第12話 笑顔の絶えないやりがいのある職場です
「認められませんわ!!」
「何生徒会長みたいなこと言ってんだよ」
開幕早々パクリネタとは。もういい加減にしてほしいものだ。
「それはともかく、どうして君が来るのよ!」
「いやほら、人が足りないって樋口が言うから」
「だからって来る?気まずかったりしないの?」
「いや、別に全然?」
「あんたねぇ…っ!」
さらにいつもの喧嘩。
そう、俺は今、目の前の騒がしい女、山橋レナと言うアイドルを有する芸能事務所、風間プロダクションのビル前にいる。
イメージとしてはあれだ、無印アイ◯スの7◯5プロ事務所的な感じ。
「美香も美香よ!どうしてこいつなんか誘うの?」
「え、だって私の知り合いで体力はそこそこあって暇そうな人なんてこの人くらいしかいなかったんですもん」
「そういうこと言いたいんじゃなくて!」
「じゃ、まぁとりあえず挨拶から行きましょうか、先輩」
「そうだな、宜しく頼むよ先輩」
「先輩…へへ、二人とも先輩ですね?」
「あはははは」
「あははははは」
「何無視してんのよ!嫌よ!あたしは嫌!!」
こんなに言われると少しだけ傷つかなくもないが、彼女のこの反応は大方想像通りだ。
だって前回、大嫌いって言われたしな。仕方ないさ。
だけどまぁ、こっちにも事情ってもんがある。諦めてもらうとしよう。
「あの、先輩。いいんですか?麗奈さん相当怒ってますよ?」
「いつものことだろ?これからいちいち気にしていたら仕事にならないって」
「それは…否定できないんですけど…」
「聞こえてる!聞こえてるからね!」
やかましい女だった。
いつもこんな感じなのだろうか?
「じゃあ、開けますよ?」
「おう」
山橋を完全無視して、二階にある「風間プロダクション」と書かれた曇りガラスの扉を開く。イメージがつかめない方は是非無印ア◯マス1話でも見てください!とても面白いです!(宣伝)
「おはようございます!」
「おはよう美香ちゃん。そこにいるのは?」
中にいたのは、一人だった。
目つきが悪く、金髪。黒スーツのせいでなんだかチンピラっぽい若い男だ。
「おはようございます、今日からこの会社でお世話になることになった、石田と申します」
「おお、お前が社長の言ってた人か。俺は蓮見太郎。広告を担当してる。こっから宜しくな」
「は、はい!」
握手を交わす。なんだ、結構いい人そうじゃないか。
「社長は奥の方にいるぜ」
「はい、ありがとうございます」
しかも必要な情報もちゃんと教えてくれる。やっぱりいい人らしい。
「私はもうここで働いていますので、終わったら声かけてくださいね?」
「おう」
デスクに向かう樋口を確認し、コンコン、と、社長室をノックした。
「入れ」
渋い声。初めてだったら帰ってたかも。
「失礼します…」
社長室では、一人の男がタバコを吸っていた。
「どうも、二日ぶりです」
「そうだな。まぁ座れ」
「はい」
この人が社長さん。
髪は真っ白で角刈り。ガタイは相当良く、睨みを効かせたら誰だって震え上がるくらい迫力のある濃い顔。
一言で言えば、マジで怖い。
「今日からだったな。
んで、仕事内容だが、石田には主に雑用を任せようと思う」
「は、はぁ」
まぁ、それが妥当だろうな。学生だし。
「そういえばお前、大学は冬海大学だったよな?」
「え?あ、はい」
「そうかそうか。あそこに麗奈を裏口入学させるのは大変だったぞ。なにせ名門だからな」
「明らかに違法だと思うんですがそれは…」
え、何この人?本当にそういう人たちと通じてるの?
ちなみに冬海大学がとうかいだいがくと読めてしまうのに気付いたのは最近だし、なんの関係もないんだからねっ!
