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第11話 私の歌

https://youtu.be/PKWEywkqjHc

超未完成です。雰囲気だけでも共有できればと敢えて投稿しました。一応曲が流れるシーンで開いてみてください。

絵も超一瞬で描いたので下手でマジすみません。今度ちゃんとしたの出します。




 何かがおかしい、と、思ったのは俺だけではないはずだ。

 ファンのみんなも突然の出来事についていけず、一応ペンライトを振ってはいるものの、困惑しているのがよくわかった。

 その曲調は今までの山橋レナの曲とは明らかに違い、どこか切なく、どこか重苦しい印象を受ける。

 だけれど、今までの明るくポップなアイドル山橋レナの面影をちゃんと感じさせる爽やかさもちゃんと含んでいて。

 そもそもさっきまでのはなんだったんだ?

 今まで歌っていなかったのは楽器隊への指示ミスだったのか、それとも緊張のあまり山橋自身歌詞が飛んだりとか、もしくは……


「俺の態度が気に食わなくて我を忘れた……わけないか」


 いくらさっき目が合ったからってそれは考えすぎだろう。

 大体、こういうライブとはアンコール込みでセットリストを組むもののはず。

 もとからプログラムに入っていたならば、念のため録音音源くらいは用意しているはずではないのか?

 それなのに、今流れているイントロはどこか機械的な音源で、明らかに打ち込み。それに俺には経験があるからわかる。このあまりに荒削りな音作りは間違いなく速攻で作り上げたものだろう。

 一体、彼女に何が起こっているのか。

 それは俺には知る由もないこと。ただ、さっきまでの違和感とはまた別の違和感を持って、この曲は歌われようとしている。


「なんだ、これ……」


 別に、叫んでもペンライトを振り回しているわけでも、周りの熱気にやられたわけでもないのに、ジワリと頬に滲む汗。

 どこか、本能的な何かが、警告を出しているのかもしれない。


 が、あいつにとってそんな俺の心境など理解しようもないはず。

 するとようやくイントロが終わり、山橋はマイクに向かい歌を吹き込んだ。


「前向いていたこと

 もう忘れてしまったよ

 そよ風さえも凪いで動けない僕さ♫」


 な、なんだこれ!?

 これは、本当に山橋レナの曲なのか?

 お前の歌はいつだって、明るく、悪く言えば頭悪くたってノリノリで楽しめる、そんな音楽だったじゃないか。

 どうして、ここに来て、しかもトリで、曲だけじゃなく歌詞まで暗いんだよ。


「明日がこないこと

 知っていたはずなのに

 遠くなっていくのは誰の影♫」


 そしてやっぱり、俺もおかしかった。

 どうしてこんな歌詞が、こんなにも鋭く、胸に刺さるんだ。

 なぁ、山橋。お前、誰に歌ってんだよ。


「なんでどうして

 少年は問うた

 朝が暴く

 違う君は♫」


 俺か?

 それとも、お前か?


「僕なんかじゃないよ♫」


「……っ」


 どうして、お前はこんな歌が歌えるんだ?

 どうして、そんなに楽しそうに、こんな歌を歌えるんだ?


 次々と俺の脳裏に浮かぶ疑問符一つ一つに答えをつけるように、彼女はサビを歌う。


「後悔の残像

 停滞の地平線

 燃えるような口付けで

 僕を溶かしてよ♫

 痛みを失い

 涙を持たない船

 深く

 どこまでも深く

 沈め

 夜の奥に………♫」


 やめろよ。

 俺のことを、暴くな。

 お前に俺の何がわかるっていうんだよ。

 俺の過去も、今も、全然知らないくせに、どうしてそんなこと言えるんだよ。


「もう、いい……もう、いいよ……っ!!」


 俺と彼女は、似ている。

 だから、こんな歌を歌って、平気なはずがないんだ。

 やめていい。みんな許さなくたって、俺は許すから。

 だから、この歌を……止めてくれ。

 雅也が言っていた。これは戦いだって。

 わかっていたさ。あいつが俺にチケットを渡したことこそ、最大の宣戦布告だってことくらい、よくわかっていた。


 でも、もう、無理だよ。

 こんな歌、耐えきれない。

 もう、逃げてしまいたい。


 俺はパイプ椅子に座り込み、耳をふさいでいた。

 もう、負けでいい。負けでいいから……っ!!

