第15話 信じろ
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「いや驚くわそりゃあ…と言うか、久しぶりだな」
「覚えてはいたんだ」
「そんだけインパクトある格好してたら、そりゃあ忘れられないよ」
お察しかと思うが、俺の肩を叩いたのはあのライブで出会った少女、今田ななだった。
見た目は相変わらずの黒髪ポニテ不審者。しかしそのマスクの下は想像を絶するほどの美少女と言う、なんだそれなギャップの持ち主でもある。
「誰ですか、その女?」
「樋口さん声低くなってませんか?」
目からハイライト消すのやめてくれません!?(個人のイメージです)
早く身の潔白を証明せねば!…って、なんの潔白だ。
「この子は今田ななっていって、この前のライブで知り合ったんだ」
「そうなのよって、ひゃあ!?」
なんか急に今田は変な声を出して俺の後ろに隠れた。
まさか山橋レナが目の前にいるとばれたのか?いや、まぁ気づいてもおかしくはないんだけど。
「あれ?どうしたんですか、その子」
「いや、今田は恥ずかしがり屋なんだよ、きっと」
憧れの人が目の前にいて感動してるんだな。
ならば、壁くらいにはなってやるよ。
…と言うか開店までまだかなり時間あるぞ気合い入りすぎだろ。
すると、山橋が不意に俺の肩を叩いてきた。なに?流行りか何かなの?
「さっきから何言ってるのよ、君。その子の名前は“今井のの”よ?」
「…は?」
「君は人の名前も覚えられないのね。ふふっ…底が知れたわ」
「いや、お前こそ何言ってんだ」
いきなり会話に入ってきたと思ったら、意味不明なこと言って俺を馬鹿にしてきた。なんなんだこいつぶっ飛ばしてやろうか。
ほら、今田だってポカンとして…
「そっ…そそそそうよっ!!あたしがあのウルトラ人気アイドル、今井ののなわけないでしょっ!!」
あれぇ、嘘、この子動揺してる…
しかもすごいわかりやすいアホの子系ラノベヒロインみたいなこと言ってる…
「まさか…麗奈さん、今井ののって、麗奈さんをやたらライバル視してる痛くてどうしようもないアイドルじゃないですか〜そんなのがこんな時間にこんな場所に来るなんて、ありえませんよ〜」
「ちょちょちょっ、ひどい!ひどいよ美香!あたしへの恩も忘れて〜!!」
「どうです先輩、この人、今井ののって言うんです」
「ハメられたっ!?」
今田なな…いや、今井ののは、愕然とし膝を崩していた。
しかし、今井ののって確かそこそこ売れてるアイドルだったはずだけど…ああ、なるほど、変装はそういう…
「ど、どうして気付いたの…」
「どうしてって、あんたあたしのライブによくいたでしょ?目立つからすぐにわかったわ。
まぁ、あたしの歌がそんなに好きなら仕方ないと思って、不審者のテンプレみたいな女の子が来ても通してあげるように警備員さんにいつも頼んであげてたのよ?」
「ななっ!?いつから気づいてたのよー!!」
ああああ、と、呻きながら今度は頭を地につけてうなだれ出した。
人が少ないとは言え、はずかしいから是非やめてほしいんですけど。
「じゃ、あたしたちは行くわね。のの、あんた、こんな時間から並ぶなんてあたしのこと本当に大好きなのね。ふふっ!」
「じゃあね、ののちゃん」
今井を散々いじめ尽くし、鬼女二人はニヒルに笑いながら店内に入っていった。
「………まぁ、なんていうか、どんまい」
「く…屈辱だわ………っ!」
「…並ぶなら日陰に入っとけよ。まだ5月だけど、」
かわいそうすぎて、なんだか優しくしてあげたくなってしまった。
しかし、あれだけ言われてもちゃんと並んで一番最初のサインをもらおうとするとは、ちょっとMなのかもしれない。
そして、俺は店内へ。
そうしてたどり着いた店の奥には、特設コーナーがあった。
小さな壇。その後ろには黄色い幕が張られており、その後ろでスタッフがいろいろサポートなどをするらしい。
一足先に入っていた二人は何やら開いたダンボールを見つめてじっとしていた。
「おい、どうしたんだよ。CDだろ、それ。早く並べないと…」
「ないんです…」
「…何が?」
見たくないなぁ…
でも、樋口は俺に向けて、ダンボールを見せてきた。
うん、ただのCDだ。透明なジャケットから覗くディスクは光を反射してキラキラと…
あれ、透明なジャケット…?
