まずい関係なのよ!ああ、青いわぁ…あの頃を思い出すわぁ…)」
「ぼそっ…(あの頃って何年前っす…)グボァ!!」
「………何やってんですか?」
気づくと先輩三人が寄り集まって、こそこそ話をしていた。
普通の男口調で話すのが、経理、総務担当の博多総司先輩。ホモ担当。
女口調なのが、プロデューサーの倉田美月さん。エロ担当。でも最近発散できていない。
〜っす、〜ぜ、が語尾によくつく、広報担当の蓮見太郎先輩。いじられ担当。美月さんのタブーを言って、今殴られた人。
「皆も、おはよう…」
「おはよう麗奈」
「おはよう麗奈ちゃん!」
「おはよう山橋」
変更点その3、山橋が樋口以外の従業員ともコミュニケーションをとるようになった。これも基本だな。どんだけ社会不適合者だったんだよこいつ…
「よ、お前ら。働いてるか?」
「「「「「「こんにちは社長!」」」」」」
事務所の奥、社長室から現れた、見た目が完全にヤクザの大男、社長さんこと風間光明。
こんな見た目だが単身で起業し、仲間を集め、山橋レナと言うアイドルを手に入れてから会社を一気に成長させた凄腕でもある。
最後に一人、軽く紹介しておこう。音楽クリエイターの山橋香奈。彼女は山橋レナの楽曲のほとんどを手がけており、また麗奈自身の妹でもある。
が、あまり会社に出勤せず、家にいることがほとんどらしい。歳は16。俺のことをお兄ちゃんと呼んでくる妹系ヒロイン…なのかあれは?
まぁ、彼女については登場した際においおい語るとして。
俺を加え、上記7名で構成されているのが、我らが風間プロダクションである。
ピリリリリリリリリリリリ…
「俺か」
と、紹介を終えたところで、タイミングよく電話がかかってきた。
スマホの画面に表示されている名前を見て、思わずため息が漏れる。仮にもスーパーアイドルなんだから、あんまり俺に電話をかけてくるのは如何なものか。
「もしもし…」
「もしもし!あなた、今暇?」
「すまんな、ちょっと今忙しい」
ブツ。
……………………………………………………………
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!
……………………………………………………………
『ただいま、留守にしており』
プツ。
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!
「うるせぇ!!」
「なんで切るのよ!!」
|なんか既視感のあるやりとり《1章6話のコピペ》だな。
電話の相手は今井のの。山橋レナのライバルでもあるスーパーアイドルであると同時に、山橋レナのファンでもあるすっごい可愛い黒髪セミロングポニテロリ巨乳美少女。
な、長い…とまぁこのように、メインヒロイン級の属性を所持しているのだが、|ツンデレの方向をこじらせ《百合方面に走り》ヒロインにはなれない残念系美少女でもある。
「ねぇ、この前のCD発売会のこと、覚えてる?」
「ん?そんなことあったっけ?」
「あ…あんだけ世話になっておいて…覚えてないですって…?」
確かにゴールデンウィークの時はお世話になった。
問題の解決に一番貢献したのはこの子だったと言っても過言ではないだろう。
おかげでイベントは大成功し、それに参加したファンが宣伝しまくった結果、「NEXT」はオリコン週間ランキング第1位を取れたのだ。
とまぁよく考えたら忘れていいはずもないほどの恩があるこの少女なのだが、いい加減みんなからの視線が辛い。早々に切り上げてほしいんだけど…
「で、用件は何?」
「その時あんた、言ったでしょ!?俺にできることならなんでも言うこと聞くって!」
「ん?今なんでもって…」
「あ・ん・た・が・言ったのよ!!で、その内容今まで保留にしてきたけど、今使わせてもらうわ!!」
ああ、そんなこと言ったような気もする。
あの時は焦ってたからな。だって、道のど真ん中で大泣きし出すんだもん。
「で、なんなの?」
「明後日、麗奈を連れてあたしの家まで来なさい!」
「………は?」
何を言ってるんだ、こいつは…
「もうあたしのマネージャーにはそういうことにするように言ってあるから」
「ま、待てよ!そんな急にどうにかできるわけないだろ!そもそも何する気だよ!」
「夏なのよ?決まってるでしょ、合宿よ!!」
「馬鹿か!やっぱりお前馬鹿だったんだな!!」
「馬鹿とは何よ!!」
気づけばお互いヒートアップしてしまっていた。
冷静になれよ。そんなのどうやったってできるわけがない。
すると、おもむろに社長さんが麗奈の座るソファに向かう。…なんだか嫌な予感しかしない…
「なぁ麗奈、明後日からの予定って、何があったっけ?」
「え?グラビアの撮影くらいだった気がするけど…それから先はわからないわ」
「石田、行っていいぞ!!」
「やっぱ聞こえてたんだ!!」
感覚神経まで鍛えてあるとでも言うのか?超人なのか?
山橋はぽかんとした顔で俺と社長さんを交互に見つめている。まぁ、わけわからんわな。
「…よくわかんないけど、明後日午前8時にあたしの家に来ること!!いいわね!!」
「いや、そもそもお前の家なんか知ら」
「じゃ!」
ブツ。
…………………………
「な、ねぇ美香。何があったの?」
「…さぁ?」
困ったように俺を見る樋口。
ああ、またなんか面倒なことになりそうな予感がしてきたぞ…
と、そんな不安まみれの7月末日だった。