 俺の歌を、もう、俺は聞けない————


「……え?」


 そんな風に、周りを見ずないでうずくまっていたから、気付けなかった。

 山橋レナが、俺のそばに歩いてきていたことも。

 俺の手を掴んで、握手をしてきたことも。


「はぁ……はぁ……っ!!」


 掌が、山橋の掌に包まれていた。

 今回のステージは、山橋が客席を動き回れるようにできている。

 そして俺の席は、その通路の隣。

 だから当然、側を山橋が通ることだってあるわけで。

 彼女が俺の右腕を掴み、その瞬間を狙って突き出させたのだ。


「あ……」


 熱い。まるで彼女の鼓動が掌を通じて俺に届くよう。

 照明がバックとなったせいで、彼女の顔が見えにくい。

 いったいどんな顔をしているのか、知りたいようで、知りたくないようで。

 目が慣れるまでの刹那。彼女の口が動く。

 聞こえるわけもない。今は大音量で間奏が流れているのだから。

 この瞬間は、彼女がその間にアリーナを獲得した選ばれしファンと握手して回っている、そのたった一瞬。

 俺は、ただ運がいい一人のファンでしかない。

 山橋は、遠くへ走り去っていく。

 でも、なんでだろうな。その、ほんの一瞬にあいつが放った一言は、なぜか俺に、しっかりと届いていたんだ。




 ———“私の歌”を聞いて!!!!