「ジャケットが、ないんです!!」
「………やばいじゃん」
「やばいじゃん、じゃないわよおおおお!!!!」
そう、発注されたCDには、このパワーレコード先行発売会限定の特別ジャケットが、なかったのである。
「ど、どどどどうしよ…なんとかしなさい石田くん!」
「無理だってこんなのバイトの手に余る!事務所への連絡は!?」
「ダメです、回線が混み合っていて繋がらないし、携帯はつながりません!」
「くそ…っ!!」
どうする、この状況…
「あたしのせいだ…」
「え?」
その時、樋口が死にそうな声で言った。
「どういうことだ?」
「あたしがこの前先輩に頼まれたジャケットのデータを送り忘れたから…」
「っ!!」
おいおいまじかよ馬鹿野郎!!と、叫びたいのをぐっとこらえる。
樋口はまだ高校生で、そもそも本業はマネージャーなのだ。いきなりあんな仕事をさせる事態に追い込んだ会社が悪い。そうだ、会社が悪いのだ。いい言葉だ。
「ごめんなさい…ああ……どうしよう、私…」
どうする、どうすればここを切り抜けられる?
何か手を。開店まであと1時間ほどしかない。
逃げる?馬鹿、今はふざけてる場合じゃないんだぞ?
謝る?それは最後の手段だ。諦めるな、手を探し続けろ。
そうだ、あと1時間もある。何か、何かあるはずなのだ。それを見つけさえすれば…
「いいんだよ、謝ろ、美香。今からなら、被害は抑えられるかもしれない」
「麗奈さん…」
そんな時、彼女は立ち上がった。
………諦めの手を、選択して。
仕方ない、のか?俺だって、これ以上いい手が思いつくとは限らない。
そう思った。
そう、思ったのだけれど。
「だいたいこんなスケジュールでやるなんて、無茶だったんだよ。もっと時間をかけて…それこそ、何ヶ月も練って、香奈が作った歌をやればいい。
あんな思いつきで作った歌を出すのは、おまけみたいなもんでいいんだからさ。
だから、そんなに落ち込まないで…」
「ふざけん…なよ」
でも、その言葉を聞いた瞬間、俺の頭に一気に血が流れ、パンクしそうになったんだ。
全く、お前はどれだけ俺の地雷を踏めば気がすむんだよ、馬鹿女。
「あの曲を、ファンがどれだけ楽しみにしていたかわかるか?
それを裏切る決意を、そんなに簡単に、吐き捨てるようにしていいと思ってるのか?
いい加減にしろ!」
だって、そんなんじゃあ、俺がなんのためにこんなにきつい仕事始めたのか、わかんなくなる。
「じゃあ…じゃああんたに何ができるのよ!あんたは物語の主人公なんかじゃないのよ!!」
俺の剣幕に押されていた山橋だが、思い出したかのように反撃モードに移る。
でも、その程度じゃ俺はひるまない。
だってさ、本当はお前、今日のこと楽しみにしてたんだろ?
本当のお前の歌を、ついにみんなに聴かせられるって、嬉しかったはずだろ?
ライブに来た人や、デモを聴いた人が、その想いに魅せられて、感動したから、朝早くから並ぶファンだって出てきたんじゃないか。
だから、俺だって………っ!!
整理しろ、この場での最適解はなんだ。
ピンチをチャンスに変える、それが主人公ってやつだ。
なってやる。今は、俺がそれになるしかないって、そういうことだろう?
「もういい?あたし行ってくる…」
「なんとか、できる」
「…え?」
見つけた。これはきっと不確実で、しかも明らかにバイトの権限を超えてる。
でも、俺はどうしても、この曲に失敗の文字をつけたくないんだ。
絶対に言わないけど…この曲の1番のファンだからさ。
「樋口、お前は予定通り設営の用意をしておいてくれ。俺は今からちょっと出てくる」
「ちょっと、何勝手に…」
「山橋。お前は今すぐ風間プロダクションに行って、先輩たちの手を借りてくるんだ」
「はぁ?」
なんだそのムカつく顔は。帰ってやろうか?
なら、可能性が高い方から。
「樋口、俺を信じてくれ」
「………はいっ!!」
そういうと、樋口は走って行った。
「山橋…」
「あんた、こんなことして下手したらクビ…」
「お前は、自分を信じろ。みんな、お前のことが大好きなんだから」
「っ!!」
俺は山橋の手を取り、走り出す。
「ちょ、本気!?」
「本気だっての!さ、早く走れ!!」
風間プロダクションまでは、走ってもいける。
卑怯だって、思うか?山橋。
「もう…どうなっても全部あんたのせいにするからね!!」
でも、やっぱり走り出した。
そう、それでいいんだ。
そうやって、素直になったお前の方が、カッコ良いよ。
そのついでに…俺のことも、少しは信じてみろよ。
その背中に、そう、心で呟いた。
「ねぇ、あんた何時まであたしの手を握ってるつもり!?せっかく一番前だったのに…一番前だったのにぃ!!」
俺の左側からキンキン声が響く。
…いつから俺の手が山橋しか捉えていないと錯覚していた…?
でも、これが鍵。
この会を成功に導くのに、必要なんだ。
「ごめん、今井」
「しかもなんなのよ今の茶番は!どうしてくれるの!?ねぇどうするの!?」
「手を貸してくれ、お前の力が必要だ」
「貸すかバカヤロォォォォ!!」
それから俺は、泣きながら殴ってくる今井を宥めるのに、10分も使ってしまったが。