「なら、お前もそこそこ頭いいんだろ?マネージャー補佐と、書類整理も任せるわ」
「ちょ、待ってください!」
とか言ってる間にとんでもないことを頼まれていた。
いい大学を出たやつが仕事できるだなんて思わないほうがいい。できない奴は、例え東大卒だって出来ないものだ。
「そんなにたくさん仕事を振られても時間が…」
「何言ってんだ、時間は作るもんだろ?」
「僕は学生ですよ…?」
「面接の時言ったじゃねぇか。生半可な覚悟じゃあ、ここでは働いていけないぞって」
「たまにきついかもしれないけど、笑顔が絶えないやりがいのある仕事だとも聞きましたよ…」
「おう、そうか。嘘じゃねぇなぁ」
「っ…!!」
はめられた…笑顔で契約書にサインした俺を殴りに行きたい。
「まぁでも、新入りのお前にたくさん働いてもらわないといけないくらいには、今忙しいんだよ」
「………」
「麗奈のため、だろ?」
「っ!わかりましたよ…」
「まぁあいつが結構稼いできてくれるから、給料はしっかりと出すぜ?」
「1日1回家には返してくださいよ…」
この社長は、どうも苦手だ。
「失礼します」
とまぁ、こんな感じで仕事に関しての方向性を定めてから、俺は社長室を後にした。
「ふー、終わったぁ…」
俺が安心したのもつかの間、俺の右サイドから艶かしい声が…
「あー、新入り君みっけ!」
「!!?」
「み、美月さん!!?」
美香の悲鳴が聞こえる。
あれ、俺の右腕が、何か柔らかいものに…!?
まさか、たどり着いたというのか?
過去、幾人もの兵がその頂を目指し己を高め、されども一握りしか掴むことのできなかった、あの黄金郷への到達を、この俺は遂に果たしたというのか?
「離れろ美月」
「やー、そーちゃんなにするの〜?」
「そーちゃんって呼ぶな」
「そうです美月さん!先輩も困ってるじゃないですか!」
……………はっ!!
今の一言で目が覚めた。何を考えてるんだ俺は。冷静になれ。もっと冷静に、心を無にして…
「はぁああっ………////」
この感触を楽しむのだ。
「…………………………………………………………………………………………………………………………はぁ」
ゴミを見るかのような目で樋口が俺を見ているが気にしない。気にしたら負け。
「こんくらいにしとけって」
「うう〜」
しかしついに男性におっぱ…女性が離されてしまった。
くそっ!!残念…
「はぁ」
樋口はというと、自分の胸を見てため息をついていた。
「あの…あなた方は…」
「はーい、私、倉田美月でーす!美月って呼んでね?一応プロデューサーやってまーす!」
倉田美月先輩。髪はクリーム色のロングにウェーブをかけており、それだけだとギャルっぽいのだが、どこか気だるそうな瞳や、とても豊満な一部も相まって、なんだかとても色っぽい、大人の女性だった。
「俺は博多総司。経理、総務やってる。よろしくな」
「あ、石田伸一です。よろしくお願いします」
手を差し出されたので、握っておいた。
博多総司先輩。細身ではあるが高身長だ。180以上はあるだろうな。
他の特徴としてはメガネで切れ目。真面目そうな男だった。
「じゃ、じゃあ、俺たちは仕事に戻るよ」
「…?はい」
なんか握手したら顔を赤らめたのが不安でならない。
エロいゆるふわ系お姉さんに、ホモっ気があるイケメン上司。
こう見ると、チンピラっぽいさっきの蓮見先輩が超普通の人間に見えてきた。
「ってあれ、そういえば誰か忘れてるような…」
「え?ああ、麗奈さんですか?あそこですよ?」
「あっちって誰かいたっけってうおあっ!!」
い、いた!なんかすごい目で俺のこと睨んできている!
ってか最近俺って女の子に睨まれすぎじゃないか?そういう属性ないんだけど…
「あいつ、いつもあんな感じなのか?」
俺はさっき思ったのとは全く逆の意味で問うてみた。
「…はい、麗奈さんは基本会社の人とは会話しません。
必要な時に少し業務連絡するくらいです」
「そうなのか…」
美香は小声で俺に話してくれた。
あいつ、俺の前だとあんなに騒がしいのに、意外とコミュ障なのか?