 汗まみれになって、息も上がって、それでも笑顔を俺に向ける。

 笑顔で、“私の歌”を聞かせようとする。

 お前の歌だなんて思うな。これはあたしの、あたしだけの歌だ。そう、彼女は言っているのだ。

 全く、なんて女だろう。

 あまりにも気高いその姿を見せ付けられたら、どうしたって思わざるを得ない。




 ———綺麗だって。カッコイイって。




「回る空に

 落ちていく船

 ほらごらんよ廃材が

 赤く染まる♫」


 一瞬の静寂。

 呼吸すら惜しいその一瞬を、誰一人として邪魔できない。


「ここはどこだろう

 暗くて見えないけど

 とても暖かいんだ

 きっと………きっと………♫」


 “山橋麗奈”の歌は、最後の盛り上がりへ向かう。

 もう、逃げるという選択肢は絶たれてしまった。

 だから立ち上がる。その最後の輝きを、見届けなくてはならないと強く感じたんだ。




 ——————そしてその時、俺は奇跡を目の当たりにする。




 誰も聞いたことのないはずの彼女の歌。

 トラブルの後に放たれる、あまりにも異質な曲に困惑していたはずのファンが、皆ノリ始めたのだ。


「これは……」


 笑顔だった。

 山橋レナという存在、その本質が現れているこの曲を聴いて、嘲笑でも、冷笑でもなく、真に感動して、笑みをこぼしているのだ。

 これこそ、俺が本当に見たかったもの。欲しかったものの正体。

 孤独で、臆病者で、何かに熱中することを忘れてしまった、まるで俺のような女の子が自分をさらけ出し、そして、それがみんなに受け入れられる、瞬間の奇跡。

 なんて儚くて、切なくて、優しくて、美しい景色なのだろう。


「叫び出せ心

 動き出せ秒針よ

 どうか聞かせておくれよ

 好きだったあの歌………♫

 でも忘れないよ

 後悔したことさえ

 願え

 進む未来を♫」


 進む未来へ向かう、時の船。

 その目的地は、誰にもわからない。


「君が教えて

 僕が望んだ♫」


 でもきっと、求めるものはいつだって誰だって、たった一つなんだ。


「「—————“次”よ来い」」


 気づくと、俺はそう呟いていた。

 どっ、と、会場が沸く。

 アウトロが響く中、俺はファンに混じって熱狂していた。

 最後なんて来るな。もっと聞きたい。この時間の中で酔いしれていたい。

 そんな叫びが歓声となり、彼女の歌を讃えるのだ。

 それが、言葉にならないくらい嬉しくて。


「ぅぁぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」


 涙が、止まらないんだ。




 ***




「あの、そろそろ退場をお願いしたいのですが……」

「あ、えっと……はい」


 困り顔の、警備員さん(40代くらいの男性)に声をかけられ、ふと我に帰る。

 周りにはすでに誰もおらず、当然、さっき調べた電車は行ってしまっている。隣にいた少女も俺のことを置いて帰ってしまったようだ。結構冷たいやつである。

 涙で目元を赤くした俺を見て察したのか、警備員さんは笑顔を向け話しかけてきた。


「いいライブでしたね」

「ええ、とても」

「なんだか裏側では大変なことになったいたそうですけど」

「はは……そうでしょうね」


 明らかに予定外のことをやったというのは、この会場にいた人間ならみんな理解していることだろう。

 レアな瞬間を見れたと喜ぶのはファンだけで、実際運営に携わる側としては迷惑極まりないことであるのは疑いようもない。

 俺は気のいい警備員さんと一緒にドームの出口まで行き、手を振って別れた。


「おわっと!」


 なんだ、ドームを出る瞬間に恐ろしいほどの追い風が吹いて、危うく転んでしまいそうになる。気圧の変化によるものだろうか。

 兎にも角にも、あれだけ行くのを渋ったライブは終わった。

 求めた答えを、景色を、しっかりと心に焼き付けることができた。

 これから少しは、変われるかな。

 高校時代の俺を間違いだったと否定するんじゃなく肯定して、また一から頑張っていくこと、できるかな。

 すぐには無理だったとしても、いつかは。

 この日、山橋レナが起こした奇跡のような光景を、今度は自分の手で、起こせるかな。

 ドームを出て少しすると広場に行き着く。賑わっていたオブジェ前もすでに撤去が始まり、ただの広場になりかけていた。

 今はないグッズ売り場で色々買いすぎたせいで、荷物が重い。

 でも、雅也にも後で礼を言わないとな。Tシャツの1枚くらいは、俺の奢りにしておこうかな。

 そのまま、俺は歩き出す。

 最高のお祭りを、後にして……




「石田伸一!!!!」




 足を止める。

 俺の背中から、俺を呼び止める声がしたからだ。


「山橋、麗奈……」


 その声の方向には、さっきまで俺を含めた会場全てを沸かせた張本人、山橋麗奈が立っていた。

 衣装は最後にあの『NEXT』という曲を歌った時のままの姿で、ドームの出口前にて俺を見つめていた。


「あ、そこは……」


 そして、彼女がさっき俺を襲ったドーム風ゾーンに入った時……

 ふわりと、ミニスカートが舞い上がった。そう、例えるならまるでマリ○ンモンローのように……


「く、黒スパッツ……だと……」

「さっきまでのしんみりシリアスモードをどうしてくれるんだこの変態っ!!!!」

「ぶはっ!!」


 さすがに生パンツでライブをやるはずもないか。でも……黒スパッツも、いいよね。あの肌の密着具合とかetc……

 そんなわけで俺は蹴られ、その衝撃で後ろに倒れてしまっていた。ああ、夜空が綺麗だ。


「なんで蹴り飛ばされて幸せそうな顔してるのかしら……怖い……」

「いきなり蹴りとはご挨拶だな……」

「大丈夫ですか、先輩」

「あ、樋口さん……」


 そこに現れた天使……じゃなくて、ご近所さんにして後輩の樋口さん。


「あの、俺……」


 結局未遂に終わったとはいえ、チケットを他人に渡そうとしたのは真実。樋口さんにはに謝らなければなるまい。

 でも、そんな俺の次の言葉を遮るように、山橋は間に入ってきた。


「あのことは言ってないから、黙っておきなさい」

「え、でも……」

「あんたのためじゃない。だから、言わなくていい」

「……そう、か」

「えっと、二人ともこそこそ何話してるんですか?いつのまにそんなに仲良くなったんですか?」

「「仲良くなんかない!!」」

「うわぁ、息ぴったりで言われても説得力ないなぁ……」


 樋口さんはなんだか少しだけ冷たい目で俺を見つめてくる。べ、別にこいつのことなんて全然好きじゃないんだから、勘違いしないでよねっ!(ノルマ達成)


「そもそも山橋、こんなとこ来ていいのかよ……」

「いいわけないでしょ?もう今日なんて最悪よ。下手したらクビにされるかもしれないわ」

「馬鹿野郎今すぐ戻れ!」


 何やってんのこの子は。自由すぎて怖いよ!

 でも、ここまで会いにきてくれたってことは、何か言いたいことがあるってことで。

 そしてそれは、俺にも当てはまることで。


「ねぇ、あたしの歌、どうだった?」

「単刀直入だな」

「答えて」


 ほら、急に真面目な顔になった。


「前も言ったろ?お前はやっぱり、どこか本気になりきれていないように感じた」

「っ……」


 あの時のことを思い出しているのだろう。

 山橋はぐっと唇を噛む。


「でも……」

「え?」

「最後のあの曲は、すごかった。感動した。気づいたら震えが止まらないくらいに、本気の山橋レナだった……と、思う」


 なんか上から目線になってしまっている気がして、最後の方は弱気になってしまったが、これが本心だ。

 山橋は顔を上げ、目を見開いてきた。


「あんな歌詞でもみんなを感動させられるんだって、自分の型とかイメージとか、そう言う作られたもの全部吹っ飛ばして歌ってるのはなんていうかその……すごく、かっこよかった」


 何を口走っているんだろう、俺は。

 俺の吐いた台詞ランキングで「闇の炎に抱かれて消えろ」の次くらいに恥ずかしい。今すぐ駅にダッシュして個室トイレの中に隠れたいくらいだ。

 ってか反応してくれないかなもうなんか本当にいたたまれないんだけど……


「……山橋?」


 俺が近づくと、彼女はバッと勢いよく後ろを振り向き、顔を隠してしまった。


「石田伸一は……変われたの?」

「……わかんないな。でも、多分」

「そっか……そっかぁ……」

「なぁ、こっち見ろよなんで背中向けるんだよ」

「っ!!なんでもない!なんでもないから来ないで!」


 そう言われると意地でも顔を見たくなるのが生まれ持った俺の性というかなんというかで……


「えい」

「きゃあああああ!!」


 顔を手で挟んで、無理やりこちらに向けさせる。


「なんだよ……顔、真っ赤じゃん」

「ばっ……あが……ば…………」


 恥ずかしいやら怒りたいやら、様々な感情が入り混じっている山橋の顔。処理落ちしたコンピューターのように、言葉を紡げていない。


「この前は、ごめんな」

「……え?」

「お前のことよく知りもしないで嫌なこと、ひどいこと、たくさん言って、怒鳴っちゃって」


 恥ずかしついでに、俺は山橋に頭を下げた。

 あの日のことをなかったことにはできないけれど、これが、今できる最大の誠意だと思うから。


「な、何よ……急に素直になっちゃって」

「うん」


 俺は顔を上げ、山橋を見る。

 今度は、顔を隠してなんかない。

 俺たちはしっかり、向かい合っていた。


「嫌なこと、忘れたいこととか色々あって、でも、そういうの全部受け入れてこれから頑張っていくよ。

 こんな俺が、そう思えてしまうくらい、今日のライブは楽しかった。あの歌を聴けて嬉しかった。だから……」


 これだけは、言わないと。

 俺の背中を押してくれた君へ。




「ありがとな」




「なっ……なななななな、あんた恥ずかしくないわけっ!!?」

「う、うるせぇ!!文句あるか!」


 お互い顔を真っ赤にして睨み合う。

 なんだよ、人がせっかく感謝したっていうのに、台無しじゃないか。


「あたし、やっぱあんたのこと大嫌い!!悪口とか言うし、泣かせるし、いじめるし、口悪いし、意味わかんないことばっかり言うし!」

「大体同じ意味だったな!この泣き虫が!やーい!!」

「な……なんですってぇ!?」


 結局、俺と山橋はこういう風になってしまう運命なのかもしれない。

 でも、これくらいで丁度いい。この感覚が、今はとても心地の良いものに思えるのだ。


「はぁ、もう良いや、あたしもう戻る」


 山橋はそういうと、再びドームの方に歩いて行った。

 その小さな、けれど大きな背中を目に焼き付けてから、俺も振り返……


「最後に!」

「ん?」


 ろうとしたのを止められ、俺は再び足を止める。

 山橋も振り返って俺を見ており……




「今日は、ありがと」


「〜〜〜っ……」




 最後の最後で、そんな最高な笑顔なんて……ずるい。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 ただそれは、今までのような悪寒からくるようなものではなく、もっと、どこか温かいもので。