「じゃ、先輩、今日は仕事の説明がメインなので、頑張って覚えてくださいね?」
「わかった。じゃあ、よろしく頼むよ」
頑張らないとな。
そう思っていたのだが、樋口はなんだか困ったような顔になってしまった。
「あ、その…いえ、私は麗奈さんのマネージャーなので、これから外出なんです」
「え?樋口が教えてくれるんじゃないのか?」
「す、すみません…」
「謝ることじゃないけど…」
樋口は面識もあるし、やりやすいかと思ったんだけど…仕方ないな。ちょっと緊張するが、これも経験。皆さんに聞いていくことにしよう。
と、俺が決意を新たにしていると、樋口が上目遣いで俺の顔を覗いていた。
「なんか用か?」
「あ、いえ、あ!書類整理とかだったら私でもできるので、その他のことだけ聞いといてください!」
「いや、いいよ。お前にそんな負担かけることもないし」
気遣いはありがたいんだけどな。けれど樋口はずいと前に出てまくし立ててきた。
「いえ!やらせてください!3時には帰ってきますんで!!
雑用は今まで分担でやってきたことなので、皆さんから聞いてください」
「お、おう…わかった」
なんだか勢いよく言われたので、つい承諾してしまった。
「じゃあ麗奈さん、行きますよ」
「うん………」
山橋は事務所から出るとき俺をちらと見たが、何も言わず去って行ってしまった。
なんだよ、言いたいことあるなら言えばいいのに。
「なぁ、石田」
「な、なんですか博多先輩」
「お前、樋口と付き合ってるんのか?」
「や、やめてくださいよ…」
怖い怖い。真顔で問われたので真顔で返しちゃったよ。
それに大学生が高校生に手を出していいものなのか?犯罪じゃないか。
「そっか〜そうだよなぁ」
「ほらー、だから言ったでしょはすみん」
「お、俺は別にそんな…」
「あの、皆さん…?」
俺が答えた瞬間、社員さんみんなが一斉に話し出した。なんだこれ。
「美香のやつ、あのライブ終わって、みんなが辞めるって言ってから急に走り出したんだ。邪推もしてしまうだろう?」
「美香ちゃんは俺らのアイドルなんだから、手出すんじゃねえぞ石田!」
「まぁそーちゃんが心配してたのはそっちじゃないと思うけどね〜」
「………あの、仕事教えてもらってもいいですか?」
確かに、笑顔は絶えないのかもしれないな、と、俺はテンプレブラック文句に向けて、そんな感想を抱いたのだった。
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「というわけでこれはこのフォルダ。これはこっちに入れておいてください」
「了解。ありがとな?仕事終わったばっかなのに」
「いえ、いいんです」
愛らしく微笑む樋口。山橋にも、この年下ならではの可愛さを見習ってほしいものだ。
「おう、終わったか美香」
「あ、社長さん、お疲れ様です。もうだいたいのことは教え終わりましたよ」
「わかった。じゃあみんな、注目!」
社長さんの一声で皆が注目する。
俺はあれから先輩方より雑用や、その他これ俺の仕事じゃねぇだろ…みたいなことまで多くのことを学び、3時に帰ってきた樋口からは書類整理を教わった。
日曜の休日をこんなにがっつり使い潰してしまうのはなんだか抵抗がなくもないが、やるしかない現状だ。
「今日なんだがな、石田の歓迎会をすることとする!」
「………え?」
突然の宣言に困惑した。
ま、まさか俺のためにそんな準備を…!?
ちょっと感動しながら先輩方を見る。
「………」
「………」
「………」
あ、違った。どうやら今初めて知ったらしい。
べっ…別にちょっとガッカリなんてしてないんだからねっ!
「店の予約はしておいた。この前のライブの打ち上げも込みだから、盛大に騒げ!!」
「「「おおおおおおお!!!!」」」
まぁでも、三人は飲み会自体には乗り気らしい。
「おい麗奈、帰るな」
「(びくっ)」
扉に手をかけていた山橋は社長さんに呼ばれ、動きを止めた。
「あたしはその…香奈のところに…」
「そうか、じゃあ来れるな。香奈も来るって言ってたし」
「嘘!!?」
目を見開いてうなだれる。
それに「香奈」、というのは確か………
「じゃあみんな行くぞ!早く用意しろ!」
「先輩、今日はここまでです!行きましょう!」
「お前もなんか嬉しそうだな」
まぁそんなわけで、俺たちは全員、ちょっと浮かれた雰囲気で焼肉屋に直行することになったのだった。
————この飲み会が、この先の地獄へつながるとも知らずに。