 それだけ言って、今度こそ山橋は背を向けてドームの中に戻って行った。

 さて、ここにいても仕方ない。俺も帰ろうかな。


「忘れてましたね?」

「ひぃっ!!」


 後ろを向いたら、いつの間移動したのか樋口さんがいた。

 ってか真顔やめてよまじで心臓止まるかと思ったよ……


「わ、忘れてなんか……」

「いいですね、ヒロインと戦って、そこから恋が芽生えるなんてロマンチックで。あんだけ量産型ラノベをバカにしておきながら流れまるで一緒じゃないですか」

「違うから!恋なんて芽生えてないから!」

「いいんです、私は無感情に物語を進めるモブキャラに徹しますから。さて話というか提案があるんですけど……」

「なんでそんな死んだような目をしてるんだ!?」

「イシダセンパイ!ハナシガアルンダ!イシダセンパイ!ハナシガアルンダ!イシダ……」

「やめろ戻ってこい!戻ってこい樋口ぃぃぃぃぃぃぃいいいいい!!!!」


俺、帰れるのかなぁ……




 ***




「ふぁあ、ねむ……」


 もう五月に入ってから、約一週間が経った。

 桜は青い葉を付け、これから来る次の季節を予感させる。

 タクシーの窓から覗く町は、その程度の変化しかなく。しかし、窓に映るあたし自身には大きな変化があったのだ。

 あたしの暴走によって大混乱だったライブ。今まで結構会社の人にはわがままを通してきたが、今回のはさすがにやりすぎだった。たくさんの大人に平謝りをしまくり、それに約一週間を費やした。

 だが、一部の社員から完全に嫌われ、その信用を回復するには至らず、結局何人かもうついていけないと辞めてしまった。

 おかげで会社は大ピンチ。処理や人事や引き継ぎやとてんてこ舞いだ。

 だがまぁ、後悔はない。

 あの時歌った完全新曲である『NEXT』。作詞作曲山橋レナの曲としてはデビュー以来の2曲目だが、どうやらそれが口コミで大反響を呼び、デモの要求やらCD発売の催促やらがもう何件も来ているらしい。

 これも、妹の香奈が打ち込みとは言えオケを用意してくれたおかげだ。

 曲の完成が遅かったし、あの曲はあの場で歌うなんて言ってなかったのに用意してくれていたとは、本当にあたしよりあたしのことをよくわかっている。


「お客さん、着きましたよ」

「はい」


 財布からお金を引っ張り出し、都内某所にあるあたしの事務所ビル前に降りた。

 春風が吹く。

 さて、今日も仕事を頑張ろう。

 と、ビルの中に入ろうとした時だった。


「あの、ここ、山橋レナさんの事務所で合っていますか?」


 背後から男に話しかけられた。取引先の誰かだろうか。

 あたしは振り向いて……


「はい、ここで合ってます……よ……?」


 そこに立っていたスーツ姿の男を見て、あたしの脳が焼き切れるのを感じた。


「な、なな……なんであんたがここにいるのよ!?」


 だって、だってそこには……




「どうも、本日からあなたの事務所で働かせていただく石田伸一と申します。

 新人で経験も浅く頼りにならないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますね、麗奈さん?」


「ひうっ!」




 ほ、本気で寒気がした。

 悪いことをしたら天罰が下るとは言うけれど。


「これはさすがに……重すぎるでしょうがぁ……」


 ああ、これからどうなるのかはわからない。


「さあ麗奈さん!俺たちの戦いはこれからです!!」

「あんたそれ言いたかっただけでしょうがあああ!!!!」


 でもきっとろくでもない、大変な毎日が続いていくのだろう。




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